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岩手県奥州市伝統の精進料理、くるみ豆腐は「くるみ味」

「醍醐味」という言葉がある。
 至上の美味さを意味する言葉であり、そこから転じて物事の中でも特に味わい深い部分を指す言葉であるが、その由来はその名もずばり醍醐と言うかつて存在していた乳製品を指す。

 これと似たような例として、岩手県の一部の方言では「非常に美味しい味」という意味で「くるみ味」や「くるみの味」という表現を用いる。
 そんな岩手県では数々のクルミを使った郷土料理が存在するが、その中でも特にクルミを強く感じられる料理はくるみ豆腐であろう。

 くるみ豆腐は岩手県の奥州おうしゅう市の伝統料理だが、周辺地域のスーパーでも見かける。特にお盆や法事の際に精進料理として食べられることも多いので、この季節はさらに見かける機会が増えるだろう。
 料理自体は水と共にすり潰したクルミを裏漉しして砂糖と葛粉で練り、冷やして固めて作る、いってしまえばごま豆腐やジーマーミ豆腐のクルミ版といった類の食べ物だ。そのままだけではなく、生姜入りのみたらしタレのようなものをかけて食べることも多い。
 面白いのが、同じ料理が山形県や新潟県でも食べられているらしいことだ。同時発生的にそれぞれ生まれたのか、何かしらのルートでそれぞれの地域に広がったのか、どちらでもあり得るようなレシピなのがまた面白い。

 さて、すり潰す手間があるこの料理は、やはりと家庭で作られる機会は減っている。しかしその作り方は自体はすこし手間こそかかるが手順そのものはシンプル。子供と一緒にでも作れそうな簡単なものだ。

 今回は主にテレビ岩手公式チャンネルにて紹介されていたレシピを参考に作ることにする。

クルミ in すり鉢

 くるみ豆腐のレシピは複数あるが、ほとんどに共通して書かれているのはクルミは洋くるみではなくオニグルミを使うことを推奨するという記載だ。
 一般的にスーパーなどのナッツ売り場やおつまみ売り場で売られているクルミは厳密にはセイヨウグルミやペルシアグルミと呼ばれるもので、対して日本在来種のクルミのうちでよく売られているのは標準和名オニグルミと呼ばれる種のものだ。山グルミなどとも呼ばれるほか、単に和グルミというとこの種を指すことが多い。産直などに売られているのは大抵この種だが、スーパーでも乾物コーナーにゴマなどと並んで売られているイメージがある。

クルミをとにかくすりつぶしていく。
柔らかいので思いのほか簡単に滑らかになる

 このクルミをすり鉢で滑らかになるまですりつぶしていき、滑らかになったら水の半量を加える。
 今回はクルミ50gに対して水400mlを用意し、この段階では200mlを少しずつ加えながらすりつぶしクリーム上から徐々に緩くしていった。
 そしてこれを布で濾し、残ったカスを再びすり鉢に入れてすりつぶしつつ残りの水を徐々に入れて徹底的にクルミの中身を溶かし込んでいく。

すりつぶされ、水に溶かされたクルミ水(?)。
写真では伝わらないが非常に良い香りがする

 そして濾したクルミ水をフライパンに移し、クルミと同量の砂糖と葛粉を加えてしっかりと溶かす。
 葛粉は一気に入れるとなかなか溶け残りが消えないので、葛粉に少量のクルミ水を加えて水溶き片栗粉ならぬクルミ水溶き葛粉を作ってから入れたほうが恐らくベターだ。

砂糖&葛粉 in クルミ水

 しっかりと葛粉が溶けたらフライパンを中火にかけて練っていく。
 想像以上に早くプルプルとした緩いクリーム状になるのだが、この状態ではまだまだ冷やしてもしっかりとは固まらないらしく焦げつかないようにしながらしっかりと練っていく。

火にかけて間もなく緩いクリーム状になっているところ。
ここまでは本当にあっという間だ

 そういえば、フランス料理のブラマンジェは元々西欧の貴族が宗教上の理由で肉を食べられない時に牛乳の代わりにアーモンドミルクを使ったものだったという話をうろ覚えながら聞いた覚えがある。
 洋の東西を問わず、宗教上禁忌から肉食ができない日に食べるものとしてナッツを砕いて水に溶かしたものができたというのはなかなか面白い。
 そういえば、セルビアのベオグラードに行った際には街の中心部にあるマクドナルドの隣にプレスカヴィツァ (セルビアなどで食べられている、非常にジューシーかつぷりっぷりの豚肉や牛肉、羊肉のミンチを焼いて玉ねぎと共にパンに挟んだもの。バルカン風ハンバーガーといえばそうなのだが、こちらについてはどうやらケバブの派生らしい)の人気店があり「ルートは違えど最終的に人間は似たようなものを美味いと感じるのか」と興味深く思ったことがあったななどと思い出す。

 そんなことを思いながら練ること10分、突然に木ベラへの手応えが増す。
 明らかに新たなフェーズに突入している。これくらいのタイミングで冷やすことであのもっちりかつしっかりとした固まり方になるらしい。

木ベラを持ち上げると三角形がしっかりと出来上がる状態

 これを型に入れて冷やせばほぼ完成なのだが、最後の最後でやらかしてしまう。

 準備していた容器にラップを敷き忘れたことに気づき、火を止めた状態で30秒程度放置してしまった。
 その結果がこれだ。

フライパンの中で固まってしまったくるみ豆腐

 この状態になってしまえば再び火にかけても溶けることはない。まだ芯の方は柔らかいので一縷の望みをかけてこのまま型に入れる。

無惨な状態ながらも

 なお冷やす際は、冷蔵庫に入れてはいけないことにも注意だ。
 デンプンに水を加えて加熱することで糊化 (古い科学事典などではα化と書かれていることがある)してまさにデンプンのりのような状態になるが、糊化したデンプンは低温では徐々に水分が抜けてしまい、ボソボソの食感になる。これをデンプンの老化という。
 この澱粉の老化が起きやすい温度は2℃から4℃、まさに冷蔵庫の中の温度だ。食べる直前にだけ冷蔵庫で冷やす程度なら影響は少ないだろうが、もっちりとした触感を味わう為にもまずはしっかり時間をかけて冷まそう。

冷えて完全に固まったくるみ豆腐。
案の定ぼろぼろになってしまった

 見た目については結局あの時点で手遅れだったらしく、ぼろぼろの状態のまま固まってしまった。
 しかし肝心なのは味である。口に入れると葛粉特有のもっちりぷるん、そしてねっとりとした食感の後にクルミのまろやかながらも香ばしい風味が広がり、後から甘さが追いかけてくる。
 なるほど、確かにこれは「くるみ味」だ。
 それなりに甘さはあるが思っていたほどにはしつこくない。クルミを使ったお菓子ということでもっと濃厚なイメージだったが、食べてみると脂っぽさはあまりなくそれでいて香りが楽しめる。「さわやかにクルミを味わう」という、意外となかなかない料理である。

 そして奥州市のくるみ豆腐の面白いところは、刺身の代わりとして食べる点にある。
 どちらかというと菓子よりの味なのだが、これをツマやシソと共に盛り付けて生姜を効かせた甘い味噌だれにつけて食べるのだ。

盛り付けたくるみ豆腐。
ツマの代わりに茹でたマロニーを添えたが
これに味噌だれをつけて食べてもなかなか美味しかった。
問題はデンプンonデンプンになることか
味噌ダレをつけたくるみ豆腐

 ビジュアルのせいで味の想像がつかなかったが、考えてみればクルミ+味噌は串餅でも定番の味付け。外れようのない組み合わせだが、ここに生姜のピリリとした風味が意外なほどによく合う。味噌だれも甘めに味付けしているのだが、そのおかげかくるみ豆腐自体の甘さを感じにくくなったらしく何故か急に刺身っぽくなるのが面白い。

 食べて美味しく作って楽しいくるみ豆腐。
 最近はお盆の時期でも肉や魚を食べる家庭が殆どだろうが、季節の味ということで一食程度はこういった精進料理に舌鼓を打ってみるのも悪くないだろう。

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