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ZOMBB 34発目 ゾンビ戦線

綾野陸曹長と皆藤准陸尉の乗った

軽装甲機動甲車の後を、

5台の73式大型トラックが追尾するように

幹線道路を北上しながら、

高取山弾薬庫目指して走っていた。


モーニング・フォッグのメンバーは全員、

3台目に乗っていた。

乗っているトラックの幌は開け放たれているため、

車外の光景は後方からだけだが、よく見えた。

後方には2台のトラックが

充分な車間距離を開けて走っていた。

そのどちらも弾薬を積み込むために、

運転している自衛官以外は乗っていない。

見える視界の中には人影はおろか、

1体のゾンビの姿も見かけなかった。

それに走っている一般車両も見かけない。

幹線道路はガラガラだった。


73式トラックの力強いディーゼルエンジンから

伝わる震動と、時おり軋む荷台の音意外、

静寂といってもよかった。

それでも、道路標識で指定されている、

時速40キロの速度を保持したままだ。

そこで坂原勇は首を傾げた。

空は頭に浮かんだ率直な疑問を、

緊張の面持ちで座っている、若い自衛官に問いかけた。

「この作戦は急を要するものなんですよね?」

その若い自衛官は、はっきりとした口調で答えた。

「そうです。極力迅速にとの命令です」

「だったら、もう少しスピード

  上げていいんじゃないんですか?

  他の一般車両も走っていないみたいだし―――」

坂原勇の意見に、若い自衛官は苦笑を混じえながら言った。

「自衛隊は法定速度を守らなければならないんです。

  その法定速度を越えるスピードで

  公道を走るわけにはいかないんですよ」

その答えに、坂原勇をはじめ、

モーニング・フォッグのメンバーたちは、

驚いて口をあんぐりと開けた。

自衛隊は民間の法律に縛られすぎじゃないか?

憲法9条どころか、

道路交通法まで守らないといけないとは。

欧米諸国は軍法というのがあるから、それに従えるが、

自衛隊は実質上『軍隊』でありながら、

観念上、法律上は『軍隊』とは認められてはいない。

だからもちろん軍法などというものも存在しない。

国家の存亡にさえ関わる事態ですら、

自衛隊は自由に働く事が出来ないのだ。

坂原勇は嘆息交じりに、その若い自衛官に同情した。

いや、自衛隊という組織自体に同情した。


20分程すると、

自衛隊のトラックの一団は、三叉路に出た。

傾斜のかかった、右の道路に入っていく。

トラックはさらに減速した。

坂原勇はもしやと思い、案山子のように立っている

道路標識に目をやった。

『制限速度30キロ』・・・やれやれと坂原勇は苦笑した。

この73式大型トラックの車幅は

約2.5メートル。片道車線の幅いっぱいだった。

トラックは繁茂する木々のトンネルを

くぐっているかのようだった。

枝葉の覆う空を見上げると、青かった。

今からキャンプかハイキングにでも

出かけているような気にさえなってくる。

だが、これから行くのは、

ゾンビの群れがいる『戦場』だ。

坂原勇は気を引き締めるために、自分の頬を軽く叩いた。

そしておもむろに他のメンバーを見やった。

久保川、貫井、丸川は適度に

緊張しているように見える。

ただ違和感があったのは次郎だ。

鼻の下を伸ばして、口を半開きにしている。

まさにアホ面を絵に描いたような表情だ。

垂れ下がった目じりは、

真正面に座っている新垣優美の方から離れない。

正確に言うと、彼女の胸を凝視している。

そんな次郎を、

新垣優美は殺意さえ感じる視線で睨みつけていた。


まったく、こいつは―――。


坂原勇は呆れた吐息を吐いた。

トラックの一団は、片道一車線の細い道路を、

車体を軋ませながら進んで行った。

不意にトラックの奥にいる自衛隊員が、無線を手にした。

おそらくこの隊の隊長だろう。

彼はただ「了解」とだけ答えた。

そして後方の隊員達に向かって、

気合のこもった号令を出した。

「各自、武器のチェックを実施。

  3分後には下車する。敵との戦闘に備えよ!」

各自衛官達の間に緊張感が走る。


手にした89式小銃の電動ガンのチェックをはじめた。

モーニグ・フォッグのメンバーらは

その光景に深い感銘を受けていた。

なにしろ、本物の『軍隊』と行動を

共にするのは初めてなのだ。

だからといって、

自衛隊の行動にあわせるつもりもなかったし、

皆藤准陸尉にも、

「キミ達はキミ達の戦い方で援護してもらいたい」

と言われている。

あくまでも、オレ達の戦い方で自衛隊を援護するのだ。

坂原勇はそう心に決めいていた。


その3分が、異常に長く感じられたころ、

トラックは不意に停車した。

エンジンはかけられたままだ。

「作戦開始!」

隊長の怒号と共に、

モーニング・フォッグのメンバーも

自衛隊員も機敏な動きで下車した。

ニヤけてしまりの無い顔の次郎だけは、

丸川信也に蹴り落とされた。

自衛隊員たちや坂原たちは百八十度反転して、

弾薬庫のあるほうに視線を向けた。

その光景はある意味、壮観だった。

数十メートル先には、

五百体以上のゾンビに埋めつくされていた。

そのゾンビのほとんどは東洋人―――

おそらくは犠牲になった日本人だろう―――だった。

ゾンビの姿はアスファルトの舗装路にはおさまりきれず、

左右の雑木林の中にまで広がっていた。

その上、エチゼンヤの倉庫で遭遇し戦った

巨人ゾンビの姿も八体ほどが見えた。

それは青白く灰色がかった巨大な動く大木のようだった。

このでかぶつにだけは用心しないといけない。

坂は勇はふとその先に視線を移した。

ゾンビの群れに道の先は見えないが、

右側の丘に建物が見える。

オリーブドラブ色で染め上げられた、

カマボコ型の屋根を持つ、倉庫らしき建物が三棟、

高いフェンスに囲まれている。

おそらくあれが弾薬庫なのだろう。

そしてもうひとつ、興味を惹いた物が見えた。

それは白いVITO

―――屋根にパラボラアンテナを二つ付けている、

あの車両が1台。

「第一小隊は左!第三小隊は右に散開!

  第二小隊は中央にて縦列体系を組め!

  直ちに各自攻撃せよ!」

綾野陸曹長の激が飛んだ。

自衛隊員たちは絨毯攻撃のように、

前方に銃口を向けいている。

だがどの隊員も躊躇しているかのように

トリガー引こうとしない。

それは無理も無い話しでもあった。

自衛隊員は国民の生命を守る事を

徹底的に叩き込まれている。目前にいるものが、

たとえゾンビだとしても、

同じ自国民に銃口を向けることがためらわれるのだ。

それは意識にも肉体にも刻まれていた。

それだけにとっさに切り替えができないのだった。


 自衛隊員たちが、わずがに後退しはじめた時、

モーニング・フォッグのメンバーたちは走っていた。

最前線に。貫井源一郎は左へ走りこみながら

スカーLCQCのトリガーを引き、坂原勇は右に展開し、

ハイサイクルCQB―Rを撃ち始めた。

久保山一郎も彼に続いてハイサイクルG36Kを連射して、

次々とゾンビたちを動かぬ躯にいく。

丸川信也はほぼ中央に対して、

G36Cカスタムを連射しながら前進していた。

新垣優美は2丁のUSPを自在に操りながら、

1発1発と確実にゾンビを仕留めていく。

モーニングフォッグのメンバーにとって、

ゾンビはゾンビだった。

国民を守るという教育も訓練も受けてはいない。

ゾンビはすでに死んだ肉体が動いているだけだ。

それが欧米人だろうと東洋人だろうと関係ない。

良心の呵責など持ち合わせる必要など無いのだ。

相手は死体。もうこの世の者ではないのだから。

縦横無尽に動きながら、

攻撃を続けているモーニング・フォッグに

触発されたのか、各小隊長の怒号が響いた。

「各自、敵を攻撃せよ!」

その号令と共に、

一斉に自衛隊員たちは89式小銃の電動ガンの

トリガーを引き始めた。

ついに眠れる獅子を起こしたのだ。


数百発に及ぶBB弾が、

ゾンビたちをドミノ倒しのように倒していく。

自衛隊員の放った流れ弾のBB弾の数発が、

坂原勇に当たった。

いつものサバイバルゲームの時には『ヒット!』と言って、

セーフィテーゾーンに行かねばならないところだ。

だが、今回は違う。BB弾が当たっても、

『ゾンビ公認』ルールなのだ。

 まあ、こちらもある意味、ゾンビだな・・・。


坂原勇はゾンビを倒しながら、

不敵な笑みを浮かべた。

貫井源一郎の右前方から悲鳴が上がった。

あの巨人ゾンビに一人の自衛官が踏み潰されている。

貫井源一郎は素早く、その巨体の上にある頭を狙ったが、

射角が高すぎて死角になっている。

そこで銃口を下に下げて、

自衛官を踏み潰している巨人の膝を

標的に集中砲火を浴びせた。

300連マガジンを交換して

それがまた尽きようとした瞬間、

巨人ゾンビのヒザが粉々に吹き飛んだ。

まるで巨木が倒れるように、巨人ゾンビは仰向けに倒れた。

そこへ丸川信也が銃口を向けて、巨人ゾンビの側頭部を砕いた。

巨大な足に踏みつけられていた自衛官は

意識が無いようだった。

他の自衛官が二人、その意識の無い自衛官を抱え上げて、

後方に引き下がった。

それを横目で見ながら

悔しげな表情を浮かべて、貫井源一郎は思った。

 先にあのでかぶつを倒さねえと―――。


その巨人ゾンビはまだ七体もいる。

あの頭を撃ち抜けるところまで行ければ問題ないんだが。

その時、彼の頭上から連射される電動ガンの発射音が轟いた。

反射的にその方角に視線を上げると、

そこには木に登って、両足で樹木を挟み込み、

抱きつくようにして構えた

AK47βスペズナズを乱射している次郎の姿があった。


その次郎の前方10メートルくらいのところに、

巨人ゾンビが立っていた。AK47βスペズナズから放たれる、

間絶たないBB弾を浴びて、

その巨大ゾンビは頭の半分を失っていた。

だがかろうじて立っているし、

戦意は失ってはいないようだった。


次郎はニヤリとわらうと、

β用ショートマガジンをクイックリロードした。

その頭半分の巨人ゾンビに向けて、トリガーをしぼった。

その巨人ゾンビの伸ばした巨大な手が、

次郎に届くあと数十センチ前で力を失った。

頭部のほとんどを粉砕された巨人ゾンビは、

ヒザから崩れ落ちた。

その際に、数体のゾンビを巻き添えにして下敷きにした。

次郎はハーフフィンガーグローブの甲で、額の汗を拭った。


その時だった。樹上の次郎の正面から、

別の巨人ゾンビが向かってきたのだ。

まるで体当たりをくらわせようしているかのように、

左肩を突き出して突進してくる。

あの体重をまともに受ければ、

樹木ごと吹き飛ばされてしまうだろう。

「ダンボール!逃げろ!」

貫井源一郎は思わず叫んだ。

巨人ゾンビは樹木に体当たりした。

直径60センチはあろうかと思われる木が、

へし折られる鈍い音が響く。

貫井源一郎は次郎を目で追った。

次郎は確かに飛んでいた。

だが、木が倒れるのとは反対の方向、

巨人ゾンビの耳元を掠めるように、横飛びをしていた。


一瞬、巨人ゾンビと次郎の姿が交差した。

次郎はAK47βスペズナズを背に背負い、

今、彼の手にはグロック18Cが握られていた。

次郎はその交差する瞬間の間に、

グロック18Cをフルオートに切り替えて、

襲いかかって来た巨人ゾンビの側頭部に全弾を叩き込む。

電動ブローバックの小気味いい発射音が、

その時だけはスローモーションのように、

貫井源一郎の耳には届いた。

巨人ゾンビは頭部を破壊され、

糸の切れたマリオネットのように倒れた。

そこで次郎は気づいた。自分はこのまま落下する事に。


やべ―――!


真下はアスファルトの路面だ。

次郎の落下した高さは5メートル。

まともに落ちれば無事では済まない。次郎は目をつぶった。

くそ!落ちるとこまで考えてなかった!

死ぬ前にせめて、ララのおっぱいを―――。


次の瞬間、肉と肉とがぶつかるような鈍い音がした。

次郎は運のいいことに、

1体のゾンビの背中にぶち当たったのだ。

それがクッションになって、

大きなダメージを負わなくて済んだ。

それでも肺の中の空気が

一度に押し出されるような衝撃を受けた。

クッションになったゾンビは、背骨を折られたのか、

這いつくばったまま、もがいている。

うずくまっている次郎を、

貫井源一郎が手を貸して起き上がらせた。

「上出来だ」

貫井源一郎は次郎をかついだまま、

彼を顔を見てニヤリと笑った。

「残り五体だな」

喘ぎながらも、次郎はにやりと笑い返した。

そこでふと、次郎は回りに視線を走らせながら、言った。

「ララは?ララはどこだ?」

「あそこだ」

貫井源一郎があごをしゃくった方を見ると、

新垣優美は一際高い樹木に登って、その枝の上にいた。

なにやらかがみこんで、

太いロープのような蔦を左足に結んでいる。

「何をやる気なんだ?」

次郎が心配げにつぶやいたその直後、

新垣優美はその枝からジャンプした―――。

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