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蟹の よこ歩き②

『わーぷろきようしつでこの分使用を打つています。お起用室で分使用を打つてエスエヌエスというものに血ようせんしようと言われちやつて』



「あらやだ、先生「ちゃ」ってどう書けばいいのかしら?小さな文字が出ないわ、それに漢字使いが全く違うの。どうすればいいのかしら?」
慎重に文字を打ち、キーボードと睨めっこしながら20分。
やっと完成したかと安心していたら、思うような文章になっていない。
不恰好で、まるで初心者という感じ。

『指と頭の体操になるのよ、富(とみ)さんもやってみたらどうかしら?』
ご近所の静江さんが言うものだから、公民館で週に一回、水曜日にやっている
ワープロ教室に入ってみたものの、キーボードというものに
英語だの、ひらがなだの、よくわからない記号が並び、どこを触っていいか分からない。正解が何かが分からないし、どうしたものだか。
指の感覚が鈍った手をさすり、先生が丁寧に教えてくれるのを聞くものの
理解できず、先生から出されたのはジャポニカ学習帳と書かれたノート。
これに、ローマ字を書いて覚えてくださいね。と宿題を出された。
「まぁ、この歳になっても宿題なんてするものなのね。ふふふ」
富はおかしくなって笑うと、
先生からローマ字表のプリントとノートを受け取り、残りの時間は
パタパタと打ち込む静江さんの背中を眺めつつ、握りつらくなった鉛筆を
ゆっくりと握り、表を見ながら字を書いた。

「富さん、この文章公開してもいいですか?練習の成果が見えた方が楽しくなるでしょうし。」

公開って何のことかしら?と思いつつ、「ええ。いいわよ」と空返事をした。

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短期連載/蟹の よこ歩き②




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