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居場所のない「私」

私には居場所がない!

こんな風に疎外感を感じる時があります。
そもそも≪居場所≫がないってどういうことでしょうか?
ここで言う≪居場所≫には含みがあります。

ここでは必要とされていない!
ここでは役に立てない!
ここでは受け入れられていない!

つまり、≪居場所≫がないと感じる何らかの理由があるわけです。

必要とされなければいけない!
役に立たなければいけない!
受け入れられなければいけない!

ここにいるためには何らかの条件があることになります。
そしてその条件は受け身になっています。
受け身であると言うことは、ここにいるためには≪誰か≫の許可が必要だと思っている状態です。

この《誰か》が問題です。

これも自作自演ですから、誰かの許可が必要なのではなくて自分が「私」に許可を出していないことになります。

何故許可を出せないのか?

(私が)「 私」を必要ではないと決めている
(私が)「 私」を役に立てないと決めている
(私が)「 私」を受け入れないと決めている

つまり不要な存在であると決めているわけです。

何故そう決めているのか?
理由があるからです。

なぜなら
私には能力がないから
あるいは
私は劣っているから
あるいは
私は分不相応だから
あるいは
私には価値がないから

「私」の存在をそんな風に定義づけている可能性があります。

能力がない?
劣っている?
分不相応?
価値がない?

何故そう決めているのか?
何故それがわかったのか?
これを裏付けるようなコンテンツが色々浮かんできます。

あれがない!これがない!あれが出来ない、これが出来ない!
あの人より知識がない!あの人よりスキルがない!あの人より好かれていない!
高級感がある場は私に相応しくない!経験のない私には分不相応!
だから私には価値がない!

ないないづくしです。
潜在意識は≪居場所≫がない理由を探し続けます。

私の《居場所》に許可が必要な《誰か》とは一体誰なのでしょうか?

それに気づくだけでいいのです。

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