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偶像剣聖殺人事件―都市警吏ヨルカンの憂鬱―

 《剣聖》アルビム氏が秋季15日目、衛星都市「イズキリー」の宿泊先で殺害された。享年64。
 アルビム氏は二十代にして新興パーティを率い、各地ダンジョンを踏破。王歴653年大戦序盤では、パーティメンバー三人を失いながらも敵将《金剛妖僧》アダマントラの首級を上げ、その功績から戦時中には異例の叙勲を受けた。大戦後は王国配下騎士団へ入団、668年以降に頻発した隣国ジュナーンとの紛争でも活躍し、騎士団三番隊隊長に就任。天覧試合においても大将を務めたほか、永年の活躍を認められて一昨年《剣聖》の称号を授与された。密葬は近親者のみで行われており、後日国葬が予定されている。
――「王都セントテラ報」秋季17日号。

「第一発見者は宿の女中です。朝食の時間になったので陪膳に訪れたところ、死体を発見したそうで」
 都市主催剣術大会を明日に控えたイズキリーの宿の一室。三級警吏アブホストの報告を、二級警吏ヨルカンは寝巻のまま袈裟斬りにされたアルビムの亡骸を眺めながら聞いていた。その右手には愛剣が握られたままだ。
「アブホスト。君、軍学校で剣術の成績は?」
「軍閥貴族のボンボンには負けませんでしたが、才能あるヤツにはとうとう勝ち越せませんでしたね」
「剣聖様の寝込みを襲って勝てる?」
「強盗なら他を当たりますし、私怨なら他の方法で晴らします」
 ヨルカンの視線が白刃に移る。刀身には脂の曇りも血の汚れもない、下手人は無傷で剣聖殺しをやってのけたのだ。
「偶然押し入った強盗が剣聖を正面から無傷で殺せるとは考えにくい。とすると怨恨か暗殺かだろうけど――あれ?」
 アルビムの手を取ったヨルカンが、疑問の声を上げた。続いてアブホストの手を取って見比べる。
「とんだ剣聖様だよ。これじゃあ一太刀浴びせる前に」
「なるほど、これは剣士ではなく女優の手ですね」
 老いているとはいえ、その手は生前剣を握ったことがないほどに白く美しいものだった。(続く/798文字)

甲冑積立金にします。