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ZOMBB 32発目 グロック18Cシルバースライド

坂原隆勇は、自衛隊官舎内の寝室で寝ていたのだが

突然の爆音と共に目が覚めた。

ベッドは三段になっており、

上には貫井源一郎、下には久保川一郎がいる。


その部屋の反対側には、丸山信也と伊藤店長、

そして山田次郎が寝ていた。

全員、自衛隊から借りた

グレーのスエットスーツを着ている。

その爆音は、まるで神話に出てくる

ロック鳥を思わせるような、羽ばたきに似ていた。

その羽音は空気を震わせ、

室内の空間でさえも振動させている。

坂原勇は目をこすりながら、腕時計を覗き込んだ。

まだ朝の5時半だ。

そうこうしているうちに、

他のメンバーたちもベッドから身を起こしだした。

坂原隆と奥さんの沙耶、息子の孝也は、

自衛隊の計らいで別室をあてがわれていた。


「こりゃあ、ヘリの音だな」

貫井源一郎は、枕元からマルボロを取り出すと、

ジッポライターで火を点けた。

「なんでこんな朝早くにヘリを飛ばしてんだ?」

と丸川信也。

「たぶん、偵察に行ったんだと思う」

独り言のように、久保山一郎は言った。

「て、いうことは偵察か?」

紫煙を吐きながら、貫井源一郎が訊く。

「ああ、たぶんな」

久保山一郎は、覆われた天井からは見えるはずもない、

ヘリコプターの姿を見ようとしているかのようだった。

複数のヘリの回転翼から響き渡る轟音は、

次第に遠さかって行った。


「どこへ向かったんだろう?こんな朝早く」

丸川信也はベッドの上で、

あぐらをかいたままつぶやいた。

マルボロを吸っている貫井源一郎が、

正面のドアに視線を向けたまま答えた。

「たぶん、偵察だろう。

 昨夜、弾薬庫へ向かうとか言ってただろ?

 それでその周辺に危険はないか見てくるつもりなんだ」

彼の言葉を裏付けするかのように、

それから1時間もしないうちに、

複数のヘリコプターの爆音が戻ってきた。

「それでみんな、どうするつもりだ?」

ベッドの最上段から、坂原勇が顔を覗かせて訊いた。


「どうするって、何を?」

ハナクソをほじりながら、

下の段にいる次郎が訊き返す。


「たぶん、自衛隊は弾薬庫へ向かうつもりだ。

 それで、オレ達にも協力してくれって

 言ってくるんじゃねえかな?」

と坂原勇は自信ありげに答えた。

「それだけに今後、

  大掛かりな作戦が組まれている可能性もある」

貫井源一郎はそう言いながら、

携帯用灰皿でタバコの火をもみ消した。

それとほぼ同時に、仮眠室の扉をノックされる音がした。

坂原勇が返事をすると、ドアが開く。

そこに立っていたのは、皆藤熊士郎だった。

「昨夜は眠れましたか?といっても、

  朝っぱらからこの騒音じゃ、

  叩き起こされてしまいますよね」

上下とも自衛隊迷彩服に身を包んだ皆藤は、

苦笑いを浮かべた。そしてすぐに真顔になる。

「綾野からも聞いてると思いますが、

  我々は弾薬庫に向かいます。

  できればゾンビとの戦いに慣れている

  モーニング・フォッグの方々にも

  参加していただければと考えているんですが・・・。

  どうでしょうか?

  ただ、これは強制ではありません」

皆藤のまなざしには、

真摯な願いがこもっているように見えた。

「どんな作戦なんですか?

  それを聞かないと判断できませんよ」

久保山一郎が、至極もっともなことを訊いた。

皆藤は後ろでにドアを閉じた。

ここにいる者意外には聞かれたくないといった意味だろう。

「この駐屯地から北にある高取山の麓に、

  第一、第二、第三と三つの弾薬庫があって、

  そこへ必要最小限の人員で向かう事にしています。

  偵察に向かわせたヘリからの情報では、

  ゾンビの群れが約五百体、

  それにあなた達が言っていた巨人のゾンビも

  20体ほど確認されている。

  我々はゾンビどもを殲滅して、武器、弾薬を奪還、

  再びこの立川駐屯地に帰還するという計画です」

皆藤の答えに、久保山一郎が口を開いた。

「必要最低限の人員て、どれくらいなんです?」

「一個小隊が十名に指揮官1名、

  計11名の小隊が5個小隊。

  それに綾野陸曹長と私が同行します」

「たったそれだけで、

  五百体以上のゾンビと戦おうってんですか?」

久保山一郎は、思わす呆れた口調になった。

そしてもう一つの疑問について訊ねた。

 「じゃあ、武器は89式小銃の実銃を使うんですよね?」

瞬時の間をおいて、皆藤は答えた。

「確かに5.56ミリ実包は充分あるのですが、

  それが残念ながら、実銃は演習場と射撃場意外では、

  自衛隊法によって使用できない事になってるんです」

これには、その場にいた誰もが驚いた。

ここでも法律の壁が、自衛隊を無力にしていた。

国家の存亡にさえ関わる事にさえ、

官僚や政治家は紙切れに書かれた法律を優先しようとしている。


「だいたい、弾薬庫がそんな辺鄙な所にあるのは、

 なぜなんです?

 それにその弾薬庫にあるものとはいったい・・・」

久保山一郎の問いに、皆藤は答えた。

「弾薬庫には、カールグスタフ無反動砲や

  空対地ミサイルなどが保管されています。

  それにもう一つの質問ですが・・・

  これも法律の壁がありまして、

  火薬取締法によって制限されているんです。

  つまり駐屯地などの近隣に一般住宅がある場合、

  それらの重火器は保管できない事になってるんです」

皆藤は半ばため息混じりに言った。

知らないことだったとはいえ、

法律に縛られた自衛隊の存在とはいったい何なのだろう?

こんな非常事態に素早く

対処できるのが自衛隊ではないのか?

しかし、そんなことは目の前の皆藤が一番、

その苦渋を味わっているはずだった。


「それで、皆さんの協力が得られるのならば、

  各小隊に一人ずつサポート役として

  付いていただければとと考えているんですが・・・」

モーニング・フォッグの面々の間で沈黙が流れた。

その沈黙を破ったのは坂原勇だった。

「なあ、みんな。ここまでやってきたんだ。

  とことんやってみないか?」

その言葉を聞いて、

久保山と丸川はゆっくりとうなづいた。

貫井もにやりと口元をほころばせる。

ただ枕を抱えた次郎だけは違った。


「オレは、いやだいッ!」


「何言ってんだ?ダンボール。

  一人でも実戦に慣れた奴がいたほうがいい。

  お前も来いよ」

坂原勇は次郎の襟首を掴んで、

ベッドから引きずり出そうとする。

だが次郎はベッドのポールにしがみついて離さない。

まるでだだをこねている子供のようだった。

「やぁ~だよ~。まだ眠いよぉ~」

「お前だって、モーニング・フォッグのメンバーだろ。

  チームワークは大切にしろよ」

坂原勇はいさめるが、次郎の体はテコでも動かない。

「それにさぁ~、

  何の報酬もないのにタダ働きなんてやだよぉ~」

次郎は尚も、ベッドのポールから手を離さない。

「これは強制ではありませんから、希望者だけで・・・」

次郎の様子を見かねた皆藤が、

言葉を続けようとしたその時、

仮眠室の入り口に伊藤店長が現れた。

やはり上下、グレーのスエットを着ていたが、

律儀にもエチゼンヤのエプロンをしている。


「報酬ならあるよ。山田くぅん」

その声に、次郎はゆっくりと振り向いた。

伊藤店長の手には、エチゼンヤ倉庫脱出の時から

彼が下げていた紙袋があった。

 「ほら、これが報酬だよ」

伊藤店長は、その紙袋を差し出しながら、

ニンマリと笑った。

興味を惹かれたのか、次郎はゆっくりと

その紙袋に手を伸ばした。そして中を覗いてみる。

「おおッ!」

次郎の顔に感嘆と喜悦の滲んだ色が浮かんだ。

その紙袋の中にあったのは―――

「グロック18Cじゃねえか!」


それは東京マルイ製、電動ブローバック・グロック18C

シルバースライドだった。

このグロック18Cは、

セミオート(単発)とフルオート(連射)に

切り替えられる、優れものだ。

ステンレスを模した、銀色に輝くスライドの光が、

次郎の顔を明るく照らした。


「これホントにくれんの?」

次郎の問いに、伊藤店長は答えた。

「自衛隊のみなさんに協力してくれたらね」

「するする!何でもするよ!

  実は巨人ゾンビと戦った時さ、

  多摩川に落ちて泥か砂利が入ったのかもしれないけど、

  グロックの調子が悪かったんだよね~」

次郎は箱を開けて、早速グロック18Cを手に取ると、

満面の笑顔になった。

「予備マガジン5本に、

  バッテリーもフル充電してるから、すぐに使えるよ」

「さぁ~すが~、店長ォ~、サービスいいねえ~」


グロック18Cを右手に、

紙袋を左手に持った次郎は、仮眠室のドアに向かった。

そして肩越しに、坂原たちに言った。

彼の両目には、生気溢れる光が宿っていた。

「何ぐずぐずしてんだ?

  さあ、行くぜ!みんな!」

そう言い残すと、小走りに更衣室へと姿を消した。

その後姿はまるで、

チーズをくわえて逃走するネズミのようだった。

後に残された坂原たちや伊藤店長、

そして皆藤まで呆気に取られていた。


「店長、すみません。気を使ってもらって・・・。

  ああでもしないと次郎は

  動かないって思ったんでしょう?」

久保山一郎は、伊藤店長に軽く頭を下げた。

「いや、大丈夫だよ。あのグロックは

  モーニング・フォッグのツケにしとくから・・・」


やっぱり金取るのかよ―――ッ!


その場にいたモーニング・フォッグの

面々は皆、顔面蒼白になった。

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