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【中編】我がデザイナー人生を振り返る

この記事は中編になります。前編はこちら

リーマンショックと東日本大震災そして転職

アルバイトながらコンペで勝ち無事正社員になってからは他の先輩デザイナーと同じように会社にとって1番大手のクライアントである某テーマパークのサイトデザインも任されるようになりました。

1発目のデザインは新しく登場したアトラクションに関係するイベントサイトでした。アトラクションのコンセプトを取り入れたオープニングのアニメーションやヒーローイメージにちょっとしたFlashゲームを取り入れたりとサイト内でもアトラクションを擬似体験できようなデザインにしました。ちなみに今から10年以上も前に作ったサイトですが未だに私のポートフォリオの中で生き残っています。今見返しても経験が浅いながらも細かいディテール部分など丁寧に作ってるなーと感心したりします。

その後も季節ごとのイベントサイトや他クライアントのサイトなどエンタメ系と教育系を中心にデザインしていました。今はもうデザインしてる人など皆無だと思いますが、ガラケーのサイトもこの頃はよく作っていました。

しかし、ちょうど正社員デザイナーになった頃リーマンショックが起きました。起きた直後は特に変化はありませんでしたが、その一年後くらいでしょうか少しずつ暇な時間ができてきました。仕事が少なく単価も下がってきて売り上げが減ってたんですね。

その年の給与査定では減額になりました。全社員減ったと思いますが、自分はまだ給料が相対的に低かったので年収に対して1%の減額で済みました。後にも先にも入社後に給料が減ったのは今のところこれが最初で最後の経験です。

2010年頃に入り大型の案件が終わるとやることがほぼなくて、仕事中よく暇つぶしに地元の友達とチャットばかりしてましたw その当時はYahooメッセンジャー使ってかな?その他には当時私がハマっていたDTMの延長線上で社内の音楽好きなメンバーと架空のバンド(2Dのキャラクター)を作って売り出してみよう的なプロジェクトをやっていたこともありました。元バンドマンのメンバーが曲を作り私が作詞しスタジオでレコーディングもしました。そのウチ興味をもった上司のクリエイティブディレクターがキャラクターデザインをしてくれたり、ちょっとしたPVも作ってもらったり、ドメインも取得しサイトの作成なども着々と進んでました。

そんな矢先に会社が希望退職者を募集することになりました。そりゃ〜暇で遊び半分のプロジェクトを進めてくらいだから会社の業績は悪化してますよね...

若干迷いましたがその当時自分はまだ26歳と若かかったのと、アルバイトから入社して5年以上も経っているし退職金が出る条件でさらに今の環境とは違う場所で色んなジャンルのデザインをしてみたいという気持ちもあったので退職を決意しました。

それから人生初めてのポートフォリオを作り始めました。さらに初めて転職エージェントにも登録しました。ただ、退職金も出るしそんなに焦らなくてもいいかなとかなりノンビリな雰囲気で転職活動の準備をしてました。

退職日が残り10日を切った時にある出来事が起きました。

東日本大震災です。

地震が発生した当初は会社のデスクに潜り込んだのをハッキリと覚えています。その夜電車は完全に止まっていたので帰りは自宅まで歩いて帰りました。会社のある田町から当時住んでいた蒲田まで途中休憩しながら4〜5時間くらい歩きました。

震災は予定されていた面接が延期になるなど転職活動にも影響しました。退職後は少しノンビリするつもりでしたが震災の影響で日本経済が今後どうなるか不安になってきてしまったので、早めに再就職先を決めようと焦りが出始めていました。

しかし、世の中はリーマンショック後の不景気で新卒の頃と同様に苦戦を強いられました。この時はなるべく大手企業の案件を手がけるweb制作会社を希望してましたがなかなか求人自体が出ておらず、あったとしても一次面接で落とされてしまうなど苦戦続きでした。

そんな転職活動2ヶ月目のある日、専門学校時代のとある先生から「知り合いのweb制作会社がデザイナーを募集してるんだけどどう?」と紹介を受けました。しかし、実はその会社はすでに応募済みで書類審査の時点で落とされていたので断ることにました。ところが、数日後その会社から先生の紹介なので会ってみたいと連絡が入り結局面接に向かうことになりました。

結果的に内定が出たのでこの会社に入社することにしました。

受託に見切りをつけてメガベンチャーのインハウスデザイナーの道へ

転職先のweb制作会社では化粧品サイトやコーポレートサイトのデザインを多く手がけていました。その案件の多くはコンペ案件でした。自分もそうですが大多数の社員はみんな毎日終電近くまで働きよく徹夜もしていました。辞める人も結構いました。40人〜50人ほどの会社でしたが月に1人辞めてまた1人入社するみたいな人の出入りが多い会社でした。しょっちゅう送別会が開催されていました。また、送別会の幹事が持ち回りでやってきてそれがすごい苦痛でした。前の会社ではそんなことなかったのでちょっとビックリしました。

ちなみに、会社の目の前が歌舞伎町ということもあり、送別会とは別によくに飲みに行った記憶があります。眠くても眠くても飲みに誘われたら付いて行ってたような気がします。今思えば時間の無駄だったかなーとちょっと反省してます。

正直この会社は自分には全く合いませんでした。人はいいけど出口の見えない暗闇の中を黙々と働いているだけで会社としてのビジョンもミッションもなく何のために事業を行なっているのかよく分からない状態でした。しかも、周りを見渡すと炎上案件がポツポツと発生していました。

この時は自分のデザインはマネージャーからよくダメ出しを受けていましたが明確なロジックのあるフィードバックではなかったため路頭に迷いデザインするのが正直苦痛になってました。この時の自分はかなり暗い性格だった気がしますw

そんなある日のこと、ゼロからサイトを作るのではなくECサイトやコーポレートサイトの運用を主体とする事業部が出来ることになりそっちに移動してみないかと打診がありました。話を聞いた時は更新業務がほとんどなのでつまらなさそうな感じがしたので断ろうとしたのですが、よくよく話を聞いてみるとECサイトの案件は誰もが知ってる大手日用品グローバルカンパニーの案件でできるだけネームバリューのある企業の仕事がしたい自分にとってはある意味好都合かなと思い承諾し運用チームに移動することにしました。

そのECサイトの案件には間に広告代理店が入っており先方のプランナーがBacklog上にタスクのチケットを切りそれを自分が消化していくスタイルで進めていました。毎日様々なタスクが降りてきます。商品画像の差し替えやキャンペーン用のバナーにLPのデザインなど黙々とタスクを消化する日々でした。幸いにも先方には自分が作ったデザインは好評で、しかもそのサイトの売り上げも日々増加しており好調が続いていました。クライアントや代理店との良好な関係が続いていました。

そのおかげか、そのサイトの運用以外でスポットのデザイン案件などちょくちょくもらえるようになってきました。その中にはコンペの案件もあり、広告代理店からながおさんにお願いできないかと指名が来ることもありました。金曜の夜11時頃に自宅に着いた直後上司から電話で「勝てたら運用も任せるって言われてるから、月曜の朝までなんとか提案用のデザイン作ってやってくれないか?」と連絡来たので土日出勤して広告代理店のプランナーとやりとりしながら月曜の朝までにデザインを提出しました。無事コンペ勝てたと連絡がありました。(まー大手広告代理店なんで勝てると思ってたけど)

コンペと毎月の運用分の金額が会社の売り上げに乗っかったのでこの年の給与査定は期待していました。

ところが、ほんの少ししか上がりませんでした...。評価自体はしてもらえてましたが会社全体の売り上げを加味すると上げられないとのことでした。(上司は頑張って交渉したらしい)

前職のアルバイト時代からこの時の年収はさほど上がっておらず将来に対する危機感を感じ始めモチベーションが大きく下がる日々が続いていました。色々な考えが頭の中をよぎる中、ある考えが頭をよぎります。

コンペで案件をとるようなスタイルの制作会社のビジネスモデルはとっくに終わってる」ーby ながお

webの受託制作は飽和しすぎて時代に合ってないと思いました。この会社にいるメリットはとくになくデザイナーとして成長の余地もないと判断しこの時在籍年数2年足らずでしたが転職を決意します。

じゃー次どんな会社に行くべきかを考えた時に受託の制作会社は絶対ないと考えていたので「年収アップ」と「自社サービス」この2つのキーワードを軸にインハウスデザイナーを目指すことにして転職活動を開始しました。

年は2013年に入った頃でした。この当時IT企業のインハウスデザイナーで多くの求人が出ていたのはソーシャルゲーム業界でした。自分としてはゲームは好きだけどゲームそのもののデザインというよりはプロダクトや新規事業のプロモーションを企画から手がけることが出来るデザイン環境を求めていました。

転職エージェント経由で色々なIT企業を受けるなか1社内定が出ました。ソーシャルゲーム業界の巨人でした。すでに東証1部に上場していて社員はグローバルで数えると2,000人は超えてるようなメガベンチャーでした。しかもゲーム自体のUIデザインではなくて社内のプロダクトや新規事業のプロモーションを手がけるチームの内定でした。自分の希望にぴったりでした。年収もそれなりに上がる条件でした。

普通なら即承諾してもいい状況でしたが実はけっこう悩みました。なぜならIT企業だけではなくデザインスタジオも受けていたからです。自分から応募したというよりは利用していた転職サイトのスカウトメール経由です。その会社は広告賞も取るようなクリエイティブがアウトプットできる雑誌にも掲載されるようなデザインスタジオで内定も頂いていました。

元々は自社サービスを手がけるIT企業に転職することを考えていたわけですが、デザイナーとしてはやっぱり広告賞が取れるようなデザインスタジオは憧れます。なのでどうしようか迷いました。東証一部の社員2,000人を有するメガベンチャーに転職するか広告賞を取れる社員10人ほどの小さなデザインスタジオに転職するか。年収はどちらもさほど違いはありませんでした。どちらに転職するかでその後の人生が大きく変わってしまうだろうなと、この選択は人生の天王山になるなと割とマジに考えてました。

最終的に選択したのは東証一部のメガベンチャーでした。元々の転職の目的に合っていたのと入社の難易度が高く東証一部だし、この規模の大手企業に入社するチャンスはこれが最初で最後かもしれない思いソーシャルゲーム業界に飛び込むことに決めました。

人生ベスト3に入る決断でした。この選択の結果私は今に到るまでインハウスデザイナーとしての人生を歩むことになります。

メガベンチャーに転職することに決めた私は期待を胸に膨らませて初出社することになります。

その後に時代のうねりとカオスな世界が待ってるとも知らずに...

↓後編へ続く↓

#自己紹介 #デザイナー #デザイン #人生


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