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ZOMBB 39発目 夜明け間近

 坂原勇、貫井源一郎、久保山一郎、

丸川信也の四人は、次郎たちが消えた森の中へ分け入って行った。

樹木は5メートル先も見通せないほど繁茂している。

陽の光もほとんど届いていない。

足場も低木や雑草、コケ類までが覆っていて、

今まで人が踏み入れていない場所だとわかる。

それに45度以上に感じられる急斜面は、

森の中の断崖といってもよかった。

自衛隊のトラックの一団が去った後、

森の静けさにあらためて気づかされた。

時おり聞こえる小鳥のさえずりと、

風が草木をなでる音しか、耳にする事はなかった。

「こんな急斜面を落ちていったのか、奴ら無事かな?」

そう言った貫井だが、言葉とは裏腹にそれほど心配していない

ような色が含まれていた。

彼らは時おり転びそうになりながら、

手近な樹木に手を伸ばし、

体重を支えながら、慎重に降りていった。


背後から、複数のトラックのエンジン音が聞こえた。

そのディーゼルエンジンの力強いエンジン音が、

次第に遠くなっていく。

坂原勇はいくばくかの心細さを感じた。

それは他のメンバーも同様なのだろう。

久保山はたっぷり2秒もその場に留まり、

遠く去っていくエンジン音がするほうに視線を向けていた。

 それから約10分ほどかけて、坂原たちは急斜面を降りきった。

「こんなとこに小さな川あったんだな」

坂原勇は流れの速い川を指差した。

「てことは、あいつらの足跡とか

  あっても不思議じゃないな。

  このあたりは湿地のように

  地面が水分を含んで柔らかい」

「これじゃねえか?」

坂原たちとは少し離れた所で、丸川信也が言った。

他の三人はその場所に近づいた。

たしかに大きいのと、それより一回り小さい足跡がある。

そして、その二つの足跡は同じ方向に向かって続いていた。

「この足跡をたどっていけば、

  いずれ彼らを見つけられるはずだ」

坂原たち四人は、足早にその足跡を追った。


しばらく歩いていくと、久保山一郎が、驚きの声を上げた。

「あれは何だ?ゾンビの群れ?」

四人は銃を構えながら、用心深くその場に近づいた。

その場所は他の場所より少し開けていたが、

左右は深い森に囲まれている点では同じだった。

「ゾンビはほとんど倒されてる。

  あの巨人ゾンビを除いては・・・」

坂原勇は、呆然と立ったままの巨人ゾンビを見上げて言った。

だが、変だ―――と坂原勇は思った。

この巨人ゾンビは攻撃してこない。

それどころか、自分達の存在に気づいていないようだった。

「こいつ、動かないぞ?」

貫井源一郎は巨人ゾンビの頭部に、

スカーLCQCの銃口を向けながら言った。

坂は勇は、もしかして・・・と思った。

無意識に、久保山一郎の顔を見る。

彼も坂原と同じ考えのようだった。

「貫井さん、さっきドイツ人が乗ってた

  VITTOがあったでしょ。もしかしたら、

  ゾンビたちは奴らに

  コントロールされてるんじゃないかと思うんです。

  自衛隊員の様子を見ていたんですが、

  送受信記録をコピーした後、

  コンピュータの電源を落としたようなんです。

  それで、こいつらゾンビの動きにも

  影響を及ぼしているじゃないかと・・・」

貫井はしばらく思案顔をしていたが、合点がいったように言った。

「なるほどな。その可能性は高い。だが、連中はなんでこんなことを?」

「さあ、一種のテロなのか、それとも」

言いかけた貫井が、坂原勇の先を促した。

「それとも、何だ?」

「人類への憎悪、復讐。

  ただそんな単純なものじゃない気もするんです」

「そんなスケールのでかいこと考える前に、

  次郎と新垣優美を探しましょう」

丸川信也が、苦笑しながら言った。

「そうだな、1分でも早く彼らを見つけないと・・・」

坂原勇はそう言うと、先頭になって歩を進めた。

立ち尽くしている巨人ゾンビを残して。

その後、30分ほど歩いた時、

単眼鏡を覗いていた丸川信也が、小さく叫んだ。

「おい、見つけたぞ。これ見ろよ」

単眼鏡を坂原勇に手渡すと、彼はそれに目をあてた。

「どこだ?」

「百メートルぐらい先の、ちょい右だ」

いた―――。二人とも。

後姿から次郎と新垣優美に違いない。

四人は走った。走りながら声を上げていた。

「おぉーい!無事か?」

 四人は、次郎と新垣優美の元へ駆け寄った。

その声に気づいた新垣優美は。次郎に向かって言った。

 「今何か聞こえなかった?人の声のようなものが・・・」

「森にはまだ人間の知らない未知の生物がゴロゴロいるんだ。

  いちいち気にすんな」

次郎は真顔で言った。

「この声・・・坂原さんだわ」

新垣優美は振り返ると、その顔に満面の笑顔を浮かべた。

次郎もゆっくりと振り向く。


 坂原たちは二人の姿を見て、彼らの間に緊張感が走った。

「ダンボール、お前まさか・・・」

 次郎の変貌ぶりを見て、坂原勇が唖然としてつぶやいた。

「もしかして感染したのか?」

貫井源一郎の言葉が終わらぬうちに、四人は銃口を、次郎に向けた。

「待って!みんな!

  次郎はゾンビになっちゃったけど、

  ゾンビじゃないの!」

新垣優美は、背後の次郎をかばうようにして、

坂原たちの前に立ちはだかった。

「どういうことだ?わかるように説明してくれ」

坂原勇はハイサイクルCQB―Rの銃口を、

次郎に向けたまま訊ねた。


「次郎はゾンビ・ウイルスに

  感染したみたいなんだけど、

  中身は以前のままの次郎なの。

  心がせまくて、自分勝手で、低脳で馬鹿で、

  ドスケベな変態で、空気も読めなくて、

  何の取り得も無い、女々しくて、

  ど畜生DT野郎のままの次郎なのよ!」

 新垣優美が、自分をかばってくれているのはわかるが、

次郎はちっとも嬉しくなかった。

モーニング・フォッグのメンバーたちに銃口を向けられてはいたが、

新垣優美には対戦車ライフルを連射されている気分だった。


オレって、ララにそんな風に思われていたんだ。

 あれ?目から汗が出てきて、視界が霞んでくるぞ。

 それにオレがDTだって何で知ってんだ?


 新垣優美の後ろで泣いている次郎を見て、

坂原たちはようやく銃口を下ろした。

「ってことはダンボールは『やわらか次郎』に

  なっちゃったのか?」

貫井源一郎が、面白そうに言った。


ちょっと待て。また『やわらか次郎』って。

 お前らテレパシーで意思疎通でもしてんのか?


その場にいた、次郎以外のメンバーは、こらえきれずに爆笑した。

「は、腹いてぇwww

  だったら今のうちにダンボールの頭

  こねくりまわして、角生やしたり、

  後頭部伸ばしてエイリアンみたいにできるんじゃね?」

貫井はそう言いながら、次郎の頭に手を伸ばす。

「やぁ~めぇ~ろぉ~よぉ~。

  噛み付いてぇ~お前らもぉ~

  やわらかくするぞぉ~」

次郎以外は、ひとしきり笑うと、空を見上げた。

空は朱色に染められていた。

陽も山々に隠れ始めている。

「この辺でキャンプしたほうが良さそうだな。

  森の中での夜間行動は危険だって、

  皆藤さんも言ってたし」

坂原勇は見渡しながら、そう言った。

「そうだな、何も危険なのはゾンビだけじゃない。

  野生動物や爬虫類、毒を持った蟲だっている

  かもしれん」と貫井源一郎。

「それに、未確認生物だっている」

と次郎は胸を張って言った。

「なんだよ、未確認生物って?お前の事か?」

丸川信也は眉を潜めながら言った。

「とにかく、休める場所を探そう」

坂原勇言うと、他のメンバーも同意したように、

一様にうなづいた。


ほどなくして森の中に比較的広い場所を見つけると、

交代で睡眠をとることにした。

二人が見張りをして、その間他の四人は休息をとり、

3時間おきに交代する。それはジャンケンで決められた。

次郎は、いつものように

新垣優美とコンビを組みたいとダダをこねたが、

『ダダをこねると、お前の頭をこねるぞ』と脅かすと、

渋々いう事を聞いた。

最初は、次郎と丸山信也が見張りに立ち、

その次は坂原勇と久保山信一郎、最後は新垣優美と貫井源一郎だった。

次郎は眠れなかった。ゾンビになったからなのか、

それとも他に原因があるのかわからない。

どうにも寝付けない。次郎は回りを見た。


他のメンバーは樹木にもたれかかって胡坐をかき、

うつらうつらしていたり、雑草を敷き詰めて

ゴロ寝してイビキをかいている者もいる。

腕時計を見ると、もうほとんど寝ている時間はなかった。

寝るのをあきらめた次郎は、ゆっくりと立ち上がった。


そして見張りに立っている、

貫井源一郎と新垣優美のいる方へと歩いていった。

「どうした、眠れないのか?」

次郎に気づいた貫井が、

寝ている他のメンバーを気遣ってか、

声のトーンを落として言った。

貫井は川の方を、新垣優美は森に向かって背あわせに、

数メートル離れて立っていた。


貫井源一郎の言葉に、次郎は無言の返事をした。

「変な事になったな。

  ゾンビなんて映画やテレビの中の存在だと

  思っていたんだが、それが現実になった。

  何もかも変わっちまった」

貫井の声音には、皮肉めいたものが含まれていた。

「オレはあんまり変わったように思ってないよ」

「ゾンビになった今でもか?」

貫井源一郎は、少し驚いた顔で訊いた。

「ああ、ゾンビになっても、

  ちっとも変わってない。

  この世界はオレにとって、つらいだけだ」

「まるで老人の言葉みたいだな。

  その歳で、終わったような事を言うな」

貫井源一郎は、薄く笑った。


「オレは生きてる感じがしない。

  ゾンビになる前も、そして今も。

  人生に意味を自覚できないんだ」

次郎は、ぽつりと言った。

貫井源一郎は、胸ポケットからシガーケースを取り出すと、

それを開いて一本をくわえ、ジッポのライターで火を点けた。

ジッポを閉じるカシャンという金属音が、やたらと大きく聞こえた。


彼は深々と吸い込むと紫煙を吐きながら言った。

「それでも人生は前に進む。

  てめえがどう思っていようと、どう考えていようと」

次郎は、タバコをくわえた貫井の横顔を見た。

彼は口元に苦笑いを浮かべている。

「それでも生きて、ボロボロになっても生きて、

  削られまくった痕に、何か残るはずだ。

  お前はまだ若い。

  しくじったらまたスタートラインに戻ればいい。

  自分にだけは嘘をつかなかったら、いずれ何か見つかる」

「オレに見つけられるかな。そんなもの」

 「自分を誤魔化さずに生きていけばな。

  ほら、見ろ。あれと同じだ。

  どこの誰が、どう考えていようと、

  どう思っていようと、陽はまた昇る」

貫井はタバコを挟んだ手で、

東の空に明けていく陽光を指し示した。

貫井源一郎は、まぶしそうに目を細めて言った。

「夜明け間近だ」


次郎にとってその光景は、

何かの暗喩のように思えてならなかった。  

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