「代官山あやかし画廊の婚約者」×「文鳥シリーズ」のコラボ短編
「文鳥ですが転生しました!」
この物語は、「文鳥ですが守ります!」「文鳥ですが守りたい」の「文鳥シリーズ」と
9/15に発売「代官山あやかし画廊の婚約者
~ゆびさき宿りの娘と顔の見えない旦那様」のコラボで、仲町自作小説のセルフパロディでもあります。
文鳥とレイモンドが代官山にいます。
軽い気持ちで、楽しんでいただければ幸いです。
では、はじまり、はじまり~~~~
◆◆◆◆◆
アリス・ウイスランドは、真っ白な羽を持つ文鳥だ。
もとの姿は、白銀の髪に緑の瞳をした十六歳の男爵令嬢だったのだが、浪費家の両親から弟を救うためのお仕事「レイモンド王子様を守る役」を引き受け、魔法使いにより人から文鳥へと姿を変えられたわけである。
――あれから九年。
緑鮮やかな、夏のある日の代官山。
その人気(ひとけ)のない路地を、十五歳になった元王子とともに短い足でテケテケテケテケと歩く小さなブタ。
正確にはマイクロブタと呼ぶらしいが、これが今のアリスの姿である。
「レイモンド様、暑いです。もう歩きたくないです、ブー」
「だから言っただろう。ここ、日本の夏はぼくたちがいた世界と比べて暑いのだ。特に今年の暑さは異常だと、気象庁も言っていた。それなのに、ぼくの言うことなど聞こうともせず、外に行きたいと駄々をこねたのは、おまえだ」
「だって、あんなに高い塔にずっといたら息ができません。部屋に行くときも狭い箱に乗って、上に行ったり下に行ったり。レイモンド様、あれには、どんな魔法がかかっているのですか?」
「魔法ではない、電気だ。そして、あの箱はエレベーターというのだ」
「エ……レ? 」
聞きなれない単語に、アリスは立ち止まりレイモンドを見上げた。
サラサラの真っ黒な髪に、同じく黒い瞳。
それが、レイモンドの今の姿だ。
あの、金色の髪に青い瞳は消えてしまったのだ。
そして、なによりも残念なのが
「……レイモンド様の鼻、低くなりました」
じろりとレイモンドがアリスを睨む。
しかし、アリスは気にしない。
「レイモンド様の生意気なほどに、ツンとしたお鼻の、ツンが消えました。あのツンはいったいどこに置いてきたのですか?」
「ぼくに聞かれても困る。気がついたら、この国の人仕様になっていたのだ」
「そうですか……。わたしにしても、はっと気がついたら、周りに小さなブタがたくさんいましたものね」
アリスとレイモンドは、あちらの世界からこちらの世界へと異世界転生したのだが、その場所は別々の場所だったのだ。
レイモンドは、母のビクトリアとともに代官山へ。
そして、アリスは――。
「レイモンド様がわたしを迎えに来てくださった場所は、養豚所でしょうか? 」
「あれは、小さなブタ専門の店だ」
「なるほど。小さな豚肉の店ということですね」
「……違う」
「レイモンド様に見つけていただかなければ、わたしは今頃トンカツになっていました」
「そんなわけないだろう」
「トンカツって、おいしんですか?」
「ぼくは、ブタになったおまえを前にトンカツの味について語るほど、神経は太くない」
「レイモンド様!」
髪は黒くなっても、レイモンドは変わらない。
ちょっとした言葉の端々に思いやりがある。
アリスがテテテテテと歩きレイモンドの足にポテッとすり寄ると、「おまえは本当にっ!」と怒るような声とともに、アリスは抱き上げられた。
レイモンドの顔が、アリスの前にある。
黒い目に少し低くなった鼻だけれど、それでも充分にレイモンドは美しい。
「重いぞ、おまえ」
「ブタですもん。ブヒッ」
レイモンドがアリスを胸の前で抱く。
「空を飛べないのは、つまらないだろう?」
「レイモンド様とこうして一緒に歩いてお散歩に行けるのは、至福のひと時です」
レイモンドと出かけるとき、アリスは彼の肩やポケットの中にいた。
文鳥の体で一緒に歩くなんて、それはどうやっても無理だったのだ。
だから、アリスはブタでも嬉しい。
「……五分も歩かなかったくせに」
ぶちっと文句を言いつつ、レイモンドが歩き出す。
ブタになったアリスの大きさがちょうどいいのか。
レイモンドはアリスを膝の上に乗せたり、ベッドでも抱き枕のようにしたりと、なにかと構ってくれる。
多分、飛べなくなったアリスを慰めてくれる意味もあるのだろう。
レイモンドの優しさが、アリスの薄ピンク色の肌にじんわりと染みる。
さてさて。
さっきまで地面を這うようにテケテケしていたアリスの視界は、レイモンドの腕の中にいることで一気に変わった。
アリスは、自分が暮らすことになった街を見た。
レイモンドと暮らす高い塔のような家もあれば、三角屋根の家もある。
道には円柱の柱が間隔を空けて立ち、柱の上の部分には紐が渡されていた。
また、王都でも見ないほどの大きなガラスが填められた建物がたくさんあって、ガラスの向こうには服や菓子や家具。そして、絵があった。
アリスはガラスの向こうに飾られた一枚の絵に目を留めた。
「レイモンド様、この絵を見てください。この世界の人が描く絵は本当に変わっていますね。肖像画でも風景画でもなく、あの三角とか丸とか、絵の具をこぼしたような」
「こういった絵を、抽象画と呼ぶのだ。母上曰く『Don't think, feel!』だそうだ」
「……まったくわかりません」
Don't think, feel! の意味もわからなければ、絵もわからない。
「文鳥、おまえが見たいように見ればいいんだ」
「その通り」
突然の低い声に、アリスとレイモンドはびくりとした。
背の高い男性だった。
男性は手に大きな荷物を抱えていたため、アリスからはその顔が見えない。
「絵の見方はいろいろとありますが、大事なのは、自分の心がどう感じるかです。丸だっていろんな丸があります。大きい、小さい。色は? それをどう感じる? 温かい? 冷たい? 怖い? 楽しい? たった一つの丸からも、ぼくたちは無意識に実に様々なことを感じているのです。そして、それを言語化してみると、この絵に対して自分がどう感じているか。どう見ているかを、知ることができるでしょう」
男性が荷物を持った手で器用に、小さな四角い紙をレイモンドに渡してきた。
「ぼくは、この先にある画廊のオーナーです。よかったら遊びにいらしてください」
「ブタを連れて行っても、いいんですか」
「もちろんです。お待ちしています」
男性はそれだけ言うと、アリスたちが来た道へと歩いて行った。
アリスは男性の姿が小さくなったところで、ようやく口を開く。
「レイモンド様っ!! あの方、わたしが話しているのを絶対に、聞いてましたよねっ!」
「……そう思いたくないが、そうだと思う」
レイモンドの顔が暗い。
「どうされましたか?」
「一般的に、ブタは話さない」
「そうでございますね、ブー」
「……おまえ、話すときにわざと『ブー』をつけているだろう」
「今頃言いますか? 気に入っているのです、ブーブー」
「……まぁいい。ブタは話さない。けれど、ぼくはブタ相手に会話をしていた。つまり、あの人は、ぼくが一人二役を演じ、話していると思ったのだろう。そう考えないとブタが話しているのに、あんなに涼し気な声で名刺まで渡してくるなんて考えられない。あぁ、この世界に来ても、やっぱりぼくは『変わり者王子の』ままなのか」
レイモンドは唸るが、アリスはなんとなくそうじゃないような気もした。
「レイモンド様。今度、あの人のガローに行ってみましょうよ」
「そうだな。おまえを連れて入れる店って限られているからな」
「ところで、レイモンド様」
アリスはくいっと太く短い首をひねり、レイモンドを見上げる。
「ガローってなんですか? ジンジャービスケット、ありますか?」
「ない」
「そうなんですか……」
だったら、いったいガローってところには、なにがあるんだろう。
行って楽しいことなんか、あるんだろうか。
その時、上空からゴーっと、音が聞こえ始めた。
「レイモンド様、上、上です。ほら、ヒコーキです!」
「……あぁ」
アリスとレイモンドは、青い空を飛んでいく白い翼のある物体を見た。
「あんな小さなものに、何百人もの人が乗っているそうですよ」
「すごいな」
この世界は驚くことばかりだったけれど、なかでも一番驚いたのが飛行機だった。
「いつか乗ってみたいですねぇ」
「そうだな」
いつまでこの世界にいられるのかわからないけれど、その間は思い切り楽しみたい。
男爵令嬢だったアリスは、文鳥になった。
そして、今はここでブタをやっている。
戸惑うことも多いけれど、それでもアリスは毎日が楽しい。
「レイモンド様、この先のお店で、かき氷が食べたいです」
「あぁ、あそこはブタもOKだったな」
「そうです、ブー」
「……おまえは、少し歩け。食べてばかりだと体に悪いぞ」
「……ブー」
ブーブー言いながらもアリスはカフェまで歩いた。
そして、帰りはご褒美とばかり。
レイモンドの腕の中で心地よく揺られ、魔法の箱が上下する塔まで帰ったのでありました。
(おしまい)
※最後までありがとうございました。
コラボでパロディなので、「代官山あやかし画廊の婚約者」にはレイモンドもアリスも出てきません。
「代官山~」の本編前の出来事。
でも、この男性が誰かは曖昧に書いています(笑)。
あれこれ迷惑にならないように、工夫して書いた物語でございます。
さて。
いよいよ9/15に、2冊目の本が出版されます。
書き下ろしの新作で、ここでしか読めない物語です。
作品紹介は、書籍情報を。
みなさま、ご予約、よろしくお願いします!!