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ZOMBB 31発目 伝説の男

「皆藤さんて、どういう人なんです?」

坂原勇はチャーハンをほおばりながら、

綾野陸曹長に尋ねた。


「あの人は、生きた伝説だよ」

「生きた伝説?」

興味をそそられた久保山一郎が、

オウム返しに訊き返した。


「皆藤さんは、義務教育を終えた後、

 少年兵科学校に入学したんだ。

 そこで3年間、将来の下士官となるべく、

 自衛隊員としての心構え、

 そして厳しい鍛錬を叩き込まれた。

 この少年兵科学校は全寮制で、規則も厳しい。

 普通は卒業と同時に、

 自衛隊に入隊する者がほとんどなんだが、

 彼はその厳しい訓練の中で猛勉強をして、

 防衛大学にまで進んだ。

 それだけでも極めて稀有な存在だ。

 だが、叩き上げの自衛官達を部下にして、

 しかも尊敬されるためには、それだけじゃ務まらない。

 そこで皆藤さんは、若干23歳にして、

 ある試練を志願したんだ」

「レンジャー部隊ですね?」

久保山一郎の言葉に、綾野は微笑を浮かべた。

「その通り。3ヶ月に及ぶ、地獄の訓練だ。

 精神的にも肉体的にも、人間の極限を越えた訓練。

 よほどの自信のある強者つわものじゃないと、

 逡巡するような訓練だよ。

 それでも合格するのは3割程度だ。

 皆藤さんは、そのレンジャーの訓練に挑み、

 好成績で合格した」

「でもそれだけじゃないですよね?

 皆藤さんの胸にあったもう一つの徽章・・・」

久保山一郎がそう言うと、

綾野は少し感心したような視線を彼に向けた。


「良く気づいたね。

 皆藤さんはレンジャー課程を終えた後、

 習志野第1空挺団の訓練も受けて、

 見事に合格している。それもFFだよ」

綾野は、尊敬とともに、

半ば呆れたというような苦笑いを浮かべた。

ハンバーグを貪り食っていた次郎が、

ソースで汚れた口で言った。

「FFなら知ってる。

 ファイナルファンタジーでしょ?オレもハマったわ」


次郎の言葉を聞かなかったように、綾野は話を続けた。

「空挺の基本降下課程の上位課程に自由降下課程、

 FFとはフリーフォールのことだ。

 皆藤さんはそれをもクリアして、原隊復帰されたんだ。

 その後にはレンジャー部隊の教官を経た後、

 部隊に戻った。

 現役の頃には災害派遣や

 イラクへの国連平和維持活動―――

 いわゆるPKOで陣頭指揮を執っていた。

 海外の兵士達からも尊敬の目で見られていたよ。

 現役自衛官の中では、彼は伝説の男とさえ呼ばれている」

その場にいる者たちが感心している中で、

次郎がまた口を開いた。

「へえ、くまっしーって根性あるんだな。

 そして伝説へ―――か。ドラクエもハマったな~。

 レトロゲームブームの

 乗っかっちゃってやったんだけどさ。

 これが意外に面白くて。

 レベル99まで上げるのに、

 毎晩5時間やって3ヶ月かかったわ。

 それで遅刻連発して、

 バイトクビになっちゃった。ははは・・・」

彼の隣りの丸川信也が、

これ以上恥をさらすなといわんばかりの視線を、

次郎に向ける。


そんな次郎は、出された料理をほとんど平らげていた。

そこで丸川信也はあることに気づく。

次郎はデザートの、

プッチンプリンにまだ手をつけていない。

やはり思ったとおりだ。

こいつは一番好きなものを最後に取っておく習性がある・・・。


いや待て―――。

丸川信也はもうひとつのことに気づいた。

この山田次郎というKYな男。

こいつの習性にはある共通点があることに。

ます、プリングルズのプリン、

ビールのプリン体、そしてプッチンプリンのプリン・・・。

こいつは『プリン』という

キーワードをもとに行動している―――。

次郎がついにプッチンプリンに手をつけた。

その際、独り言のように、次郎は言った。

「ララのおっぱい、プリンプリン」

丸川信也は、自分の読みが浅かった事に

自省の念が湧き上がるのを禁じえなかった。

こいつにはもうひとつ好きな『プリン』が存在していたのだ。

それは新垣優美の―――。


次郎のセクハラめいた言葉を聞き逃さなかった新垣優美は、

不気味な微笑を浮かべながら、

真向かいの次郎に対してつぶやくように言った。

「早くゾンビになればいいのに」


おい!それはオレに死ねってか?

 ゾンビになったら、頭撃ち抜くってか?

 腹立ち紛れに、次郎は新垣優美に言い返した。

「だってそんなおっぱいを強調するような

 コスしてるからじゃねえか。

 しかもノーブラなのはお見通しだぜ。

 オレの目は誤魔化せねえ。

 その証拠に、ポッチが二つ浮き出て・・・」

次郎が言い終わらないうちに、新垣優美は次郎に向かって、

スプーンを投げつけた。それは見事に次郎の額に当たり、

彼は椅子からもんどりうって、仰向けに倒れた。

だが、その手に握られたプッチンプリンは離さなかった。


その場の空気を換えようと、坂原隆が綾野に訊いた。

「それで、オレたちはこれからどうすればいいんです?」

綾野陸曹長は少しの間を置いて答えた。

「それなんだが、

 できれば明日の作戦に参加してほしいと思っている。

 とはいえ、こらは皆藤准陸尉の提言なんだがね」

正直、綾野の表情は曇っていた。

個人的には民間人を自衛隊の任務につけさせてくないのだろう。

「それで、その作戦とは?」

それまで無関心を装っていた貫井源一郎が、

タバコにジッポライターで火をつけ、

紫煙を鼻から吐きながら訊いた。

「弾薬庫から、弾薬を運び出す任務だ」

綾野陸曹長の瞳には、真剣さと緊張が伴っていた。

「なんだ、弾運びか。簡単でしょ。そんなの」

椅子に座りなおしながら、

次郎はスプーンをくわえたまま、軽口を叩いた。

そのスプーンはさっきまで新垣優美が使っていたものだ。

そのスプーンをなめまわす様に、口の中でもてあそんでいる。

それを見た新垣優美は嫌悪と寒気で蒼白な顔色になった。

思わずレッグホルスターからUSPを引き抜こうとしたが、

隣の坂原隆が、首を横に振りながらそれを止めた。

しばらくして、綾野は重い口を開いた。

「作戦の詳細な内容は、皆藤准陸尉から説明があると思う。

 それにこれだけは言っておく。

 キミ達は民間人だ。けっして強制はしない。

 説明を聞いた上で、気が進まない者は辞退してくれて

 一向にかまわない」

弾薬庫に何かとんでもない危険が

潜んでいるとでもいうのだろうか?

綾野陸曹長の真剣な眼差しと、緊迫した口調に、

モーニング・フォッグの面々は互いに顔を見合わせた。

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