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呪会 第4章

亜希子もいじめにあっていることに、

手をこまねいているわけではなかった。

だが担任の教師はあてにならないし、

かといって由実に相談する気もない。

しかし、自分の不安定な精神状態を癒すために

何かしなければと思った。

そうしなければ自殺の二文字が

現実になりそうな気さえした。

そこで始めたのがブログである。

 母親の由実にとって

仕事上インターネットは必要不可欠であり、

自宅に一台のデスクトップ型パソコンと

小型のノートパソコンを置いていた。

その影響もあってか、

亜希子も小学生の頃から

コンピューターに興味を持ち出し、

由実にしつこくねだって買ってもらったのだ。

OSのバージョンアップごとに買い換えてもらい、

現在のパソコンで三台めである。

 だがいままでインターネットをしていても、

自分のブログを持つことは無かった。

そして初めて自分の管理するブログが、

こんな形になるとも思わなかった。

亜希子は自分のブログの中で、

学校のみんなにいじめられていることを公表したのだ。

勿論、実名や学校名は伏せてある。

ハンドルネームは〈アキ〉と名乗った。

それは亜希子にとって良い結果となった。

亜希子は自分の置かれた状況をブログで公開し、

不特定多数の誰かに語りかけることで、

精神的なカタルシスを得た気がしたのだ。

実際に同じようにいじめられている境遇の人や、

過去にいじめられた体験をした人達からの励ましや

応援のコメントが多く寄せられた。

中には中傷的なコメントもあったが、ごくわずかであった。

それら亜希子を応援する人達の中に、彼女はいた。

彼女のハンドルネームは〈カコ〉。

〈カコ〉のコメントによれば、

彼女も亜希子と同じ歳で当時13歳の女の子だった。

共通点はそれだけではない。

〈カコ〉も亜希子と同様にいじめにあっていたのだ。

彼女もかなり深刻しんこくな状況で、

自殺のことも考えていることを亜希子に告白していた。

亜希子と〈カコ〉はお互いのメールを交換し、

互いの悩みを打ち明ける仲になっていった。

そしてある日、〈カコ〉は自分の顔写真を携帯へ送ってきた。

それはすこし上目使いでカメラを見つめている、

茶髪で肩までの長さのショートカット、

少しだけのぞいてる耳にはハート型のピアスをつけている、

勝ち気そうで大きな瞳の女の子だった。

亜希子も自分の顔写真をメールで送った。

『カコ』は亜希子の透き通るような肌の白さと、

その上品な顔立ちをうらやましがっていた。

ふたりはつらいことがあるたびにメールを交換した。

当時の亜希子にとって、『カコ』はただひとりの友達だった。

そのやり取りの中で、亜希子は『カコ』を励まし、

亜希子もまた『カコ』に勇気づけられた。

ふたりが互いに支え合う仲になるのに時間はかからなかった。

そんなある日、『カコ』が、あるウェブサイトを紹介してきたのだ。

そのサイトの名は呪会。

それは会員制のサイトで、

呪会に登録されているメンバーでなければ

閲覧、書き込みができない。

会員にはそれぞれIDとパスワードが割り振られ、

必要なコードを打ち込まなければサイト内に入れない。

このサイトを管理しているのは、

ハンドルネームを D と名乗る人物だった。

そしてこの呪会の会員になるには、次のような条件があった。

1、現在、殺したいほど呪っている人物がいること。

2、他の会員の呪っている相手も同じように呪えること。

3、入会の際、一人以上、自分が呪う相手を登録すること。

4、呪会のことを他に漏らさぬこと。

5、生涯この呪会の会員であること。

6、死亡によってのみ、脱会が認められること。

これらの条件を承認し、そしてかつ、

呪会会員の紹介がなければ入会はできなかった。

『カコ』はその呪会への入会を勧めてきたのだ。

『カコ』はすでに呪会の会員であり、

自分が紹介するから心配いらないと言う。

亜希子は〈呪会〉というサイトに入ると

どんなメリットがあるのか尋ねた。

すると驚くべき答えが返ってきた。

会員一人一人の呪っている人物を登録し、

呪い殺していくというのだ。

『呪い殺すリスト』に書かれた人物を

会員全員で死ぬまで呪い続けるという・・・。

あまりに非現実的で実現しそうにないその行為に、

正直、亜希子は戸惑い、疑念を抱いた。

だが『カコ』は多くの人が念じれば、

それは現実の力になると信じて疑わなかった。

事実、当時の呪会のメンバーはすでに3000人を超えていた。

(それだけの数の人間が、

 呪いの念を送ればもしかして・・・)

当時、13歳の少女であった亜希子の頭に、

そのような考えがよぎっても無理は無かった。

かといって本当に憎い相手を呪い殺したいかといえば、

ためらってしまう。

菅野好恵に対してもそうだ。

確かに好恵には、亜希子自身、

怒りや憎しみを抱いているのは否定できない。

だが実際に、好恵を殺したいかというと、

どうしてもそんな気持ちになれなかった。

真剣に悩んでいる亜希子とは対照的に、

『カコ』は軽く受け止めているようだった。

自分が憎んでいる相手を、

自分以外の人も一緒に呪ってくれる・・・。

それだけでその憎しみの対象に

復讐した気分になれるというのだ。

勿論、人を呪い殺せると本気で信じている『カコ』は、

本当に『呪い殺すリスト』に書き込まれた人物が

死んでもかまわないようだった。

亜希子にもその気持ちがわからないわけでもなかった。

確かに冷静に考えればそうだ。

人を呪い殺すなんてできるはずがない・・・。

亜希子は『カコ』とは違い、

そんなカルト的なことを信じる気にはならなかった。

亜希子は深く考えるのをやめて、『カコ』に付き合うことにした。

『カコ』の紹介で呪会に入会したのだ。

その際、入会の条件である3番目の項目、

“入会の際、一人以上、自分が呪う相手を登録すること。

そして亜希子は呪う相手に

菅野好恵を選んだ―――――。


あれから4年―――。

高校進学と同時に呪会のサイトにいくことも無くなった。

その存在は亜希子にとって、過去のお遊び程度の認識しかなかった。

全国的にも有名な進学校に進学した今、

学校生活は楽しかったし、仲のいい友達もたくさんいる。

もういじめとは無縁な明るい高校生活を送っていた。

でも、中学時代の忌まわしい思い出と共に、

亜希子は自分でも自覚のないまま、

潜在的な対人恐怖症になっていたのだ。

そのためかコンタクトレンズではなく、

黒ぶちの野暮ったいメガネをかけている。

それは自分が地味に見えるように、

他人を刺激しないようにとの願いがこもっていた。

『カコ』とは今でもメールのやりとりをしている。

しかし今ではそれも月に一度か二度で、

中学生の時ほど頻繁では無くなっていた。

『カコ』も高校に進学して、いじめはなくなったそうだった。

それだけにメールの内容も学校でのできごとや、

好きな男性アイドルのこと、最近読んだ漫画のことなど、

他愛もないことを書き連ねたものになっていた。

『カコ』にとっても自分と同様、

もう忘れたい思い出に違いないのだと亜希子は思った。

亜希子の中でも中学時代のいじめの体験はすでに断片化され、

心の隅に追いやられている記憶の一部分に過ぎない。

もうすべては過去のものなのだ。これからの自分には必要のない、

思い出のかけらになりつつあった。

それなのに菅野好恵は死んだ。

真夜中の駅のホームから転落して、列車に轢かれ・・・。

遠く彼方へ追いやっていた、

忌まわしい記憶がよみがえってくる。


呪会―――。

呪い殺すリスト―――。

まさか”呪い”が実行されたのか―――?

4年もたった今、なぜ―――?

いや、まだ呪いのせいだとは決まっていない。

単なる事故だという可能性の方が高いではないか。

単なる偶然、そうに違いない。

だが一方で、心の中の何かがそれを否定していた。

それが言い知れぬ不快感のようなざわめきとなって、

亜希子の心を震わせた。

(でも、もし本当に呪いが実行されたとしたら・・・?)

(私が呪会のリストに好恵の名前を書いたから・・・?)

(私のせいで・・・?)

亜希子はマンションの1階ロビーへ降りていく

エレベーターの中で、うつむき唇を噛み締めた。

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