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#21 【シェアハウスで得た教訓】一つのコミュニティに固執しない

お世話様です~。
久しぶりのコラムを今回は書きたいと思います。

タイトルの通りですが、結論からお伝えすると、

一つのコミュニティに固執せず、
複数のコミュニティに属することが大事

ということが今回の記事で伝えたいことになります。



なぜ一つのコミュニティに固執しない方が良いのか?

まず、なぜそう思ったのか。
理由は主に2つあると考えております。

単一のコミュニティ内で洗脳されないようにするため

自分が何かに洗脳されたわけじゃないんですけど・・・(笑)
どうしても社会人になると、職場~家の往復になってしまい、
コミュニケーションを取る相手というのは、会社の人がメインになってしまいがちです。

個人的には、あまり仕事に対する愚痴とかあまり好きじゃないし、
あと会社という枠に思考が狭まれている気がして、
いわゆる「業界外交流」をしようと思ったのが、
シェアハウスに住もうと思ったきっかけでもあります。

実際、職場の『普通』は職場外であれば『普通』じゃないし、
そもそもシェアハウスに引っ越したってだけで、
「意味が分かんない」って仕事関連の人にアレルギー反応出されたこともあります。(まあ、気持ちはある程度分かるんだけど)
その人からしたら、シェアハウスの『普通』は『異常』なんだろうなと思います。

要はその中にある『普通』が本当に『普通』なのか、外から見てみないと難しいんだと思います。
色んな社会問題にも通ずる所ありますしね。
以上が1つ目の理由となります。

帰属意識を分散させることで心理的安全性を確保するため

何かそれっぽい小見出しにしました(笑)

仮に今いる環境が急になくなったり、人間関係が悪くなったりした場合、
ヒトは自己肯定感が下がってしまう生き物だと考えています。現に、皆さんも誰もが仕事で嫌な事あると思います。
そうなった際に、ストレスの掃き出し先って同じグループ内で言ってしまうと、周りの迷惑もかけることになるし、そこで自分の居場所を失くしてしまいかねないと思います。

「あの場では重い話だけど、この場ではどうせ関係ない話だしいっか~」って思えることって、抱え込まず生きていく必要がないので、大事なんですよね。

確かにそれは逃げだろ、っていう意見も少なからずあると思います。ただ、キャパオーバーで身体を壊してきた人を何人も見てきました。それを回避するための方法としていくつかのグループに所属することって理に適っていると自分は考えています。


シェアハウスで築いた「部分最適コミュニティ」観

「何がズッ友だよ、馬鹿野郎」

皆さんの何人かが想像している「ウチらまぢファミリー!✨一生BFF♡」みたいなシェアハウスのイメージって僕は好きじゃないんですよね(むしろ、嫌い)。
まるで、「Forever Love」ってプリクラに書いちゃう中学生カップルみたいな儚いものだと思っています(今の若い子に伝わるのかな・・・)

都合のいいときだけの関係は悪い事じゃない

という考え方から、自分も一緒に住んでいるメンバーに対しては、その時その場で気軽に話して、飽きたら自室に戻るみたいな感じでやっています。だって、相手も早く寝てたい時もあるだろうし、自分も寝てたい時いつでもあるから。

楽しみたい時だけつるむ。けれども衣食住は生存権をちゃんと行使させてもらう。そういった「部分最適コミュニティ」という考え方に出会って、自分は今の環境に居心地を感じているのだと思います。

あと、体調不良の時に、同居人が気を遣ってくれたり、ご飯作ったりしてくれるのは本当に感謝しています。


具体的にいくつコミュニティに属するのが良いのか?

じゃあ、何個のコミュニティに属するべきなのか、という話ですが、まあ正解はないと思っています。
量より質なのか、質よりも量なのか。その考え方によって、回答は変わってくという感覚はあります。

ただ「部分最適コミュニティ」で仲良くなった相手って、一定数時間経っても、この人とは定期的に会うだろうな/会いたいなっていう意思を持ってくるんですよね。現に、今は一緒に住んでいない元同居人と遊んだり、共に仕事をしたりと、良い関係性であることは変わりません。

その母数を増やすに越したことはないよね、というのが自分の論点になります。


普段感じていることを文字にバァーと書き尽くしたので、なんか思想強い文章だったらごめんなさい(笑)
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました!

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