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在日カンボジア人がデモ行進で訴えたこと

日本に暮らすカンボジア人が2024年6月2日、祖国で拘束される野党幹部や政治犯の解放を求めてデモ行進した。小雨が降る中、関東各地から集まった約250人が、日比谷公園(東京都千代田区)から約3キロの道のりを1時間かけて練り歩いた。

行進の先頭列が掲げる横断幕には、野党政治家2人の顔写真が特に大きく印刷されていた。

キャンドルライト党のタッチ・セター副党首と、国民の力党のスン・チャンティ党首。

フン一族が支配する現政権に批判的な野党政治家であるこの2人は、カンボジア当局に逮捕され現在も拘束状態にある。

 日比谷公園から出発したデモ行進隊

カンボジア現地での取材経験はない私だが、独立系メディア Voice of Democracyに記事を書いた経験はある。

だが、このVoice of Democracyも2023年2月、フン・セン首相(当時)の命令で閉鎖に追い込まれた。

事業免許取り消しの理由は、現首相フン・マネット氏(当時・陸軍司令官)への批判記事だった。

間接的にだが、「政府の意に沿わない報道は許されない」という独裁政権の空気に触れた感覚を今でもはっきりと覚えている。

23年7月の下院選挙では、有力野党「キャンドルライト党」が手続き上の不備を理由に排除されため、与党カンボジア人民党が大勝。その後、フン・セン氏は約40年ぶりに首相の座を降りたが、現在でも上院議長として君臨し、強い影響力を保持している。

東京を練り歩くカンボジアの人たち

観光客や買い物客で溢れる東京・銀座。「在日カンボジア救国活動の会」の露木ピアラさんは、歩道から行進を見つめる人たちに、こう訴えた。

「私たちは日本に暮らすカンボジア人です。私たちの国では今、民主主義を求めた政治活動ができない状態にあります。そのため、こうして日本で活動し、民主化の実現を目指しています。日本のみなさん、ご理解とご協力をお願いします」

日比谷公園前からライブ配信する
国民の力党日本支部のケアー・タナーさん(横断幕右前の男性)

国民の力党日本支部のケアー・タナーさんは、デモ行進を自身のSNSでライブ配信していた。視聴者の中には、カンボジアに住んでいる野党支持者がいるという。ケアー・タナーさんはこう話す。

「私たちはカンボジアが本当の意味で民主化することを望んでいます。表現の自由が認められ、公平な政治活動が許される日本のようになって欲しい」

「日本人に何を訴えたいですか」と尋ねると、ケアー・タナーさんは頷きながら、こう言った。

「カンボジアパリ和平協定の内容や、調印の前後に果たした日本の役割を忘れないでほしいです」

カンボジアパリ和平協定とは

70年代から80年代にかけてのカンボジアは、ポルポト政権による虐殺、ベトナム軍の侵攻など混迷が続いていた。80年代末になると、カンボジアは和平へ向けて動き出す。

89年に開催された第一回カンボジア問題パリ国際会議には日本も参加。翌年6月には紛争当事者のカンボジア各党派が参加する「カンボジアに関する東京会議」が開催された。

そして、91年10月、日本を含む18ヶ国などが参加したパリ国際会議で「カンボジア紛争の包括的政治解決に関する協定」が調印された。「カンボジアパリ和平協定」と呼ばれる、ケアー・タナーさんが言及した協定だ。

パリ和平協定を受けて、明石康国連事務総長特別代表が総括する国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が活動を開始。国際平和協力法に基づく国連平和維持活動(PKO)の一環で、自衛隊が初めてPKO派遣された。UNTACの活動には、自衛隊だけでなく、停戦監視要員や選挙要員として延べ1300人余りが日本から参加した。

和平合意後初となる選挙の期間中、2人の日本人が命を落とした。93年4月、国連ボランティアの中田厚仁氏が何者かに銃撃され死亡、さらに5月に文民警察官の高田晴行警視が別の銃撃事件で死亡した。

日本は期待に応えられるのか

カンボジアの内戦が終結した背景には、冷戦の終焉など国際情勢の変化もあったと指摘されている。だが、UNTACの活動で日本が果たした役割は、日本の国際貢献を考える上でも、忘れてはならない事実といえるだろう。

こうした歴史的な背景があるため、ケアー・タナーさんらは今でも日本の外交的な後押しに期待している。

カンボジア野党を支持する人たちの心には、「平和と民主的な選挙の実現に協力してくれた日本」という印象がまだ残っている、と感じた。

カンボジアで公平な選挙が実施される日は来るのか。そして、そのために日本は何ができるのか。

引き続き動向を注視して、取材を続けたい。

頂戴した温かいご支援は、取材と執筆に活用させていただきます。ここまでお読みくださり、感謝申し上げます。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。