ソロプレイヤーの独り言
ドラムが唸る。
俺の握るスティックがしなりながら、フロアタムやスネアを、千手観音の様に叩きまくる。
音楽室に俺の叩くドラミングが響き渡る。
ドラムを叩いている時だけが、俺の自由な解放されたひと時だ。
3点セットといわれるハイハット、スネア、タム、フロアタム、クラッシュシンバル2つにライドシンバルのシンプルな構成。
1つだけ違うのは、バスドラムのペダルが2つある事ぐらいだ。
このドラムセットは、俺の家から音楽室に持ってきたもの。
時々後輩が叩いたりしているが、俺使用にカスタマイズされているから、本来のドラムの音はそう簡単に出せる訳がない。
とはいえ、俺も3年生になる。
そろそろ進学の事も、しっかりと考えなければならない。
このドラムセットも、このまま高校に寄付しようか、なんて考えたりもしている。
しかしギターもベースもボーカルがいないドラミング。
これが俺にとって、大好きで仕方がない。余計な音が混じらない、俺だけの世界。
ソロでドラムを叩いたっていいとも思っている。
でもそれはあくまで『聴かせられるドラム』だと、俺は思っている。
自分のドラミングが、果たしてそこまでの領域に辿り着いているのか? と言ったら、疑問を感じてしまう。
せめて文化祭で、俺のドラムが体育館で響けばいいかと思っている。
「宮川、お前の成績なら希望の大学に行けるぞ? 進学しないつもりか?」
進路相談で担任が俺に言う。
俺は勉強が嫌いだ。
大学に行くより、とっとと社会に出て働きたいと思っている。
それに大学の奨学金制度だって馬鹿にはならない。就職して返済だってしなければならない。
勉強嫌いの俺が、そんな思いをしてまで大学になんて入学はしたくない。
「先生、前にも言ったけど、内定は取れているんだろ? だったらそれでもいいじゃないか」
「しかしなぁ、勿体ないぞ?」
「嫌なんだよ、苦労するのがさ」
「だが高卒より大卒のほうがいいぞ」
「学歴なんて関係ないよ。とっとと働いて地に足を付けたいだけだよ」
俺は席から立ち上がって、教室を出ていった。背中から担任の声が聞こえたが、俺はそのまま無視して音楽室に向かった。
後輩たちが「お疲れ様です!」と、俺に挨拶する。
「先輩、少しだけ付き合っていただけませんか?」
「何だ? ドラムがいないのか?」
「今日はバイトで部活休んでいるんですよ」
時々こういう事がある。
後輩の頼みでは仕方がない。
「いいよ」
俺はドラムセットの椅子に座り、スティックケースから叩き慣れているスティックを取り出した。
「で、何をやるんだ?」
「おこがましいとも思うのですが……セッションしていただけませんか?」
「セッション?」
「はい、自分のベースと先輩のドラムでセッションしたいんです」
ベースか。
悪くない。
同じリズム隊ではあるからな。
そのまま俺はドラムを叩き出した。
後輩は慌ててベースを構えて奏で始める。
後輩は指引きでベースを弾く。
俺は後輩のリズムに合わせてキープをしていく。
後輩のベースラインが唸り出した。
なるほど、どっちが上手く奏でられるか、音で勝負って訳だな。
俺はベースの音色に合わせ、しかしドラムの音、リズムも少しずつ調整して叩いていく。
だがやはりまだ甘いな。
俺がリズムを変えると、後輩のベースが少しだけズレ始める。練習はしているのだろうけど、まだまだというところでだな。
「ありがとうございました」
後輩は俺に頭《こうべ》を垂れた。
「お前のベース、もう少し調整が必要だな。でもセッションで付いてこれるだけ、中々の腕前だから大事にしろよ」
「ありがとうございます!」
余計なアドバイスをしてしまった。
やはりドラムは1人で叩くのが良い。
他の連中が何と言おうと、俺は1人で叩いて奏でられるのが幸せな時間だ。
進路だの就職だの何もかも、その瞬間だけ忘れる事が出来る。
ソロプレイヤー。
俺のドラミングはまさにそれ。
ソロプレイヤーのドラマー、か。
そんな風に考えてみると決して悪くない。
最後の文化祭、試しにソロでドラムだけを演奏してみるのも悪くない。
俺はドラムを叩く。
俺のドラムには、うねりがある。
今しか出せないドラミングがある。
ソロプレイヤーも中々良いもんだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?