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Reasonable Accomodationだよ4月からー「合理的配慮の義務化」と、デジタルファッション、これからの身体

 先日、CCBT(渋谷)にて実施されたSynflux主催のデジタルファッション合宿イベントでレクチャーをしたのだが、前夜に準備しながら「はっ!入れねば!」と急遽追加したトピックがこれ。だって、バーチャル化や最新技術の活用やDX化に伴う、ファッションや身体の現在と未来の話をするならば、身体観の現在地に向き合わねばで、だとしたらマストな話題だと。

障害と、これからのファッション

 よく言われるメガネの話がある。「メガネ」の発明で視力の弱いことが障害でなくなり、やがて「メガネ」というおしゃれプロダクトは視力を支えるだけでなく、目元シーンを彩るファッションアイテムとなったという件。
 デジタル化に向き合うということは、それに伴う人間のライフスタイルの変化に向き合うことであり、つまりはユーザーであるお客さん、あるいはモデル、あるいは従業員さん、あるいは自分、の身体性にどういった変化があり、そこにどのような回路が新たに開き得るか?という問いに向き合うことかと思う。さてそこに「障害のある身体」を想像していますか?

あなたの(わたしの)無関心が障害をつくる

 タイトルにある「ごうりてきはいりょのぎむか」てなに?ていう人もきっといますよね。かくいう私自身、長らく「障害」に向き合わず生きてきた過去があり、そういう自分の無関心が障害を生んでいたと考えている。だからこそ、このnoteも書いている。
 この感覚と責任については「障害の社会モデル」を理解するとかなり腹落ちする。超簡単に言うと、障害は誰か人に宿るのではなく、社会や制度が生み出しているという考え方のこと。正しく&詳しくはこちらを!↓

「義足のファッションショー」からの今がある

 自分は2014年に、当時日本科学未来館にいた田中みゆきさんに誘われて「義足のファッションショー」に携わったことがきっかけで、身体の、というか世界の、見方ががらりと変わって、今に至る。その頃はファッションブランド「シアタープロダクツ」をやっていて、ファッションの旧態依然としたミューズ観に違和感を感じていると自負していたはずが、視野にあったのはサイズやジェンダーや人種や年齢のことぐらいで、障害のある身体については、全然わかってなかったということに愕然とした。

椅子に座ったモデルの足元の写真。真紅のストッキングをはいて、右足は膝下から黒に紫の花模様の義足。両足にオープントウのパンプス。デザイナーとスタイリストが両側からフィッティング
「義足のファッションショー」2017より

 義足ユーザーのモデルさんたちとの対話を重ねる中で、私が当初勝手に想定していた「困りごと」みたいな話は少なく、寧ろこちらが全く想像きてなかった彼/彼女のライフスタイル、ファッションや人生の楽しみ方、その豊かさを知ることになり、圧倒された。そして自らの無関心と無知を猛省し、加えて、その魅力を「ショー」という形ではアウトプットしきれなかったことも、猛省しまくった。 

 この猛省x2をへて、数年後に、日本財団・日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 主催「True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭」で映像「対話する衣服」(ここのがっこう・河合宏樹)と、落合陽一総合演出「DIVERSITY FASHION SHOW」を企画した。いづれも、アウトプットの服の発表だけでなく、障害のある方やデザイナーとの対話を記録することに注力したプロジェクトだ。

中心に「TRUE COLORS FASHION」のロゴ、その両脇にモデル。左:ダンサーのアオイヤマダさんが右手と左足に義足と義手のような装身具をつけている。右:葦原海さん(両足を切断したモデル・パフォーマー)が仰向けにポーズしている。
「TRUE COLORS FASHION」ビジュアル左:アオイヤマダ 右:葦原海 コロナで中止になってしまったイベントのキービジュアルより
映像作品「True Colors FASHION 対話する衣服」よりスチール(左上から、車椅子の後ろ姿の女性、金森香、小人バーレスクダンサー ちびもえこ、デザイナー山縣良和)
映像作品「True Colors FASHION 対話する衣服」より

よかったら見てみてください。しかし、このプロジェクトたちの詳細は・・また改めて・・・だって、、

↓↓今日いいたいのはこれだから!!!↓↓

インディーの古着屋さんからゴージャスなブティックまで 誰にとっても自分ごとだよ「合理的配慮」

 これは大事すぎることだので、下手に要約して誤解が生まれてはいかんので、正しくはこのリーフレットを読んでください、ー以上!

だと終わってしまうので、
ミュージアムやアートの領域ではこんなものもできたらしい!

最近だとこの荻上チキさんのPodcastなども。

 これは、誰にとっても他人事ではない。
 少し偏りを承知で自己流で噛み砕くが、お洋服やさんなんかの場合の例として、車椅子ユーザーさんがお買い物したいとして、入り口がそのままでは入れない作りだとする。小さな個人商店が入り口を大工事してスロープをつけるのは無理でも、もしかして日時をあらかじめ相談してレンタルのスロープを手配するとか?、助っ人を頼んでわっしょい入れるようにするとか?、オンラインで繋いでお店を中継してみるとか?できることはあるはずで、ともかくそれも、一方的に決めるのではなく、話し合いの上で「相互にとって無理のない=合理的な」着地点を探すというのがポイントなのだと理解している。
 ちなみに、英語の「Reasonable Accomodation」(Reasonable=妥当だなと思う Accomodation=ご対応)の方が、ずいぶんわかりやすいように私は感じている。ちなみに、この英語はこの研修会で知りました!ビバ!飯野先生!プリコグ!

 もちろんこういった法改正を待つまでもなく、深く考えてきた方もいるだろう、でも、残念ながら関心がなかったかもしれない人も、みんなで向き合うきっかけとしていきたい。ご自身の提供するサービスや、企画したイベントにくるお客さんに障害があったとき、どうするか、臨機応変に対応する姿勢を当たり前のようにみんな持とう、ということ。

障害とテクノロジーとイケてる身体

 ここで終わってもいいいのだが、もうちょっとだけ。違う視点のことも言うておく。

技術とファッションと障害

 武藤将胤さん(知っている人も多いですよね)に出会った時、その果敢な身体に私はめちゃんこ刺激を受けた。武藤さんはALSの進行で今は自分の声帯を震わせて声を出すことはないのだが、視線入力してデータ化したテキストを過去に保存したご自身の声データからできた合成音声で再生してお話をする。まさに技術が身体性を拡張して障害を取り除いているのだ。しかもユーザーであるご自身が企画して人生を推し進めているところが凄い。

漆黒の背景に浮かび上がる武藤将胤さん。
「この声だってそうだ。/ Take this voice for example. 」の文字。(落合陽一総合演出「TRUE COLORS FASHION」より)

2023年に参加型音楽会「PLAY ?」(蓮沼執太・梅原徹・宮坂遼太郎)では、梶山紘平さんという体が動かないミュージシャンにご出演いただいたこともあった。彼も視線入力で音楽を日常的に作っていて、当日は自宅からの通信でライブ参加してもらった。
 こうした各種の入力インターフェースは様々に開発されており、eスポーツなどでは、肢体不自由の人でも障害がなく参加できるような取り組みがどんどん進んでいる。

 いまここで何が言いたいかと言うと、障害のある身体に向き合うということは、その創造性の発見でもある、ということ。
 人権にきちんと向き合うことの一方で、魅力は魅力として捉えていくことで、アートやデザインにしかできないアプローチが生まれるんじゃないかと思うのでした。
 例えばデザイナーが新たな人間像を生み出そうとしているならば、障害がある身体が最新技術を活用して社会に障害なく存在し活躍ていることはかなり要チェック!(新しい音楽シーンをチェックするのと同じ感覚で)だし、イケてる障害者モデルさんがいたら起用したらいい(最新のストリートをみるのと同じ眼差しで)し、働きたいという人がいたらまずはフラットに面接しよう、と言うこと。
 そんな2024年新年度、あけましてよろしくお願いします。
 

2024年4月 金森香

















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