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【特別公開】小児の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診断・治療篇

・本記事は書籍『小児感染症のトリセツREMAKE』(監修:笠井正志,著:伊藤健太)の補訂版として公開します。小児感染症全般についてさらに深く理解したい諸氏は,本編とあわせてご参照ください

・本補訂版は感染症のなかでもとりわけ流動性の高い内容を扱っています。今後の状況の変化やエビデンスの蓄積によって内容に変更が生じる可能性があり,それに伴い修正・加筆が行われる場合があります。内容の更新があった場合は,本補訂版上にて告知いたします

・本補訂版のPDF版を金原出版ホームページ上にて公開していますので,あわせてご活用ください

・参考文献は文中にハイパーリンク(下線部分)にて示します

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監 修:笠井正志(兵庫県立こども病院 感染症内科 部長)
著 者:伊藤健太(あいち小児保健医療総合センター 総合診療科 医長)

(最終改訂日:2021年10月8日)

小児の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)|
疾患のトリセツ

頻度:★☆☆☆☆~★★★★★
重症度:★☆☆☆☆~★★★★★

・新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はSARS-CoV-2による感染症である

・情報のアップデートが早い分野なので,適宜改訂を要する。『小児感染症のトリセツ』は2012年に初版発行,REMAKEが2019年に出版されたが,COVID-19のトリセツの改訂スピードはそんなもんではないので覚悟してほしい(お前がな……)

・書いているそばから新たな情報が出るわ出るわ……。さまざまな状況に右往左往。感染症診療の本質ってナニ??? とか時々遠くを見つめてしまう。そんな感染症がCOVID-19。みなさん,COVID-19の情報を見たいなら,最終改訂日を必ずチェックしてくださいね

・また,COVID-19に対するさまざまな周囲の反応というのも,1年半かけて徐々にわかってきた感染対策のいろいろや,ワクチンやδ株のようなゲームチェンジャーの存在により,緩やかに,ときにドラスティックに変わりうる。ということで『トリセツREMAKE出前COVID-19』では各項目について,以下に分けてまとめようと思う

① 現在わかっていること
② わかっていないこと,つまり未来

・また,特に小児のCOVID-19は医学的な情報だけでアクションが変わるわけではなく,さまざまな要因に作用される。たとえば他の感染症に比べて,その重心が成人によっている。死亡者や重症者のほとんどは成人(それも高齢者)であり,基本的に小児は罹りづらく,重症化しにくい。そのため,社会的な対策も成人重視になる(それはそれで当然)ため,小児特有の成長や発達に関わる問題は後回しになりがちである

・さらに,小児科医としては,彼らの成長発達を妨げない感染症対策を考える必要がある(ちょー難しいけど)

・このようなCOVID-19社会における特有の視点と,今までの医療との比較もできる限り行っていきたい

■疫 学

わかっていること
・成人に比べ小児は少なく,軽症である
わかっていないこと
・成人へのワクチン接種が進み,δ株が流行の中心になることで,日本における小児の感染者数や重症者がどのように増加するかどうか

小児の感染者数
・厚生労働省の発表する国内発生動向(速報値)によると,2021年9月22日現在で20歳未満の患者数は10歳未満:87,763人,10歳台:167,705人,計255,468人である。日本全国の総感染者数が1,660,055人であり,その割合は15.3%である

・ちなみに総務省の出している統計によると2021年8月1日時点での20歳未満人口は2043万人(総人口割合16.3%)であり,単純計算すると検査陽性者は約0.9%である

・世界の数字を参照したいときはUnicefが小児のデータをまとめてくれている。世界103カ国からのデータでは0-20歳の感染者数は,0-4歳:1,747,708人,5-9歳:2,428,116人,10-14歳:3,697,693人,15-19歳:5,516,814人,計7,944,930人である。この年齢層が全人口に占める割合は37.7%であるのに対し,COVID-19では10.2%であり,人口比に比べて,感染者数が少ない傾向がある

全体のうちに小児が占める割合の変化
・上述した通り日本でも海外でも流行当初,小児患者の割合は少なかった(2020年4月当初,日本では4-5%中国では1.2%米国では1.7%

・しかし,その後小児の感染者割合は増加の一途をたどる。δ株の出現によるSARS-CoV-2の感染力の増加や,65歳以上のワクチン接種が進んだこと,無症候者が多い小児に対する検査が進んだことなどにより,その傾向はさらに加速化され,2021年9月22日時点で,日本でも20歳未満の感染者が占める割合は20%以上を占めている

○年齢階級別新規陽性者数の構成割合の推移

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厚生労働省.新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(速報値),2021年9月22日18時時点より)

・この傾向は海外でも同様で,米国小児科学会(American Academy of Pediatrics:AAP)が2週間に一度まとめている各州の小児の感染症状況報告では2021年9月23日時点の1週間の感染者の中に小児が占める割合が26.7%になっている

大人の感染の増加が子どもに与える影響
・成人の感染者増加に伴い,重症者や死亡者が増えると,子どもにどんな影響があるだろうか? 世界中で保護者を失った子どもの数は150-200万人と推定されている。COVID-19の流行抑制はこのような悲しい事態を防ぐためにも重要だと思う

・また,それ以外には,各医療施設で必死に準備しているいわゆる"コロナ病床"は,成人の重症者発生を想定し準備されている。そのため,医療逼迫が起きるような感染拡大が起きた場合,総合病院のコロナ病床に小児COVID-19を受け入れる余裕はない

・そのようなときは親は入院できず,各地域の子ども病院などの小児専門医療施設に子どもだけで入院せざるを得なくなる……

■重症化・死亡について

・小児のCOVID-19で重症化を議論する場合には,その『重症化の定義』に注意をすべきである。特に注目すべきは『入院』を重症化の定義に入れているかどうかである

・たとえば,新生児や免疫不全者などの,もともと基礎疾患がある患者について,COVID-19 などの当初はよくわかっていなかった感染症を診断した場合,当然入院して経過を診るという措置を主治医ならしたいと考えるだろう。そのため,死亡や集中治療を要するような真に重症な患者でなくとも,重症者として認識されている可能性がある

・また,日本では流行開始当初は「診断=入院」であった時期もあり,入院適応とは各国の政治・医療制度や地域の流行状況,病院のキャパシティによって流動的に変化するため,真の重症化因子とはいえない可能性もある

・小児の重症化にどうしても注目されやすいが,その重症化の定義に入院が入っているかどうかは注意してみる癖をつけたほうがよい

・さて,そのうえで
『小児COVID-19の重症患者は,成人に比べ少なく,死亡も少ない』
といってよいと考える

・これらの割合が非常に低いからである(ただし全体の患者数が増加すれば重症者や死亡者も出うるので,そこは注意が必要)

重症化の頻度
・入院を重症化リスクとするならば,入院率や全入院に小児が占める割合をみることで,重症化の頻度の評価ができる

AAPのデータ(2021/9/24)では小児は全入院に占める割合が1.6-4.2%,感染小児の中で入院に至る割合が0.1-2.0%であり,入院は全体的に少ないといえる

・日本の小児感染者のうち入院が占める割合などははっきりとはわからない。また,日本では入院の理由が医療的でないことがある。たとえば,シングルの家庭で,保護者がCOVID-19による重症化で入院が必要となり,陽性の子どもを世話できる人がいないための入院などである

日本の入院したCOVID-19をまとめたデータでも30%が無症状であることからも,ある一定のそのような入院要因があるのである

・さまざまな国から7,480人の小児についてまとめられた系統的レビューでは2%が小児集中治療室(PICU)に入室している。一方で95%が無症状か軽症~中等症である。先の日本の入院データだとSpO2<96%になる症例が全体の5.9%であり,それってそもそも入院必要なの? と思うくらいの患者背景であるうえに,PICU入院はゼロである(ただしこのデータは2021年2月末までの数字をまとめているため,第4波,5波の状況は反映していない。筆者もPICU入室例は経験している)

重症化リスク
・重症化リスクは上述したとおり,「入院」を入れると若干ややこやしくなる。重症化を懸念して入院とか,本当に重症化がわかりにくい。また入院の必要性は国によって異なる。何度も出てくる日本の小児入院データでは,基礎疾患のある患者は6.8%に過ぎない。

・だからといって『基礎疾患があると軽症だ』とはならないが,入院を重症化リスクにするとややこしくなるのである

・基礎疾患があることは重症化因子としてはよくいわれている。先の系統的レビューでは基礎疾患がある患者は20%いたが,基礎疾患がない患者と比べて臨床経過が悪い患者はいなかった。では基礎疾患は重症化因子ではないか,というとそうではなく,先の入院基準にも関わる話であり何ともいえない。

・それでも米国の小児死亡患者の75%は1つ以上の基礎疾患があったという疫学調査もあり,おそらく重症化因子なのだろう

PICUの観点から見た小児COVID-19をまとめた論考では基礎疾患として,慢性呼吸不全,肥満,神経発達障害などが重症化因子として挙げられている

・他のウイルス感染症や成人のデータなどから類推して重症化因子が挙げられている例も多くあり,米国CDCでは,小児について『Children with certain underlying conditions』と記載しかなく「certain underlying conditionが知りたいんや!」という禅問答状態だし,米国小児感染症学会の昨年9月に出されたinterim guidanceでは(1年間ずっとinterim……)抗ウイルス薬投与するなら,たぶんこれがリスク! という表がある(1年間改訂なし…)

○米国小児感染症学会中間ガイダンスによる抗ウイルス薬を考慮する基礎疾患

米国小児感染症学会中間ガイダンスによる抗ウイルス薬を考慮する基礎疾患

Kathleen Chiotos et al.J Pediatric Infect Dis Soc. 2021 Feb 13;10:34-48より)

・このように「よくわからんが,今までリスクといわれているもんはリスクとしてもいいんじゃない?」というスタンスである。初期はこれでよいのだろう。流行も1年に及んでおり,よりはっきりしたエビデンスは今後集まってくるかもしれない

・他,コホート研究で述べられている重症化(ICU入室など)因子はその他トリソミー21などである。

・また「重症化因子」といったとき,後述するMIS-Cはまた別途考える必要があるため,その辺ごっちゃにしないでほしい

死亡の頻度
・入院頻度を示した同じAAPの報告による死亡の頻度は州によるが感染者の0.00-0.03%である。CDCがまとめている死亡者数(2021/9/22)の実数としては0-4歳:170人,5-18歳:374人,計544人である。米国の流行を見ると,無視はできない死亡が発生している(それでも頻度は544人/5,518,815 人≒0.01%)

・一方で日本は10代以下の死亡者数は2021/9/24時点で2名であり,死亡頻度はかなり低い

重症化・死亡のまとめ
・このように重症化,死亡ともに成人に比べ非常にリスクが低いといえる小児のCOVID-19であるが,その理由はよくわかっていない

・免疫反応が弱いだとか,他の呼吸器ウイルスとの干渉によるSARS-CoV-2のウイルス量低下だとか,SARS-CoV-2の受容体であるACE-2の発現量の違いとか,他のウイルス感染症により持っている抗体の交差性だとか,粘膜免疫発動が早いとか,血管が若い! だとか,いろいろいわれている(UpToDate®参照)。その実態はよくわかっていない

■臨床症状

わかっていること
・小児のCOVID-19はほとんどの場合,臨床症状から他の感染症(特に普通感冒)との鑑別は不可能
・日本の入院理由は医療的でなく社会的であることが多い
・稀に重症者がいる
・MIS-Cは中央値8-11歳くらいの多臓器にわたる炎症性疾患。流行の2-6週に多くなるため注意が必要
わかっていないこと
・流行に合わせた適切な検査戦略
・日本における重症化率,重症化因子
・MIS-C発症のリスク因子

小児の臨床像
・小児のCOVID-19の臨床像は簡単にいうと何でもありである

・無症状から普通感冒のような熱・鼻汁,細気管支炎みたいな喘鳴,下痢や嘔吐の消化器症状,インフルエンザみたいな頭痛,筋肉痛や関節痛,さらに成人でもいわれるような嗅覚異常も認められる

・昨年の12月にBMJに発表された小児のCOVID-19の症状に関する系統的レビューでは,20歳未満(0-20歳を一括りにする若干の乱暴だなと……でもしょうがないよなとも感じつつ……)の検査陽性者を組み入れていて18本の論文について検討されている

・米国,イタリアなどの欧米のみならず,中国,韓国などで行われた研究が含まれており,世界的なデータとしてとらえてよい

○小児のCOVID-19:症状の頻度

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Russell M Viner.Arch Dis Child. 2020 Dec 17;archdischild-2020-320972より一部改変)

大まかなまとめ
・無症状者が約15-40%
・発熱が約46-64%
・咳が約32-56%
・その他,鼻汁,咽頭痛,頭痛,気に苦痛,消化器症状などさまざまが10-20%

・普通感冒・カゼ!といえば鼻汁・鼻炎と考える人が多いと思うが,どちらかというその頻度は少なめである。しかしあってもなくても否定も肯定も難しい

・また,成人で有名な嗅覚・味覚障害は小児では評価が難しい。それが表現できる年齢は限られているためである。味が薄いことを「味がない」と言って場が騒然となるみたいなことも経験がある

・小児の嗅覚・味覚障害に観点をおいた系統的レビューでは,嗅覚障害は約16%(95%CI 8.2-23.8%),味覚障害は約9%(95%CI 4.3-14.2%)であった(ただし,0-10歳ではそれぞれ6.3%,4.8%である)。この研究では女児,症例数が少ない,アジア,合併症がある場合に,より症状が出やすい傾向にあった

・これらの症状が訴えることができる児で,実際に訴えた場合にはCOVID-19の可能性が高くする所見としてとってよいと思うが,なくても否定にはまったくならない

・また,これらの症状が小児でどれくらい続くか? などはよくわかっていないので,もしそういう患者がいたらしっかりとフォローしてあげてほしい

日本の入院患者の臨床情報
・日本ではどうなんよ⁉ ということで,マイビッグブラザー成育医療研究センターの庄司先生が日本の入院患者レジストリ(COVIREGI-JP)の小児データをまとめてくださっている

・第4波前の2021年2月までのデータである。よりデータが詳細に得られた約730例について徴候・症状についてまとめたのが以下の表である

○入院した小児COVID-19の症状・徴候

入院した小児COVID-19の症状・徴候

K Shoji et al. J Pediatric Infect Dis Soc 2021 Sep 6;piab085より引用・作表)

・これをみると発熱患者が全体の10%,低酸素血症(SpO2低下)が6%と「えっ,何で入院してるの?」という印象をもつ。それもそのはずで,流行初期は「診断=入院」の時期もあったためである…………でも,その後の軽症者は自宅療養にという流れができていたはずなのに……やっぱり入院するような患者は少なくないか??

・このデータで最も重要なことは,(「重症化の頻度」でも示したが)入院患者の30%が無症状の点である。日本においては小児の入院は児の重症化というより,社会的な重症化,つまり家族みんなで入院するとか,家族や保育者が重症化して入院するため診れる施設がないから,というパターンが多いのである

それでも重症者はいる
・日本における重症・中等症患者については,日本集中治療医学会小児集中治療委員会がまとめている〔酸素投与以上を必要としたCOVID-19肺炎(厚労省定義中等症Ⅱ,重症相当),多系統炎症症候群MIS-C,その他病態でモニタリングや酸素投与・人工呼吸器などを必要になった症例が対象〕。

・このデータを誌面にするには学会の許可が必要であるため,ここには詳細に記載できないが,第5波の状況において,これらの対象患者に合致する小児が明らかに増加したし,私自身も該当患者の診療を複数行った

■MIS-C(multi-inflammatory syndrome in children)

・2020年5月,COVID-19感染者ないし感染後の患者から川崎病のような症状を持つ小児の報告が相次いだ。当初は群盲象を評す*とNEJMで記載されたくらい,まあぶっちゃけよくわからない状態だった

*数人の盲人が象の一部を触って感想を語り合うというバーフバリを生んだインドのことわざ

・欧州CDCではPIMS(paediatric inflammatory multisystem syndrome)と別名で呼ばれている。またMIS-Cの診断基準もCDC版とWHO版があるが,みようとしているものはほぼ同じで,COVID-19後(症状の有無にかかわらず)2-6週間後に多臓器に炎症を起こし,さまざまな症状を表す症候群である。

・ここでは例としてCDCの診断基準を挙げるが要は,熱があり,2臓器以上の所見があり,血液検査上炎症が認められ,過去または現在のCOVID-19感染または曝露歴があればMIS-Cとなる。

・MIS-Cの特徴は以下のとおりである。

・COVID-19感染後2-6週で発症する
・年齢中央値が8-11歳
・黒色人種(25-45%),ヒスパニック(30-40%)で多く,白色人種(15-25%)や通常川崎病が多いアジア人(3-28%)で少ない
・半数位が重症で集中治療を有することがある。重症患者中血管作動薬が6割に必要

N Engl J Med 2020;383:334N Engl J Med. 2020;383:347Lancet Child Adolesc Health. 2020;4:669Trans Pediatr. 2020;9:873-875Journal of Pediatrics, The, 2021-10-01, Vol 237, P 125-135.e18より)

・とはいえ実際は例外も多々あり,また,あくまで症候群であるため,その症状や検査上の特徴の頻度など非常に多岐にわたる。見よ,この何でもあり感を!(表)

○MIS-C診断基準|CDC症例定義

MIS-C診断基準|CDC症例定義

CDC.Multisystem Inflammatory Syndrome in Children(MIS-C)Associated with Coronavirus Disease 2019(COVID-19),May 14, 2020, 4:45 PM ETより作表〕

・ただ,いわゆる川崎病とは違いそうであり,MIS-Cも川崎病タイプ,心筋障害やトキシック省,MAS(マウロファージ活性化症候群)などのような非川崎病タイプのようなサブタイプ分けされるようになってきた

○MIS-Cの症状・徴候・検査異常などの頻度

MIS-Cの症状・徴候・検査異常などの頻度

UpToDateⓇ,COVID-19:Multisystem inflammatory syndrome in children (MIS-C) clinical features, evaluation, and diagnosisを参考に作表)

・このように,だいぶわかってきてはいるものの,MIS-Cについて,どんな人がリスクなのか? この広すぎる疾患概念で適切なのか? などわからないことはまだまだあり,情報のupdateは今後も必要である

■治 療

わかっていること
・ほとんどの小児COVID-19は特異的な治療は必要なく,対症療法でよい
・当然抗菌薬も必要ない
・MIS-Cに対する基本的治療はIVIGである
わかっていないこと
・抗ウイルス薬を誰に? いつ? 投与すべきか?
・免疫抑制剤を誰に? いつ? 投与すべきか?
・抗血栓療法を誰に? いつ? 行うべきか?
・MIS-CのIVIG以外の適切な治療法:ステロイド?トシリズマブ?インフリキシマブ?カナキヌマブ?

・大前提として,子どもの治療に関してRCTなどのいわゆる『よいエビデンス』はない

・無症状や軽症者が多い感染症に対して,治療薬に求める効果は何なのか? ということを考えなくてはいけないのだが,たとえば死亡や重症化(ICUに入室,人工呼吸を必要とする)などをどれだけ防げるのか? ということをアウトカムにすると,小児ではその頻度が非常に低いため,研究をしようとすると莫大な被験者数が必要になる。そんなRCTを行うことは現実的に難しく,結局よくわからん……という状況に陥ってしまう

・じゃあ成人で潤沢なエビデンスがあるかというと,たとえば抗ウイルス薬のRemdesivir(レムデシビル)ひとつとっても治療のタイミングや,対象群,併存治療の有無などによりその結果はさまざまで,その治療対象の選定など,侃々諤々の議論が続いている

・とりあえず大枠を理解したいなら,厚生労働省の『新型コロナウイルス感染症診療の手引き』(最新5.3版)をまず読んで落ち着いてほしい(小児の治療についても言及がある)

・成人でもそんな様相なので,小児の治療に関してはその推奨はexpert opinionの域を出ることは難しい。日本では日本小児科学会 予防接種・感染対策委員会が『小児におけるCOVID-19治療薬に対する考え方』を,日本小児科学会・日本小児感染症学会ら5学会が合同で『小児COVID-19関連多系統炎症性症候群(MIS-C/PIMS)診療コンセンサスステートメント』を出しているので,目を通しておいてもらいたい

・米国では米国小児感染症学会が2020年9月に出したinterim guidanceから目新しいものは現在出ていないので,そちらも参考にしてほしい

・またMIS-Cについては,治療の途中でいろいろと悩むことが多い(IVIGの追加って…次の判断いつするんだっけ……ステロイドってパルスでいくの??……他の免疫調整剤って)ので,特に米国などで各施設が発表している治療のパスウェイなどを参考にするとよい(Seattle Children’s HospitalのものChildren’s Hospital of Philadelphiaのもの

・また,治療する場所についても気をつけたい。今のCOVID-19に関する感染対策では,転院や転棟にかなりの労力と時間を使う可能性が高い。そのため,重症化しそう,ないしすでに結構重症なのかもしれないんだけど……ってかMIS-Cで少し心機能落ちてない??? という小児がいたら,早めに地域のCOVID-19対策が可能な医療施設への移送を考慮してほしい

抗ウイルス薬
・小児のCOVID-19の中等症Ⅱ,重症だったら使用する(かな?)

・レムデシビル(ベルクリー®)点滴静注:
3.5㎏≦体重<40kg:5mg/kg/day分1 ローディング,翌日以降2.5mg/kg/day分1
>40㎏:200mg分1ローディング,翌日以降100mg分1
通常5日間,投与後も改善に乏しい場合最大10日間まで

・副作用として,嘔気嘔吐,肝逸脱酵素上昇などがみられる

免疫抑制・調整剤
・基本的にケースバイケースで決めていくしかない。日本で慣れている人・施設……なんて今のところないので世界のデータを参考に作成された日本の治療ガイダンスや声明を読みながら一例一例みんなで悩みながら治療するしかない

・MIS-Cに関しては川崎病やマクロファージ活性化症候群,血球貪食症候群,トキシックショック症候群などとの鑑別が必要になるし,場合によっては両方に目くばせしながらの治療が必要になるので,そのような治療に慣れている医師との連携が必要となる

ステロイド
・重症COVID-19に対する治療か,もしくはMIS-Cに対する治療かで異なる

重症COVID-19に対するステロイド
・成人ではRECOVERY trialや重症COVID-19に対する臨床研究が複数あり,使用感みたいなものも確立されてきている(感じをTwitterなどから類推……)。
・小児の重症COVID-19に関しては,(エキスパートオピニオンの域を出ないが)下記のいずれか。治療期間はよくわからず,症例毎に調整。最大10日間くらい??

デキサメタゾン 0.15-0.3 mg/kg/day 分1(最大6 mg)
プレドニゾロン 1 mg/kg/day 分1(最大40 mg)
メチルプレドニゾロン 0.8 mg/kg/day 分1(最大32 mg)
など

MIS-Cに対するステロイド
・心機能の悪化が著しい場合などはプレドニゾロンないしメチルプレドニゾロンを使用する

プレドニゾロン(またはメチルプレドニゾロン)1-2 mg/kg/day(最大60mg/day)静注,治療効果をみながら,2-3週間かけて漸減する

IVIG(免疫グロブリン)
・こちらはMIS-Cの治療の根幹である。川崎病類似ということで治療選択にしていたら,その後だいたい使われるようになり,現在ではほとんどの症例で使われている

・またMIS-Cに対してIVIG使用の是非について比較検討した研究はない

・幸いというか,日本の小児科医は川崎病診療の経験が豊富であり,IVIG投与に対する閾値は低いほうだと勝手に思っているが,MIS-Cだと診断したらいつも通りに使ってもらいたい! ただし!! MIS-Cは結構な確率で重症化するので,診断したら小児の心機能評価がしっかり評価できる施設を探したほうがよい

IVIG 2 g/kg/day点滴静注。適宜追加を考慮

(適宜ってなんやねんって思うと思いますが……私もそう思います。チームで適宜判断していくしかないんだと思います)

MIS-Cに対する生物学的製剤
・下記の治療について使用経験が報告されている。ぶっちゃけどれがよいとかなど,有効性はわからない。そのため使用する場合は,これらの治療経験が豊富な小児リウマチ医など専門家がいる施設での使用が望ましい

・トシリズマブ:アクテムラ®
・インフリキシマブ:レミケード®
・アナキンラ:キネレット®

MIS-Cに対する低用量アスピリン

・川崎病の診断を満たす場合は有熱時30-50mg/kg/day,そうでなければ3-5mg/kg/day

成人で使ってるけど小児ではどうなん?な薬
・小児あるあるだが,データがないからよくわからない。でも重症だったり,機序的に効果がありそうなら,成人に倣って使用するという感じである

①トシリズマブ(アクテムラ®)

・小児のCOVID-19に対する有効性や安全性はよくわかっていない

・米国では2歳以上の酸素を要する,ステロイド投与,人工呼吸器管理もしくはECMO管理の小児に対し,FDAの緊急使用が許可されている。しかし,エビデンスは限られており,基本的に臨床研究の文脈で行うべきとされている

②抗体カクテル療法(カシリズマブ/イムデムマブ:ロナプリーブ®)

・軽症(酸素投与を必要としない)で12歳以上,40kg以上の重症化リスクのある患者に使用する

・小児の重症化リスク??? そんなんあったっけ? って感じなので症例毎に必要性を専門家同士で吟味して,使用すべきである

③JAK阻害薬(Baricitinib オルミエント®)

・米国では2歳以上の酸素を要し,人工呼吸器管理もしくはECMO管理の小児に対し,FDAの緊急使用が許可されている。しかし,エビデンスは限られており,基本的に臨床研究の文脈で行うべきとされている

抗血栓療法
・成人だと入院する21%に起きるという系統的レビューもあるが,小児でもCOVID-19やMIS-Cによる血栓症は起きうる。21歳未満のCOVID-19 426人,MIS-C138人,無症候性感染者289人に関して,その頻度を調査した研究では,全体で血栓症は20名/814名(2.5%)で,うち1人は脳卒中であった

・ほとんど(約9割)が12歳以上で起きており,MIS-Cが最もリスクが高く(6.5%),COVID-19がついで2.1%,無症候性で0.7%であった(このコホートは基礎疾患が多かったり,年齢が高いなど,もともとややリスクが高く見積もられている集団であるため,実際はもう少し低いかもしれない)

・Dダイマー上昇(正常上限の5倍以上),12歳以上,担がん,MIS-C,中心静脈カテーテルが多変量解析でリスク因子と認定された。しかもこれらの7割が抗血栓予防を行っていたにもかかわらず発生している

・じゃあ,どないせえっちゅうねんという感じだが,上記のリスクがある患者は抗血栓療法のいかに関わらず,血栓症に注意して診ていきましょうというのが,現状最も重要なポイントかもしれない

・一応米国ではPediatric/Neonatal Hemostasis and Thrombosis Subcommitteeが臨床ガイダンスを出しているので参照してほしい。また,小児のCOVID-19エノキサパリンの安全性について評価した臨床研究も進行中であり,それらの結果も待たれるところである

普段の薬はどうするの??
・普段いろんな薬を飲んでるんだけど,COVID-19になってしまった……どうすればよい?? ということがあると思うが,基本は主治医に相談してほしい……

・一応関連しそうな薬についてUpToDate®を参考に記載する

①NSAIDs

・もともと小児ではNSAIDsはあまり使用せず,発熱時などはアセトアミノフェンを中心に使用されている。ただ青年期ではNSAIDs使用する場合もあるだろうし,疾患によっては継続的に使用している場合もあるだろう

・NSAIDsに関しては,当初使用に疑問が呈されていたが,さまざまな観察研究(Clin Microbiol InfectLANCET)で使用者と非使用者の差がないことが示されており,基本的に問題ない

②免疫抑制薬・調整薬

・基本的に主治医に相談を……

■感染対策(基本,2歳未満のマスク,学校での対応)
■ワクチン(12-15歳データ,安全性,12歳未満のワクチンについて)

については………後編で! だって疲れたんだもん!(読む人が)


【俺の言い訳①】
小児COVID-19をまとめるだと……???

『小児感染症のトリセツREMAKE』執筆チーム(著者:伊藤,監修:笠井先生,編集:中立さん)はCOVID-19流行開始後の約2年間沈黙を続けた……(実際には各々それぞれのメディアで思い思いに発信していたが)。

・伊藤:『Buzzfeed Japan』やTwitter(@peaceplease1981),TV出演を通して
・笠井先生:『ねころんで読めるワクチン』執筆,TV出演などを通して
・中立さん:『CIAMS』という言葉を知っているなら,みなは言うまい

2021年7月末よりδ株を中心とした流行拡大と,高齢者を対象にしたmRNAワクチン接種の拡がりにより,急に社会のフォーカスが絞られた感がある小児のCOVID-19について,情報をここいらでまとめるべきというご提案を中立さんからいただき,今回執筆するに至った。

さて,COVID-19の何かをまとめるというとき,他の疾患や病原体による感染症と大きく異なるのは情報の新鮮味である。情報の刷新速度はとても早く,また,内容の質・真偽など,吟味すべき内容は多く,それが目の前を通り過ぎ続ける。それをまとめるということは,1回に終わらず,まとめ続けるということと同義である。単純にとても体力が必要な仕事である。

小児感染症診療のトリセツREMAKEを執筆したのは,小児感染症診療に少しでも力になりたかったからであり,COVID-19流行中の現在において,そのニーズはさらに高まっているだろうと,重い重い腰をようやく上げようと思い立った。体力が続く限りできるだけ最新情報をまとめていきたいと思う。(けど大丈夫かな……。不安…。それくらい大変そう…。)


【俺の言い訳②】
COVID-19特有の視点

現代まで,最先端の医学,科学,IT技術を駆使して,ここまでひとつの感染症の疫学情報を長く,みなで注視してきた感染症はない。そしてその疫学情報に社会が一喜一憂する感染症もはじめてである。

たとえば検査の適用とか,入院の適応,治療の選択,ワクチンの対象に関しても流行状況に左右されうる。

そのため,専門家*のいうことも傍からみれば,朝令暮改的にとらえられることもあると思う。「前と言っとることちゃうやんけ!」的なことが専門家の口から出ることに聞く側が慣れたほうが楽である。いろいろと不確定要素が多いので,それゆえに,わからんけどまあそんなもんだというnegative capabilityみたいな心持がある程度必要だ。

感染症がここまで強く,深く,長く,社会を巻き込み,規範的なものまで変えていきそうな勢いだが,社会で共通認識となる大きな目標を共にできればよいとも思う。

たとえば,医療者は死亡者を少なくしたい・医療逼迫を防ぎたい⇒そのための流行抑制⇒だからワクチンとか感染予防が重要! と言うのだが(そしてそれは医療者として真っ当だと思うけども),非医療者からしたら,自分や家族が死なないようにしたい(若ければ若いほどその頻度は低下する)・幸せに生きたい⇒そのためにワクチンも打つかどうかもこっちの勝手だし,自粛もほどほどにしてほしいみたいな,決して無視できない”ズレ”が起きる。

私個人としては,『みんな幸せに生きたい』というところに共通認識としての最終目標を掲げながら,みんなそれぞれの場所で頑張れたらと思う。私は小児感染症の専門家としては,『子どもが割を食わないように,心身ともに健康に過ごせるように』という目標を別に掲げて,もう少し頑張っていきたいと思う。

*……って専門家ってなんやねん!!
私は小児感染症の専門家ですが,感染症疫学の専門家じゃないんです。そしてリスクコミュニケーションの専門家ではないんです……。COVID-19の流行開始から,一般のみなさんと同じように情報の嵐の中,航海を続けているんです。それでも小児感染症の専門家として,小児のCOVID-19に対する情報をアンテナ📶(バリサン)にしてアップデートし続け,実際の現場で感染症診療や対策を行っています。

専門家が一般の人に比べ,もしかして秀でているかもしれない点は,情報の取捨選択とその判断なのかと思います。特に私は小児科医であり,感染症の専門家であるという立場からそれらをみなさんにわかりやすくお伝えすることが使命だと思っています……って真面目かっ!!


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著者紹介

監 修 笠井正志(かさい・まさし)
兵庫県立こども病院 感染症内科 部長
 1998 年 富山医科薬科大学医学部 卒業
 1998 年 淀川キリスト教病院
 2003 年 千葉県こども病院 麻酔・集中治療科
 2004 年 長野県立こども病院 集中治療科
 2009 年 丸の内病院母子医療センター 小児科
 2011 年 長野県立こども病院 小児集中治療科,総合小児科
 2015 年より現職

著 伊藤健太(いとう・けんた)
あいち小児保健医療総合センター 総合診療科 医長
 2007 年 鹿児島大学医学部 卒業
 2007 年 名古屋第二赤十字病院
 2012 年 国立成育医療研究センター 感染症科
 2014 年 東京都立小児総合医療センター 感染症科
 2016 年より現職

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【 書誌情報 】

・監 修:笠井 正志 著 者:伊藤 健太
・定 価 :5,940円(5,400円+税)
・B6変判・552頁
・ISBN 978-4-307-17073-4
・発行日:2019年4年24日
・発行所:金原出版

金原サムネ_感染症

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ついに「トリセツ」がシリーズに!
『小児アレルギーのトリセツ』

2021年10月11日発売!

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・監 修:笠井 正志 編 集:岡藤 郁夫 著 者:田中 裕也
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・B6変判・240頁
・ISBN 978-4-307-17075-8

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