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呪会 第14章

それは突然の訃報だった。

全校生徒が集められた体育館は

普段とは違う、異様な緊張感に包まれていた。

生徒たちはそのわけを知っていた。

一部の生徒たちは、すでに朝のニュースで

報じられたその事件を知り、それはさざ波のように多数の生徒の間に

広まっていったからだ

演壇上の校長は青ざめてはいたが、

その表情は無地の陶器のように青白く固かった。

校長から見て左側に、その他の全教師たちが並ぶ。

まだざわめいている一部の生徒たちがいたが、

生活顧問の強面の男性教師が一括すると次第に静まった。

その静まりのタイミングを逃さず、校長が口を開いた。

「え~皆さんの中には、

 すでにテレビなどの報道によって

 知っている人もいると思いますが・・・・」

そこでいったん言葉を切ると、生唾を飲み込む音がマイクを通じて、

アンプで増幅された。

「2年A組の来島祥子さんが、

 昨夜遅く自宅近くの公園で何者かに殺害されました。

 しかし、まだ犯人は捕まっておらず、

 生徒のみなさんは無用な外出はできるだけ控えて・・・」

それを聞いて、まだその事実を知らなかった生徒たちの間で

再びざわめきが広がる。女生徒の中には倒れる者もいた。

強面の男性教師が一括するが、今度は容易におさまらなかった。

集団パニック化しつつある生徒の中に、日向亜希子、米倉里美、加原真湖

そして宮島祐介の姿はなかった―――――。

総合病院の一室に米倉里美と宮島祐介、そして亜希子の母親の由実の姿が

あった。8人部屋の窓際のベッドに亜希子は寝かされていた。

里美と母親の由実は折りたたみイスに座って、

亜希子を心配そうに見つめている。

祐介は窓にもたれかかって立っていた。

その目は窓外の景色の一点を睨みつけている。

「大丈夫?亜希子・・・」

蒼ざめた顔色の亜希子を心配して

里美が声をかけた。その声は震えている。

亜希子は返事の代わりに、力なくうなづいてみせた。

祥子が何者かに殺されたことを、朝のニュースで知った亜希子は

強烈なパニック症状に襲われたのだ。

それはこれまでに彼女が体験したことが

ないほどの激しいものだった。

心拍数が急激に上がり、鉛のように重い不安が亜希子を襲った。

ついに立っていられなくなり、彼女は倒れたのだ。

発作を抑える、常用薬を飲む暇も無かった。

それでもまだ由美が出勤前だったから、不幸中の幸いといえた。

彼女が玄関で靴を履こうとしていた時、

リビングルームから鈍い音と共に、振動が伝わってきた。

何事かと戻ってみると、床に失神した亜希子がいたのだった。

由美は一瞬で状況を呑み込んだ。

亜希子のパニック障害が発作を引き起こしたのだ。

由美は携帯電話を取り出し、冷静に119番へ通報した。

彼女は、このような状況でも取り乱したりはしなかった。

芯の強さは並みの女性ではない。

「ママ、お仕事に行っていいよ。私は大丈夫だから・・・・」

亜希子は努めてしっかりした口調で、

彼女を心配そうに見つめている由美に言った。

「ほんとにいいの?」

由美が確認するように言う。

それに対し、亜希子も微かに微笑みながらうなづく。

「ごめんなさいね。

 私がいないとたくさんの人に迷惑がかかるから」

由美は十数名の部下をかかえている管理職だ。

彼女がいなければ、動かない仕事もある。

亜希子もそれは充分に理解しているつもりだ。

「おばさん、私たちがついてますから、大丈夫です」

里美の力強い言葉を聞くと、

由美は安心したようにうなづいて立ち上がった。

ひざの上にたたんだグレーのラムレザーのハーフコートを羽織ると、

エルメスのショルダーバッグを肩にかける。

「じゃあ米倉さん、えっと・・・」

窓際に立つ宮島祐介に視線を投げる。

由美と祐介は初対面だった。祐介は少しだけ緊張した声で答えた。

「宮島です」

「米倉さんと宮島君、

 亜希子のことよろしくお願いしますね」

由美はそう言うと、

ハイヒールの音を響かせながら病室を出て行った。

3人になった病室に再び静寂が戻る。

その場の空気はまるで、

質量を帯びたかのように重々しく漂っていた。

里美は折りたたみ椅子に腰掛けたまま腕を組み、

真剣な表情でリノリウムの床の一点を見つめている。

祐介は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、

身体は部屋の方向を向いてはいたが、

首を直角にねじまげて、窓外の景色に視線を投げかけていた。

その沈黙を破ったのは亜希子だった。

亜希子はゆっくりとベッドから半身を起こすと、

他の二人に問いかけるように言った。

「・・・・・呪会のせいじゃないよね?」

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