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田んぼ道

「おう」

わざわざ外に出てこちらに弱めの万歳をしているもう70になる父親に、周囲の目が恥ずかしいという感想など持たない大人になった自分を痛感する。

明治時代みたいな駅から昭和産の軽トラに乗り込み、平成に見放されたガタガタ道をまーーーーっすぐ走る。

右も左も田んぼ田んぼ田んぼ。

しいて言うなら左は田んぼ、右は白髪ハゲ鼻毛越しの田んぼ、といったところ。

左の白髪ハゲ鼻毛越しじゃない田んぼをぼーっと眺めているときに白髪ハゲ鼻毛の「おう」以来の声が飛び込んできた。

「お前は賞レースをみんなで見るために上京にしたんか」

「…え?」

「エックス?なんやわからんけど桂鳳(かほ)が見せてきたわ」

「あぁ」

「あれは周りにあのぉ、映ってんのは誰や?」

「…同期とか、後輩とか」

「同期て、偉そうに」

「なにがやねん」

「立派に働いてるふりすな」

「ちゃうわ、言うねん同期って」

「でや、質問に答えろ」

「なんやねん」

「お前は賞レースをみんなで見るために上京したんか」

「どういうこと?」

「聞いてんのはこっちや、答えろ」

「え?」

「…」

「芸人になるためやけど」

「芸人には見えんかったなわしには」

「なんやねんもう」

「ピザ取って酒飲んでぇ、ああお前は酒飲まんか、ジュースでピースして誰それ行ったーとか、これはなんや誰でも見れるんやろ?」

「なにが?」

「えー、エックスや」

「あぁ、誰でも見れんで」

「親として恥ずかしいな」

「えー(笑)そこまで言う」

「そこで笑っちゃうんやな」

「なんやねんいちいちもうええて」

「お前その仲間?とのノリをな、わしにまで持ってくんな」

「…え、なになになに?」

「それも嫌や、すごい不快や、大学まで行かせた息子が芸人なりまーす言うてしぶしぶ送り出してどれどれ頑張っとんかなー思たら賞レースみんなで見てまーすって同じような顔の奴らとあー出費が相当な痛手なんやろなぁっていうピザと写真とってネットに上げて久しぶりに帰ってきた思たらそいつらの前でするような瞬発力だけのリアクションを我が親の前で恥ずかしげもなくするような何者でもない人間になってしもた。お前は誰や?」

「…」

「誰やねんお前は」

「…」

「泣いてんのか?」

「いや、泣いてない“だけ”やわ」

「それをやめろ言うてんねんきしょくの悪い」

その日は実家で採れた野菜中心の晩飯を食って寝て、次の日はとくに目的もなく軽トラを運転しようと思ったけど、マニュアル車の運転の仕方がどうも思い出せず、結局ほんとうに何もしなかった。

帰りの駅までの軽トラでは、桂鳳が自分の膝の上に乗っていて、父は上機嫌に何かずっと喋っていた。

電車に揺られながらわりと序盤で気付いた。

礼服を持って帰るのを忘れた。

そのためだけの帰省だったのに。

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