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『詩経』「將仲子」~あなたのことは恋しいけれど・・・

『詩経』の概説は、こちらの記事をご参照ください。↓↓↓

 『詩経(しきょう)』は、中国最古の詩集です。
 男女の情愛、収穫の喜び、兵役の苦しみなど、古代人の日常生活の哀歓を素朴な表現で伝えています。

 今回は、「鄭風」に収められている「將仲子(しょうちゅうし)」という歌を読みます。

 未婚の男女に伝統的なしきたりの制約があった時代、若い男性に心を寄せる乙女の揺れる女心を歌った歌です。 

將仲子兮   将 (ねが) わくは仲子 (ちゅうし)
無踰我里   我 (わ) が里 (さと) を踰 (こ) ゆる無 (な) かれ
無折我樹杞  我 (わ) が樹 (う) えし杞 (やなぎ) を折 (お) る無 (な) かれ
豈敢愛之   豈 (あ) に敢 (あ) えて之 (これ) を愛 (お) しまんや
畏我父母   我 (わ) が父母 (ふぼ) を畏 (おそ) るるなり
仲可懷也   仲 (ちゅう) は懐 (おも) う可 (べ) きなるも
父母之言   父母 (ふぼ) の言 (げん)
亦可畏也   亦 (ま) た畏 (おそ) る可 (べ) きなり

――お願い、あなた、
村の境を踏み越えて、
わたしの植えたヤナギを折らないで。
ヤナギが惜しいわけじゃない。
父さん母さんが怖いのよ。
あなたのことは恋しいけれど、
父さん母さんのお小言も怖いから。

 「將」は、願う、という意味。「さあ、どうか・・・」と願望を表します。
 「仲子」は、若い男子(ここでは恋人)に対する親しい呼称です。

將仲子兮   将 (ねが) わくは仲子 (ちゅうし)
無踰我牆   我 (わ) が牆 (かき) を踰 (こ) ゆる無 (な) かれ
無折我樹桑  我 (わ) が樹 (う) えし桑 (くわ) を折 (お) る無 (な) かれ
豈敢愛之   豈 (あ) に敢 (あ) えて之 (これ) を愛 (お) しまんや
畏我諸兄   我 (わ)が諸兄 (しょけい) を畏 (おそ) るるなり
仲可懷也   仲 (ちゅう) は懐 (おも) う可 (べ) きなるも
諸兄之言   諸兄 (しょけい) の言 (げん)
亦可畏也   亦 (ま) た畏 (おそ) る可 (べ) きなり

――お願い、あなた、
家の土塀を乗り越えて、
わたしの植えたクワを折らないで。
クワが惜しいわけじゃない。
兄さんたちが怖いのよ。
あなたのことは恋しいけれど、
兄さんたちのお叱りも怖いから。

將仲子兮   将 (ねが) わくは仲子 (ちゅうし)
無踰我園   我 (わ) が園 (その) を踰 (こ) ゆる無 (な) かれ
無折我樹檀  我 (わ) が樹 (う) えし檀 (まゆみ) を折 (お) る無 (な) かれ
豈敢愛之   豈 (あ) に敢 (あ) えて之 (これ) を愛 (お) しまんや
畏人之多言  人 (ひと) の多言 (たげん) を畏 (おそ) るるなり
仲可懷也   仲 (ちゅう) は懐 (おも) う可 (べ) きなるも
人之多言   人 (ひと) の多言 (たげん)
亦可畏也   亦 (ま) た畏 (おそ) る可 (べ) きなり

――お願い、あなた、
家のお庭に踏み込んで、
わたしの植えたマユミを折らないで。
マユミが惜しいわけじゃない。
人の噂が怖いのよ。
あなたのことは恋しいけれど、
人の噂も怖いから。

 『詩経』には、若い男女の情を歌った歌が数多くあります。
 とりわけ「鄭風(ていふう)」に収められた歌には、奔放で赤裸々な内容のものが目立ちます。

 「將仲子」は、夜這い(よばい)の歌です。
 若い男が乙女に会いに、夜中にこっそり女の家に忍び込んでくる、という密会のさまを歌ったものです。

 全三章から成る歌ですが、第一章で、男は村の境界線を越え、第二章で、家の塀を乗り越え、第三章で、庭の植木を倒してやってくる、というように、章を追うごとに、男がだんだんと女の近くへ迫ってきます。

 このように、時間の推移を追って段階的に歌うという構成は、前回の記事で読んだ「桃夭」と同じです。

 「踰牆」(塀を乗り越える)という行為は、後世、小説や戯曲で、男女の逢い引きを描く際の常套的なプロットとなっています。

 元代の戯曲「西廂記(せいしょうき)」には、一目惚れした鶯鶯の詩に「月を西廂の下に待つ」(夜に忍んでいらっしゃい、という隠語)とあるのを見た張生が、土塀を乗り越えて鶯鶯に会いに行く、という有名なシーンがあります。

仇英「西廂記圖」

 「將仲子」は、中国語圏でも知名度は高くなく、日本ではほとんど無名の詩ですが、恋愛詩、とりわけ女性の視点から歌った恋愛詩の元祖とも呼べるもので、中国古典詩史の上では重要な作品です。

 むろん自由恋愛などない時代です。未婚の男女は、互いに慕い合っていても、親の許しなく交際など出来ません。交際どころか、顔を合わせることすら出来ませんから、こっそり忍び逢いをするほかありません。

 そうした時代背景でありながら、「將仲子」は、実にアッケラカンとした歌いっぷりです。

 欲情を露わにしながら迫ってくる恋人に対して、女は恥じらい戸惑いながらも、喜びを隠せず、胸をときめかす・・・、という心理が窺い見られます。

 三千年の時を越えて、今も昔も変わらない若い男女のみずみずしい情感が伝わってきます。


↓↓↓「將仲子」朗誦(中国語)


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