秋を探して
お風呂から上がると、いつも眠気がとろりと忍び寄る。身体が心地よく重たくなってきて、まだ濡れたままの髪の毛を気にしながら、少しだけ、とソファに横になる。
このまま寝てしまいたい、と思う自分と、まだまだすることはあるんだぞ、と思う自分がせめぎあう。会社では眠たくなってもあくびをかみ殺してパソコンに向かえるのに、お風呂上がりの眠気にはどうしても抗えない。肌にぴたりと吸い付くようなソファの革の冷たさが心地よくて、ふあ、とあくびをしていると、テレビを見ている母がばさりとブランケットを投げてくる。
「もう風邪ひくよ」
ありがとう、と言いながら、膝を曲げて身体をブランケットの中に収める。
「今日は何書こうかなぁ」
ふあ、ふあ、とあくびをして天井の模様を滲ませながら考える。ペンネームこそ伝えてはいないのだけれど、母は私がどこかのWebサイトで文章を書いている、ということは知っている。それから、書くことよりも、書く内容を探すのが難しい、と私が思っていることも。
「今日は玄関の戸を開けると金木犀の香りがしたので、あたりをきょろきょろと見回してしまいました」
母はいつも、ちょっぴり丁寧な口調で「ネタの提供」をし始める。私も、いいですねぇ、と相槌を打つ。
「ただ香りだけではなく、『きょろきょろと見回したとき』に秋だなぁと思いました」
これは秋のブレインストーミングよ、と付け加える母に応戦する。
「私は今、ブランケットに包まれています。少し前まであんなに暑かったのに、この、ちょっと長い毛足が心地よくてたまりません。秋です」
「生協でりんごを箱買いしました。秋です」
「今度、会社の同期と栗拾いに行きます。ぶどう狩りと迷っています。秋でしょう」
えぇ、いいなぁ、と言う母の声が遠くなる。しまった、と飛び起きると一時間以上が経っていて、リビングにはもう誰もいない。髪の毛はすっかり冷たいのにブランケットの中はほかほかと温かくて、しばらくその余韻を楽しみたくなってしまう。
もう少しでブランケットだけでは眠れなくなるくらい寒くなるんだろう。そう思うと、優しい温かさが愛おしい。
ブランケットの角をぎゅ、と握ってその温もりを抱きしめています。秋ですね。
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