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日経社説「外国人の権利考える教訓に」を読むー武蔵野市住民投票条例案否決をめぐって

 12月21日の武蔵野市議会における、武蔵野市住民投票条例案否決から4日後の25日、日経新聞に「外国人の権利考える教訓に」とする社説が掲載された。
 読売や産経などの排外主義的な主張が見え隠れする社説とは一線を画しているとは思える(参照:武蔵野市住民投票条例否決の「意味」ー読売・産経報道とヘイト)。ただ、最終的に何がいいたいのか良くわからない部分や、根拠等に乏しい部分も少なくない。1~2段落ごとに、日経の社説全体をみていく。
※グレーの部分は引用

1. 注目を集めたのは「都内だから」?

 外国人の権利を考えるうえで、大きな教訓を残したといえよう。東京都武蔵野市で外国人住民に日本人と同等の条件で住民投票の権利を与える条例案が市議会で否決された。
 同様の条例は神奈川県逗子市、大阪府豊中市に先例がある。ただ外国人の地位は排外主義を呼び起こしやすく、外国人の多い都内ということもあり注目を集めた。

 まず、今回の武蔵野市住民投票条例が、神奈川県逗子市や大阪府豊中市と異なり、注目を集めたのは「外国人の多い都内」だからではない、ということは強調したい。そもそも、外国人の割合は、都内よりも(豊中市のある)大阪府の方が多い。
 もちろん、注目を集めることは悪いことではない。ただ、逗子市や豊中市の際と決定的に異なるのは、報道や国会議員らの関与である。
 今回の武蔵野市の住民投票条例案の場合、産経新聞が報じ、長島昭久衆院議員らが悪辣なやり方で拡散しなければ、少なくとも全国区でここまで注目を集めることもなかった。産経新聞以外のメディアがこの条例案上程を大きく扱うこともなかったし、長島昭久による「違憲の疑い」などというセンセーショナルな主張や、それに追従して算数すら怪しい佐藤正久議員による荒唐無稽な主張がなければここまでのことにもならなかったのは自明である。(実際に逗子や豊中では報道や国会議員の関与はほぼない。)ちなみに、産経新聞の住民投票条例案に関する記事や主張の多くが、長島昭久の意見や長島昭久による情報に依拠していたことは明らかである(参照:武蔵野市住民投票条例案は違憲濃厚なのかー衆院法制局・産経記事を受けて)。
 なお、(今回のような諮問型)住民投票条例は憲法15条の参政権とは異なる上、(住民投票より権利として強い)参政権でさえ判例・最有力学説ともに地方許容(国政禁止)とされる論理必然的に、外国籍住民への住民投票権付与は違憲にはなりえないのである。なお、早大・水島朝穂教授や慶大・山元一教授らも、違憲の疑いはないと明言している。その結果か、後に「違憲の疑い」などという主張は影を潜めた。
 また、人口約15万人の武蔵野市に8万人外国人が来れば乗っ取られるという主張も意味不明である(算数ができないだけでなく、そもそもその人数の同じ思考をもつ外国人を武蔵野市に集めることは困難)。
 ただ、いい加減であろうと間違っていようと、センセーショナルな言説は反響を呼び、拡散され続けるというのが現実である。

2. 市長が分断を招いたのか

 賛否が割れる問題で、市長が外国人の投票資格を広げることにこだわり、結果として地域の分断を招いたのは残念だ。在留期間を条件に設けるなど、もう少し注意深さがあってしかるべきだ。

 武蔵野市住民投票条例案をめぐっては、長いこと議論がなされてきた。その中で、当然外国籍住民については在留期間などの要件の厳格化をした方がいいのではという議論は出てきていた。しかし、結局厳格化を求める主張は、日本国籍と外国籍に要件の差を設けるべきではないという主張を上回る合理的説明ができなかったことにより、採られなかったという背景がある。
 そもそも今回の条例案、「注目を集めた」のは上程が決定してから(産経の報道があってから)である。それまでほぼなかったに等しい自民市議らの反対運動が本格化し、ヘイトスピーチや排外主義運動が盛んに行われるようになったのも、産経の報道後のことである。当然、それまで市民の間の分断なるものも存在しなかった。
 「市長が外国人の投票資格を広げることにこだわ」って強行的に上程したわけでも採決したわけでもない。他の条例案同様、いやそれ以上に慎重に扱われてきたことは前にも述べた(参照:武蔵野市住民投票条例は本当に「騙し討ち」で「市民不在」なのか )。仮に「注意深さ」云々というのならば、上程予定とする報道までほぼ何もいわず、後々で反対を大々的に主張し、市民の前で過激な運動をあおるかのごとく動き出した議員らにかける言葉であろう。
 分断を招いたのは、市長ではない。

 多文化共生社会を築くうえで、外国人の権利は地域で合意できるところから徐々に認めたい。地域への参加意識を高め、社会の統合を促すのに重要だからだ。

 「地域で合意できるところから」認めるのはわかる。が、同時に武蔵野市の場合は特に、住民アンケートなどを実施して有意な結果が出ていても地域に合意がないといえるのか。少なくとも、反対するにしてもヘイトスピーチや排外主義的主張は、「社会の統合を促す」のとは真逆の行為であるし、それに対する注意喚起や問題提起が一切この社説に現れないのは寂しい
 また、商店会や自治会、PTAなどには国籍問わず参加できるのが通常である。請願権は国籍問わず認められている。そしてこれらが政治に影響を与えることもある。にもかかわらず、参政権でさえない、住民としての意思の表示を外国籍住民だけに認めないのは筋が通らないのではないか。

3. 参政権と住民投票権

 それには外国人の権利を参政権とそれ以外に分けて考えるべきだろう。参政権は法律で定める選挙権や被選挙権などを指し、日本国籍を持つ者が前提である。

 これは、基本的に正しい。
 まず、参政権とそれ以外に分けて考えるべき、というのであれば、住民投票権はそれに当たらないということを強調したい。
 憲法15条で定める(狭義)の参政権は、「国民固有の権利」とされている。この憲法15条は、公務員の選定罷免についての規定で、それ以上でもそれ以下でもない。また、憲法学においては、参政権を狭義の参政権と広義の参政権に分類し、「法律で定める選挙権や被選挙権など」を狭義の参政権とし、公務就任権(=公務員一般になる権利)広義の参政権とすることもある。いずれも判例上、外国人に保障はされないが禁止されるものでもないとされる。

4. 「一切認めないのは適切ではない」

 地方参政権について最高裁は「憲法は外国人に保障はしていない。ただ自治体と特段に緊密な関係のある者への付与を禁じてもいない」とする。国会の判断だが、中国などの影響に懸念が根強い現状では慎重にならざるをえない。
 一方、今回のような住民投票権は自治体が条例で定め、参政権とは政治参加のレベルが異なる。将来の参政権につながる「アリの一穴」のように捉え、一切認めないというのは適切ではない。

 上で述べた通り、住民投票権は参政権ではない。地方参政権も含め、参政権についての要件は国が決めるものである。
 参政権(狭義の参政権)に対し、よくも悪くも住民投票権はそれには及ばない権利である。あくまで住民としての意思を表示するものであり、例えば首長や議員などを選んだり、直接政治的決定をするものではない。だからこそ、法律ではなく条例でその投票資格者などを決められるという側面もあるだろう。
 住民投票条例について、全国で外国籍住民に一切投票権を認めていない自治体が少なくない中、「一切認めないというのは適切ではない」とした記述は、それなりに勇気のいるものであったろう。
 外国籍であろうと、住民として暮らす限り、住民登録され、住民として納税したり、子どもを学校に通わせたり、労働したり、自らが自治会や商店会、PTAその他さまざまな組織や組合などに参加し活動する。また、請願権の行使も外国籍だからと排除されることはない。その中で、参政権でもないのに住民投票権だけ国籍だけで分断するのが当然というのは悲しい。そうした観点から「一切認めないというのは適切ではない」というのは真っ当な主張といえよう。

5. 住民投票の「拘束力」

 条例による住民投票は法的拘束力はないが、首長や議会を実質的に縛る力を持つ。外国人の投票資格を広げる際は、その影響力が国政に及ばないよう、投票の対象として米軍基地や原発などの国政課題を外す仕組みがあってよい。

 住民投票の拘束力についても、この社説のいうことはおよそ間違ってはいないだろう。住民投票の結果に法的拘束力はなく、その意味で首長や議員は、住民投票の結果と全く結果に異なる行政・立法活動をすることもできる。もっとも、住民投票で住民の過半数が示した意思を、首長や議員がなんら説明なしにそれに反することを行えば、次の選挙で勝つことは難しくなる。その意味において、住民投票の結果は(明文の尊重義務条項の有無を問わず)一種の実質的な拘束力的なものを有することも否定はできない。
 ただ、(外国籍住民は少なく)そのような結果になることは考えがたいが、仮に例えば日本国籍住民にとって明らかに不利益となるような住民投票結果が出たとしても、首長や議会は当然それに従う義務はない。また、首長や議員を選ぶ地方参政権は、良くも悪くも日本国籍保有者にしか投票資格はないから、その(日本国籍者に不利な)住民投票結果に従わないことが選挙で不利な材料になることもないのである。
 また、そもそも武蔵野市の住民投票条例案においては、「市の権限に属さない事項」については原則として住民投票の対象にならず、「住民全体の意思として明確に表明しようとする場合」に住民投票を行うことが出きるにすぎない(武蔵野市住民投票条例案4条2項1号)。国政に関する事柄については、住民投票を行わないのが原則である。加えて、住民の意思表明として住民投票が行われたとしても、まず市がその結果に則った行政/立法活動をするかわからないし、まして国の専管事項である限り国がそれに則った行政/立法活動を行うことは要しない(言い方が適切かはともかく、国には「尊重義務」すらない)のである。
 例えば沖縄の辺野古埋立に関する県民投票(投票権者は日本国籍保有者のみ)においても、埋め立て反対が7割超だったにもかかわらず、国は従う義務はないとして工事を続行した。これが良いこととは思わないが、少なくとも「国益」を明らかに損なうようなものが、住民投票の結果として示されたとしても、国がしっかりしていさえすれば、国がそれに従うことはまずない。
※辺野古埋立反対が国益を損なうとは思わない。

6. 直接民主主義は分断を招くのか

 住民投票のような直接民主主義は、賛否が分かれる問題で分断を招きがちだ。あくまで代議制の補完であることが望ましい。直接民主主義に期待が高まる状況は、代議制への不信の裏返しであることも政治家は肝に銘じるべきだ。

 直接民主主義だと分断を招き、間接民主主義なら分断を招かないというような考え方には疑問しかない。そもそも日経はこの社説のはじめの方で、この条例案で地域の分断が招かれたという書いていたはずだが、条例案の採決は直接民主主義的に行われたわけでもない。また、仮に賛否が拮抗するなかで住民投票が行われる場合、住民投票により分断が生じるのではなく、分断が生じたから住民投票が行われるのである。
 それはそうと、「代議制の補完であることが望ましい」とするが、(条例で定める)住民投票に法的拘束力は認められないというのが“国全体における”制度設計なのだから、「望ましい」もなにもない住民投票が代議制の補完にすぎないことは明らかなのである。
 また、基本的には住民投票条例があることによって、市民の政治への関心を高める作用などがあるが、これは見方を変えれば市民からの行政などに対する監視を強めることを意味する。ある意味で議会さえ通れば好きにできる行政が、あえて議会のみならず市民からの監視制度を設けるのは、いうまでもなく行政のためではなく市・市民のために他ならない。
 もちろん、住民投票が(特に市政と反する方向で)行われることは「代議制への不信感の裏返し」であるだろう。しかし、住民投票制度の制定は、代議制への不信感によるものではない。
 地方自治体における住民投票制度は、より強く住民参加を促すものであり、憲法92条にいう「地方自治の本旨」、特に住民自治=市民自治に資するものである、ということを強調したい。

7. 全体を通して

 正直、日経は何をいいたいのかがいまいち良くわからなかった。はじめは住民投票条例案上程で分断を招いたという書きぶりだったのが、最後は直接民主主義は分断を招く、というような書きぶりになり、主張として曖昧な良くわからない書き方であった。
 ただ、市長が分断を招いたというような書きぶりや、外国籍住民に日本人と同様の投票権を付与することに対するやや後ろ向きな主張、直接民主主義に対する懐疑的な主張から、否決という結果を悪いものとはとらえていないように思える。他方、強行的な反対派の主張にはほぼ乗っていない。また、少なくとも全外国籍住民に住民投票権を認めないことについては「適切ではない」とするように、強行的な反対派の主張に正当性があるとも考えていない、むしろ一定の条件下では外国籍住民にも認めるべきというところであろうか。

 日経は、NY市の外国人参政権を認めることについて、報じている(NY市、外国人にも参政権 米最大規模 )。外国人の住民投票権に否定的な読売や産経がこのことについて報じていないのとは対照的である。
 その記事にもあるように、アメリカでは、メリーランド州の9つの市、バーモント州の2つの市などですでに認められていた外国人“参政権”が、さらに外国籍住民が1割超を占めるNY市でも認められる。その他の国でも、外国籍住民に参政権が認められる例は少なくない。これからもそのような傾向は進むだろう。

 日本でも、子どもの頃から児童会や生徒会、大人になれば自治会や商店会、各職種の組織等において国籍を理由に排除されることはない。なぜ、これらの組織で外国人が参加し、決定するにあたってその投票権等があるのに、住民投票では、自治体という組織に住民という構成員としているのに参加させないのか。なぜ請願権は良くて住民投票権はダメなのか。住民投票は「住民」投票ではなかったのか。
 そして、日本人に対してだけ性善説で、外国人に対してだけ性悪説というような考え方は、それ自体が差別である、ということも肝に銘じておかねばなるまい。

武蔵野市住民投票条例に関する拙稿

NY市の外国人参政権について記事邦語訳


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