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大壹神楽闇夜 1章 倭 4灯りの消えた日5

 油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)が無事潜入を果たしてからの話は良く分からない。ただ二人が潜入初日から七日間は身体中が腫れて寝込んでいた事、八重国の間者である事がバレてしまったと言う事は間違い無いようだった。
 間者である事がバレても処罰される事なく、逆に蘭泓穎(らんおうえい)は油芽果(ゆめか)を優遇していたらしい。後は今日は何を食べたとか、何が美味しかったとか詰まらぬ連絡が来る程度であった。
 話が急展開したのは潜入して三月が経った頃の事だ。蘭樹師維  (らんうーしぃ)の誕生祭が開かれると言う報告が来た。李禹(りう)達はこの日を決行日に決めた。決行日まで念密にやり取りを交わし逃走ルートも確保した。宝樹城から出る事が出来れば逃がす事が出来る。後は油芽果(ゆめか)達次第であった。
 作戦前夜…。油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)は呂范(ろはん)達を宝樹城に忍びこませた。問題は無かった。呂范(ろはん)、東段(とうだん)、貞相(さだそう)の三人は明日の暗殺未遂に向けて身を隠す。
 全ては順調だった…。
 そう…。
 順調だったのだ…。
 が、話は更に急展開となった。
 宝樹城の中がやたらと騒がしく、あれよあれよと言う間に大筒の音が鳴り出したのだ。此の時李禹(りう)は悟った。間違い無くバレたのだと。
 こうなると直ぐに逃走準備をしなくてはならない。李禹(りう)は急いで其の準備に戻って行った。
 宿に泊まっている秦兵を起こし、町と都に火を点けに行かせ、直ぐに乗って行ける様に馬を待機させた。後は五人が戻って来るだけである。

 だが、五人は戻って来ない。

 町に都に火が周り無駄に民衆が慌てているだけである。李禹(りう)は殺されてしまったのかと諦めた。
 其れでも李禹(りう)は待っていた。
 そして、油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)は戻って来た。
「油芽果(ゆめか)…。薙刀(なぎな)…。」
 と、二人を見やり他の三人を探した。
「呂范(ろはん)達は ?」
 李禹(りう)が問う。
「知らぬ…。」
 と、二人は馬に跨り走り去って行った。
「知らぬ…って。」
 と、李禹(りう)は暫し三人を待つが結局三人は戻って来なかった。
 其れから西南はえらい騒ぎとなり、多くの倭兵が油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)の捜索に出て行った。
 其れから三日経ち李禹(りう)は西南を離れた。呂范(ろはん)は捕まり貞相(さだそう)と東段(とうだん)は既に殺されていた事、何より暗殺が失敗に終わった事を確認したからである。 
 其れから更に二月が経った。油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)は匈奴の一部族に匿(かくま)われていた。此れは李禹(りう)の親戚が匈奴だったからである。そして驚く事に、既に油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)は遊牧民として生きていた。特に弓矢を使った狩は見事な物で木蘭の再来だと皆は驚いていた。順応性が高いと言うのだろうか、図々しいと言うべきなのか…。兎に角二人は楽しく過ごしていた。
 何にしても逃走以降油芽果(ゆめか)と李禹(りう)は会っていなかったし、会う予定も無かった。下手に連絡を取り合えば倭族に知られる恐れがあったからだ。だが、李禹(りう)は黄梨香(きりか)と八柚江(やゆえ)を連れて訪ねて来た。
「油芽果(ゆめか)…。其方は何をしておる。」
 羊の乳を絞っている油芽果(ゆめか)を見やり黄梨香(きりか)が言った。油芽果(ゆめか)は聞き覚えのある声に釣られて黄梨香(きりか)を見やり驚いた。
「黄梨香(きりか)じゃか。こんな所で何をしておる。」
「其れは我の台詞じゃかよ。」
 と、黄梨香(きりか)が言うには定期連絡に戻って来るはずの油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)が一向に戻って来ないので様子を見に来たのだそうだ。そしたら兵士が海岸を占拠していたのでどうするか困っていたら李禹(りう)に出会い。此処に案内されたらしい。
「つまり、偶々李禹(りう)に会いよったんじゃな。」
「違う ! 呂范(ろはん)が李禹(りう)に頼んでおったんじゃ。」
「呂范(ろはん)じゃか…。じゃぁ呂范(ろはん)は無事じゃったんじゃな ?」
 と、油芽果(ゆめか)が言うと李禹(りう)は黙ったまま首を横に振った。どうやら激しい拷問の末に殺された様である。だから、此の事付けは作戦決行前に呂范(ろはん)が頼んでいたのだ。
「じゃかぁ…。」
「其れより、此れは大事じゃぞ。」
 油芽果(ゆめか)の横に腰を下ろし黄梨香(きりか)が言う。
「じゃよ。」
「戦じゃかよ。」
「どの道戦になりよる。」
「まぁ、話は李禹(りう)から聞いたんじゃが…。」
「後はなる様になりよる。我も後から参戦するつもりじゃ。」
「其れなんだが…。」
 李禹(りう)が言った。なんとも困った感じが滲み出している。
「なんかありよったじゃか ?」
「否…。予定通り。倭族は八重国に行くと…。ただ…。」
「ただ…なんじゃ ?」
「今回の件。第一宗女は秦国の関与を疑っておるみたいなんだ。」
「第一宗女 ? 蘭泓穎(らんおうえい)の事じゃか。」
「そうだ。第一宗女は秦国と共に八重国には行く。だが、秦国の民も共に連れて行くと言い出したんだ。其の中には王太子、項蕉様達も含まれている。」
「じゃかぁ…。つまり、人質じゃな。」
「そうだ…。始皇帝は王太子に死ねと告げた。項蕉様も死ぬは覚悟の上と…。だが、民をまき混むのは…。」
 と、李禹(りう)は元気の無い声で言った。
「気にするで無い。我等は世界を変える戦士じゃぞ。」
 と、油芽果(ゆめか)は羊の乳を搾る。
「だが ! 民を…。」
「戦えば良い。」
 被せる様に油芽果(ゆめか)が言った。
「気にせず八重国と戦え。其の中で道を見つければ良い。必ず我等が助けになりよる。」
「油芽果(ゆめか)…。」
「それより、出発はいつじゃか ?」
「二月後だ…。」
「二月後じゃか…。我も行ける様に手配を頼みよる。」
「油芽果(ゆめか)も一緒に来てくれるのか。」 
「勘違いするでない。我は我のすべき事をするだけじゃ。」
 と、油芽果(ゆめか)は搾り終わった乳を運ぶ。
「なら、我も帰りよるか…。」
 黄梨香(きりか)が言う。
「黄梨香は駄目じゃ。倭族が疑っておるんじゃったら、此処で秦王を警護せねばいけん。」
「秦王を ?」
 と、黄梨香は怪訝な表情で首を傾げる。
「じゃよ…。」
 と、油芽果(ゆめか)は真剣に返答する。が、黄梨香にしてみれば何とも変な話である。八重国は秦国を敵として今の今まで其の動きを監視していたのだ。元に今も八重国は秦国を敵として見ている。其の秦王を警護するのだから何とも奇妙な話である。
「何とも変な話じゃかよ。其れでどうすれば良い。」
「李禹(りう)と一緒に秦王に会えば良い。」
「分かった。」
 と、黄梨香は李禹(りう)を見やる。
「始皇帝には其の様に伝える。油芽果(ゆめか)の事も段取りはしておく。」
「頼みよる。其れと薙刀(なぎな)の事も頼みよる。」
「一緒では無いのか ?」
 李禹(りう)が問う。
「我一人で良い。」
 と、言った油芽果(ゆめか)の言葉で黄梨香は油芽果(ゆめか)が死を覚悟した何かをするつもりである事を悟った。其の後三人は匈奴に迎えられ楽しい日を七日七夜続けた後咸陽に戻って行った。
 其れから二月が経った。油芽果(ゆめか)は項蕉の娘として乗船する事となった。だが、倭族に顔を知られているので極力倭族には会わない様民の中に紛れた。
「分かっていますね。其方の名前は項凛(こうりん)よ。」 
 項蕉が念押しに言った。
「分かっておる。完璧じゃ。」
「なら、良い。其れより凄く痩せた ?」
「我は大地と共に生きておったからの。」
「たくましい事…。」
 と、項蕉はクスリと笑う。
「まったくじゃよ。お陰で乳搾りが上手くなりよった。」
 薙刀(なぎな)が言った。
「な、薙刀(なぎな)…。何でおるじゃかよ。」
 と、油芽果(ゆめか)は驚いた。
「油芽果(ゆめか)はドンじゃから見に来たんじゃ。」
「これこれ…。ちゃんと完璧な策をたてておる。」
「なら、ええんじゃがのぅ。」
 と、薙刀(なぎな)は寂しい表情で油芽果(ゆめか)を見やる。
「今からでも遅うない。戻られよ。」
 真剣な面持ちで油芽果(ゆめか)が言う。
「戻らぬよ。一人で死ぬは寂しいじゃかよ。」 
「薙刀(なぎな)…。」
「策は二人で…。基本じゃ。」
「阿保じゃな…。」
 と、言った油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)を項蕉は力一杯抱きしめた。
「有難う…。」
 項蕉が言った。そして李禹(りう)が二人を見た最後の姿であった。

「此れが李禹(りう)から聞いた話じゃ。後は皆も知っての通りじゃ。」
 と、三佳貞(みかさ)が言った。
「油芽果(ゆめか)ならあり得る話じゃな。」
 樹寐恵(きぬえ)が言う。
「たが、其の話が真としても、秦国が敵である事に変わりはない。」
 大吼比(だいくひ)が言う。
「確かに…。人質を取られている以上秦国は敵。じゃが、我等の言葉を知る娘を無碍には出来ぬ。と、なれば戦の事は正子(せいこ)に任せ我等は其の真意を探らねばならぬ。」
 夜麻芽(やまめ)が言った。
「応じゃ。」
 三佳貞(みかさ)と樹寐恵(きぬえ)が答え腰を上げる。
「あ、いや…。一寸待たれよ。」
 大吼比(だいくひ)が引き止める。
「何じゃ ?」
 と、夜麻芽(やまめ)も腰を上げる。
「今から其の…。調査に行くのか ? 此れから戦が始まるんだぞ。」
「じき正子(せいこ)が到着しよる。其れに娘が命をかけて繋いだ話…。其れつまり此の地を守る為じゃ。我等は我等のすべき事をせねばならぬ。」
 と、夜麻芽(やまめ)は司令本部から出て行った。
「合言葉は世界を我等に…じゃ。」
 と、樹寐恵(きぬえ)は拳を握りしめる。
「世界を…か…。」
 と、大吼比(だいくひ)は皆を見やる。
「皆よ、始まりの理由等どうでも良い。じゃが始まった以上、我等は勝たねばならぬ。例え其れが神であったとしてもじゃ。」
 と、言って三佳貞(みかさ)も司令本部から出て行った。
 其れから二十日後、大神一行が到着した。其れから遅れる事三日。神楽達が迂駕耶(うがや)に到着したのである。神楽達が此れ程迄に早く着いたのは葦船に乗って迂駕耶(うがや)に向かったからである。海を進みドンブラコッコ…。陸地は山あり山ありのクネクネ道だが海は真っ直ぐ進むだけのゼロヨンレースである。つまり、今迂駕耶(うがや)には六万の兵が倭族を待ち構えているのである。
 そして…。
 倭族の船は迂駕耶(うがや)に…。
 勿論迂駕耶(うがや)から上がる狼煙は赤である。
 迫り来る船を牛に跨り神楽は静かに見やる。そして助菜山(ジョナサン)はコッソリうんちを落としていた。

        大壹神楽闇夜
         一章 倭
       四 灯の消えた日
          終わり

       次回 決戦 に続く

次のお話 

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