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大臺神楽闇夜 1章 倭 3高天原の惨劇8

 泓穎の策により部隊は五人一組の小さな組に小分けされた。その小さな組が山を散策する。と、言っても一万と数千の兵が同時に動いているのだから八重兵から見やれば大部隊が攻めて来ている様にしか見えないのは確かである。だが確実に違うのはその行動である。
 五人一組…。つまりリーダーとなる者がその中に存在し、小さな組は其のリーダーを中心に動く。
 大平原での戦と違い山の中は非常に視界が悪い。加えて障害物が多く、八重兵は罠を持って攻めて来る可能性がある。そうなれば数十人単位の部隊編成では移動に手間が掛かり、伝達が思う様に行き渡らず痛手を喰らってしまうし、そうなれば立て直しにも時間が掛かる。だが、小さな組であれば移動が容易となり伝達は常にリアルタイムで伝える事が出来る。仮に何処かの組が攻撃されたのなら周りの組が組単位で反撃にでる。此の時もどの様な判断を出すかは各リーダーに委ねられている。つまり、傍目からは大部隊であっても、その中身は全くの別物なのだ。
 だが、既に八重に策は無いと泓穎は踏んでいる。其れでも安易に攻めず確実に相手を殺す事を考える。其れが蘭泓穎なのだ。
 各組みは不透明な山中をテクテクと進む。炭となった木々を見やり、頻繁に地面を突き刺す。幾ら山を焼いたからと言っても落とし穴は健在である可能性が高いからだ。事実崩れ落ちた木々が幾つもの落とし穴に落ちその姿を露わにしている。
「よくもまぁ…。此れだけの穴を掘れたものだ。」
 落とし穴を見やり倭兵が言った。
「そうだな…。無駄に頑張ったってやつだ。」
「あぁぁ…。王嘉の策が上手く行った。が、此れはやり過ぎではないか…。山が炭の宝庫だ。」
 周りを見やり言う。
「確かに…。やり過ぎだな。」
「だが逆に身を潜めやすくなった。」
「それだ…。草木は燃えたが崩れ落ちた木が視界を遮っている。」
「身を潜めているか ? 其れともとっくに逃げたか…。」
「いるさ…。」
「何故そう思う ?」
 と、首を傾げる。
「何となくだ。」
「なんとな…。うが !」
 と、突如倭兵は苦しみ乍ら崩れ落ちた。
「おい ! どうした。」
 と、仲間を見やるその刹那次々と倭兵が苦しみ乍ら崩れ落ちて行く。其れは自分の組だけで無く周りの組の兵士も同じ様にバタバタと倒れて行く。
「な、なんなんだ…。何がおこっている。」
 と、倭兵は周りを見やるが此れと言って何があるわけでも無い。倭兵は身を屈め倒れた仲間を見やると首に矢が刺さっていた。
「矢だと…。」
 と、盾を構え警戒するが無数の矢が飛んで来ている形跡はない。だが、確実に仲間が射抜かれているのは確かである。此れは倭人にとって…。否、秦兵にとっても不可解な事であった。何故なら彼等にとって狙って射抜くと言う考えが無かったからだ。
 確かに狙って的を射抜ける者もいる。相手が中距離より手前であれば可能である。だが、此れは極小数であり大半の者は的を射抜く事が出来なかった。此れは腕が悪いと言うよりも寧ろ弓の精度が悪かったのだと言える。だから大量の矢を弧を描く様に放つのだ。そうすれば必ず誰かに当たるからだ。
 だが、今の此れは違った。
 倭兵は倒れた仲間を一人、又一人と見やる。皆が皆首を射抜かれている。

 偶然か偶々か…。

 否、此れは偶然でも偶々でも無い。何故なら彼等は船上から矢を放ち的を射る事が出来るのだ。其れが八重国の海軍なのである。そんな彼等が足場のしっかりした場所から弓を射るのだから当たらぬ筈が無いのである。しかも弓の精度が段違いに違った。八重兵の放つ矢は長く驚くほどに真っ直ぐなのだ。其れに対し倭兵や秦兵が使う矢は遊牧民が使う矢よりは長いが真っ直ぐでは無い。だから真っ直ぐには飛んで行かないのだ。手抜きや大雑把と言うよりは此れは弓に対しての考え方の違いなのだ。
 だが、この違いが大きな混乱を招いた。鋼鉄の肉体を持つ倭人であっても弱点はある。肉体の柔らかい部分は倭人であっても柔らかいのだ。その部分を的確に射抜いてくる八重兵は脅威となり倭人の動きを鈍らせた。その隙をついて隠れていた民が竹槍で倭兵の喉を突く。何人の民が上手く突けたかは分からないが成功しようと失敗しようと突いたら直ぐに逃げる。一人でも多く次に繋げる為にチャレンジは一回と決めていたからだ。だが、其れを見過ごす倭兵では無い。直ぐに逃げる民を殺そうと行動に移すが八重兵の矢が其れを拒ませる。首を射抜け無いなら膝の裏を狙い動きを止める。
 此れは困ったと倭兵は盾で身を守り、組長が鼓を鳴らす。其の音を合図に次々と鼓が鳴らされやがて大鼓がなった。
 倭兵の動きが止まる。彼等は八重兵とその民を探しているのだ。だが大体の予想はついていた。彼等は炭となった木々に身を隠しているのだ。其れは逃げて行く民を見やり確信した。彼等は身体中に炭を塗り体を黒くしていたのだ。つまり、衣を脱ぎ、鎧も着けず…。体に炭を塗っただけの状態で待ち構えていたのだ。
 この行為は一見無謀に思えるかも知れないが、秦兵や倭兵の武器に対して鎧の意味をなさぬ鎧はただの重しにしかならない。だったら捨てれば良い。そして此の捨身の策が皆の緊張と集中を極限迄高めていたのだ。
 八重兵は木の上や崩れた木々の中に身を潜め弓を引きチャンスを待っている、民は逃げた先の木々の影に…。一瞬の隙を我物にする為に竹槍をギュッと握りしめている。
 騒ついた戦場は異様な程静かである。倭兵はジッと動かず八重兵を探している。八重兵はいつでも射抜ける様にと弓を引いている。放つ一本一本を無駄には出来ない。当然矢には限度がある。無限に増殖される訳では無い。無くなれば全速力で逃げねばならないのだ。勿論逃げながら矢を射る事も出来るが確実に殺す事は叶わないだろう。だったら殺せる時に殺す。八重兵はそう考えている。其れに動かぬ倭兵の前に出るは自殺行為である。
 緊迫した空気が張り詰める。其の中を状況を理解していない者が四人。蘭泓穎達である。蘭泓穎をガードしている兵は万妓炎、鄭斎家(ていさいか)趙悠範(ちょうゆうはん)である。泓穎達はテクテクと其の中に現れ周りを見やる。
「す、帥升…。身を屈めよ。」
 倭兵が言った。万達は直ぐに身を屈めたが泓穎は立っていた。
「身を ? 何故 ? 其方らは何をしておる ?」
 と、問う泓穎を八重兵が狙う。
「矢が狙っている。」
 と、言った最中矢が泓穎目掛けて飛んで来た。
「矢か…。」
 ヒョイっと其れを避け泓穎が言った。泓穎の動体視力はとても良い。と言うよりも泓穎は既に八重兵が木に隠れている事を知っていた。理由は無い。ただ偶然見つけたのである。だから、至る所に隠れているのだろうと周囲をこまなく観察していたのだ。
「そこからでは見えぬか…。まったく上手く隠れるものだ。」
 と、泓穎は素早く弓を引き隠れている八重兵を打ち取った。と、同時に別の八重兵が泓穎目掛けて矢を放つ。が、泓穎は又も其れを避ける。
「又避けた…。見えているのか ?」
 と、八重兵は身を隠すが泓穎が指で八重兵達が隠れている場所を示す。
「帥升…。真逆見えているのか ?」
「何をだ ? 其れより八重兵の場所を鼓で伝えよ。」
「応…。」
 と、組長が鼓を鳴らす。緊迫した空気の中鼓の音が響き渡る。其の音が示す場所に八重兵がいる…。だが、竹槍を持った民がその瞬間を狙っている。だから、迂闊に矢を打てない。
「何故放たぬ ?」
 泓穎が問う。
「竹槍を持った兵が矢を放つ瞬間を狙っているからだ。」
「竹槍を…。」
 と、泓穎は周りを観察するが流石に此の場所からでは見つける事が出来ない。組を弓討伐と竹槍討伐に分けたいがいかせん組みが多すぎて伝達は無理である。
「中々やるではないか…。正確に矢を打ち、竹槍で急所を突いてくるか…。」
 首を射抜かれた兵を見やり泓穎が言った。
「我等が思うより厄介だな。」
 万が言う。
「否、そうでも無い。八重兵は矢で我等を誘導しておるのか、もしくは竹槍を構えた兵が近くにいる場所から攻撃しておるのだ。」
「竹槍を持った兵は向こうの方に逃げて行った。」
 倭兵が言った。
「なら、弓兵は既に我等が手の中ではないか。」
「否、まだ竹槍兵が残っているかも知れない。」
 万が言った。
「まったく…。何を恐れておる。隠れている事が分かっておるのであろう。其れが何処であろうと姿を見せねば攻撃は出来ぬ。だが、弓兵は違う。闇に隠れ射ってくる。」
「確かに…。」
「竹槍兵等出て来た所を切れば良い。まったく…。猿相手に翻弄されよるとは情けない…。」
 そう言うと泓穎はもう一度鼓を鳴らさせた。
 そして又一人泓穎は弓兵を射抜くと、其れに合わせる様に無数の矢が放たれた。無数の矢が炭となった木々を破壊していく。砕けた炭が飛散し八重兵を追い詰めていく。と、言っても泓穎が示した場所は五箇所程である。つまり追い詰められている八重兵は五人。だが、隠れている八重兵は五百…。五人殺した所でどうなるのか ? 正直どうにもならない。だが、泓穎にとっては其れで良かったのである。何故なら仲間を守るために八重兵は必ず弓を射ってくるからである。射ってくれば自ずと隠れている場所が分かる。そして、竹槍兵は近くにいない。否、いたとしても警戒していれば怯える必要は無いのだ。
 そして、泓穎の考え通りに八重兵は矢を放つ。倭兵が一人、又一人射抜かれて行くが今度は倭兵がその場所に大量の矢を放つ。
 辺りは粉々になった炭の粉塵が舞い炭クズが宙を舞う。隠れていた八重兵は討ち取られた者もいれば上手く木から木に飛び移った者、木から落ちた者様々だが逃げ切れた者はいない。
 木から落ちた者は直ぐに剣で突き殺され、木から降りて逃げようとした者も又倭兵に斬り殺された。
 不意を突くからこそ意味がある。だが、予想と違い退路の確保は皆無だった。当初の策は矢を放ち直ぐに別の場所に移動する予定だった。だが、予想に反した倭兵の行動は八重兵をその場所に止める事となる。倭兵は盾を構えその場に留まったのだ。
 此れは誤算である。八重兵達は倭兵は一旦後退するか、焦り隊列が乱れると考えていた。その隙に倭兵に弓を射り乍ら移動し又隠れる予定だった。何よりその場所には新たな矢が隠してある。
 既に矢は底をつきかけている。持ち運べる矢などたかがしれているのだ。どれだけ八重兵が弓の名手揃いであっても矢が無ければどうにもならない。矢は無限に存在していないのだ。
「矢を放て ! 」
 倭兵が叫ぶ。炭となった木々が次々と砕け散って行く。其の中を八重兵は必死に逃げる。が、ことごとく討ち取られて行く。的にされていない八重兵も矢を射り倭兵を一人、又一人と討ち取って行くが其の者にも矢が放たれる。
「こ、此れはだいへんだがや…。」
 竹槍を構え潜んでいる民達は其の状況を見やり困った。予定通りに事が進まないからだ。
「ど、どうするだ ?」
「だよ…。ごのままだぁよ。八重兵さ全滅だぁよ。」
「だよ…。だずげに行くだよ。」
「いぐが…。だどんも儂等いっでどうなるだ。」
「八重兵さ全滅じだら儂等も全滅だぁよ。」
 と、話している間に既に我慢出来ない民が倭兵に向かって走って行った。
「う、うぉぉぉぉぉ !」
 雄叫びを上げ乍ら竹槍を振り回す。
「す、ずげろくが行っただぁよ。」
「ええい。儂等も行くだぁよ。」
 と、釣られる様に千の民が倭兵に突撃を開始しする。
「来た ! 竹槍兵だ ! 向かえ打て。」
 と、倭兵は襲い来る民を向かえ打つ。
 此れは無惨である。圧倒的な差であったのだ。戦闘訓練等した事も無い民が兵士に勝てる訳など無いのだ。隠れていた八重兵も剣を抜き応戦するがただの虐殺にしかならなかった。其れでも喰らいつく。切られても突かれても向かって行った。
 一人でも多く。
 一人でも…。
 一人でも…。
 その思いだけが八重兵と民を突き動かす。
 だが、既に真面な判断が出来ない状況に落ち入り始めていた。接近戦で急所を狙う事は困難である。急所以外の攻撃は全く効かない。強靭な肉体を持つ倭人は正に神であるのだ。
「帥升…。戦に加わらぬのか ?」
 其の状況をボーっと見ている泓穎を見やり万が問うた。
「加わらぬ。あれは兵士では無いであろう。」
「民だ。しかも裸で向かって来ている。」
「まったく…。拍子抜けだ。詰まらぬ策、挙句は決死の特攻とはの…。」
「おごりじゃな…。」
 と、冷たく凍る様な声で三佳貞が言った。泓穎は慌てて後ろでに振り返る。其処には万の喉を突き刺した三佳貞がいた。
「三佳貞…。」
「おごりから来る油断じゃか…。」
 と、カッコ良い台詞だが、此の場所に来たのは偶々である。秦兵を避け、散策する倭兵を避け乍ら進んでいたら偶々蘭泓穎の姿が見えたので三佳貞達は蘭泓穎を殺す事にしたのだ。
「ほぉほぉ、其方は常に驚かしてくれる。良くこの場所に来れたものだ。其れで其の者達は三佳貞の友達か ?」
 春吼矢達を見やり泓穎が問うた。春吼矢達は既に残り二人も殺している。だが、泓穎は動じない。だから周りにいる倭兵も動じる事なく見やっている。
「そうだ。」
「そうか。其れよりあの集落には行ったのか ?」
「行った。」
「良い土産があったであろう。」
 と、泓穎はケラケラと笑い出した。泓穎の態度に春吼矢達は合口を握りしめ構えを取る。
「応…。美佐江の首は其方の母より勇ましい死に顔であったぞ。」
 怒りを抑え三佳貞はクスリと笑ってやった。
「良い…。実に良い返答だ。何とも虐めがいのある娘だ。」
 と、言うやいなや泓穎は瞬時に剣を抜き貞人耳の顔面を突き刺すと名も無い二人の首を刎ねる。泓穎の動きの速さに誰もが対応出来ぬまま三人の仲間が殺された。
「さ、貞人耳 !」
 と、日美嘉が泓穎に襲い掛かるが泓穎は蹴り一発で其れを跳ね除けると周りにいた倭兵が日美嘉達に襲い掛かって来た。
「蘭泓穎…。死ね !」
 そして、三佳貞は泓穎に攻撃を仕掛ける。が、逆にコテンパにされた。
 三佳貞の攻撃は当たらず、交わされついでにパンチや蹴りが見事に決まり、泓穎の攻撃を受け流そうにも上手くタイミングを掴めず中途半端な受け流しは逆に隙だらけになってしまう。つまり、三佳貞は泓穎にフルボッコにされてしまったのだ。
「三佳貞…。此処は一旦皆と合流じゃ。」
 春吼矢が叫ぶ。既に生き残りは四人。元々七人しかいなかったので戦況的には大した変わりは無い。其れでも精神的には大きな痛みである。何も出来ないまま瞬時に三人の仲間が殺されたのだ。此れは春吼矢達の心に大きなダメージを与えた。圧倒的な力の差を見せつけられた春吼矢達は戦う前から追い詰められた事になる。
 否、そもそもの話…。一万の兵を相手にたったの七人増えた所でである。
「じゃよ…。こいつら強すぎじゃぞ。」
 日美嘉が言う。多間樹は攻撃を避ける事に必死で喋る暇がない。
「逃げるか ? 其れが良い。逃してやるぞ。」
「舐めるな…。我等は…。」
 と、言う三佳貞の手を引っ張り春吼矢達はそそくさと逃げ出した。
「な、なんじゃか ! 何で逃げるんじゃ。」
「逃してくれると言うたじゃか。此処は一旦撤退じゃ。」
 必死に走り乍ら春吼矢が言う。
「じゃよ…。我等はコッソリ部隊じゃか。」
 多間樹は半泣きである。
「兎に角、体勢を立て直さねばじゃ…。」
 と、日美嘉達は必死に逃げるが、逃げている先は八重兵と民が虐殺されている最前線である。
「な、なんじゃかこれは…。」
 其処は八重兵と民の骸で埋め尽くされた山であった。無惨に殺されて行く八重兵と民の姿が目に焼きつく。春吼矢達は一人でも多く逃そうと倭兵に襲い掛かるが相手にもならなかった。持っている武器は合口だけである。否、例え剣を持っていても鈍な剣ではどうにもならない。つまり、真面にやり合って勝てる相手ではないのだ。
「逃げよ ! 撤退じゃ !」
 日美嘉が叫ぶ。
「三子の娘だぁよ。いぎでおっただがよ。」
「だよ…。撤退だぁよ。」
「撤退じゃ ! 皆逃げよ !」
 春吼矢が叫ぶ。
「撤退だ ! 撤退 !」
 八重兵が叫ぶ。
 そして其れらを嘲笑うかの様に大鼓が鳴り響いた。戦闘終了の合図である。泓穎は騙す事無く三佳貞達を逃してやったのだ。
「大鼓 ? 倭兵が…。」
「真逆本気で逃してくれよる気じゃか ?」
 撤退して行く倭兵を見やり日美嘉が言った。
「コケにしよってからに。」
 と、三佳貞は倭兵に向かって石を投げた。
 コツンと倭兵に石が当たる。倭兵は立ち止まり後ろでに三佳貞を睨め付けると、三佳貞はアッカンベをしてみせたので倭兵は剣を抜き襲い掛かる振りをして見せた。三佳貞は驚いてすっ転んでしまった。
「三佳貞…。何をしてるじゃか。」
 と、春吼矢が三佳貞を立たせてやった。三佳貞は倭兵の姿が見えなくなる迄睨め付けていた。
 真に悔しかった…。だが、其れ以上に虚しかった。目前に広がるは骸の山。脳裏に残るは美佐江の首。美佐江はどの様な最後を迎えたのか…。死んで行った皆はどの様な気持ちだったのか ? 自分は皆の思いに答える事が出来るのか ? 否、答えなければいけないのだ。自分がでは無く我等が…。三佳貞はフト迂駕耶の方を見やる。
 脳裏に李禹の言葉が蘇る。

 我等を繋げ…。

 李禹はそう言っていた。
 繋げか…。
 どうやって ?
 と、三佳貞はボーッと迂駕耶の方を見やっている。
「何をみておるんじゃ ?」
 ボーッと突っ立ている三佳貞を見やり日美嘉が問うた。
「我等は勝てよるんじゃかのぅ。」
「当たり前じゃかよ。その為に我等は此処で踏ん張っておるんじゃかよ。」
 当然の様に日美嘉が言った。
「じゃぁ言いよっても蘭泓穎も倭人も強すぎじゃかよ。」
 と、言うと日美嘉はケラケラと笑い出した。
「な、何がおかしいじゃか。」
「三佳貞は何も分かっておらん。」
「何がじゃ ?」
「卑国の鬼はもっと強いんじゃ。」
「…。其れは嘘じゃ。」
「嘘では無いぞ。あの娘はこの国一番じゃ。誰にも負けよらんじゃか。」
 と、日美嘉は剣をブンブンと振り回した。
「日美嘉…。何じゃかその剣は ?」
 と、三佳貞の心は迂駕耶から剣に移った。
「其処で拾いよった。」
 と、三佳貞に見せびらかす。
「ハァァ…。見事な剣じゃか。」
「まだ一杯落ちておる。」
 と、日美嘉は指を指した。
「なんと…。まだありよるか。」
 三佳貞はその方向を見やりテクテクと歩いて行く。其れを聞いていた者達も同じ様に歩いて行くと倭兵の骸から剣やら鎧を剥ぎ取り始めた。三佳貞は鎧を着けないので剣だけを拝借したのだが思ったよりも重かった。
「重…。此れは無理じゃか。」
 と、日美嘉を見やると日美嘉は軽々とその剣を振っている。三佳貞は忘れていた…。日美嘉は馬鹿力の持ち主なのだ。と、三佳貞は剣をポイっと捨てて川辺に向かって歩いて行った。
 そして、泓穎は二千の倭兵を中集落に残し焼き払った山をテクテクと進み第二砦に戻り始めていた。山道を塞いでも焼き払った山を進めば第二砦に戻る事が出来る。そして焼き払った事で罠も一緒に焼けているので安心である。
「帥升…。本当に良いのか ?」
 帰り道で陽が問うた。
「何がだ ?」
「三佳貞も殺されるぞ。」
 泓穎は残した二千の倭兵に敗残兵の討伐を命じていたのだが、三佳貞を殺すなとは命じていなかったのだ。
「あ…。忘れていた。まぁ、縁が有れば生き残れるであろぅ。」
「有りそうだな…。八重兵も中々しぶといからな。」
「そんな事より妾は腹が空いた。其れに既に勝敗はついておる。」
 と、言った泓穎の言葉は真である。奇策により多くの倭兵が命を落とす事になったのは事実。だが、其れ以降の戦闘での戦死者、負傷者はゼロである。逆に八重側の戦死者は千を超えていた。たったの数刻の間に千の人が死んだのだ。つまり、既に八重側には戦う力は無いのである。其れに泓穎にはすべき事があった。軽く見やり、罵ってはいるが泓穎は慎重である。つまり泓穎は数百の倭兵を一旦本国に戻らせ数十万の倭兵を迂駕耶に集結させるつもりなのだ。
「ついているか…。確かにそうだな。」
「二日持たぬだろうな。」
 と、泓穎は言ったが実際は一日も持たなかった。倭兵の鎧に身を包み、倭兵の武器を手にしても其れは全ての兵や民が手にしたわけでは無いし、手にしたからとて強くなれる訳でも無い。
 結果は虐殺であった。
 既に策は無く。地の利を活かした攻撃も二度は通じなかったのだ。
 生き残ったのは三佳貞と日美嘉だけである。
 次々と殺されて行く八重兵と民を前に成す術が無く、春吼矢と多間樹も其の中で殺された。既に全滅は明らかだったのだ。

 だから…。

 日美嘉は三佳貞を連れて逃げた。
 三佳貞は逃げる事を拒んだが、日美嘉は三佳貞をボコボコに殴り無理矢理連れて逃げたのだ。怖いからでも死にたく無いからでも無い。繋げる為である。其れを理解していたのか八重兵と民が命を懸けて支援した。そのお陰で三佳貞と日美嘉は助かった。
 倭兵が去った後、三佳貞と日美嘉は又川辺に戻り洞穴に身を潜めた。傷を癒す為である。三佳貞はその中で李禹の話を日美嘉に聞かせた。

 それから…。
 二週間が経った。

 日美嘉は李禹の話を全く理解してくれなかった。

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