小林 萱草(Kobayashi Kanzo)

小林 萱草(Kobayashi Kanzo)です。別サイトで「横路枸櫞」の名でエッセイ…

小林 萱草(Kobayashi Kanzo)

小林 萱草(Kobayashi Kanzo)です。別サイトで「横路枸櫞」の名でエッセイを投稿していました。小説・映画・音楽、日常の雑事に思うこと、猫さんのこと、おおよそどうでもいいことを語りますが、愚痴と悪口と非難だけは決して書きません。

マガジン

  • 移動遊園地

    『移動遊園地』という名の自作の短編小説です。ヘッダーがエドガー・ドガで統一されていてどうにも示唆的ですが、何ら関係はありません。僕が好きなだけです。

最近の記事

【エッセイ】「喧嘩したがる人々」へのアンチテーゼ

 僕は接客業に携わっているから、当然様々な人に出会う。時には今日はじめて会ったのに昔からの知合いかのように親密になれる人や、あるいは逆にとことんまで人の親切心を拒否し、距離を取る人もいる。人間というのは実に多様だなと感心するばかりである。  そして、時に望ましくない人とも出会う。初対面にもかかわらず敬語を使わず、こちらが発言した内容を聞かず一方的に自分の意見を押し通し、こちらが口を開けば「は?」と威圧する。こちらが提案すれば否定し、その上「この会社の程度がしれる」や「ありえな

    • 【エッセイ】ポパイ「車とシティボーイ。」

      (写真:ポパイ公式サイト『「車とシティボーイ」発売中!』(2023.06.28, 2023.0701閲覧)から引用、下記リンク先)  僕はほぼ毎日コンビニを利用するんだけど、必ず雑誌の棚を確認する。例えば『ポパイ』や『ブルータス』は定期購読しているわけではないけど、好きな題材が取り上げられていれば手に取る。  どちらもマガジンハウスからの出版で、僕のお気に入りだ。雑誌づくりに強いこだわりを感じるし、何より一目見た瞬間に「紙の雑誌・ムックが欲しい!」と思わせるブック・デザイン

      • 【エッセイ】ポップの魔術師ーーE・L・O

         エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)の音楽に出会ったとき、僕は少なくとも90年代以降に若者を中心としたバンドで作られたものだと錯覚した。  ポップで耳障りのないメロディ・ライン、シンセサイザーなど電子機器で効果を加えた声とサウンド、ソフトでくせがなく、軽やかでリズミカル、爽やかな歌声…。それに初めて聴いた音楽が「ミスター・ブルー・スカイ」だったから、若くて洒落たシティー・ポップ的な雰囲気をよりいっそう見いだしていたのだ。  そのため、ELOのMV(「ドント・ブリン

        • 『にわたずみ』

             ムラサキと出会ったのは、使い古しの雑巾のような雨雲から無数の高圧洗浄機による豪雨が降り注いで運転見合わせが発生した、あるターミナル駅の改札前だった。僕は汗臭く湿った電車を降り、防災無線のようにアナウンスが鳴るなか人混みを掻き分けて改札を出ると、騒々しい駅構内を遠くから眺めている彼女を見つけた。僕は彼女に左手を小さく上げた。数秒後に彼女もスマフォを持った手を振った。 「ずいぶんな人間と雨だね、ムラサキ」と僕は眉を持ち上げて言った。舌が硬口蓋に貼り付いた心地がして、幾分か音

        【エッセイ】「喧嘩したがる人々」へのアンチテーゼ

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        • 移動遊園地
          6本

        記事

          ウィズ・ザ・ビートルズ

           世の中には「想定される偶然」というものがあると僕は思う。そもそも「偶然」が想定されうるなら、それは厳密に言って「偶然」ではなく、「必然」なのではないかと思うかもしれない。でも、僕が言いたいのはそれとはまた異なる次元での話だ。  例えとして僕の話をしよう。ひどく退屈なものだし、大した結論さえなければ、警句になりそうな気の利いた一文さえもない。でも多少の我慢をしてほしい。具体例の後に必ずその結論を用意する仏教説話とは異なるのだから。  僕は両親が運転する車に乗ってある目的地ま

          ウィズ・ザ・ビートルズ

          コブ・サラダ・レポート

           コブ・サラダというものがある。日本では、アボカド、トマト、チキン、キャベツ、タマネギ、ビーンズなどをダイス状にカットしたサラダで、独特のスパイスの香りがするオレンジ色のドレッシングがかかっている。  最近ではあまり珍しいものではなく、スーパーやコンビニのサラダにも、シーズンによって出る・出ないはあるにせよ、ほぼほぼ定番の商品となっている。キューピーからはドレッシングも出ているから、家庭にとってもなじみ深いだろう。  僕もこのコブ・サラダとやらが好きで、コンビニであったら買っ

          コブ・サラダ・レポート

          移動遊園地 〔6〕

           僕は彼女に「少し離席するよ、すぐに戻る」と言って、カフェの店内を横切って外に出て、すぐ隣の通路を抜けてトイレに入った。洗面所で一通り手を洗い、鏡に映る自分の姿を見た。揃えている口とあごのひげ以外も一日分伸びていた。肌は滲んだ脂で覆われて蛍光灯に当たるとうっすら光り、眼鏡はほこりですっかり汚れていた。僕は眼鏡を外して洗い、ハンカチで拭き取った。左手で水をすくい取り、口に含んでゆすいで吐いた。茶色い水だった。  ふと僕の後ろに立つ男が気になった。今トイレに入ってきて便器の前に立

          移動遊園地 〔6〕

          移動遊園地 〔5〕

           そんな僕ら三人の仲だが、大学生ともなるとさすがに変わらざるをえなかった。僕らは首都セントレル・ポルテにある中堅大学に大した勉強をすることなく入学した。入るなら都心が良いというのが彼らの言い分で、僕もとくにしたい勉強がなかったからそれに従った。  大学があったエースタ・レヴァ区は、当時三つのブロックから構成されていた。ひとつは流行の発信地でファッショナブルなブロック、ひとつは高級マンションとブランド・ショップの立ち並ぶブロック、ひとつは格安の住宅地とボロの酒場が軒を連ねるブロ

          移動遊園地 〔5〕

          移動遊園地 〔4〕

           僕とイリィは同じリーケ・スレープルの出身で、同じシニア・ハイ・スクールと大学に通った。彼女は僕の遠い親戚だったが(僕と彼女の曾祖父が兄弟だった)、僕らが知り合ったのはシニアからだった。僕らの家系は親戚付き合いに疎く(おそらく彼女は僕が親戚であることを知らない)、ジュニアまでは学校区が異なったからだ。僕らのあいだに恋愛感情はあったか? いや、ただの一度もなかった。もちろん親戚同士ということもあるが、もっと明確な事実があった。彼女を恍惚とした目で見つめる、僕のもうひとりの友人が

          移動遊園地 〔4〕

          移動遊園地 〔3〕

           しばらくして駅ビルの東端にあるチェーンのカフェに着いた。店内のほとんどの席が人で埋められていた。彼女に二人掛けの席を取ってくれと頼み、僕は二人分のコーヒーを買った。彼女のもとに戻ろうと振り返ると、二人の老婦人らと口論する彼女の様子が見えた。僕は少し姿勢を正して彼女たちに近づいていった。「どうしましたか?」 「ジャン、この人たちが――」とイリィが言おうとすると、二人の老婦人は僕をじっと睨んだ。 「この子が言っていた連れの?」と向かって右側の婦人が言った。 「そうですが、何かご

          移動遊園地 〔3〕

          移動遊園地 〔2〕

           駅ビルを通り抜けながら僕らはいくつかの話を交した。僕らはおよそ十二、三年ぶりの再会だった。彼女の結婚式に出席したのが二十七、八で、それ以来だ。僕がたわいもない話をすると彼女は軽く短く笑った。すべての行動が軽く短くというのが彼女のくせだったが、今でもその傾向らしい。すべてが効率的で、合理的だ。  君はどこかの秘書にでもなると思っていたと僕が言うと、彼女は2秒だけ長く笑った。「誰かのために手帳を書き続けるなんて効率的かつ合理的かしら?」。僕は首を振った。  彼女のもうひとつのく

          移動遊園地 〔2〕

          移動遊園地 〔1〕

           物語がこれから始まるというのに、作者――つまり僕(小林)自身が出てくるというのは、とんだ興ざめだという気もしないが、ここは少し我慢してほしい。この物語を読むに当たって、僕と読者とのあいだに共有されなくてはならないいくつかの事実がある。映画が始まるとき――パラマウント・ピクチャーズとか20世紀フォックスとか、ワーナー・ブラザースでも良いが、それらのオープニング・ロゴを観るみたいに読み飛ばしてほしい。  最初にこの物語はフィクションである。どこまでがフィクションか?それは線引き

          移動遊園地 〔1〕

          はじめまして

           はじめまして、小林 萱草と申します。萱草は「かやくさ」ではなく、「かんぞう」と読みます。小林製薬の肝臓エキスオルニチンとは何の関係もありません。元々別のサイトで「横路 枸櫞」の筆名で文章を投稿していたので、こちらに引っ越してきた、という形になります。ちなみに「小林萱草」も筆名であり、引っ越しにあたり心機一転して変えました。なお、実在するあらゆる「こばやし かんぞう」さんと何の関係もありません。ご迷惑をおかけします。  「萱草」とは何か? 調べてみると、おそらく「藪萱草(や