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伝説の営業マンの話

ふと以前の勤め先の取引先に居た『伝説の営業マン』の話を思い出したので書いてみる。

今から20年程前だろうか。私がまだ20代駆け出しのサラリーマンだった頃の話である。

当時中小企業のメーカーで営業をしていたのだが、ある日お付き合いのあった大手商社の担当から電話がかかってきた。

「客先が御社の製品の購入を検討中なので、近くの喫茶店で一度打ち合わせ出来ませんか?」

その大手商社の担当者(H氏と呼ぶ事にする。)は別の担当者から変わったばかりだったため、私はそれまで一度もお会いした事が無く、その時に初めてお会いしたのだが、当時の私より10歳程度年上(40代手前位?)のそこそこイケメンなのになぜかパッとしない印象だった。

とりあえず、互いにアイスコーヒーを注文して(確か暑い日だったと思う)早速仕事の話をしようとする私を制するかのようにH氏は淡々と世間話をはじめた。

最近の御社の景気はどうですか?から始まり、当時の社会情勢など話をするのだがいつまでたってもH氏は本題の話をしようとしない。何となくガツガツしてない雰囲気で初対面なのに全く気負ってないため、つい私もだらだらと雑談を続けてしまっていた。驚くことに結局H氏は最後まで本題には一切触れず、

「それでは仕事の内容については別途メールで送りますので。」

と言い残してさっさと会社へ戻っていった。

「なんの時間だったんだろう・・・。」とあっけにとられながら帰社したが結局夕方頃にメールが届いており、幸いその後仕事的にはうまくいったのだが、H氏に対しての私の印象は、終始何だか変わった人だったなぁ・・というものだった。

その後、数か月が経ち、H氏と同じ会社の別の担当者(S氏)と客先で会った際にふとH氏の事を思い出し、それとなく話題をふってみた。

「そういえば、この間H氏と〇〇の件でお会いしたんですよ。」

「あぁ、そうなんですね。私は部署は違いますが、H氏は以前は私の部署の先輩だったので良く知ってますよ。」

さすがに喫茶店での出来事を話すのはチクっているようで気がひけたので、なるべくH氏の批判にならないように遠回しに探りを入れてみる。
実はS氏もまだ数度しかお会いしてなかったので、私としては話題を広げる意図もあって思い切って

「何となく・・・何というか。H氏って少し変わった方ですよね・・・。」

とぶつけてみた。

「・・・・・やっぱり判ります?」

話題づくりも含めてH氏をダシにした格好だったのだが、意外にもなぜかちょっと嬉しそうにS氏は即座に食いついてきた。

「あ、もしかして社内でも少し変わっているっていうような認識なんですか?」

すると今度は私を試すような言い方で

「ちなみに〇〇さん(私)はH氏に対してどういう印象を受けました?」

と逆に探りをいれてくる。ここは取引先でもあるので少し慎重に

「そうですね・・・良い意味でフランクというか・・決して悪い印象では無いですね。」

H氏って多分あまり仕事やる気ないよね、って言いたいところをぐっと堪えて当たり障りの無い事を言ってみる。

するとS氏はわずかな嘲笑とそこそこの尊敬が入り混じったような顔で

「実はH氏って社内では『伝説の営業マン』って言われているんです。」

以外な答えに少し動揺した私は

「・・・・・・・え?・・・えっと・・・・・・・・どういうことでしょう。もしかしてH氏って実はすごい方なんですか?」

それには答えずS氏は

「良かったら・・・・・・・・・・・この後時間あります?」

俄然興味をそそられた私はすぐさまS氏の誘いに乗って喫茶店に行くこととなった。建前上は今回の仕事の話をしましょうという事で。

喫茶店で2人分のアイスコーヒーが運ばれてくると居ても立っても居られず

「H氏が伝説の営業マンってどういうことなんですか?」

と即座にS氏に問い質した。

「実はH氏は当社で10年間ずっと営業成績全国一位なんです。」

「あの人が?」

あまりに本人の印象とかけ離れていたため、思わず失礼な発言をしてしまう。

「そうです。あのHさんがです。」

嬉しそうに答えたS氏も私の反応に感化されたのか、思わず若干変なおじさんみたいな口調になっていた。

名前もそれなりに知れており、全国でかなりの数の営業マンをかかえる大手専門商社で不動の全国トップ営業マンがあのH氏だとはなかなかの衝撃である。

以前にどっかの掲示板で『電設(電気設備会社)のサラリーマン』を『伝説のサラリーマン』と聞き違えるといった小話があったが、こちらは正真正銘の伝説の営業マン。

「実はすごい方だったんですね。正直あまりやる気のない方かと・・・」

苦笑いしながらそう言うと

「私が同じ部署に入った時は既に社内では『伝説の営業マン』と呼ばれていたのでなぜそう呼ばれるようになったかは僕も実は詳しく知らないんですが・・・・とにかく〇〇社を新規開拓したのがHさんで、それで一気に全国のトップ営業マンになってそれからずっとトップを守り続けているんです。」

ちなみに○○社とは誰しもが知る超大企業である。

「人は見かけに寄らないもんなんですねぇ。ちょっと変わってるなとは思いましたが。。」

「変わっていると言えば、僕が同じ部署だった時にHさんから聞いたのは、Hさんはお風呂で体を洗わないらしいんです。」

「といいますと?」

「Hさん曰く、頭を石鹸で洗えば泡が全身に流れてくるんだから体を改めて洗う必要が無いという事でした。」

「ちょっと嫌ですね。。」

「その話をHさんがされた時に近くに女子社員が居たんですが露骨に嫌な顔してましたよ。」

「でもHさんは平気そうですね・・・。」

「全く意に介していない感じでした・・。」

「なるほど。。」

そんな感じで、Hさんに関する会談はHさんがいかに変わっているかといった話が中心ですすんだ。

またまた時は流れて、半年後位だろうか。私宛にHさんから連絡があり、以前にお仕事をした客先から追加購入の話があるので、喫茶店で打ち合わせをしたいとの連絡があった。

どうせ仕事の話はしないだろうと思って喫茶店でお会いしたら、案の定世間話で終わりそうだったので、思い切って

「Hさんって社内で、『伝説の営業マン』って呼ばれてるって本当ですか?」

と聞いてみた。するとHさんは、一瞬驚いた顔をしながらもゆっくりとタバコの煙を吐き出しながら

「Sから聞いたのか。ところでその話詳しく聞きたい?」

と言ってきた。ちなみにその頃はすっかりHさんは私に対しては年下という事もあって、タメ口になっていた。

「もちろん、聞きたいです!」

そういった私にHさんは

「10年前の話になるんだけど・・・・」

と社内で『伝説の営業マン』と呼ばれるに至った経緯を話出した。

ここからは有料コンテンツとなるため課金のうえ・・・・・

(というのは冗談で)

Hさんの話を要約すると、

10年前にHさんは突然会社が嫌になり、新卒から勤めてきた大手商社を辞める決意をした。そこですぐに退職願を書いたH氏は、当時の直属の上司に退職願を持って行ったらしい。

ところが、当時の上司から言われたのは

「今辞めるのはよせ。働きたくないなら働かなくて良いから。」

と言われたそうな。当時の上司がなぜそんな事を言ったのか、今となっては判らないが恐らく社内的な複雑な事情もあったのではとH氏は推測する。

それならとH氏は営業社員にも関わらず客先へは一切行かず、毎日朝から社内の事務所でだらだらと帰社時間になるまで過ごす事にした。

そんな日々が続いていたある日、また上司から

「他部署の上の人間から、営業の癖に朝から事務所にいてだらだらしている人間が同じ社内に居ると他の営業マンの士気に関わるから何とかしてくれとクレームが来た。仕事しなくていいからとりあえず、午後位は外に出てくれないか。」

まぁ当然といえば当然である。(H氏も当時を振り返りそう言って笑っていた。)他の従業員が仕事に追われる中、ネットサーフィン等で時間を潰していたとの事で、H氏もこれには確かにそうだなと思ったらしく、次の日から昼以降は早めに外に出る事にした。

だが、一度退職する決意をしたH氏としては、そもそも熱心に仕事をするつもりは無い。かといって仕事をするわけではないので、当然時間を持て余す。そこで当初は喫茶店等で時間を潰していたらしいが、それが毎日ともなると結構なお金を使う事になり生活に影響する事に気付いた。

悩んだH氏は、出来るだけお金を使わない方法として、出入りが出来て、且つ禁煙室が充実している得意先の会社に夕方位迄入り浸る事にした。H氏いわく、その得意先が自宅と会社の直線上にあり、そこでタバコを吸って時間を潰しそのまま直帰するのが最もコスパが良いという結論に至ったとの事。

午前中は適当に事務所で時間を潰し、外で安めの昼飯を食べ、喫茶店に行きゆっくり休憩、15時頃~17時迄は得意先の喫煙室で時間を潰す。それがH氏の毎日の日課となった。

得意先からすると良い迷惑であるが、案外迷惑がられるどころか毎日同じ時間にタバコを吸いにくる社外の人間が(それも結構長い時間)居るという事で、段々物珍しさから様々な人がやってきて話かけてくるようになったらしい。気付いたら得意先の多くの人と仲良くなっていた。

そうすると中には資材や購買の担当もいる。そういった人たちから「君は毎日ここにいるけどどこの会社で一体何の仕事をしているのか」といった話になる。

当時、H氏はコピー機で使うインク等を営業をしていたらしいが、ある日資材担当の一人から

「君から買うから一度コピー機の見積を持って来い。」

と言われたそうだ。面白半分もあったかもしれないが、だがそこはH氏。

そもそも仕事に対する熱意が無いので、

「別の会社から回収してきた中古のコピー機で良ければタダで上げますよ。いつも喫煙室を使わせて頂いているお礼ですわ。」

といって、実際に会社に内緒でタダであげてしまった。

これがいつしか得意先の間で、毎日喫煙室でタバコを吸っているやつに言えばコピー機がタダで手に入ると評判になった。

得意先は前述した〇〇社で全国各県及び各市レベルで支店を置いているような大きな会社である。噂が噂を呼び、結果として全ての支店からタダでコピー機をくれとの連絡がH氏にくるようになった。

H氏が回収した中古コピー機を次から次へと得意先へばらまいた結果(相当数だったらしい)、次の月から日本全国から大量にインクや印刷代の発注が入るようになった。

結果、10年経った今でも大して仕事はしていないにも関わらず、売上は全国トップだという訳である。

ちなみに中古とはいえ、コピー機をタダで配った件については、当時コピー機自体を販売していた隣の部署の部長が血相を変えて次々とどなり込んで来たらしいが、何とか当時の上司が方々に手をまわして事なきを得たとの事。

最後にH氏は得意気に

「現在では当たり前のコピー機は無料で、印刷代やインク代で回収する手法は俺が最初に開発した。」

と締め括り、にこやかに笑った。嘘のようで本当の話である。
(H氏の「俺が最初に開発した」は本当かどうか定かではない。)

今ではH氏はどうしているかは判らないが相変わらずやる気が無いのであろうか。ちなみにこれは20年以上も前の話であるが、やる気の無い人間ですら雇えっておける程度の余力は日本の会社にはあったと思う。

今の日本では果たしてどうだろう。

おしまい。




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