雑草は人間とずっと一緒だった

ホモサピエンスがアフリカに登場したのが約20万年前で、移動し始めたのが10万年前後。
雑草の祖先として現在確認されているものは約10万年前。
これは厳しい氷河期が落ち着いた時期であり、人間も同時に移動を始める。
また、数万年経つと、氷河期がまた始まり、今から1万年前程度には、また氷河期が終わる。そしてその氷河期と共に、農耕が始まる。

つまり、雑草は人間の誕生や移動と常に共に存在し、逆に言えば、人間が活動を終えて仕舞えば、弱い植物として淘汰される存在かもしれないということである。

特に、畑や田んぼのみに生息する雑草は、この1万年の間に生まれた雑草であり、現在でも、耕作放棄地となれば竹林や藪によって多くの雑草が消える。

雑草を調べる中で、在来種や外来種が多くあり、外来種は悪のような取り扱いをされてきたが、全ての雑草はそもそも全世界に散らばりながら多様化し、その上でまた数千年、数万年かけて変化していくものなので、外来種か在来種という分け方は、あまりにも恣意的だなぁと感じる。

ただ、数百年前の日本では非常に役立っていた薬草や野草が取れなくなってしまうのがシンプルに残念なので、どうにか保全も出来たらいいなとは思う。

その上で、雑草と野菜には大きな違いがある。

人間にとって有用な植物が野菜、そうでないものは雑草
や、栽培植物は野菜、そうでないものは雑草、
など調べると色々定義があるが、その中でも分かりやすい違いがある。

それは発芽条件である。

生物の教科書では、植物が発芽するためには「温度、水、酸素」の条件が揃うと発芽すると書いてあるものがあるが、雑草はこれに加えて、休眠期間というものが必要である。

休眠期間とは、ある一定の期間は発芽しない、という条件があり、その条件を満たした上で、次の条件が出てくると発芽するという時限式発芽の種が雑草の種である(もちろん全てではない)。

なぜそのような形になっているかと言えば、野菜は、そもそも人間との共存共生関係で、改良されてきた植物であり、人間に美味しいと思われることで生き残ってきた雑草の中のエリート中のエリートである。なので、休まずに、人間が決めたタイミングで植えたら育つ(ように選抜品種改良されているだけだが)。

一方で、雑草は人間と共に生きてはきているが、人間に気に入られて生存してきた植物ではなく、人間の活動(特に農的活動)に伴って偶然的に成長してきた存在である。
つまり、自分の身は自分で守らなければならないし、特に種が冬をしっかりと越す必要がある。
その為に、雑草の種は休眠期間というものを設け、一定期間発芽しないことを生存戦略に組み込んだ。
どのように休眠期間を測るかと言えば、寒い日(種にもよるが、8度以下が何日連続など)が続いたのちに来る、小春日和のような暖かい日を条件に発芽する。

時々寒いや、時々暖かいで発芽してしまうと新芽で死んでしまう可能性が高いため、連続で寒くなり、暖かくなったかなどを条件にしている。

春蒔きの野菜を3、4月に蒔いて遅霜でやられるという経験は何度もしているが、やはりこれは人間の都合で植えている野菜の傾向であり、雑草たちは、いつどの程度連続で寒くなって、連続で暖かくなったかなどを条件にして発芽する為、発芽時期のリスクを最小限にしている。
つまり、雑草の種は、人間の都合で撒いてもなかなか発芽しないというのが特徴でもある。

これは人間の成長も同様で、
誰かが意図して作った環境では発芽しないが、
しっかりと冬を経験した種は、春と共に発芽し、大きく育つ。

雑草は、人間と共存共生しているわけではないが、人間の近くで生きているだけあって、
人間の在り方の本質を教えてくれる存在なのかもしれない。

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