なぜ現役時代に「笑う」ことを封印したのか
私は高校から35歳まで「笑顔」を封印しました。
その結果、愛想が悪い記者泣かせの選手になってしまったんですが、それには理由があります。
(※写真は小5)
私は中学生までは楽しく走っていたのですが、駅伝強豪校の須磨女子(現須磨学園)に入ってから生活は一変します。
往復3時間の通学、厳しい練習メニュー、学業。とにかくこなすことに精一杯。強い高校に入っても、自分が1番強いわけではありません。だから、練習に集中したい。練習以外で、エネルギーを消耗したくない。
どこを削るか考えた結果・・・
「笑う」ことをやめました(なんでやねん!極端すぎ!不器用かよ!)
陸上部の中では、コミュニケーションも取るので、全く笑わない、ということはなく、むしろ心を許した相手には笑うことはありました。でも、他の部活の人たちに対しては基本的に「あぁ」という塩対応で突き通しました。そんなことをしていると普通は「ノリ悪い」という空気になるのかもしれませんが、関西の学校だったからかそっけない対応をすればするほど、周りが笑かそうとしてきました。
「また今日もつめたいわぁ〜」(関西弁で再生してください)
なんて言われ続けましたが、私は強くなるために塩対応を徹底。
立命館大学にいっても、愛想は悪いままで、愛想が悪いのに(?)大学ではキャプテンを務めなければならず、必要最低限の言葉だけで部員とのコミュニケーションを計っていました。
しかし、実業団に入り、マラソンに転向すると、「笑わなかった」ことへの弊害が出てきます。マラソンで結果を出していた私は、記者からインタビューされることが多く、自分の言葉で伝えなければいけない機会が増えました。その結果、笑顔で受け答えすることもなかったので、愛想の悪い記者泣かせの選手となってしまったのです。
また、その現役時代のイメージが強いために、セカンドキャリアを歩み始めた当初は「仕事を依頼したくない」と思われるというマイナスからのスタート…。それを払拭するために、私は笑顔の練習をすることからはじめることに。
ここで私が言いたいのは現役時代から笑顔でいたり、愛想良くしよう、なんてことではありません。それができている選手が多いので、これはアドバイスにもならないでしょう。だけど、今思えば、笑うことこそ、心に余裕ができてる証拠だと思うのです。私は強くなるために笑うことをやめたのですが、笑っていた方がストレス解消にもなっていたはずです。
だからここで私が特に現役選手に伝えたいのはすごく当たり前のことだけど、オフの日は、メリハリをつけて自分の好きなことに没頭する時間、笑い合える相手との会話が必要です。特に陸上選手は個人競技なので孤独になりやすいです。ケガが長かった時、心の拠り所に自己啓発本を読んでいましたが、もはや私の大好きな吉本新喜劇を見ていた方がよかったのではと思います(笑)
私は引退してから、「表情筋の大事さ」と「笑いは悪ではない」ことに気付きました。(35歳にして小学生並みの気付き…)
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