他人の性的指向を認めることができない人々


 2021年5月20日に自民党の「LGBTなど性的少数者の理解増進に向けた法案の審査」により複数の「理解の増進が必要なおバカ議員」が発見され話題になっているので、彼らのツッコミどころ満載な主張に反論してみた。
 他人の性的指向を認めることができない人々は「彼らが受けて来た性教育が如何に低レベルか」を表している。勿論、これは日本だけの話に留まらない。
 言うまでもなく、低水準教育の犠牲者に必要なのは、憎しみ(情報遮断・非難・排除・無視・放置)ではなく愛(情報交換・教育・啓蒙・カウンセリング・精神治療・救済)である。


「人間は生物学上、種の保存をしなければならずLGBTはそれに背くもの」
 種の保存は生物を定義するための必要条件・結果論に過ぎず、義務ではない。また生物学は人間を含むあらゆる生物に何らかの義務を規定する学問ではなく、そもそも生物に義務など存在しない。
 異性愛者にも種の保存に興味のない者や寄与しない者はおり、LGBTにも子孫を増やしている者はいる。

「LGBTは道徳的に許されない」
 根拠不明で個人的主観の域を出ない。道徳は時代や場所によっても変わる相対的なもの。この発言自体が不道徳的とも言える。

「女子の競技に男性の身体で、心が女性だからっていって競技参加して、いろいろメダル取ったり、そういう不条理なこともある」
 理解増進しない理由にならない。Y染色体を含む遺伝子を身体の半分以上の細胞内に持つと認められる者は男性とするなど、科学的・合理的な区別によって公平を期して、行き過ぎた差別を規制すれば良い。

「法を盾に裁判が乱発する」
 そうならないような法案にすれば良い。その為の立法府。それができない素人には政治家の資格がない。

「こうした主張を口にできなくなる社会はおかしい」
 恐らく同席者から諫められての発言だろうが、上記のような稚拙な哲学を一から傾聴できるほど国会議員は暇ではない。主張は別の場面でも可能。そもそも閉鎖空間での少数の会合を「社会」に拡大解釈することが間違い。
 社会を批判する前にまずは自己客観視能力を高めて、己が如何に浅学かを知ることから始めた方が良い。


以下余談
トンデモ右翼思想によくある論調と特徴http://kanjo.g1.xrea.com/mindo.htm#4

相模原障害者殺傷事件の植松聖もネトウヨ http://kanjo.g1.xrea.com/mindo.htm#5

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