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草笛双伍 捕り物控え一

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時は江戸。火付け盗賊改め方、鬼平こと長谷川平蔵のもと、2本の長大な十手を手に、元<風魔忍者>の岡っ引き、草笛双伍が活躍する、勧善懲悪痛快アクション時代小説です。
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#捕り物

草笛双伍 捕り物控え一 天魔衆3

草笛双伍 捕り物控え一 天魔衆3

江戸城下でもひときわ賑わいを見せる日本橋の近くに、

<あじさい屋>という食事処がった。

20人もはいれば手狭になるような、小さな店ではあるが

久平という主人の手打ちうどんと蕎麦には定評があり、

客足が途絶えることはない。

久平はすでに50を数える、たたき上げの職人だ。

その店にいくつも並べられている縁台のひとつに、

双伍の姿があった。足を組んでキセルを吹かし、

紫煙を吐いている。

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草笛双伍 捕り物控え一 天魔衆4

草笛双伍 捕り物控え一 天魔衆4

それからひと月ほどが経った。今宵は新月。

沢村誠真以下、徳松新太郎、古川邦助、柳川冴紋筆頭同心、森村忠助、

佐々木音蔵、家永幸太郎、川田一郎など腕利きの同心8名。

そして下っ引き20名ほどに十手を持たせて、

人形町の紙問屋千羽屋を取り巻いて張り込んだ。

無論、気取られること無く、大滝や戸板に身を隠した。

だが沢村は双伍のことが気がかりだった。

下っ引きの弥助は捕縛くらいしかできまい。

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草笛双伍 捕り物控え一 天魔衆5

草笛双伍 捕り物控え一 天魔衆5

「この度の働き、ご苦労だった」

清水門外の役宅の裏戸の縁側で、

長谷川平蔵はキセルの紫煙をくゆらしていた。

膝元には双伍がかしこまって、肩膝を立てて控えている。

「いえ、今回の手柄は沢村誠真殿のおかげでもあります。

紙問屋千羽屋を張ってもらえたおかげで、<天魔衆>を

 長州屋に導くことができました」

「なるほどな。<天魔衆>も千羽屋が張り込まれている

 ことを悟って、長州屋を襲った

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草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸1

草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸1

深川から八丁堀に向かって、永代橋を渡る一人の浪人がいた。

時は亥の四の刻。すでに人通りは無く、辺りはしんとしている。

橋を渡りきる直前、その浪人は殺気を感じた。

彼の視線の先に一人の人影が見える。

その姿は侍のようだが、顔は見えない。

今宵は半月。かすかにも人相は浮かぼうというもの。

しかしその人影の人物は、頭巾をがぶり、目元しか見えない。

その人影が先に言葉を出した。その声は頭巾に

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草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸2

草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸2

「これで3人目だ」

沢村誠真は半ばあきれ顔でつぶやいた。

松本佐平の遺体の周りには、野次馬でごった返しだ。

明智左門筆頭与力以下、橋本隆三、古川邦助などの

同心たちも、その無残な松本佐平の遺体に手を合わした。

下っ引きたちは、うるさい野次馬を追い払っていたが、

一人の岡っ引きが現れた時、その男に道を開けた。

その岡っ引きとは―――双伍である。

それに気づいた明智左門が、双伍に声をか

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草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸3

草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸3

江戸城のお膝元にある田安御門に、

加藤国匡のお屋敷があった。

かつて戦国の世、加藤清正の血統を継ぐ名家である。

時は夕刻。家長である加藤国匡の前に、

次男、加藤祥三郎が正座していた。

加藤国匡は齢60を過ぎてもなお、

その剣は衰えを見せず、多くの門下生に慕われている。

しかし今の加藤国匡は、厳しい面持ちで

わが子息である加藤祥三郎を見つめている。

「父上、なぜに私に家督を譲っては

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草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸4

草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸4

八丁堀にある、与力同心の官舎は殺気立っていた。

明智左門筆頭与力が辻斬りに合い、重傷を負ったのだ。

森村忠助同心以下、18名の同心が集まっていた。

どの顔にも尋常ではない怒りがにじみ出ている。

上座には長谷川平蔵が鎮座している。

一番の下座には双伍の姿もあった。

同心与力の官舎に、岡っ引きが呼ばれることは

稀である。だが、それには理由があった。

その平蔵に柳川冴紋筆頭同心が尋ねた。

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草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸5

草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸5

沢村誠真は永代橋に向かった。

三人目の犠牲者、松本佐平が殺害された場所だ。

理由は何も無い。ただ彼は直感に従っただけだった。

この刻、すでに人通りは無い。

沢村は何気に周囲の気配を探った。

双伍が10間の傍にいるはずだが、まったくその気配が無い。

自分は覇道派一刀流免許皆伝の者。

それに奢っているつもりはないが、

人の気配を察する気の力はあるつもりだ。

だが、双伍の気配は感じられ

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草笛双伍 捕り物控え一 仇討ち1

草笛双伍 捕り物控え一 仇討ち1

刻は申七つ(現代で言う午前4時ごろ)

江戸城の東、お玉ヶ池の通りに、

鮮やかな着物を身に着けた、30前の年頃の気品ある女が立っていた。

その傍には、やはり気品のある着物を着た、おかっぱ頭の

年の頃は5つほどの娘がいる。

二人は商いをしているらしき店の影に隠れている。

お玉ヶ池の通りを一人の浪人が通りかかった。

30前の頃の女が、その浪人に声をかけた。

「おぬし、長江鏡介とお見受け申

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