草笛双伍d

草笛双伍 捕り物控え一 鬼神丸4

八丁堀にある、与力同心の官舎は殺気立っていた。

明智左門筆頭与力が辻斬りに合い、重傷を負ったのだ。

森村忠助同心以下、18名の同心が集まっていた。

どの顔にも尋常ではない怒りがにじみ出ている。

上座には長谷川平蔵が鎮座している。


一番の下座には双伍の姿もあった。

同心与力の官舎に、岡っ引きが呼ばれることは

稀である。だが、それには理由があった。

その平蔵に柳川冴紋筆頭同心が尋ねた。

「明智左門殿はどのようなご様子で?」

「双伍が玄田元禄先生のところに運んで、

 事なきを得た。命に別状は無いそうだ。

 だが、しばらくはお勤めは無理だろうな」

玄田元禄とは年のころはまだ30を過ぎた若い町医者だった。

だが、その医学の知識、技量とも評判の名医だ。

「この上は、同心の威信を賭けて、その辻斬りを・・・」

森村忠助同心がいきり立つ。

その言葉を平蔵は中途でさえぎった。

「大人数で見回れば、奴は現れまい」

浮き足立った同心たちはいちおうに座りなおした。


「ところで双伍、お前の話を聞かせてくれ」

平蔵が双伍を促した。

「へい、明智左門殿が奴に斬りつけられた時、

 一瞬ですが、煙草入れが見えたんでさぁ」

「煙草入れ?」

長谷川平蔵は両眼を光らせた。

「それは印伝革の品のようでしたが、そこに紋が見えたんでさ」

「それで?」

平蔵が先を促す。

「その紋は<竹の三つ葉>でした」

双伍の答えに、皆ざわついた。

「<竹の三つ葉>といえば、加藤家ではござらんか。

 そんなバカな!」

そう呻いたのは柳川冴紋筆頭同心であった。

「いや、オレは双伍を信じるぞ」

平蔵がにやりと笑う。


親方がそういうのであれば、他の者は従うしかない。

「しかし、加藤家は江戸城入りも許されている名門。

 何の証しも無く、捕らえるのは無理だ。

 それも岡っ引きの証言など、歯牙にもかけられまい。

 下手に疑いをかけたことを知られれば、

 我ら全員、切腹もの・・・」

森村忠助は怯えたように言った。


「それに加藤家の家長国匡殿は人格者と聞いております。

 それに家督を継ぐと噂されている長男邦信殿もそれを継ぐ

 立派な方だと・・・それではいったい誰が・・・」

佐々木音蔵同心が腕を組んで言った。

「まだおる、次男坊がな・・・」

平蔵は傍の火鉢からキセルに火を移しながら言った。

ゆっくりと紫煙を吐く。


「たしかに、現場を押さえるしかあるまい。

 ひっ捕らえれば、加藤家とて言い逃れはできん」

平蔵は皆を見渡しながら言った。

そこへ沢村誠真が進言した。

「親方、拙者に考えがあるんですが・・・」

「なんだ、申してみよ」

長谷川平蔵は興味深く問うた。


それから3週ほど経った頃、夕刻が迫る江戸の町の八丁堀近くにある、

食事処<あじさい屋>。

縁台に座る双伍と沢村誠真の姿があった。

「本気ですかい、旦那」

双伍はいつものようにきつねうどんをすすっている。

「ああ、これしかねえとオレは思ってる」

そう言いながら、沢村もみたらし団子を食っている。

「で、あっしは旦那の傍、10間(現代の距離にして約20メートル)ほど

 離れてついていけばよろしいんで?」

双伍油揚げをかじりながら言った。

「ああ、そういうことだ。オレが囮になって、

 辻斬りを誘い出す。一町(現代の距離で約109メートル)

 ほどの周囲には他の与力同心が・・・おい、大事な話をしとるのに

 箸をとめろ。油揚げを食うな」

それでも双伍の箸は止まらなかった。沢村は呆れ顔で見る。

「よく平蔵の旦那がお許しになったもんですねぇ。

 覇道派一刀流免許皆伝の腕を見込まれた・・・

 だけじゃないようですね」

沢村誠真は双伍の勘の良さに驚いた。

双伍の視線は何気に、沢村の腰に差している太刀に注がれている。


「明智左門殿の傷はどんな様子で?」

このときばかりは双伍も箸をとめた。

「だいぶ回復しているそうだ。しかしまだ、お勤めは

 無理だろうって玄田元禄殿が申しておった」

「オレの勘だが、今宵、奴が現れる気がする。

 明智左門殿を仕留めそこなった奴は、

 今度こそ、と考えているはずだ」

双伍は丼の露を飲み干した。

沢村誠真も、残りのみたらし団子を口に放りこむ。

二人は勘定を払うと、<あじさい屋>を出て、

すっかり夜の戸張りが落ちた、町に足を向けた・・・。

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