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呪会 第6章

 バス停は帰宅途中の学生達で溢れそうだった。

通学路だけに20人ほどが入れる

屋根付きの待合所も設置されているのだが、

そこも今はいっぱいだった。

 亜希子は里美とともにバスを待っていた。

亜希子の隣で里美はあいかわらず、

例のシュツルムピストーレのことを

さかんにしゃべっている。

 亜希子も時々相槌を打ちながら、

里美の話を聞いていた。

里美のおしゃべりを聞いていると、その楽しさから

いつもどんなに暗い気持ちでさえ吹き飛ぶのだが、

今日に限っては澱のようなものが、

心の隅にこびりついて離れなかった。

 それはいうまでもなく呪会と

菅野好恵のことだった。

これまで里美には何でも打ち明けてきた。

自分が中学の頃、両親は離婚して

現在は母子家庭であること、

その母親は広告代理店で課長をやっていること、

そして自分がパニック症候群であること・・・・。

だが、その原因ともいえる、

いじめに遭っていたことや

呪会のことなどは話していない。

というよりも話せなかった。

そんなことが過去にあったことを知れば

里美はどう思うだろう。

いじめのことは理解してくれるかもしれない。

快活な里美のことだ、きっと亜希子に同情してくれ、

一緒に憤慨してくれるだろう。

しかし呪会についてはどうか?

人を集団で呪い殺すことを

目的にした連中の存在に対して、

里美が理解を示すとは

亜希子には到底思えなかった。

陰湿なことが嫌いで、

裏表のない性格の里美から見れば、

呪会は、なんとまがまがしい存在に思えるだろう。

そんな集団に亜希子が加わっていると知ったら・・・。

同情どころか、逆に里美に嫌われるかもしれない・・・。

それが亜希子の最も恐れていることだった。

友達を失いたくなかった。

もう二度と中学生の時と同じ過ちを

繰り返したくない。

 だからこのことは誰にも相談できない。

だからといってすぐに解決策が

見つかるとも思えない。

忘れることができればいいのだが、

そんなことはとても無理だった。

なぜなら自分が『呪い殺すリスト』に

登録した人間が死んだのだ。

単なる偶然だといい・・・。

亜希子はそう願わずにはいられなかった。 

そんな亜希子を励ますかのように

里美はおしゃべりを続けていた。

それはいつも以上に高いテンションのような気がした。

(もしかしたら里美は

 気づいているのかもしれない・・・)

具体的なことはわからなくても、

里美はそれとなく雰囲気を

察しているのかもしれないと亜希子は思った。

亜希子自身からそのことを

話してくれることを待っているのかもしれない。

亜希子は里美の気持ちに応えられない自分が悲しかった。

「ふたりそろってご帰宅か?」

祐介がいつのまにか二人のそばに立っていた。

マウンテンバイクを片手で支えながら、

ガムをくちゃくちゃ噛んでいる。

ミントの香りが亜希子の鼻をくすぐった。

亜希子と里美は驚いて祐介を見上げた。

祐介は180センチを超える長身であり、

比較的大柄な里美でさえ彼の肩くらいまでしかなく、

亜希子はその肩にも届かなかった。

「何よあんた、ここ通り道じゃないでしょ?」

確かに祐介の通学路ではなかった。

祐介は自転車で通える距離に自宅があり、

方向も逆だった。

 「どこを通ろうがオレの勝手だ」

 里美の問いに祐介はそっぽを向きながら、

ぶっきらぼうに答える。

そこで何かに気づいたかのように、

里美は祐介と亜希子を見比べながら

忍び笑いを漏らした。

 「そうだ、宮島ァ、

あんたアッキーに話があるんだったよねぇ?」

そう言いながら里美は祐介に

なにやら目で合図を送った。

そこへバスがやって来た。

 「アッキー、宮島の相談に乗ってあげなよ。

あたしお先に帰るね」

 里美はそう言うと、

さっさとバスに乗り込んでしまった。

亜希子も何か言おうとしたが、

他の生徒達もどかどかと乗り込んでいったので

その声は届かなかった。

ほぼ満員のバスは走り去っていく。

 その場に残された祐介と亜希子は

どうしていいのか言葉が見つからず、

ふたりともそわそわしている。

しばらくして亜希子が、

ぎこちなく微笑みながら口を開いた。

 「私に相談って何ですか?」

 そう訊かれて頭を掻いていた祐介だったが、

亜希子に向き直ると真顔になった。

亜希子の瞳を見つめて意を決したように言う。

 「相談があるのは日向の方じゃないのか?」

 亜希子の顔から笑みが消えた。

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