見出し画像

ZOMBB 35発目 捕らわれた工作員

空に飛んだ新垣優美は、逆さになった。

飛んだ時の反動を利用して、

巨人ゾンビを中心に、弧を描くように回転し始めた。

長い髪が羽衣のようにたなびく。


巨人ゾンビは自分の回りを

駆け巡る新垣優美を手で掴もうとするが、

彼女のスピードについていけず、

その巨大な手は空を切った。

新垣優美は両足のレッグホルスターから、

USPを抜くと連射を始めた。


連射されたBB弾は一筋の白い線となって、

巨人ゾンビの頭部の額から上を、

輪切りにするように叩き込まれていく。

その光景を地上から、

見ていた貫井源一郎と次郎は、共に感嘆の声を上げた。

「やるな!ララ!」と貫井。

「たまらんな!ララ!」

次郎の視線は、

新垣優美のたわわに実ったおっぱいに注がれていた。

彼女の水風船のようなおっぱいは、

遠心力によって瓜のように形良く横に流れ、

彼女の顎の部分にまで覆いかぶさっている。


交差するBB弾に、

頭部を切断された巨人ゾンビは、力無く倒れ掛かった。

その拍子に偶然にも、新垣優美を支えている蔦を握り締めた。

蔦は巨人ゾンビの体重を支えきれず、

ブチブチという鈍い音を立てて千切られた。

巨人ゾンビの体躯が地響きを伴って倒れるのとほぼ同時に、

新垣優美の体が駒のように宙に舞う。

そのまま振り子のように投げ出され、

彼女の姿は森の闇の中へ呑まれるように消えた。


「ララーーーッ!」

次郎はその瞬間に蒼ざめ、

叫ぶや否や新垣優美が投げ込まれた森の方へと走った。


「待て!ダンボール」

次郎の背後で貫井源一郎は

呼び止めようと声を上げたが、彼の耳には入らなかった。

次郎の行く手を阻む『やわらかゾンビ』は、

グロック18Cの餌食にしていく。

次郎は暗い森の藪の中へ身を躍らせた。

「―――ったく!」

貫井は次郎の消えた森へ向かって、舌打ちした。


巨人ゾンビはまだ3体もいる。

それに他のゾンビも、やっと半分に減ったくらいだ。

持ち場を離れるわけにはいかない。今は。

自衛隊員たちも、綾野陸曹長の指揮の下、

手近の樹木を登り、巨人ゾンビにBB弾を浴びせている。

モーニング・フォッグのメンバーたちは

その援護と、他のゾンビの排除に手一杯だった。

それまで目立った動きをしていなかった第二小隊が、

突然前進を始めた。

皆藤准陸尉に先導されて、彼らは弾薬庫へと続く道路の真ん中を

突っ切って走っていく。


ハイサイクルG36Kのトリガーを

引き続けていた久保山一郎の手が止まった。

ゾンビの群集を掻き分けるように

素早く移動する第二小隊に見やった。

そこにあった二つの物に注意がいく。


一つは第二小隊の半数近くの自衛隊員の胸には、

月桂冠をあしらったダイアモンドの徽章があること。

これは第二小隊の中にレンジャー隊員が混じっているという事だ。

もう一つは彼らの手にしている武器が、9ミリ拳銃だったことだ。

それはトイガンには見えない。間違いなく実銃だ。


彼らの進路を阻むゾンビたちを、

第一小隊、第三小隊の隊員たちが撃ち倒している。

その第二小隊が目指しているのは弾薬庫

―――いや、違う。その近くで停車している、

パラボナアンテナを取るつけた白いドイツ車VITOだ。


この作戦の本旨は、白いVITOを確保する事だったのだと、

久保山一郎は瞬時に理解した。

巨人ゾンビは、連携の取れた自衛隊員らの攻撃で、

1体また1体とその頭蓋を破壊されて倒されていった。

その間に第二小隊はVITOの間近にまで迫った。

それを察してか、VITOはバックし始めた。

弾薬庫の敷地から離れていく。逃げるつもりだ。

だが、皆藤准陸尉の判断は早かった。

後続の第二小隊に号令をかける。

自衛隊員たちは、横列に散開した。


「構え!撃て!」

怒号のような皆藤准陸尉の命令と同時に、

各自衛隊員の手にした9ミリ拳銃が、次々と発砲される。

耳をつんざくような轟音が、森の中をこだました。

何発かは狙いをはずし、地煙を上げたが、

そのほとんどはVITOの右側の前後輪に命中した。

タイヤは破裂音を立てて裂けた。

その直後、VITOの車体は傾く。

ホイールが柔らかい地面に食い込んで、

土煙を上げながら空転し、スタックした。

VITOはもう動けない。

 第二小隊はそれを確認すると、

9ミリ拳銃を構えたまま、用心深くVITOを取り囲んだ。


 「出て来い!抵抗しなければ発砲しない」

皆藤准陸尉の怒号が響く。

ややあって、VITOのドアが開いた。

二人の人間が出てきた。ふたりとも白人だ。

だが、様相は違っていた。

ひとりは上下ともオリーブドラブ色のBDUを着ていて、

同じ色のキャップをかぶり、濃いサングラスをしている。

体格も良く、軍事訓練を受けたと思われるような、

がっちりした体躯をしていた。

ふたりめは白衣を着ていて、

白いワイシャツに縞の入った黒いネクタイ、

ブラウンのスラックスを履いている。

その姿はまるで科学者のようだ。


第二小隊の自衛隊員たちは、素早くVITOに近寄って、

車内に9ミリ拳銃を向けながら、

他に乗員はいないか確かめた。他にはいなかった。

皆藤准陸尉は、その二人の白人を座らせて、

頭の後ろで手を組ませた。

彼らの両腕を結束バンドのような手錠で拘束する。


その時、彼らの真後ろで地響きがした。

最後の1体の巨人ゾンビが倒れたのだ。

他のゾンビたちも大半が撃ち倒されていた。

BDUを着ている、軍人風の男が口を開いた。


「Sag mir nicht!」

「ドイツ語か?何て言ってんだ?」

皆藤准陸尉は傍らの自衛官に向かって訊いた。

その自衛官は通訳も兼任しているようだ。

「何も教えないと言っています」

皆藤准陸尉はため息混じりに、苦笑を浮かべた。

「まあいい、尋問はあとだ。駐屯地へ連行しろ。

  他の者は、弾薬庫から荷物を運べ」


皆藤准陸尉の命令で、ドイツ人と見られる二人組みは

後方の軽装甲機動車の方へ連れて行かれた。

他の自衛隊員たちは、弾薬庫へ向かった。

その様子を確認するように見届けると、彼は深く深呼吸した。

久しぶりの実戦で体が強張っている。

PKOでイラクに派遣された時以来の緊張感だった。

だが、目的を達成できたことが心地よかった。

それもイラクの時と同じだ。


見渡す限り、おびただしい数のゾンビの躯が転がって、

腐乱した有機物のような異臭が立ち込め、鼻を突いたが、

森の浄化作用なのか深緑の芳香が、

それをゆっくりと打ち消していっているようだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?