暴力とはどういうことなのか

 僕には倫理観がない。自分でもそう思う。
 何故人を殺してはいけないのかわからないし、殺人者に罰が与えられる理由もよくわかっていない。

 倫理観がないというよりは、既存の倫理観に納得が行っていない、とするのが正しいかもしれない。
 傷つけられたら悲しいとか痛いとか、そういった感情論に対する共感性は持ち合わせていなかった。

 一週間前、事件は起こった。
腰を痛めている母を無理矢理座らせて、父は自分のことを過剰に認めるように迫ったのだ。
 はいはいあんたはすごいよって母が言えば済む話だ。そうしないのは母の馬鹿正直さと嘘をつくことへの嫌悪感故だろうか。とにかく母は父を満足させることはしなかった。

 父は不安に駆られ続け、母が部屋に戻ろうとしても追って承認を求め続けた。
 母は疲れ果てていた。これ以上責め立てても承認を得られないことは火を見るより明らかだった。

 あれは、紛れもなくDVだ。暴力は振るっていないし暴言も吐いていないが、母に対する暴力だ。
 僕はあの日のことを未だ許していない。怒りが沸々と湧き続け、涙と鼻水が止まらなくなる。

 人を何故傷つけてはいけないのか。それは嘘をつくよう強要されたり、自由に笑ったり泣いたりする権利を脅かすものだからだと、そういう実感を僕は得ている。
 感情が正しいものである保証はない。けれど、いかなる感情も間違ったものだと見做されてはならない。

 人の尊厳とはそういうものなのだと、今実感している。

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