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【掌編】2022ワールドカップ日本代表戦を振り返らない

「もしもしオレオレ、オレだけどさあ」
「あーあんたかい」
「実は交通事故を起こしちゃって、高額の示談金を払わなくちゃ……」
「あんたね、毎回毎回同じネタでいい加減飽きへんか? こっちはウンザリやで」
「いやいや、いつか引っかかんじゃないかと思ってね。そっちは元気にやってますか」
「あんな、この歳やで、元気なワケあらへんやろ。夢見とんのかい? 日々衰弱やでー。あたしは車でお向かいさんの門扉に突っ込んで……」
「ほんまか、お迎えが来なくて良かったって。いやいや、それ聞いたから、もう二年前のことでしょ、それで免許返納したって」
「それから、犬の散歩で転んで膝を骨折……」
「それは一年前に聞いたって」
「それから、精密検査で肺に腫瘍が……」
「え!」
「……というのはウソやで」
「いやいやいや、冗談になってないし、うちの会社なんて長老格がバタバタ亡くなってるんだから、ガンで。いくらなんでも不謹慎過ぎるわ」
「あんたは元気かい?」
「んーあーまあ、なんとか生きてます。お父さんの具合はどう?」
「遺産は当てにすんなよ」
「なんで遺産の話に。リーマンショックで大損してんでしょ、元々期待してないから」
「お父さん、デイサービスで好きな人ができたみたいや」
「そんなアホな、何言うとんのや」
「実はな、あたし、又転んだんや、トイレで。救急車呼んでもらって。骨は折れとらんで脳波も正常やけど、腰をやってな。家のことは、恵ができる限る来て手伝ってくれてる」
「そうかー、悪いけど今年も帰れんよ、コロナもあるけど、年末年始待機の仕事を頼まれちゃってなあ。一人もんやさかい、頼みやすいんだろなあ」
「そうや、マーちゃん、○○大学に一発合格したで、ムウちゃんは○○の内定が決まったって」
「国立大に一流企業かい、優秀な姪っ子たちや」
「誰かと違ってな」
「じゃかわしわ」
「あたしはあんたの夢に賭けたんや……」
「あー、はいはい湿っぽくならんといてや。人も殺めず、引きこもることもなく、なんとか適応しようと努力してきたんやないかい。ところで、トイレで転んだって、また酔っ払っとったんちゃうんか?」
「いや、あんな、ワールドカップ」
「はあっ?」
「ワールドカップ観とったんや。そしてら、ほらあの、日本に勝った……」
「クロアチナな。なんやサッカー好きやったっけ?」
「そこのモンチッチが……」
「モドリッチな、ボケんのまだ早いで」
「あんた、詳しいな。日本代表を翻弄したあのゴールキーパーが……」
「いや、モドリッチは10番のエースやで、キーパーはたしかリバコビッチや」
「そのビッチがネイマールのシュート止めたんショックやったんやわ」
「おかしな略し方すんなや。てゆーか、そこはクロアチナ応援しとけって、ふつーそーだろ、日本と互角だったんだから」
「ネイマール好きなんや」
「あーはいはい、ネイマールだけちゃうんか、名前ちゃんと言えんの」
「メッシも言えるわ!」
「威張るとこちゃうで」
「酒飲みながら観とって、ネイマールが止められて、そこでトイレに立ったら、目がグルグルグル」
「朝四時過ぎに酒飲みながらサッカー観とったんか、勘弁してくれ。はあっ。酒はなんや」
「ワインじゃ」
「実はな、オレ夜勤だろ、その日は休みでオレも一人で観とったんや、クロアチナVSブラジル、それもワイン飲みながらな。凄い偶然や。この母にしてこの息子ありや。ハハハ……それで酔っ払って、別にトイレで転倒せんけどな。もう歳を考えて控えんとな」
「……酒やめたわ」
「え?」
「あたしが死んだら、誰がお父さんの面倒見る? あたしが先にいなくなったら、お父さん可哀想やろ」
「うん」
「だからやめました」
「そう……ほんまに好きやったのになあ。うん、GWには帰れると思う。そうか、お土産は酒や肴じゃない方が良いね。甘いもんもあかんし、何にすっか。オレも最近は煙草をやめてコーヒーばっかり飲んでるよ。糖尿病と肝硬変の予防にいいらしいからね。自転車を処分して一日一万歩は歩くようにしてる、都会だと車が必要ないし。じゃあ、元気でね! またね!」
「だから、この歳で元気なワケあらへんて」
「あーはいはい。あっ! 言い忘れとった、メリー・クリスマス!」

(了)

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