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【エッセイ】捜神記私抄 その四

一行小説
 世界で一番短い小説をご存知だろうか。

目を覚ましたとき、恐竜はまだそこにいた。

 グアテマラの作家モンテローソの『恐竜』というこの一行(noteの引用だと二行になってしまう)、一文の小説こそが世界最短であると思っていた(それにしても、たった一行の小説とか俳句に著作権は生じるのだろうか)。しかし、検索してみると、出てきたのは作者不詳(ヘミングウェイ作という説もある)のものだった。

売ります。赤ん坊の靴。未使用。

 これは一行で、先のものより文字数は少ないけれども、三文になっている。などと、世界最短小説を引用してみたのも、『捜神記』にはかなり短い(残念ながら世界最短とは言えないけれど)、ほんの数行の説話があるからである。先ずはテーマではなく、全464話の中からごく短い一行小説を拾ってみたい。

 第二巻通算三十二話の『東海君』

陳節は神々を訪問してまわった。東の海に暮らす東海君は織ってあった青い上着を一着、土産にくれた。

 は? それで? だからどうしたの? オチは? チットモおもしろくないのは、まさかこの短さであるけれど、何か読み落としているのか?

 訳者の竹田晃先生によれば、第二巻は「方士の説話」ということになる。スーパーパワーを求めて修業している陳節(誰だよ?)という方士が、あちこち旅して神々を訪ねて歩き、東シナ海の主である東海君に青い上着をプレゼントされた、と。ここで神というのは、もちろん一神教の絶対者でもなければ、創造神でもなく、たとえば雷神・風神のような自然現象の人格化であったり、氏神のようなものである。川の主や化け物の類いも神とされることもある。しかし、それにしても東海君のイメージがサッパリ湧いてこないではないか。

『捜神記』の成立は四世紀とされているが、翻訳のテクストとなった刊本は一千年以上後の明の万暦年間(16世紀)であって、後世の手がかなり加わっていると言われている。しかし、この話だけは誰も手がつけようがなくて放置されていたのではないか。膨らましようがないから、まるで翻案できない。

 ただ目の覚めるような鮮やかな青い上着が、瑠璃色の大海原に重なって、そのイメージだけが心に残る。

(続)

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