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電話一本で飛んでいく研究学生の姿がまぶしい 『クジラのおなかに入ったら』

リビング用の本棚を購入して以来、図書館で長女が気に入りそうな本を借りて、リビングの本棚に置いておくようにしている。小学生になって学校の図書室で本を借りられるので、一緒に図書館に行く機会が減ったのは少し寂しい。これも成長だと見守りつつ、ささやかな抵抗としてオススメ本を視界の隅に並べている。

今回は、生き物好きな長女に響くかなと思い、『クジラのおなかに入ったら』を借りてみた。表紙も今っぽいイラストでかわいらしいし、きっと手にとってくれるはずと思っていたのに、一緒に借りてきた『こちら文学少女になります』にどハマりして、こちらには見向きもしてくれなかった。おもしろそうな本なので、私が読むことにした。


大学生になる前に読みたかった

著者は、浜辺に打ち上げられたクジラを調査する研究者(こうした調査を「ストランディング調査」というらしい)。本書の前半では、北海道のあちこちに飛んでいってはクジラの調査をし、大学の卒業論文にまとめる過程が描かれている。後半は修士から博士時代の研究調査、そしてストランディングの研究機関を作ろうとする最終章へと続いていく。

クジラのストランディング調査は、打ち上げられた報告を受けてから始まる。そのためには海辺で暮らす人々に、調査の存在を認知してもらってクジラを見たら連絡を入れてもらえるようにしなくてはならない。卒論の提出が差し迫っていても、電話一本でクジラの元へ飛んでいく姿が眩しかった。きっとクジラの調査が大好きで、楽しくてたまらないのだろうなと羨ましく思う。

先日、西川研究室の「楮」から考える小川町の観光まちづくりについての発表をみて、研究室での教授と学生のやりとりが垣間見えたのが興味深かったのだけど、今回も違った角度からの研究系の学部生の生活がイメージできた。大学に入る前に、こういうロールモデルにたくさん出会えていたらよかったのになと思う。娘たちにはたくさん見せてあげたい。


「分からない」と言える誠実さ

最初のうちは、どこに注目すればいいかわからないし、違いを認識することができない。
窪寺先生から教わったことはたくさんあるが、印象的なエピソードが二つある。
一つ目は「嘘をつかないように気を付けないといけない」ということだ。種同定をしないと!と焦っていたときに、種まで落とせず、悩んで悩んで、確信はもてないけど、たぶんこの種……と無理やり種に落とし込んでしまおうとしたことがある。嘘をついてはいけない、というのはとてもシンプルだけど難しい。
今私が見ているこの個体の胃内容物は、私しか見ていない。嘘をつこうと思えば、見栄を張ろうと思えばいくらでもそうできてしまう。でもそれは違う。真実ではない。
『クジラののおなかに入ったら』松田純香

はじめのうちはスムーズに調査を勧められず、先輩たちの姿を見ながら手探りで動いている著者が、回を重ねるごとにどんどん成長していく様子も眩しい。いろんな人とのつながりを活かしながら、分からないなりに手探りでどんどん前に進んでいくのも読んでいてワクワクする。

いろんな先輩研究者たちの知見を学びながら、資料や体験から情報をインプットして、クジラを見る解像度を上げていく。そこで大事なのは、分からないものは分からないと言う誠実さ。いろんな知識を先入観に変えず、有益な道標として、自分が自信を持てるところまでしか断定しない。

知らないこと、分からないことを恐れてついごまかしてしまいそうになるけど、ぐっと踏みとどまって常に誠実でありたい。


漂着/座礁/混獲/迷入 の使い分け

ストランディングという言葉は耳慣れない言葉かと思う。ストランディング (stranding)とは、strand の動名詞形で、陸に乗り上げてしまった状態を指す。日本ではストランディングという言葉で、漂着・座礁・混獲・迷入を表すことが多い。ニュースを見ていると、よく漂着と座礁という言葉が出てくるが、あいまいに使用されている印象を受ける。専門家の間では、漂着とは沖で死んだ個体の死体が打ち上がることをいい、座礁とは生きたまま浜辺に打ち上がってしまうことを指すことが多い。混獲とは漁師さんの網に海棲晴乳類が誤って入ってしまうことをいい、迷入とは漁港や河川に迷い込んでしまうことをいう。
『クジラののおなかに入ったら』松田純香
  • 《漂着|ひょうちゃく》:沖で死んだ個体の死体が打ち上がること

  • 《座礁|ざしょう》:生きたまま浜辺に打ち上がってしまうこと

  • 《混獲|こんかく》:漁師さんの網に海棲晴乳類が誤って入ってしまうこと

  • 《迷入|めいにゅう》:漁港や河川に迷い込んでしまうこと

普段なかなか出会わない言葉だけど、専門的な使い分けが学べるのはありがたい。 要約筆記の勉強のためにインプット。単語の細かなニュアンスの使い分けを丁寧にしていきたい。


耳石の形で、食べた魚を特定する

消化されてしまっているとき、種同定には耳石を使う。耳石とは魚類の頭の中にある炭酸カルシウムの塊だ。大きさは魚の種類によって異なるが、小さいと直径3mmくらい、大きいと2cmを超えることもある。ドロドロの胃内容物の中から、その小さな白い塊を探し出し、数を数える。
普段、水産学部にいると、魚類の耳石に触れる機会はけっこうある。耳石は成長に伴って大きくなっていく。耳石には1年に1本の成長層ができる。種類によっては観察しやすかったりしにくかったりするが、その成長層を読むことでその魚の年齢がわかるのだ。
『クジラののおなかに入ったら』松田純香

打ち上げられたクジラの胃の中には、消化されずに残った魚の耳石が含まれる。魚の種類によって形が違うので、胃に残った耳石の形をもとにクジラがどの魚を餌として食べているのかを判別する。要約筆記の勉強をしているせいか、耳関連のワードが出てくるとつい集めたくなるな。


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