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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 2

 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が取った政策はハナ国に混乱を招く事になった。特に母親連中からは猛反発を食う事になったのだが、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は其れに大激怒してしまい一時は壮絶な修羅場となった。だが、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) の圧倒的な勝利に終わり、母親連中は幼子の教育を右主に任せる事を承諾させられる事になった。だが、子育てから解放された娘達は、これ迄反発してきた態度を一変し此の政策は素晴らしい物だと言って更に子作りに励む様になった。

 つまり…。

 楽になったのだ。

 だから、当初は七つから共同生活を始める事にしていた右主に、五つからが良いと勝手に娘達を預けに来た。特に現役の兵士は訓練と子育ての両立が困難だった。だから、兵士には特に有り難がられた。
 と、なると幼子の数が一気に増えてしまう。だから、千佳江(ちかえ)は其れ専用の集落を作る事にした。
「成る程…。確かに兵を担う娘達には負担が大きいじゃかよ。」
 娘達がセッセコと作る集落を見やり乍ら賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言った。
「じゃよ…。産んで直ぐの子を預けにきよる娘もおるじゃかよ。」
 千佳江(ちかえ)が言う。
「分かりよった。なら、早急に次の策を発動しよるか。」
「次の策 ?」
 と、千佳江(ちかえ)は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やった。
 そう、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は既に次の段階を考えていた。其れは今の卑国の娘達が当たり前としている退役した娘が子を育てると言うものである。
 ハナ国では皆が兵士として戦うのだが、現役組と退役組の二つの組が存在する。現役組は訓練を主体として日々を過ごし、退役組は狩や、農作業等の生活を主体として過ごす。
 娘達は十五の年に兵士となり、四十の年に退役する。退役と言っても戦になれば兵として戦うのだが、主な役割は後方支援である。
「退役組の娘に子育てを任せよるじゃか ?」
「じゃよ…。退役組の娘は皆が良きマダムじゃ。産まれた子を大切に育ててくれよる。」
「じゃが、マダムは怖いじゃかよ…。誰がお願いしよるんじゃ ?」
「此れは、お願いでは無い。強制じゃ。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はサラリと次の段階に移行した。
 まぁ、千佳江(ちかえ)の不安とは逆にマダム連中は気分良く其れを承諾してくれたので、千佳江(ちかえ)はホッと肩の力を抜いた。
 こうして奥子(おくこ)の原型が出来上がり、ハナ国は更に強い国作りを始める様になった。又、格集落の治安も娘達が役目を持って行動する事により、未然に反乱を防げる様になった。こうしてイタチゴッコは幕を下ろし、安心して戦に望める様になったのだ。
 だが、何故賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ)は 娘達の反発を覚悟してでも国のあり方を変え、強固な物に仕様としたのか ? 其れは迂駕耶(うがや)が八重国を建国した事も其の一つだが、其れよりも大きく賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) に決断させるきっかけを与えたのは霊夢にあった。
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が見た霊夢は丕実虖(ひみこ)が国を救う夢だった。激しい戦の中で戦う丕実虖(ひみこ)の姿が今も鮮明に残っている。つまり、戦はより激しくなって行くのだ。其の中で大きな国と戦い、多くの国が滅亡して行く中でハナ国も窮地においやられ、其れを丕実虖(ひみこ)が救う…。唯の夢では有るが賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は其れを真とし疑わなかった。

 だから、必ずその日が来ると考えている。

 だが、その日が来てからでは遅いのだ。

 その日が来る迄に国のあり方を変えねばいけないのだ。

 だから、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は無理矢理にでも、其れが強引であろうと推し進めるのだ。
 
 そうして、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が国の地盤を固める中で実儺瀨(みなせ)は如何に情報を集めるかに頭を悩ませていた。一重に情報を聞き出すと言っても、世間話をする様に話してくれる馬鹿はいない。だから、実儺瀨(みなせ)は将軍を集め日々議論を交わしていた。
「難しいのぅ…。」
 と、皆が頭を捻っている所に賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) がやって来た。既に賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) には策があったのだ。
「悩んでおるじゃか ?」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が問う。
「じゃよ…。此れは難問じゃかよ。」
「難問じゃか…。なら、其方等に聞きよるんじゃが。其方等の秘密を話しよるとしたら誰に話しよる ?」
「秘密 ? 其れは仲の良い子じゃ…。」
「じゃよ…。」
「じゃ…。」
「我もじゃ。」
「じゃよ…。仲の良い子になら話しよる。」
「じゃよ…。」
 と、娘達が口々に言った。
「そう言う事じゃ。じゃから、強かな娘を集めよったんじゃ。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言うと実儺瀨(みなせ)達は何か掴めた様な気がした。其れから実儺瀨(みなせ)達は色々話し合い潜入捜査をする策を考え出した。
 此の問いに賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が答えを出さなかったのは無理強いしても上手く行かない事を知っていたからである。
 他国に潜入すると言うのは簡単な事では無い。失敗すれば殺されたり捕まってしまう。だから、覚悟が必要なのだ。だが、覚悟は押し付けられないし納得の上でしか行う事が出来ない。だから、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は実儺瀨(みなせ)達に答えを出させたのだ。自分達で決めた事なら自ずと覚悟の下策を行えるからだ。
 さて、潜入捜査をする事を決めた実儺瀨(みなせ)達は、今度はどの様に潜り込むかを議論し、如何に得た情報を共有出来るのかを話し合った。こうして別子(べつこ)の原型が作られて行ったのである。
 取り敢えずの話が纏まると、実儺瀨(みなせ)は娘達を集め話を聞かせた。如何に潜入し、情報を集め共有するのかである。当初、娘達は色々戸惑ってはいたが、此れが如何に重要な任務であるかを知ると覚悟を決め任務についた。こうして、左主の娘達は各国に散らばって行った。
 そうして、得た情報は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を少し安心させた。迂駕耶(うがや)が八重国の建国に右往左往しているとの情報を得たからである。迂駕耶(うがや)はアキ国を中心に其れを取り巻く様に七つの小国を作っていた。ミ国、イ国、ナ国、イキ国、ト国、フ国、マツ国である。此の小国を六人の息子に治めさせ、残り一つを大将軍に与えた。迂駕耶(うがや)は、この八つの国の集合体を八重国としたのである。
 だが、この迂駕耶(うがや)の一族は初めから此の島に住んでいた者達では無かった。現在の高天原と呼ばれている場所からやって来た田舎者達である。だから、此の島に住む人々は迂駕耶(うがや)の国作りには余り積極的ではなかった。其の所為で思う様に統治が出来ず難攻していたのだ。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は此れを好機と捉え、周辺国の主を招集した。
 周辺国の主をイズ国に集め賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は朝廷を開いた。イズ国に集めた理由はイズ国が一番大きな国であったからだ。
 竪穴式住居の中で主達は議論を交わす。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は自信満々で今が好機と捲し立てる。だが、同盟を結ぶと言っても簡単な事では無い。色々と取り決めが必要となる。何より八重国を攻め、奪った領土をどの様に割り振るのかが最大の問題となった。此れは非常に大きな問題である。
 アレやコレと話せば間違い無く話しは難航し、同盟其の物が危うくなってくる。そうなれば折角の好機をのがしてしまう。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は焦った。本来焦ってはいけない場所で賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は焦ってしまったのだ。

 そして、言った。

「領土は奪った者勝ちじゃ。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言った。勿論、此れは失言である。此れが後々に大きな悲劇を産む事になるのだが、皆は其れなら同盟を組もうと言って承諾したのだ。
 そして、其れは直ちに行われた。先ずは大将軍が治めめるイ国に侵攻し攻め落とす事になった。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は自身を総大将とし、周辺国の兵を率いて海を渡った。
 島に到着すると賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はイケイケドンドンで進軍して行く。目的は勿論八重国の弱体化である。だが、周辺国の主達は違った。如何に奪った領土を自分達の物にするかを画策していたのだ。勿論、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が奪った者勝ちと言ったからだ。
 そして、一行はイ国に到着すると総攻撃をかけた。周辺集落を次に次に陥落させ、本陣に迄一気に進む。迂駕耶(うがや)の統治を心良く思わぬ人々はソソクサと集落を放棄して逃げて行くので大将軍は少ない兵で戦うしか無かった。隣国に応援を要請するも統治が上手く行っておらず、其の様な余裕は無かった。其の結果。イ国は簡単に陥落した。
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は大いに喜び、大将軍の首を刎ねると皆と勝利を喜ぼうとした。が、戦は其れで終わらなかった。トモ国の主が我先にと同盟国に襲い掛かって来たのだ。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は何が起こったのか意味不明である。だが、周辺国の主達は仕掛けて来たかと直ぐに応戦し、捕らえられた筈のイ国の兵は、此れはチャンスと逃げて行った。
「な、なんじゃか此れは…。」
 同盟国同士が殺し合う様を見やり賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はブルっと体を震わした。
「夏夜蘭(かやら)…。此れはどうなっておる ? 何故同盟国同士で戦っておるんじゃ。」
 葉月(はつき)が問う。
「わ、分かりよらん。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はグッと剣を握る。が、此処で無駄な戦力を失いたくない。だが、戦わねば殺されてしまう。
「我等はどうしよるんじゃ ? 戦いよるんか ?」
 煤女(すすめ)が更に問う。と、言っている間に同盟国は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 達にも其の刃を向けて来た。
「こ、これはいけん状況じゃ。」
 兵の攻撃を避け乍ら賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は唯ならぬ恐怖を感じた。
「夏夜蘭(かやら)…。此のままでは無駄に死にじゃかよ。」
 と、葉月(はつき)が叫ぶ。
 フト、周りを見やれば周囲は正に地獄とかしている。
「此処には魔物が棲みついておる。」
「魔物 ?」
「我等を惑わす魔物じゃ…。」
「そう言う事じゃか…。」
「此のままでは我等も餌食じゃ。皆よ撤退じゃ !」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はそう言うと娘達を引き連れソソクサとその場から去って行った。
 イ国を離れパタパタと浜に向かい乗って来た葦船に乗る。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は魔物が追いかけて来ると急いで葦船を走らせた。葦船にユラユラと揺られ乍らフト後ろを見やると、同じくイズ国の主冬衣(ふゆい)が兵を引き連れて逃げて来ていた。
「冬衣も逃げて来よったじゃか…。」
 其れを見やり煤女(すすめ)が言った。
「まったく…。抜かりない男じゃかよ。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言う。
「しかし、どうなっておるんじゃ ?」
 葉月(はつき)が言った。勿論、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言った"奪った者勝ち"と、言う言葉を間に受けた主達が我先にと奪い合い始めたからだ。
「魔物じゃ。魔物に心を喰われてしまいよったんじゃ。」
 だが、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は言う。自分の所為だとは露ほどにも思っていないからだ。
「怖い話じゃ…。」
「じゃよ…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 達は島を見やり乍らドンブラコッコ。

 ドンブラコッコ…。

 ドンブラコッコと波に揺られ乍ら島に帰って来ると。ホッと一息、ハナ国に戻って行った。
 ハナ国に戻ると賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は実儺瀨(みなせ)を呼び寄せ事の次第を話した。実儺瀨(みなせ)は眉を顰め賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やる。
「真逆、魔物が潜んでおるとは思いよらなんだぞ。」
「何を言うておる。」
 実儺瀨(みなせ)が言う。
「何がじゃ ?」
「夏夜蘭(かやら)が奪った者勝ちとか言うからじゃかよ。」
「我は言うておらぬ。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) の中では既に無かった事になっている。
「言うた。」
「言うておらぬ。」
「言うた。」
「我の所為にするで無い !」
 と、ひつこい実儺瀨(みなせ)に賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はプンプンと怒り出しガミガミ言った後川辺に向かって歩いて行った。
「なんとまぁ…。」
 脊裡啞(せりあ)が言った。
「まったくじゃ…。」
 と、実儺瀨(みなせ)は溜息一つ。
「所で夏夜蘭(かやら)は何処に行きよったんじゃ ?」
「どうせ、ツチノコを取りに行きよったんじゃ。」 
 と、実儺瀨(みなせ)は川辺の方を見やり言った。
 実儺瀨(みなせ)の言った通り、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は捕まえた大量のツチノコを紐に縛り付け其れを振り回し乍ら上機嫌で帰って来た。
 そして、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は手慣れた要領でツチノコを開き、蒲焼にした。
 ツチノコはそのままだと皮が硬く、身も生臭くて食べられない。だから、開いて骨を取ってから果物の汁に付けて身を擦るのだ。すると、身に甘みが染み込み生臭さが消えるのだ。其の後、身に串を刺し、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 特製の甘い魚醤を塗って焼くのである。
 焼き上がったツチノコを実儺瀨(みなせ)達に振る舞い賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は"ご苦労であった"と労い。其の後、葉月達に振る舞った。
 ガミガミと八つ当たりはするが、感謝はしている。だから、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はガミガミ言った後は必ずツチノコを捕まえに行き振る舞ってやるのだ。そして娘達は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が焼くツチノコが好きであった。何か隠し味があるのか、他の娘達が焼くツチノコより美味しかったのである。
 こうして八重国への侵攻は失敗に終わったが、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は満足であった。まだまだ組織は未熟ではあるが十分意味を成していると思ったからだ。
 問題は周辺国との関係である。此の関係に親密が無いから今回の様な事態を招いたのだ。魔物に取り入る隙を与えてしまったのだ。
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は思う。時期尚早だったのだと…。 

 矢張り、ハナ国が此の地の覇者にならねばならぬか…。

 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は覇者になるべく行動を開始するのである。

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