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【回文詩】無名氏「晩秋即景」~上から詠んでも下から詠んでも夕陽の漢詩

  シンブンシ(新聞紙)
  ヤオヤ
(八百屋)

のように、上から読んでも下から読んでも同じになる語句や文章を「回文」と言います。

  タケヤブヤケタ(竹藪焼けた)
  イカタベタカイ
(イカ食べたかい)
  カバハバカ(カバは馬鹿)
  ジイサンテンサイジ
(爺さん天才児)

英語にも、例えば、こんなものがあります。

  Madam, I’m Adam. (奥様、僕はアダムです)
  Borrow or rob?
(借りようか?それとも奪っちまおうか?)
  Was it a car or a cat I saw?
(僕が見たのは車?それとも猫?)

以下は、中国語の回文です。

  你打我,我打你(お前が殴るなら、俺も殴るぞ)
  人驚鬼,鬼驚人(人は幽霊を怖がり、幽霊は人を怖がる)
  媽媽愛我,我愛媽媽(ママは僕を愛し、僕はママを愛す) 
  上海自來水來自海上(上海の水道水は、海から来る)
  上水居民居水上(上流の住民は、水上に住む)
  國泰飛機飛泰國(キャセイパシフィックの飛行機が、タイに飛ぶ)
  船上女子叫子女上船(船上の女性が、子供たちに舟に乗るように言う)
  
中国語は、漢字一つ一つに意味があり、基本的に、それを並べたり入れ替えたりして文を作ります。文法的には、とても単純なので、回文を作りやすい言語です。

漢詩にも、回文詩というものがあって、遊び心のある詩人たちが、遊興的に作っていました。

作者未詳の「晚秋即景」と題する七言詩は、その一例です。

  煙霞映水碧迢迢 
  暮色秋色一雁遙
  前嶺落暉殘照晚
  邊城古樹冷蕭蕭

煙霞の映える澄んだ碧の河水が、遥か彼方へと広がり、
秋の夕暮れの気配の中、一羽の雁が遠くへ飛んでいく。
前方の峰に落ちた夕陽の残照が、いつまでも淡く輝き、
辺境の城塞の古木が、寒々と物寂しく立ち並んでいる。

秋の夕暮れの情景を詠んだ味わい深い詩です。

さて、この詩を逆さまにして、下から順に漢字を並べ直すと、このような詩になります。

  蕭蕭冷樹古城邊
  晚照殘暉落嶺前
  遙雁一色秋色暮
  迢迢碧水映霞煙

寒々とした木々が古城の傍に立ち並び、
夕陽の残照が、峰の前方に落ちている。
遠くに雁の群れが、秋の夕暮れに飛び、
遥かに広がる碧の川面に煙霞が映える。

こちらも、同じように、秋の情景をしみじみと詠った詩になっています。

どちらも表現に無理がなく、ごく自然な漢詩に仕上がっていて、両者とも、甲乙付けがたい秀逸な七言詩です。

しかも、
前者は、「迢(チョウ)」「遙(ヨウ)」「蕭(ショウ)」
後者は、「邊(ヘン)」「前(ゼン)」「煙(エン)」
というように、しっかりと押韻もしています。

この完成度には驚かされるのですが、実は、驚くのはまだ早いのです。

「璇璣図(せんきず)」と呼ばれる回文詩があります。
五胡十六国時代の前秦の時、竇滔(とうとう)の妻蘇蕙(そけい)が、遠くへ赴任した夫を恋しく思い、絹織物に文字を縫い込んだとされるものです。

29字×29字、計841字。上下左右、どこから詠んでも詩になります。
三言・四言・五言・六言・七言の詩、計7,985首の詩が、ここから読み取れるといいます。

まだ字書すらなかった時代、電算処理をしても難しいような詩を作り上げたのですから、驚くべき代物です。






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