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ZOMBB 29発目 金色のダイアモンド徽章

重い鉄柵の門扉が開くと、

4台の車と1台のバイクは、

陸上自衛隊立川駐屯地の敷地内に

滑るように入った。

立川駐屯地は、災害情報の収集連絡及び、

救援活動等を行う

自衛隊飛行基地という特殊なもので、

滑走路やヘリポートが設備されていて、

広大な敷地面積を持っている。


ヘリコプターや飛行機を格納できる、

カマボコ型の白い格納庫が8棟もあり、

隊員の宿舎である建物も、

3階建ての堅牢な建物で、

隊員総数二千名を収容できる立派なものだ。

普段は隊員の訓練に使われている、

高等学校の運動場の5倍はある広場には、

避難してきた民間人のために、

所狭しとテントや仮設住宅が建てられていた。


そのすぐ傍では、炊き出しも行われていて、

避難民への食事も提供されているようだ。

モーニング・フォッグのメンバーの車4台と

ズーマーXは、装甲車やジープが

駐車されているスペースに、

特別な許可を得て停めてもらう事にした。

積んであった電動ガンやガスガン、

バッテリーにガスボンベ、

大量のBB弾などは、幹部官舎の

1階の保管庫に収納された。

メンバーたちと沙耶と孝也、

そして伊藤店長は皆藤と綾野陸曹長に導かれて、

会議室へと向かった。


貫井源一郎は、伊藤店長が何やら、

大きな紙袋を下げているのが気になったが、

着替えでも入っているのだろうと思い、

やりすごした。

幹部官舎の入り口には、

2名の守衛を勤める自衛官がいた。

綾野陸曹長の姿を認めると同時に敬礼をする。

その前を皆藤とモーニング・フォッグのメンバー、

孝也と手を繋いでいる沙耶、

エチゼンヤのロゴの入った

エプロンをした伊藤店長がついて行くと、

その自衛官二人は不思議そうに、

互いに顔を見合わせた。

白い両扉のドアを開けると、

幅3メートルはある長い廊下に出た。

その両側には、いくつもの扉が見える。

リノリウムの床に、

いくつものジャングルブーツの靴音が

不規則に呼応するように響いた。

その中には、沙耶のスニーカーと、

伊藤店長のスリッパの音も混じっている。

廊下を歩いている間、

誰も言葉を口にしなかったが、

突然次郎が、皆藤を指差して、

すっとんきょうな声を上げた。


「あーっ!どこかで見た顔だと思ったら、

  ショッピング・モールで

  食料を略奪してたオッサンじゃね?」

「おい、略奪って、オレらもやってただろ。

  どんなブーメランだよ」

坂原勇が、次郎をたしなめた。


「キミ、皆藤准陸尉に失礼だぞ」

綾野陸曹長も顔をしかめる。

「綾野君、私はもう定年で退官した身なんだから、

  階級名で呼ぶのはやめてくれよ」

そう言って、皆藤は頭をかいた。

「はあ、そうはいっても、

  予備自衛官として復職されたわけですから・・・」

綾野陸曹長は口ごもった。

「まあ、皆藤でも階級名でも、

  キミたちの呼びたいように

  呼んでくれればいいよ」

皆藤は半ば諦めたような

笑顔を浮かべて言った。

次郎は皆藤の隣まで、小走りに近づいて訊いた。

「皆藤のオッサン、下の名前は何つーの?」

「皆藤熊士郎」

皆藤は次郎を見下ろしながら言った。

「熊士郎?変わった名前だな。

  じゃあ、コードネームは

 『くまっしー』で決まりだな」


「ははは、面白い人だな、キミは」

皆藤も苦笑に、顔の皺を刻んだ。


そんな次郎を綾野陸曹長が、ジロリと睨む。

「熊汁くまじるブシャァアアアアアアッ!」

叫んだ直後、次郎は新垣優美からゲンコツをくらった。


よろめいた時に、次郎の視線の先に何かが見えた。

この通路と直角に細い廊下があった。

その突き当たりの闇の中に、何か光る四角いものがある。

大きさは大型冷蔵庫くらいだ。

次郎の両目が、ギラリと輝く。

「こちらです」

綾野陸曹長は、ある部屋のドアの前で立ち止まった。

ドアの中央には、ステンシルで『第一会議室』とある。

綾野はドアノブを握って開けると、

その場の面々に中に入るよう促した。

皆藤をはじめ、モーニング・フォッグのメンバーと

沙耶と孝也、伊藤店長も後に続いてその部屋に入った。

次郎だけは、少し遅れて入って来た。

案内されたその部屋は、

50人クラスの教室ほどの広さがあった。

天井も高く、3メートルは越えている。

そのほぼ中央に、幅2メートル、長さ5メートルはある、

立派な長机が配置されていた。


16脚の革張りの椅子が、整然と並んでいる。

その上座の椅子に、

一人の制服を着ている自衛官が座っていた。

綾野陸曹長に連れられて入って来た

モーニング・フォッグたちの姿を認めると、

彼は椅子から立ち上がった。

「敬礼!」

綾野陸曹長が敬礼すると、皆藤もほどんど同時に、

その制服自衛官に敬礼をした。

それにつられて、モーニング・フォッグのメンバーたちも、

慣れない敬礼をする。6歳の孝也も敬礼をしていた。

そんな孝也を見て、

その制服自衛官は微笑ましげな微笑みを浮かべた。

「よくいらしてくださいました。

  私はこの陸上自衛隊立川駐屯地司令の、

  佐渡蔵さどくら1等陸佐です」

佐渡蔵はそこで言葉を切ると、視線を皆藤に向けた。

「久しぶりだな、皆藤君。

  キミが退官してからもう1年か」

佐渡蔵の瞳には懐かしさを表す色が浮かんでいる。

「ご無沙汰しております」

一礼をして顔を上げた皆藤の顔にも、

柔和な表情にほころんでいるようだ。


そのやり取りを聞いて、

驚いた顔をしたのは、綾野陸曹長だった。

「お二人は、以前から互いのことを

  ご存知だったのですか?」

それには佐渡蔵司令官が、即座に答えた。

「皆藤君には、私も訓練で叩き上げられたよ。

  なにしろ彼のあだ名は『鬼神』だったからな。

  だが、そのおかげで私もここにいられるわけだ。

  どんなに感謝したくてもしきれない男だよ」

佐渡蔵は豪快に笑うと、皆藤の肩を叩いた。

その二人を見ていると、

旧知の親友同士を見ているかのようだった。


 その時、久保山一郎は、

佐渡蔵の制服に飾られているいくつもの勲章の中に、

皆藤がつけているものと同じ、

月桂冠にふちどられたダイアモンドの徽章が

あることにきづいた。

彼のそれは、燻し銀のように輝いていた。

それを見て、久保山一郎が問いかけた。

「もしかして、佐渡蔵司令官と皆藤さんは、

  あのレンジャー部隊のご出身なのでは?」

それには佐渡蔵も少し驚いた様子だった。

「よくご存知ですね。

  もっとも当時は私が訓練生で、

  彼は教官だったわけですが」

久保山一郎はそれで納得がいった。

皆藤がつけている金色の

ダイアモンドのバッジの意味を。


月桂冠をあしらったダイアモンドの徽章は、

地獄の訓練とも呼ばれる、

レンジャー部隊に合格したものにのみ

与えられるものなのだ。

それも皆藤のは金色―――

それはレンジャー訓練の教官にだけ

身につける事が許される、非常に特別なものだ。

久保山一郎の瞳は輝いた。

ネットなどで画像を見たことはあったが、

金色のレンジャー徽章の現物をみるのは、

これが初めてだった。

3ヶ月に及ぶ地獄の訓練を乗り切った者には、

その名誉の証として、

銀色のダイアモンドの徽章が授けられるのだ。


「とりあえず、みなさんお掛けください」

佐渡蔵司令に促されて、

一同は椅子に腰を落ち着けた。

その末席に次郎は座った。

隣にいた丸川信也が、次郎が両手で大事そうに

持っているものに気づいた。

その物の上には、割り箸が乗っている。


「おい、ダンボール、そりゃ何だ?」

「え?丸川さん、

  『赤いきつね』知らねぇの?」

次郎は、きょとんとした顔で訊ねた。

「いや、そういうこと訊いてるんじゃない。

  それが『赤いきつね』だろうと

  『緑のたぬき』だろうと

  『黄色いイタチ』だろうと問題じゃない。

  お前が何でそんなものを

  持ち込んでるのか訊いてるんだよ。

  いったい、どこで手に入れた?」

「ああ、これならさっき、

  ララに小突かれた時に、見つけたんだよ。

  カップめんの自販機。

  しかし高いね、自衛隊の自販機は。

  百五十円もしたんだぜ。

  ゲロ吐いちゃって、お腹空いちゃってさ。

  高かったけど思わず買っちゃった。てへへ。

  あ、言っとくけど、分けてあげないからね」

次郎の他愛ない言葉を無視するように、

佐渡蔵司令官は口を開いた。


「とにかく、みなさんの貴重な体験を

  伺いたいと思います。

  できるだけ時系列で

  ご説明してもらえると助かるんですが・・・」

佐渡蔵司令の質問に、

坂原勇が挙手をして話し始めた。

その直後、次郎が割り箸を割る、無遠慮な音が、

会議場に大きく響く。

次郎と机を挟んで

真向かいに座っている新垣優美が、

呆れたように肩をすくめた。

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