永遠に輝き続ける孤高の天才ピアニスト フジコ・ヘミング コンサートより
会場の照明が落ち、ステージ上を暗い影が動く。
とても遅い動きを見ると、二つの影。介助をしているような影がステージから消えると照明がつき、ピアノの前に小さく見える女の人がおり、一礼をするとピアノに向かう。
ピアノの最初の音で心をわしづかみにされた。
シューベルト:即興曲 変ト長調 D899/Op.90-3。
テレビやYouTubeで聞くのとはまるで違う音が心に飛び込んでくる。
そんなにうまいとは思えない技術のようだが、音が心に飛び込んでくる。
フジコ・ヘミングは、1932年生まれの89歳。誕生日の12月5日で90歳になる。スエーデン人の父と日本人の母との間にドイツで生まれる。その後、日本に移住するが、父が日本になじめず離日。母と弟(俳優、大月ウルフ)と三人で日本で貧しい生活を送るも、ピアノの才能を認められ、ドイツへ留学。ヨーロッパでピアニストとしての生活を始める。しかし、大事なリサイタルの前に聴力を失ってしまう。ピアノ教師として生活しながら耳の治療をする。
1995年に帰国し、1999年にNHKで「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が放映され一躍時の人となる。デビューCD「奇蹟のカンパネラ」は、200万枚を超えるベストセラーとなり、内外でコンサートを続けている。
ステージでは、ほとんど話をせず、次々に演奏をする。それぞれの曲が聞く人に話しかける。言葉はなくとも音楽が語りかける。
途中でマイクを持ち、「発熱してコロナではないかと今日が心配だったんですけど、熱も下がりました。リストは力がいるのでどうなるかわかりません」ということを話された。
10月2日、スペイン、12・18・27日、ハンガリー、
11月4日、東京、9日、姫路、12日、鳥取、16日、静岡、19日、三重、22日、東京、25日、大阪、27日、熊本、30日、大分。
以上が、10月・11月のスケジュール。こんなに稼いでどうするんだ。この年齢でこんなに動き回って大丈夫なのか。こんなに予定を組んでいて、本当にこなせるんだろうか。
そんな心配をさせられるが、ピアノの音は問答無用で心に響く。
ネットで見たフジコの言葉には、
「私はミスタッチが多い。直そうとは思わない。批判する方が愚かしい」
「ぶっ壊れそうな鐘があったっていいじゃない、機械じゃないんだから」
というものがある。
テクニック重視の演奏者ではない。人間くさいピアニストだ。
確かにミスタッチがあるそうだ。なめらかな音ではない。不協和音のような音も聞こえる。それでも人間くさい音が胸に刺さる。
コンサートの最後は、代名詞にもなっている曲。
リスト:パガニーニ大練習曲集より「ラ・カンパネラ」。
アンコールにも応えてもらった。
すごいおばあさんだ。まちがいのないコンピュータの音楽ではない。何度も録音を繰り返した完成された音ではない。
次回があるかどうかわからない一期一会のコンサート。
なぜか急に思い立ち、チケットを買い、遠くまで出かけて行ってよかった。
その日はフジコ・ヘミングのピアノの音に心がふるえた。
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