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“三ツ星”に込めた意味

こんにちは。今日は暑いですね。梅雨の中休みでしょうか、晴れて夏模様です。今日はタイトルにありますように、どうして私の作るジンジャーシロップに

三ツ星ジンジャーシロップ

と名前をつけたのかその理由を書いていきたいと思います。

三ツ星とはミシュランの三ツ星です。

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ミシュランの星可愛いんですよね。

そもそもジンジャーシロップを作り始めた理由が↓になります。

学生時代のあるバイト先の個人店のハンバーグ屋さんで

「自分でドリンクを作りたい、それを売りたい」

と言い出したことが全てのきっかけです。

そしてジンジャーエールを作るぞと決めてから1つ目標にしたことがあります。

最高級のレストランで出されてもおかしくないジンジャエールを作る

当日U1が考えた最高級のレストランといえば、

ミシュランの三ツ星をとっているレストランです。

そんな大層な目標を掲げたものの、作り方もわからずにインターネットのレシピを真似っこすることがスタートでした。

そんなある日のこと、大宮の本屋さんにフラッと立ち寄った時のことです。食べもののコーナーに行きある本を見て5度見しました。

「三つ星レストランの作り方」

〜のレシピ、時短でできる〜などタイトルが並んでいる中、

“三つ星レストランの作り方”なんて違和感ありすぎて、浮き出て見えました。

時間もなかったので、中もみずに手に取り購入しました。この本の主人公の

米田肇さん

の自叙伝です。ミシュランの三ツ星をとるまでの軌跡が書かれています。

なので、具体的なこうしたら作れますよというtipsが書かれているわけではなく米田さんが血と汗を垂らしながら三つ星を獲得するまでのstoryが書いてあります。

U1はこの本を貪り読み、電車で降りる駅をスキップして何駅も先まで読み進めてしまったことを覚えております。

それもそのはずで、文章から”声”が聞こえてくるんです。

小学館の編集者の石川さんのナレーションと米田シェフ(と呼ばせてください)の声が交互に聞こえてきて、本を読んでいる感覚ではなく、米田シェフの歴史をその場で覗き見るような感覚になってしまうのです。

米田シェフが大切にしてきた考え方、料理に向き合う姿勢がありありと書かれています。

米田シェフが料理人を目指し始めたのが26歳。

U1が最高級レストランで出されても恥ずかしくないジンジャーエールを作るぞと決めてこの本を手に取った時が27歳。

次元が全然違うのですが、シンパシーを感じてしまい、余計に没入していきました。

米田シェフは料理に関する全ての事柄に意味を持たせます。

・素材のカットする形

・食材の温度

・塩の大きさ、塩をふる位置

など料理の細部にこだわり抜いた先に米田シェフが表現した「地球」「未来」などの哲学が一皿一皿に反映されます。

U1は当然そこまで考えたことがなく、米田さんのwhyに何一つ答えられないなと打ちのめされました。

どうしてその食材をこういうふうにカットしたのか、

どうしてこの温度なのか、

どうしてこの大きさの塩をこの場所に置いているのか、

全て意図があるというのです。

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そして自分のベストを自分で疑い、本当にこれがベストなのかと常に自問自答しているというのです。

これをU1のジンジャーエールに当てはめると、

なぜショウガをスライスにしているのか、

なぜすりおろしているのか、

なぜ砂糖はこれなのか、香辛料で○○を使う意味はなんなのか。

ということを自問自答してみると、

全く答えられないのです。。

レシピにそう書いてあったから

ということでは一生三つ星のレストランに出すことはできないはずです。

米田シェフはお店の空間、接客、雰囲気、前菜からデザートまで全てこのレベルで考え抜いています。

U1はジンジャーエール1つこのレベルで考えられていないということにショックを覚えました。

そしてここからが若きU1の最も愚かな行動なのですが、

なんと読了後3ヶ月後に米田シェフのレストラン”hajime”にディナーの予約をとって、大阪に行区ことにしました。手紙を書きました。

今読み返してみると超恥ずかしく、偉大な米田シェフになんてことをするんだというくらい無茶なお願いの手紙を渡します。

そしてその一部メモが残っていましたので、晒してみようかと思います。

この時は無我夢中でしたが、今読み返すと、、、

開いた口が塞がらずに顎が外れてしまいました。。。

ご興味ある方は読んでみてください。

私はハンバーグレストランでも勤務していたとお伝えしましたが、そこは小さな個人店でした。
私が幸運だったのは、そこでしばらく働いた私はもう少しお店に何かできないかと思い、ハンバーグに合う飲み物を自分で作らせてくれないかと店長に頼みました。
私は「ジンジャーエール」という飲み物に注目をしていました。ジンジャーエール=カナダドライというイメージがあまりに強く、香料で作られたものをジンジャーエールと多くの人は思っている中で、私は偶然にも生姜をすって作られたオリジナル ジンジャーエールという飲み物を飲む機会があり、その時に衝撃を受けました。
生姜の香りとあとに残る辛味、そして炭酸と相性の良さに驚き、また一緒にいた友人がハマるように飲んでいた様子も印象に残りました。
このことを店長に伝えると、許可を頂き、自分で作って、それをお客さんに飲んでいただく機会をいただきました。
それまで飲み物や食べ物は作ったことがなかったのですが、1つのレシピを参考にしながら、そこからどうやって自分のオリジナリティをだそうか考えました。
全国にある自家製ジンジャーエール、ジンジャーシロップを取り寄せて味の違いを見たり、高知県の生姜農家さんを紹介してもらい、1週間収穫をお手伝いさせていただき、生姜についての知識を増やし、香辛料の勉強もしました。
飲む前の香り、口当たり、飲むときの舌の感覚、口に含んだときの香り、のどごし、余韻について試行錯誤し、始めは残されたりしたのですが、1週間にだいたい25杯を売ることを1年間続けられ、美味しいと飲んでいただける反応も増えてきて、やりがいを感じてきました。
お客さんに提供し、お客さんが口に入れる前、そしてその反応、これらを見ていると心臓がバクバクしますが、それが大変心地よいと思うようになりました。
工夫するところ、改善するところが山のようにあり、そのために時間を費やしますが、
それでも全然足りないと思うようになり、学校の勤務を続けながら毎週ジンジャーシロップを作って、お客さんに提供するということを続けて、ジンジャーシロップを作っているときの自分は時間を忘れていつまでも集中できる気がしていました。高校の時に感じた手ごたえと似たものを感じました。
客さんに提供し、お客さんが口に入れる前、そしてその反応、これらを見ていると心臓がバクバクしますが、それが大変心地よいと思うようになりました。
工夫するところ、改善するところが山のようにあり、そのために時間を費やしますが、それでも全然足りないと思うようになり、毎週ジンジャーシロップを作って、お客さんに提供するということを続けて、ジンジャーシロップを作っているときの自分は時間を忘れていつまでも集中できる気がしていました。高校の時に感じた手ごたえと似たものを感じました。
お話が長くなり、大変申し訳ないのですが、ここからが本題となります。
私はジンジャーシロップを作るヒントを探しに本屋へ行き漠然と歩いて本を見ていると、石川拓治氏 の著書「三つ星レストランの作り方」(小学館)という本を見つけました。
私はジンジャーエールを作る最初の時に「三ツ星レストランが提供するジンジャーエール」というコンセプトを決めて作っていたので、何かヒントはないかと探しました。
すると米田シェフの料理に関する飽くなき追求心、こだわり、集中力が素晴らしい文章とともに書かれていて、鳥肌を立てながら一気に読みました。ジンジャーエールのヒントが無いかと思って買った本が想像以上のインパクトを私に残しました。
正直私の勤務していたハンバーグ屋はとにかく早く出して、すぐにお客を返し回転をさせることで経営している店で、勉強になるところもたくさんありましたが、私は米田シェフの料理に対する姿勢に感動しました。これはもっと自分の作っているものと向き合わねばとなりました。
さらに私はこの本がきっかけとなり、ジンジャーシロップを作ることが好きというより、デザインしたものをお客さんが美味しく、楽しく召し上がることがすごく嬉しいのではないかと考えました。
なので、ジンジャーシロップにとらわれることなく、料理にも関心を広げ、私も料理で人を喜ばせたい、感動させたいと思うようになりました。
27歳という年齢で料理の道は大変遅く、遅すぎると言われたのですが、私は米田シェフ にお願いしたいのは、私のようなものでも料理の道を今から学ぶことは可能でしょうか。
またレストラン hajimeで私が勤務することは可能でしょうか。
私は米田シェフの近くで、料理に対する米田シェフの哲学を学びたいです。
人を感動させる料理にどんなエッセンスが必要なのかそれを学ばせていただきたいです。
米田シェフの大事な哲学のピースは石川氏の著書に散りばめられていました。それを自分も近くで学びたいです。
大変急な話で、無理難題ではあると思うのですが、文面だけでは、私の伝えられることが限られるため、面接といいますか、直接お話しできるお時間を設けてはいただけませんでしょうか。
どうしてもこの気持ちをお伝えしたく、また本の中で書かれていた、感動する料理を食べたいと思い、この度予約させていただきました。
米田さんの表現された、洗練された料理を味わうのを楽しみで仕方ありません。
非常に楽しみです。

なんという無茶でしょうか。

そして2016年9月にミシュラン3つ星のhajime に向かいました。

2人から出ないと予約できないと言われていたのに、2人分払うからという理由で1人で行ったんです。馬鹿の極みです。

お店で1人で食べてる人間はU1ただ1人です。ソムリエのケンジさん(サービスのトップの方)がついてくださり丁寧に声をかけてくださったのは今でも覚えてます。

そして料理を一通り味わい、いよいよバカを極めた手紙を渡す瞬間がきます。

そして全ての力を振り絞ったU1は京都にいました。京都で心を沈ませようと思っていた矢先にメールが届きました。

米田シェフからでした。

まだ手紙を渡してから1時間ちょっとしか経っていません。

そこには丁寧に読んでいただいたことがわかるくらいの返事が書いてあり、U1がしたいことを理解してくれ、その上でやらないといけないことを示してくださり、結果的には働くことは認められませんでしたが、応援のメッセージが書かれていました。

もう涙が出てきました。

そこから料理人を目指そうと飲食業界に入ってみたものの現実に打ちのめされ、自分の才能のなさに諦めてしまいました。

しかしそんな中で今までやってきたジンジャーシロップだけは唯一お客さんが自分を評価してくれたものだったのです。

そこに最後の希望を見出しました。

ショウガだけなら三つ星を狙えるかもしれない。

針のような一点突破です。

そして「最高級レストランで出しても恥ずかしくないジンジャーエール」

から

「三つ星レストランhajimeで出せるジンジャーエール」

米田シェフに認められたジンジャーエールを目標にしました。

そしてU1の作るジンジャーシロップを

三ツ星ジンジャーシロップ

という名前にして、名前負けしないような商品にすると心に誓いました。

そしてその2年後だったでしょうか、世話になっている高知県大豊町のラッキー農園の酒井さんから

「須賀シェフの”SUGALABO”で限界突破 ショウガが使われる」

と連絡がありました。

SUGALABOの須賀シェフというとフランス料理界の伝説シェフ故ジョエル・ロブション氏(1945年4月7日 - 2018年8月6日)のお弟子さんであり、わざわざ大豊町の畑までお越しいただき、まさに最高品質のショウガというお墨付きをいただいたことになります。

たまたまご縁があり使わせていただいている限界突破ショウガがトップのレストランで使われているということは、素材は間違いない。

掲げた目標を達成できるかどうかはU1がどこまでこだわれるかにかかっています。

「三ツ星」という言葉はとても重たく、名前負けしそうになりますが、まだまだ製造工程の中で追求できるところが多々あり、ジンジャーシロップ1つ満足できるものを作れていないのが現状です。

これならというところまでジンジャーシロップを安定して作ることができたら米田シェフに飲んでいただきたいなと思ってます。

ただまだその日は見えていません。

いろんなご縁で「三ツ星ジンジャーシロップ」はできておりますが、

その先には尊敬する米田肇シェフに飲んでいただくところが1つの目標ですので、それは必ず叶えたいなと思ってます。

「三ツ星ジンジャーシロップ」応援してください!もっと美味しいシロップできるように追求していきます。

最後まで読んでいただきありがとうございます。




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