大ぶりなピアスは、補聴器よりも目立っていた
6月、母が耳の下の耳下腺というところに腫瘍ができ、手術をすることになった。
できた腫瘍は、取ってみないと良性か悪性かわからないらしい。良性なら取っておしまい。悪性なら転移していないかを、さらに調べる
そして6月1日、手術は終了。後日良性だったことがわかった。
1週間ほど入院して、医者には、退院後すぐに仕事に復帰しても問題ないと言われたらしいが、母は1か月の傷病休暇を会社に申請していた。
人生初の手術だったし、少しゆっくりしたかったんだろう、母はたくさん本を買い込んでいた。実家へは飛行機を使わないと帰れない。コロナ禍でお見舞いに行けなかったので、元気そうな母にわたしも安心していた。
ある日、様子を聞こうと母に電話をかけたところ、出先だった。
「もしもし?どこにいるの?」忙しいならかけなおすよ、と言いかけると、
「今、美容クリニック!眉毛アートしにきたの!」と言われた。
わたしは眉毛アートを知らなかった。
眉毛のところに、針で色素を注入して、スッピンでもメイクしてるかのような眉毛にするものらしい。
人は、暇だとろくなことをしない、と思った。
そんなことのために傷病休暇をとっていいのか、と思ったけど、母が元気ならそれでいいということにした。
小学生のとき、タクちゃんという耳の聞こえない男の子がいた。
笑い声は普通だけど、言葉は重く硬い発声で、何を言っているのかはわからない。
タクちゃんは補聴器をしていて、それはタクちゃんにとってとても大切なものだということを先生は繰り返した。
それでも悪ふざけで、タクちゃんの補聴器を外そうとする子はいて、その度にタクちゃんはすごい怒り、耳が隠れるくらい髪を伸ばした。
大学生のとき、そのタクちゃんから、Facebookで「ひさしぶり!元気?」とメッセージがきた。
タクちゃんには、いつも手話通訳士のおばさんがいて、タクちゃんと話すときはそのおばさんに手話で通訳してもらっていたから、メッセージ経由とはいえ、タクちゃんと直接話したのははじめてだった。
タクちゃんのFacebookを見ていると、フェスに行ったり、飲み会に行ったり、普通の大学生という感じだった。その中の写真に、タクちゃんの横顔のアップがあって、タクちゃんはピアスをしていた。男性には少し大ぶりなピアスは、補聴器よりも目立っていた。それを見て、わたしは、ピアスを開けようと思った。
わたしは両耳たぶに穴を開けて、さらに耳の軟膏にまで開けた。10年たって、耳たぶの穴はもう塞がったけど、軟膏の方はまだ空いている。
人は、暇だと、ろくなことをしない。
けど、25年前の補聴器の男の子との出会いが、わたしの耳に塞がらない穴を開けたのは、人生って感じがして、いい。
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