「君たちはどう生きるか」は聖書と言ったジブリのヤバさと、そこから考えたい大切なこと
君たちがどう生きるかがアカデミー賞を受賞しました。
とても喜ばしいことですね。
で、受賞に際してプロデューサーの鈴木敏夫さんが「君たちはどう生きるかという作品には、聖書的側面があるから、欧米のほうが受けると思っていた」みたいな事を言っていました。
フツーに聞くと「そういうものか」と聞き逃してしまいますが、これってよく考えると、かなりヤバい事を言っているのです。
今回は、鈴木敏夫Pの発言のヤバさ、ジブリのヤバさについて、アカデミー賞受賞の言葉から広げて解説。
聖書ってなんだっけ?
そもそも聖書って何かって話なんですけど、聖書というのは、キリスト教の思想とか方針とかの規範となる書物ですよね。その役割というのは細かくは、社会生活を営む上での倫理規範ってことなんですよね。
こうしたほうが、世の中はうまく回りますよ、こうしたほうが幸せになりますよ。善人はコレ、悪人はコレ、良いことはコレ、悪いことはコレ、という基準を指し示している。そのベースとなる寓話を集めた書籍である、と。
で、「君たちはどう生きるか」はそういう、人生による倫理規範を聖書的に多分に含んでいたから、欧米人にとってメッセージ性が強く、称賛をともなって受け入れられた、という話なんですよね。
それ自体がすごいことなんですけども、ここでちょっと話を「日本人の倫理観」に広げて考えてほしいのです。
日本人の倫理観は何者によって形作られたか?
もしあなたが「日本人の倫理観が誰によって作られたのか?」という、質問を受けたら、なんと応えるでしょうか?
先ほど倫理というのは社会規範と述べました。なので、倫理観というのは基本的には、国の宗教、地域共同体、経済を担う会社とかの組織、そして文化を介して、世代から世代に受け渡されるものとなっている。
では、日本人の場合はどうか?
日本人の倫理形成に寄与するもの
統計とかだせないので個人的な話になっちゃうんですけど、50歳よりおおむね上は、宗教的なもの、国家による教育、会社組織等からの影響、地域共同体、あとは映画や芸能、そして書物等による倫理観への影響が強いと思うのです。メディアとしては新聞や書籍とTV、映画等が比重が大きい。
では50歳以下の世代はどうか? 影響を受けたジャンル自体は上の世代と変わらないとは思いますが、比率でいうとメディア方面から与えられたマンガ・アニメの影響がとんでもなく強いと思うのですよね。
そしてその影響力をもったマンガ・アニメというのは、数多の少年誌少女漫画誌のヒット作、メジャーな放映作品等〜幼少時において藤子不二雄系とジャンプ等少年誌系、あるいは少女漫画系の作品の影響が大きいと思っていますが、男女だれしも触れるものと考えたとき、その中でのジブリアニメの重要さはずば抜けていると思うのです。
それによって、例えば現代の特定世代以下の日本人の善悪の倫理基準に、ジブリアニメ的価値観、ジブリ的倫理観の影響がものすごく強く出ていると思っている。ジブリはそれほどまでに影響力が強い作品ですよ、と。
というかジブリの鈴木敏夫さんなどはもう明確に言明しているんですよね。
「ジブリは社会的になにをやっているのか?」と問いかけられた時に、「倫理をやっている」って過去インタビューで普通に答えているんですよね。ある種の社会規範をジブリアニメを通してずっと提示してきたんだ、と言っているんです。
倫理による影響あるくない?
で、その倫理観による影響がどんなところにでているのかと言うと──たとえば、昭和の時代に比べて、昨今の若年世代が妙に真面目で品行方正であったり、正義感が強かったりする事にもつながっているんじゃないかって思うんですよね。現代日本には、ジブリで基準で考えた時の正しさとか苦しみがあるんじゃないかなー、と思うんですよね。
え、実感ない?
ジブリにそんな影響力ないと感じる?
まあまあ、そう思う事あるかもしれません。ですが、もうちょっと俯瞰的に自分たちを見てほしいと思うのです。
ジブリが日本人に植え付けた行動バイアス
倫理というのは、社会における行動バイアスなんですよね。
倫理というのは、共通の認識として世にひろがることで、社会の空気をつくったり活動に方向をつけたりする力があるんです。
学校で倫理の授業を受けている時は、そんなこと思いもよらなかったですけどね。もちろん倫理というのは誰しもが従うものではありません。ですが、この場合、例えば「善悪の基準となる線を引く」という事が重要なのです。この話は、その線引きの役割を学校だけでなく、マンガ・アニメが示す倫理も担ってきた、という話です。
で、ジブリなどは特に意図して明らかにそこに線をひいて、世に影響を与えた、と。
倫理観付与の雑歴史背景
いえね、本来そういった倫理を人民に広める役割というのは、宗教と地域共同体が担っていたんですよね。
ただ、日本でいうと、それが戦前に国家宗教と国の教育によって一度統合され、さらに敗戦してぐちゃぐちゃに壊されている。敗戦で倫理基準が一度失われるんですよね。で、そこから世界にならって、学生運動とか労働争議とかして、政治思想方面から倫理バイアスを形作ろうとするんですけど、これもまた日本の経済成長とバブルによって吹き飛ばされている。
そうして、日本には、宗教も市民活動もいまいち信用できないもの扱いされて、戦後ずっと倫理的な隙間があったんです。そこにメディアカルチャーから、マンガ・アニメが長年に渡ってしこまれきた。その中でもいちばん倫理的かつクオリティをもった万人に届いた作品としてジブリがいた。人々はそれをなんだかんだ見続けた。そういう構図は確かに存在していた。
宗教が失われ、地域共同体が崩壊し核家族化が進んだ日本において、このジブリの影響というのは必然的に絶大なものになっていたと思うんですよね。ジブリは何十年もかけて、その倫理教育の隙間に入り込んで、倫理によるある種の行動バイアスをしかけたんです。
突破者たちの野望がジブリに
さらにいうと、鈴木敏夫さんも、宮崎駿さんも、高畑勲さんも、学生運動世代であり労働運動世代です。
社会への影響を考えて、アニメーションを作る意義をそこに見出すのは必然でもあります。
鈴木敏夫さんが「君たちはどう生きるか、は聖書的なものをやっていた」「ジブリは倫理をやっていた」は、ちゃんと確信犯的でもあるってことです。
その結果、僕らは、なんだかんだ戦争はもちろん基本的に反対であるし、強い男はユパ様やアシタカであり、強い女子はナウシカやらなんやらであり、良い年長者はゆばーばであり、ドーラであり、愛すべき悪人はカリオストロ的ルパンになっちゃうんですよね。
諸々の影響の結果、僕たちはとんでもなく均一な善悪や品位のラインをもっているのです(それに従うかどうかはおいといて)。それって、よく考えるとかなりとんでもないことだよなあ、なんて思うのです。
倫理規範がジブリアニメであることのヤバさ
ジブリ映画はもう素晴らしい作品だし大好きなのですが、ただ一点だけ気になっているのことがあるのです。
果たして、ジブリ的倫理規範のバイアスは、日本人がこの混迷した世界を生きるにあたって、ほんとうに常に正しいものとなりうるのか?
清廉潔白すぎるジブリの恐ろしさ
僕はジブリ作品の影響力で一番難しかったなあ、と思うところは、子供向け作品であるがゆえに「現実世界のどうしようもない悪意や不条理」を目に見える形で作中に込められなかったことがあると思うんですよね。
谷を助けるために王蟲に身を投げる、首を返すためにダイダラボッチの死をふりまく巨体に身を投じる、まだ使いこなせないデッキブラシに乗って振り落とされる誰かを助けに行く、最後の手段として破壊の言葉を一緒に唱えて城のすべてを壊す、そういった正義からくる破滅的な行動をしても、お話のいずれもラスト奇跡によって救われるものとなっていますが──現実世界はそうではないんですよね。
現実には、どうしようもない悪意や不条理があって、ジブリ的善性によるアクションが通用しない瞬間のほうが多いかもしれない。それは個人や地域だけでなく、国際社会でもそうだったり。
もちろん危機に際しては、適切な訓練を積みあげた優れた人が、悪意や不条理に立ち向かうだろうと思っていますが、一方でジブリ的倫理観を受け継いだ大衆である僕らが、短絡的に彼らの足を引っ張るんじゃないの?あるいは、グレーなものブラックなものをただ排斥してしまい、それによって自らの首をしめることになるんじゃないの? なんてことも考えてしまったり。
それくらいジブリ的な倫理バイアス強い気がしているのです。どうなんでしょうね。もうほんとわからないですね。
ですが最後にもう一つ
いまんところ、ジブリの清廉潔白すぎる倫理バイアスのヤバさについていろいろ話ましたが──実は面白いことに、ナウシカの原作版コミックは「悪意と不条理」がちゃんと入っているんですよね。それもエグいくらいに。あの作品は戦中世代の宮崎駿監督が見てきた、人の醜さや恐ろしさがちゃんと入っている。
個人的には、あっちこそ映像化して世にぶつけて、世に人のあるべき倫理を問うてほしかった作品だったりします。
アニメ版ジブリの倫理観に足りなかったものが、原作版ナウシカにはある気がしているんですよね。
ただ、もう監督は作れない/作らないと思いますけど。
あと、庵野秀明監督にも絶対にナウシカ2を作らせるなって思いますけど、それはまた別の話。
あらゆるフィクションの作り手の仕事
そして、僕は自身がそう思うなら──ジブリ的バイアスに不安を抱き、原作版ナウシカに希望を見出しているなら──新しい時代の僕らは、たぶんジブリに変わって、ジブリの決めた良いもののライン以外の、新たな倫理観も引き続き提示していかなきゃならないんだろうな、なんて思いました。
現代社会における物語の役割とはそういうモノなんだな、などと。
画像参照:スタジオジブリ © 2005-2024 STUDIO GHIBLI Inc.
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