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ZOMBB 30発目 佐渡蔵司令からの協力要請

坂原勇はこれまでの経緯を語った。

3日前、相模原のサバイバルゲーム中に、

ゾンビの群れと遭遇したこと。

そのゾンビらと戦っているうちにわかったのは、

トイガンから発射されるBB弾でその頭部を撃てば倒せる事。


「そこで気づいた事があるんです。

  その時に相模原に現れたゾンビは、

  すべては欧米人だったんです」

坂原勇の言葉に、佐渡蔵司令も軽くうなづく。

坂原勇は話を続けた。

ソンビの大群に包囲された時に、

エチゼンヤの伊藤店長の造ったパワードスーツに

助けられた事に話が進むと、

ノートにメモを取っていた佐渡蔵司令が、驚いて顔を上げた。


「パワードスーツ?」


「あ、それは僕からご説明します」

伊藤店長が、手を挙げて佐渡蔵司令に向き合った。

「これは映画『アイアンマン』に刺激されて、

  遊び半分に造ったものなんですが・・・」

伊藤店長は、少し照れくさそうに頭を掻いた。

「人間の筋力を増大する機能と、

  電動ガンを複数装備し装甲で体を覆う事で、

  戦闘力と防御力を強化したものなんです」

「それで、動力源は?」

佐渡蔵司令は、この情報にかなりの関心があるようだ。

彼の両目は真剣さを帯びている。

「動力源は、自動車のバッテリーを使いました。

  要は電動自転車と同じ原理です。

  武装はハイサイクル電動ガンを両腕に装備し、

  肩には毎秒30発でBB弾を発射できる

  ガトリング砲を取り付けました。それに・・・」


伊藤店長が、説明している間も、

次郎は『赤いきつね』をすすっていた。

それを見かねた隣の丸川信也が、語気を荒げて次郎に言った。

その時、丸川信也は見た。

次郎の食っている『赤いきつね』のどんぶりの中を―――。

そして愕然とした。

この男の性癖を、また目の当たりにしたのだ。

 次郎は一番のごちそうの油揚げには一切、手をつけず、

麺とスープを交互に食している。

それもそのどちらにとっても、

絶妙なバランスで均等に食べて、すすっているのだ。


いや、違う。

麺は若干だが、スープより速いペースで減っている。

そしてかけらのように短い麺まで食い終えると、

それまで手付かずだった油揚げをスープに浸し、

口に運んだ。やっと油揚げにとりかかったのだ。

丸川信也の気持ちが、

不思議な安堵感に包まれた―――だが、

次の瞬間、彼の考えが甘かった事を思い知らされた。

次郎の口に運ばれたはずの油揚げが、

再び取り出されると、それは無傷だった。

ただの一口も齧られていない。

この男は、油揚げをスープに浸して、

それをしゃぶっただけだったのだ。

スープに浸しては、しゃぶり、しゃぶってはスープに浸す・・・。


なんと卑しい食べ方なのだ。

次郎というこの男をみくびっていた。

油揚げに吸われて、徐々に減っていくスープ。

これからどうするつもりなんだ?

スープはもう残り少ない。


丸川信也は、次郎の一挙手一投足から

目が離せないでいた。

スープのほとんど無くなったどんぶりに残っているのは、

黄金色に輝く油揚げだけだ。

次郎は、ついにその油揚げを齧り始めた。

少しずつ形を変え、小さくなっていく油揚げ。

最後の一口は、優に30回は噛み、飲み下した。

丸川信也は、額の汗を拭った。


ただの『赤いきつね』を、

これほどまでに執拗で粘着質で利己的で

卑しい食べ方をした男を、

丸川信也はかつて見た事がなかった。


「―――でその推進力ですが、

 圧縮した酸素ボンベを2基使用しました。

 ただここで問題だったのが、

 ボンベの力はわずかでも前方に重心がかかると、

 前のめりになってしまうことです。

 そこで私はパワードスースの後方にバランサーを備え付けて、

 ほぼ垂直に上昇することに成功しました」

 伊藤店長の説明はまだ続いていた。

「圧縮酸素ボンベとは・・・。

  もしパワーソースを液体燃料に変えることも可能かね?」

伊藤店長の説明を克明にノートに書き込んでいた、

佐渡蔵司令官が訊いた。

「液体燃料ですか?それだったら、

 航行距離、スピードなど、

 飛躍的に性能が高まるでしょう」

伊藤店長の言葉を聞いて、顎に手をやり、

しばらく思案していた佐渡蔵司令官だったが、

あらためて伊藤店長の方に向き直って言った。


「伊藤さんとおっしゃいましたね?

 あなたにこの立川駐屯地の科学工作隊に

 参加してもらいたいのですが、いかがですか?」

「科学工作隊?何ですかそれ?」

伊藤店長は驚いた顔をしていたが、

嬉しそうな表情は隠せなかった。

「それについては後ほど。

  今ここでは詳しく説明の出来ない

  極秘の工作チームでして」

佐渡蔵司令官は、笑顔を浮かべながら言葉を濁した。


「それともう一つ質問があるのですが、

  そのパワードスーツのパイロットは

  どなただったんです?」

「はあ・・・それが、

  あそこでカップめん食ってる奴でして・・・」

伊藤店長はバツが悪そうに頭をかいた。

「キミ、名前は?」

佐渡蔵司令官は、

長机の端で『赤いきつね』をほおばっている

次郎に視線を送った。

だが、次郎は箸を止めない。

まるで聞こえていないようだった。


「おい。ダンボール。司令官がお前に訊いてるんだぞ」

丸川信也は小声で、隣の次郎の脇を小突いた。


「はあ?オレっすか?

  山田次郎っていいますけど」


「キミだけがパワードスーツ

  を実戦で使用したんだね?」

「ああ、そうっスけど。あれは最悪でしたよ。

  カロリーメイトは出てくるし、

  冷蔵庫を着ているみたいで・・・」

佐渡蔵司令は、苦笑した。そして言葉を続ける。

「いずれキミの体験も詳しく聞きたい、

  是非、協力を願いたい」

「はふ、はふ、

  またアレ着れっての?やだ」

次郎は『赤いきつね』の油揚げを

ほおばりながら答えた。

「おいッ!」

思わす綾野陸曹長が腰をあげて、

彼の顔が紅潮した。

「綾野陸曹長」

佐渡蔵司令が、そんな綾野をたしなめて、

腰を下ろさせた。

「山田君、今すぐ判断してくれとは言わない。

  じっくり考えてくれればいい」

佐渡蔵司令は、やんわりとした説得口調で言った。

綾野陸曹長は、やれやれといった感じで

頭をを振りながら、渋々とした表情で座りなおした。

その後は、坂原勇の口から、

ショッピング・モールでの戦闘をに話が進んだ。

そこで皆藤から、佐渡蔵司令に向けて意見が述べられた。

「私は彼らとゾンビの群れとの戦いの

  一部始終を見ていましたが、そのチームワーク、

  最後まで諦めない根気の強さには感嘆しました。

  ゾンビとの実戦に乏しい自衛隊にとって、

  彼らの経験は非常に参考になると思います」

 皆藤の意見に、佐渡蔵司令は納得したようにうなづいた。

そして坂原勇の話は、多摩川沿いにある、

エチゼンヤ倉庫での戦闘に移った。

そこに現れた、4メートルを越える巨人のゾンビとの戦闘、

それにそのゾンビを倒すには、

やはり頭部を破壊する事が有効な事などを、

出来るだけ詳しく説明した。


その話には、佐渡蔵司令も大いに興味を惹かれたようだった。

そしてその巨大ゾンビを倒したのも、

伊藤店長特製BB弾バスーカ砲であることも語った。

その都度、佐渡蔵司令は、ノートに克明にメモしていた。

「なかなか興味深い経験談を教えてくれて礼を言いたい。

  いずれキミ達の処遇は、よく考えたい。

  はっきりしたことはこの場で言えないが、

  できれば自衛隊に協力していただければと思っている」

佐渡蔵司令の言葉は、モーニング・フォッグの士気を、

いやがおうでも高めさせた。

地方の小さなサバイバルゲームチーームが、

自衛隊に協力させてもらうとは、思いがけない吉報だった。

佐渡蔵司令はノートを閉じると、皆藤に向かって言った。

「皆藤君、キミとは重要な話がある。

  私の司令官室まで来てほしい」

皆藤は無言でうなづくと、席を立った。

出口のドアに向かう途中で、佐渡蔵司令は振り返って、

綾野陸曹長をはじめとする、

モーニング・フォッグのメンバーたちへ

言葉をかけた。

「みなさんも、空腹でしょう。

  もうじきに食事が運ばれてきますので、

  今しばらくお待ちください」

その後、佐渡蔵司令と皆藤は会議室を出て行った。


それから間もなくして、再びドアが開かれて、

二人の女性自衛官が、カーゴに乗せられた料理を運んで来た。

料理は白いトレーに載っており、

チャーハンとハンバーグ、温野菜が湯気を立てている。

その一つ一つが各自の前に差し出された。

目前に置かれた料理を見て、次郎は目を見張った。

トレーの一角に、プッチン・プリンがあったのだ。

次郎の両目に再び卑しい光が宿った。

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