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普通教 1日目


普通ってなんなのかまともに考えたこと、大抵の人はないだろう。

ぱっと思いつく限りでは、小学校から大学まで何不自由なく入り、そこで友達にも恵まれ、勉強もそこそこでき、そこそこいい給料の職場に就職。そして結婚して、マイホームを建てて、幸せな家庭を築く。

いわゆるステレオタイプの幸せな家庭だ。
でも今やこんな人生絶滅危惧種だ。

少なくとも僕の人生はそんな感じにはなっていない

何となく起きて、何となくご飯食べて、何となくスマホいじって・・・
そんな日々を送っていた。

無意味無気力無目的

将来何をすればいいのかもわからない。
夢も希望も見出せない。友達もいない。

それが当時の僕の普通になっていた。

そんなお先真っ暗な20の夏に。
彼女に出会った

「さぁ皆さん普通になりましょ~
睡眠不足やおいしくないご飯、つまらないエンタメ。
そんな日々の不満も普通になれば一挙解決🎵
普通になって、みんなハッピーハッピー🎵」

どーってことない口上
背格好は10代後半、髪型は金髪のツインテールで、胸には”普通”とデカデカと書かれたTシャツ
そこらへんにいるやべーやつ
普通だったら絶対に関わることがない人種だ
普段の僕なら無視している。

でもつい話しかけてしまった
理由は・・・
彼女のことを可愛いと思ったから

それだけ

「ち、ちょっと、な、なにしているの?」

久しく人と話していないせいで、完全に吃ってしまった。

「ん?どうしたの君?
見たところ今の日常に不満ありありな顔してるけど。
もしかして今朝のご飯が美味しくなかった?それともSNSでいいね一個もつかなかった?」

「そ、そんなことないよ。
き、君は初対面の人に失礼だな!」

「ふふ。テンパってるってことは図星ね!
大体初対面の人間にいきなり話しかけたのは君でしょ🎵
そんな君は引きこもりのニートね🎵
外見も冴えないメガネ君だし」

「ななななっ!」

「そもそもこんな怪しい宣伝にフラフラと寄ってくるなんて、不満があるに決まってるわ🎵」

「あ、怪しいって自覚してるのか・・・じ、じゃあ何故」

「そーゆー人が満足できる生活を提供するのが私の使命だからよ。
満ち足りてて、こんな綺麗事に耳を傾ける気がない人はそのままごーとぅーホーム🎵
私たちが手を差し伸べるのは、
そう!今の生活に不満がある満ち足りない人!
それが私たち、普通教よ!」

「そ、そうなんだ・・・」

もし正常な精神状態だったら彼女の言う通りごーとぅホームしてただろう。

「・・・・・」

でも、漫然とした日々に突如現れたそこはかとなく非日常感が漂う世界への興味、
燻ってた自分が万が一でも変わるかもしれないと言う淡い期待
そして何より彼女への好奇心。

「そ、それじゃあ・・・」

詰まるところ

「入信します」

魔が差したってやつだ

「オッケー🎵
中々いいね~君~
そんだけ不満溜まってるならきっと私たちのことも気にいるよ🎵」

「は、はぁ」

こうして
特に起伏もなく、刺激的でもない。
それでもなんか満たされるような感覚を味わえる日常が幕を開けることとなる。



入信すると言いたけど、実際何するのか
宗教というと、勝手なイメージだけど、一心不乱に祈ったり、お布施を集めたり、壺を買わされたりするように思えるけど、普通を謳っているからなぁ~
正直イメージがつかない。

「そうだ、メガネ君。名前はなんて言うの?」
「は、肇」
「ふーん。いい感じで普通の名前ね。うちの教団に相応しいわ」

一体どこが相応しいのかわからないが、そんなことはどうでもいい。

「こ、これから何処で何をするの?」

不安と好奇心が入り混じった状態で彼女に聞くと

「まずはここで、みんなと一緒に午後の活動をしてもらうわ」

着いたのは閑静な住宅街の中にある、そこそこ広めの公園だった。
平日この時間にいるのは基本幼稚園入園前の子供くらいなはずだが、真ん中の一角に比較的年齢層の高い集団がいた。

こいつらが信者なのだろうか

「みんな午前中お疲れ様~。新しい人は・・・
あたしが連れてきた一人だけか~。
まぁ基本そうだよね~
まだきてない人いるけど、いい時間だし始めちゃおう🎵」

始めようと言われたって、説明が全くないので何をすればいいかわからない。
仕方がないので、見よう見まねでやるしかない。

「さぁ!腕を大きく回して!
腕振りの運動🎵」

・・・・
何コレ
僕が入会したのは老人会かなにかか?
公園だから体操をするのは不自然にとは言わないが、妙齢の女の子の指揮の元、それなりに働き盛りの男女が昼間から体操をすることの何処が普通なんだ?
そんな僕の疑問をよそに信者と思われる人たちは、疑問を持つ感じもなく、一心不乱に体操をしている。何がそんなに彼らを夢中にさせるのか?

「さて。準備運動も終わったことだし、今日は何しようかしら」

実は準備運動だった体操が終わった後、教祖が次にやることを考えていると、
信者の一人がすかさず答えた

「鬼ごっことかどうです?」
「鬼ごっこかぁ。悪くないね。でもせっかくだから地形を活かした感じにしたいよね。
・・・ケイドロとかどうかな」
「ここら辺は遊具も多いからかくれんぼ要素もあっていいかも」

気がついたら何人かこの話に乗っかってきている。しかもそれなりに盛り上がっている。
小学生ならいざ知らず、なぜ大の大人がこんなどうでもいい遊びに真剣になっているんだ?
さっきまで老人会かと思ってたが、小学校の間違いだったみたいだ。

「よーし。それじゃぁ早速2組に分かれて、警察か泥棒かを決めよう🎵」

こうして、知らず知らずのうちに僕は適当なグループに組み込まれ、
しかも泥棒ときたもんだ。嫌がらせか?

「さぁ役割も決まったし、早速始めましょう」

どうやら教祖は警察側らしい。一歩間違えたら自分の方が誤用になりそうなのにな。

「じゃあ30数えたら私たちも動くから、それまで泥棒さんは精一杯逃げてね🎵
それじゃ~よーい、どん⭐︎」




「・・・・・」
暇だ・・・・

逃げ込める場所を探して、走り回っていたのだが、ちょうどいい遊具が見つかったので、そこに入ろうとしたら、バッチリ先客がいた。
トイレに逃げ込もうとしても、そこは牢屋の近くだしと隠れることができそうな場所が見つからないなぁと、なんて思っている最中時間になってしまった。
そして警官隊が動き出して、あっという間に誤用となってしまった。

で、牢屋にひとりぼっちでお留守番というわけだ。

「そ、それにしてもみんな体力あるなぁ」

開始してからかれこれ5分は立っているが、他の仲間が捕まっている様子はない。警察が息を切らせて走っている様子もない。ていうかこんなに捕まらないものかね、このゲーム。

そう思っていると、ようやく警官が2人目を捕まえてきた。

「君、随分早かったじゃないか。」

捕まったのはぱっと見中年くらいの年齢の男の人だった。

「いやぁ流石に年かなぁ。若者の健脚には敵わないよ」
「い、いやおじさんも十分長く持ってる方だと思いますよ。僕よりも」
「確か君は今日初めてきた子だったね。
それは君がここの活動に慣れていないせいだからだよ。」
「活動・・・これも活動の一貫なんですか?」
「そうさ。もちろん今日みたいなケイドロに限らず。午後は必ず目一杯外で運動することがルールになっている。」

ルール?運動することがルール?
なんだこの教団は?
ますます意味がわからないくなってきた。
というか、引きこもりに近いライフスタイルの僕にとっては拷問にちかい

「これのどこが普通なんだろう。」

気が滅入ったせいでついこんな言葉が口をついて出てしまった。
だがおじさんは

「まぁ初めは戸惑うのは仕方ない。私も最初は戸惑ったからね。」
「さ、最初は?」
「あぁ、仕事の休みに駅前をフラフラしていたら、教祖の勧誘にあって、言われるがままについて行ったんだけど、何をやるのか、一歳説明がなかったからね。」

唐突に運動が始まるのは恒例だったわけだ

「正直入信するつもりはなかったけど、休日の暇を持て余していたから、という理由でついてきたんだけど、息が切れるほど走りまわることになるとはね」

そう言って男性信者は笑った。
ということは僕と違って、勧誘の時点では入信していないわけか

「じゃあなんで入信したんですか?」

なんとなく聞いて良さそうな雰囲気があったので、質問してみた

「そりゃ教祖様の教義を話している姿に胸を打たれたからだよ。
多分今日の夜もやるから、君も聞くことになると思うよ。」
「はぁ」

感銘を受けるほどの教義なんて今時あるとは思えない・・・と言い切りたかったが、教祖に惹かれてホイホイついてきてしまった自分のこと考えると、もしかしたらもしかするかもしれない。そう思いながら看守役の若い男の子に目をやると、まるで我関せずのような感じで目を背けていた。まるでこちらを軽蔑するような目で。

「ちなみに私の名前は正(ただし)というんだ。本当は今日の夜に全員自己紹介流れなんだけど、フライングくらいいいだろう。」
「そ、そうなんですか。人前で話すのか・・・緊張してきた・・・・。
あ、僕は肇っていいます」

なんとなく嫌な気持ちになった。対面ですらまだ緊張するのに、複数の人間がいるところで話すことなんてできるのだろうか・・・。
そんな不安を察したのか、正さんが優しく声をかけてくれた。
「別に飾った言葉なんて必要ないよ。みんな名前言って、よろしくお願いしますで終わらせることがほとんどだからね」
「そ、それでもなんか言葉に詰まりそうで怖いです」
「大丈夫。そういう人は多いからみんな笑ったりしないよ。」

そう言って正さんは僕の肩を軽く叩いた。
まるで失敗した新入社員を慰める上司のように

あれから攻守交代を何回か繰り返すこと2時間。正直歩くのもしんどくなってきた。
まぁ泥棒の時はまだマシだ。捕まればしばらく休めるから。警察になった時は、見張り役にでもならない限りは、終わるまでずっと走り回っていなければいけないので、終わる頃には息も切れ切れだ。
僕があまりにも泥棒を捕まえられないのを見かねたか、後半はもっぱら見張り役に選ばれるようになった。まぁ何回か陽動に引っかかって、取り逃したこともあったけどね。

「おや?結構もう夕方みたいだね。そろそろ帰りましょうか」

教祖の一言で、ようやくお開きになった。
で、どこに帰るんですか?教祖様




とあるボロアパート
「ここが私たちの活動拠点だよ」

「・・・」

まぁ予感がなかったわけではなかった。
そりゃ"普通"を標榜する以上、高望みできるようなものなんて出てくるわけがない。
とはいえコレは・・・

「ぼ、ボロすぎる。」

と、つい言ってしまうほど年季の入った代物だ。
お生まれは昭和ですか?

「ん?不満?」
「そ、そりゃこんないつ壊れてもおかしくないアパートで"普通"になるなんて想像の生活なんて想像つかないよ!」

またしても言わなくてもいいことを言ってしまった。
さぞかし怒ってるだろうなぁと思って彼女の顔を見てみると

何故か彼女は微笑んでいた

「肇君。ホントいいリアクションするね。これはますます誘った甲斐がある🎵

さぁ早速各自部屋に戻って着替えてから、お風呂と夕食の準備をしよう🎵」

ここまでへとへとになってまだやることあるのか?

「あ、きみの部屋はここね。ちょうど空いている部屋があるから。」

案内された部屋はほんとにシンプルな6畳一間。トイレ、洗面所、風呂は共同のものになっている。居住スペースとは別にそこそこ広めの共同スペースがある。
この共同スペースで多分教団としての何かをやるのだろう。なんとなくそんな気がした。

「さぁご飯も終わったことだし、いよいよ今日のメインイベントといきましょうか🎵」
お風呂の準備自体はなんてことない。掃除は午前中にとっくに終わっていたので、お湯を張るくらいしかすることはなかったのだ。だから僕と、ケイドロで見張り役をやっていた若い男の信者だけだった。時折ため息をつく意外は特に何もなく、敵意を向けられることはなかった。仲良くなることもなかったけどね

で、夕食を経て今に至ると言うわけだ。

「今日も一日普通の生活を無事終えることができました🎵
これも皆さんのおかげです。
そして、今日は新しい仲間も増えました。
最初は戸惑ってたかもしれないけど・・・って多分今も戸惑っているよね。
そのうち、普通であることの素晴らしさを理解していただけるでしょう🎵」

戸惑っているよ。ここまで一歳説明なしでずーっと振り回されてきたから。

そんな僕をよそめに教祖と信者たちは笑っている。

「おっと、まずは自己紹介からだね。何事もタイミングが大事大事。」

きた!正さんが言っていた自己紹介はこのタイミングか・・・

正さんは大丈夫と言ってくれたけど、正直まだ緊張している。
心拍数は最高潮になってきた。
だめだ、なんかパニックになっている。どうしよう、僕、どうしよう・・・・

そうやってオドオドしていると、横で教祖が囁いた

「大丈夫。心配しなくていいから」

聞き取れるかどうかのボリュームだったが、確かに聞こえた。
さっきまでの元気なトーンとは少し趣は違うが、それでも優しい、安心するような口調だった。
正さんも、心配するなという視線を送ってきてくれる。
ええいままよ

「こ、こんにち・・じゃなくてこんばんわ。
は、肇といいます。
ま、まだ右も左もわからないですが、
なななななんとか学んでいきたいと思います」

うぐぐぐ。結局吃ってしまった。せっかく勇気づけてもらったのに、こんな様になるなんて。
挨拶もまともにできなくなったのか・・・僕は・・。
こんな僕の無様な挨拶をみんな笑って聞いているのかと思った。
でもそんな悪意ある視線は一歳感じなかった。
どっちかというと、共感に近い空気が漂っていた。

「うんうんわかるよわかるよ🎵
どんなに少人数でも、人前で話すなんて緊張するよね~
そんな中名前と挨拶以上のことやったんだから、むしろ凄いことだよ🎵」

正直すごいとは思えないけど、気休めでも言ってもらえただけで、少しだけ傷が癒えた気がした。
周りの信者達もうんうん頷いてくれている。

「さて、肇が勇気出して自己紹介したんだし、みんなも自己紹介しよう🎵
ちなみに私は教祖ってみんなが呼んでいるから、それでよろしく🎵」

教祖の一言で、他の信者たちの自己紹介も始まった。
基本的にみんな普通の自己紹介だが、中には僕同様吃っている人もいた。
それを見て少しだけホッとした。
そうか・・・・僕だけじゃないんだ。こういう時に緊張するの。
そう思うと同時に、挨拶であそこまで緊張していたのが馬鹿馬鹿しくなった。

それはそうと、なぜ教祖は本名を名乗らなかったのだろう。
確かにみんな名前でなく教祖、教祖と言っているが、
一人ぐらい名前で呼んでもいいと思うんだが、不自然な感じがする。
これって普通なのか?

そんなことを思っているうちにみんなの自己紹介は終わった。

「さて、肇。ここまで体験してみてどうだった?」

「ど、どうって」

「訳わかんなかった?」

「そりゃそうだよ。いきなり体操させられるわ、2時間近く走り回ることになるわ、ボロアパートに連れ込まれるわで、意味がわからないよ。これのどこが普通なんだよ。今時の小学生でもこんな生活してないよ。」

さっきの挨拶で少し緊張がほぐれたのか、この空間が話しやすい空間なのか知らないが、ついつい捲し立ててしまった。今度こそ怒られるかもなぁ

「・・・・ぷっ。ふふふふふふふふふ・・・・・
あーはっはっはっはっは~」

怒るどころか爆笑し始めたぞこの小娘。いや彼女だけではない。
周りの人たちも腹を抱えて笑い始めた。
どこに笑いどころあった。今の話

「うんうん。いいリアクションだね。ていうかそれが現代病患者特有の反応ってやつだね。」

「現代病?なんだよそれ?」

「ま、別名贅沢病ってやつよ。大丈夫大丈夫。最初はみんなそんなだから。」

教祖の話に今度はみんなうんうん頷いている。

「さて気を取り直して。
肇は今日の朝食と昼食は何を食べた?」

「え、あ、うーんと・・・白いご飯とわかめの味噌汁、目玉焼きと塩じゃけ、ほうれん草のおひたしかな。朝は」

「いいね~」

「昼は・・・インスタントラーメン」

「まぁ典型的な若者の食事って感じね。で、どうだった?美味しかった?」

「え?そりゃ不味くはなかったよ。ただ・・・ほうれん草は苦手なんだよなぁ」

「あはははは。なかなか贅沢な悩みだね~。この調子だと昼のインスタントラーメンも、
安いという理由で選んだから、あまり美味しくなかったと言い出しそうだね~」

笑いながらサラッと酷いこと言われている気がする。
が、割と図星だった。
ちなみに周りの信者はなんか哀れな子羊を見ているような目で僕を見ている。
なんか居心地悪くなってきたなぁ
さっきまでのアットホームどこいった。

「ま、現代病特有の感覚よね。飽食による感動喪失ってやつ」
「また現代病か」

「今の時代って、美味しい食べ物に溢れているでしょ、ちょっと街中に出れば、大手外食チェーン店が百貨乱立。マイナーなレストランですら、なかなかな完成度の料理が食べれるわ。
コンビニに行ってもお弁当のクオリティは、年々上がっている。」

「でもコンビニ弁当って・・・・・」

「そう、人によっては嘲笑の対象にすらなっているわ。一流のレストランと言われるところの食事ですら、美味しくないと言う人が多々いる。」

「確かにネットに何人かいるなぁ。美食研究家と言って、クソミソに論評している人とか」

「人の味覚はそれぞれよ。だから、どんな料理にでも一定数反感を抱く人はいる。

でも冷静になって考えてみて?

そもそも食事ってなに?」

「え、えっと~」

すかさずスマホで調べようとしたところ、

「あーそれで調べるの禁止ね~。あとで言うつもりだったけど」

「なんだそれ?ここはアーミッシュか?」

「あはは。いい例えだね~
とりあえず自分の頭で考えてみて」

「うーん。」

食事ってなんだ、食べることに意味なんてあるのか?
そもそも食事ってどんな時にするんたっけ。いつも朝は何気なく出されているものを食べ、お腹が空いたらどっかのレストランかコンビニ入って・・・

僕が悩んでいると教祖が楽しそうに
「じゃあヒントをあげよう。今日の夕食はどうだった?」
「どうだったって・・・・」

夕食は正直どうってことないただのカレーだった。
どの家庭でも出てくるジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、豚肉だけの”普通”のカレーだ。

多分家で出てきたら、カレーなんて手抜き料理と悪態つきながら食べるだろう。

ただお昼がカップ麺だけだったのと、ケイドロで異常に疲れたのも相まって、

正直こんなこと言いたくないけど。

「お、おいしかった。すごく」
「でしょでしょ🎵それはなーぜだ?」
「・・・ケイドロで走り回って、喉が乾いて、お腹もすごく空いていたから」
「その通り🎵さて、それを踏まえた上で、改めて食事ってなんだ?」

ここまでくれば小学生でも答えられる。

「お腹が空いた時に食べるもの」

「そう!食事とは、お腹が空いた時にするものよ。さらに言うと、お腹が空くと言うのは、胃や腸に内容物がなくなっている状態よ。空腹が長く続くと人間は飢え死にしてしまうわ。
そうなると、イライラして、むしゃくしゃして、とても攻撃的になっちゃうわけ。
人間が不幸を感じる原因の一つって、お腹がすくことだと思うの。だから、空腹を満たすだけで、人は簡単に幸せになれる。」

無茶苦茶な理論な気もするが、意外と説得力があるように感じる。
特にあのカレーを味わった後では

「幸せを感じさせるホルモンの一つにセロトニンという物質があるの。このセロトニンは、食事をした時に分泌され、胃や腸の働きを促進させ、精神状態を安定させると言われているの。この話だけでも、食事を取れば幸せになれるって思えそうでしょ」

「確かに」

「でもここで問題が生じるの。人ってお腹いっぱいな状態が続くと、徐々にセロトニンへの感受性が麻痺してきて、慣れてしまうの。つまり幸せを感じ難くなるの。
このタイミングで何か食べても基本美味しいと感じられないわね。好みじゃなければまずいとすら感じるかもね。

現在は飽食の時代。いろんなものが食べれるし、常にお腹が満たされている。この状態はセロトニンが適切に反応できない状態なのよ。」

なんか化学用語を用いながらサラッと超理論が展開された気がするが、この理論に反論する文言が思いつかない。というか、その理論をすんなり受け入れている自分がいる。
彼女の熱弁は続く。

「ちなみに正常な反応をしていないのはセロトニンだけではないわ。メディアやSNSによる過剰な情報はドーパミン、アドレナリンの過剰分泌、反応を引き起こすわ。だから、昔はおじいちゃんの昔話で満足できていたのに、戦争のニュースにすら無関心になる始末よ」

言われてみればそうだ。結構過激なニュースが流れていても、無関心でいる人も少なからずいる。

「つまり。現在は食事にしても、物品にしても、情報にしても、過剰に溢れているのよ。それによって人間の感情は擦り切れ、幸福感は低下の一途を辿っているのよ。

私たちはこれを現代病と呼んでいるの。今日の普通は明日には普通でなくなる病気・・・」

「・・・」

なんか自分の毎日を言い当てられてるような気がしてきた。
毎日親が作ってくれた食事に不満を抱き、大学でやりたいことは特にやりたいことなく、友達もいないから、いつもスマホいじっては、ネットニュースやSNSを見ては悪態をつく
そもそも大学には色々あって行ってないのだが。

見る人によっては贅沢な家庭環境なのに、満たされることのない毎日・・・

そう。僕の中の普通は腐り切っていた。僕のせいで普通が腐敗していた

「この現代病を治療するためには、こういった価値観を一度リセットして、原点に帰る必要があるというわけ。
人間、と言うより生き物は食事ができればそれで幸せになれるというね。
でもさっきも話したように、ずっとお腹いっぱいだとだんだん不幸になってしまう。
だから思いっきり遊んで、常にお腹が空くようにすれば、食事をするだけで幸せになれる」

段々とこの教団の活動理念が見えてきた。

「誰かが言っていたわ。空腹は最高の調味料だって。
だからお腹が空いていれば、どんな料理食べても満足できるし、何より幸せになれるの」

もう反論なんてなかった。
そうだ。
さっきの夕食で僕は確かに幸せを感じたんだ。

「こんな感じで生活そのものを食事が楽しくできるように組み換えれば、持続的な幸せを味わうことができる。
でも、その幸せを邪魔するものが存在する。
それがテレビや雑誌、SNSなどのメディアよ。
これらがもたらす過激な情報は、今まで積み重ねてきた、些細な幸福を打ち消してしまう。
また自分より上にいる人間の生活を垣間見ることは、今享受している幸せでは満足できなくなってしまう。」

「だからスマホを使うなと」

「そうゆうこと。
”最低限の文明の力だけを使い、人間としての最低限度の活動を通じて、最大限の幸福を得ること”それを私たちは”普通”と定義し、その”普通”を維持していくことこそが、私たち、普通教の活動理念よ」

彼女は息を切らさんばかりの勢いで口上を終えた。
そうすると、周りから拍手喝采が沸き起こった。
第三者が見ると完全にやばい宗教の集会なのだろうが、僕はすっかり受け入れていた。
だから自然とみんなと一緒に拍手をしていた。
それと同時にこの教団にしばらく身を置いてもいいのではと思った。
もしかしたら腐敗した僕の普通も浄化できるかもしれない。
そんな期待を胸にして。

こうして僕は、普通教に正式に入信することを決心した




集会の後、僕は両親にしばらく戻れない旨を伝えた。
戻れない理由として、久しぶりに行った大学で教授に呼び止められて、しばらく大学で寝泊まりすることになったと言った。
さぞかし追求されるだろうかと思ったが、意外とあっさり許可がおりた。
家にずっといても、空気を悪くするだけだし、何よりもっと外に出て欲しいという両親の望みもあるのだろう。

色々あったけど、ようやく一日が終わった。
教団ルールので夜9時には寝ることになっている。睡眠を十分取ることも、普通の幸せを享受するには必要なことだそうだ。
ちなみに食事の後に、教祖の演説があるのは月に一回くらいで、基本は雑談や図書館で借りてきた本の朗読会をやっているとのこと。昼間の運動と合わせることで、心身ともに満たされるという理屈らしい。

確かに今の僕は、肉体的にも精神的にも心地の良い疲労感を感じており、この調子だと、今晩はぐっすり寝れそうだ・・・

そう思っていると・・・

コンコン

部屋をノックする音が聞こえた。

この時間に誰だ?
外部の人間?両親?部屋を間違えた変質者?
どれもあり得ないだろ。
流石に信者しかここに来ることはないだろうが、にしてもこの時間になぜ?

幸い扉に覗き穴があるので、覗いてみたら・・・

え?何故この人が?ますます混乱しそうだ。

ドアの前に立っていたのは、あの若い男性信者だった。そういえば名前は響我(きょうが)という名前だったはず。なんか普通とは思えない名前だよ。

どうしようか悩んだけど、無視すると、明日以降ますます気まずくなりそうなので、中に入れることにした。

無言で入ってきた響我
「あ、あの~。どんなご用件で~」

恐る恐る聞いてみた

「・・・・お前さぁ・・・。
頑張ったじゃん!」

どーゆーこと?

「あんな汚い世界にずぶずず浸っていたくせに、改心したんだから、大したもんだ」

あー、そうですか
そーゆー人だったんですか、あなたは。
これは長くなりそうだ。

「あ、ありがとうございます」

なんとなく圧が強めなので、つい吃ってしまう。
「最初入ってきた時は、現代病を拗らせた、愚かな男がやってきたなと警戒していたが、教祖様のあのありがたいお説教を聞いて、お前の目がみるみる変わっていくのをみて、ようやく目が覚めやがったなと思ったよ。このまま改心せずに、輪を乱すような発言しやがったら、絶対叩き出してやろうと思ってたよ。ここの連中は割と軟弱だからな。」

案の定上から目線だ
しかも教祖に負けないくらいの熱量でベラベラ話してくる。
うむ。逆らって徳なしだ。
まぁ小心者の僕にしてみたら逆らう勇気なんてないんだけどね。
追い出すとか言ってるし、多分歯向かったらやはり追い出されるだろう。

「お前だけじゃないんだよ。そーゆ斜めからの視点で教団を否定する連中。冷静に考えてみろよ。お前らが食べてるそのスナック菓子一つでどれだけの人間が飢えなくて済むと思ってるんだ。こんだけ情報に溢れてる社会で、こんなに娯楽がある社会で何が不満なんだよ。お前ら本当贅沢がすぎるんだよ。今やネットで疑似恋愛すらできると言うのに、お前らどれだけ強欲なんだよ。お前らの普通の基準上がりすぎだよ」

まぁ僕に対してではないんだろうが、こんだけ"お前ら"言われるとまるで自分が責められてる気もしてくるよ。
人を見下してる感じあるし、僕も対象に入ってたのかもなぁ~

「こんな最低なお前らを正しい道に更生してくれるのが我らが教祖様だ。
だからこそ、教祖様が作り出したこの空間を壊すわけにはいかない!わかるか!」
「は、はい。」
「とにかくお前のことは一応認めてやる。ただ現代病をぶり返すようなことあったら容赦しないからな!とにかく明日も朝早いからとっとと寝ろ!」

こうして一方的に捲し立てられたまんま、話は終わった。
率直な感想としては、僕に対しての牽制とマウントを取りに来たってことだろう。
昼間の正さんとは大違いだ。
なんか、こんな人と一緒だと不安だなぁ。
せっかく明日以降に希望を見出してきたのに・・・

こうして、希望と不安が入り混じった状態で、僕の入団初日は終わった


2日目↓


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