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理想のお墓|短編小説

 花壇の中央に、優美な桜の木が一本植わっている。女性の腕程の太さもない、けれどしなやかな若木だ。その桜を囲うように、花壇には無数の円柱型の石材が埋められている。手のひらほどの大きさの、御影石で出来た円柱だ。大半は花壇の土の中に、指先程度だけ地面の中から顔を出して、綺麗に切り取られた円柱の表面が太陽を反射して白く光っていた。
 御影石――――つまり、墓石だ。整然と桜の周りに植えられた墓石のいくつかには、既に名前が彫られた墓石がある。その名前の人々が、必ずしもすでに死んでいる訳ではないことを私は知っている。
 共同の樹木葬用のお墓。この円柱の墓石の中にある空洞の一つ一つに、これから骨が収められていく。墓石と表したが、実のところこの御影石は骨壺である。中央の桜こそが、これから幾人もの人生の終わりの先を見守り続ける大樹になるだろう墓そのものだった。

 しゅうかつ、というのを知っているだろうか。就活ではなく終活と書く。文字通り、終わりのための活動。自分の死後について考えるための活動だ。決してネガティブな活動ではないし、むしろあらゆる人間が行うべき活動の一つであると私は考えている。何せ結婚や就職とは異なり、死は老若男女問わず万人に訪れる絶対不可避の結末だからだ。終活を行うのは高齢者が多いらしいが、最近では若い人の中でも終活を行う人が増えているという。元気に生きられているうちに自分の死に方について考えて、却って生きることに積極的になった人もいるという。ちなみに私は、その「却って生きることに積極的になった」という話に惹かれて終活を始めた口だった。
 今日は、最近終活業界で話題になっている『樹木葬』を執り行っているお寺に見学に来た。何でも、樹木葬自体は最近始めたばかりらしいが、中々に低予算でできることから人気を呼び、早速『予約』が相次いでいるらしい。だからこんなに桜が若いのかと目の前の若木を見てから、ぐるりと寺の中を見渡す。種類が同じかどうかはわからないが、寺の貫禄に似付かわしい古木があちらこちらに植わっており、当然それらは私の胴よりも太い幹を持っているのだった。

 規模としてはやや小さいお寺だけれど、歴史はありそうだし、桜の元で死ぬというのは中々理想的ではある。頭の中でいくつめかのチェックを行う。明日には、散骨サービスの見学に行く予定だ。海で死ぬのか山で死ぬのか。理想の寝床を探す旅のついでに、地元の名産品でも買って帰ろうか。つらつら考えながら、若木にもう一度目を遣る。
 私が死ぬときには、きっともっと大きく成長しているだろう桜の木。何だか急に親しみがわいて、私は桜に小さく手を振ってから寺を後にしたのだった。

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即興小説リメイク作品(お題:理想的な墓 制限時間:15分)
リメイク前初出 2020/03/19
この作品は「pixiv/小説家になろう/アルファポリス/カクヨム」にも掲載しています。

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