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chapter3-2:待ってるだけじゃダメだから


「……ねぇ、これはなに?」
3階の廊下で、佐倉千歳は鋭いまなざしを壁面の掲示板へと向ける。常に背筋をまっすぐ伸ばし、服装にも乱れがまったくないその凛とした姿はまさに生徒会長らしい威厳に満ちている。そんな彼女の視線の先には、まだ貼られて新しいA4サイズの小さなチラシへと向けられている。彼女の後ろを歩いていた副会長・子本が答える。
「これは、あれですね……エアリアルソニック部の新規部員募集の張り紙かと」
「そんなの見たらわかるわ。どうしてこんなものがここに貼られているのかって聞いてるの」
「あ、いや……普通に学生課の許諾印もありますし、彼らが掲示申請してシステムに受理された、という事ではないかと……」
――チッ、という舌打ち。清楚な見た目とは裏腹に彼女のその激しい気性がその一瞬で垣間見えた。その様子に子本は恐縮しながら問う。
「ど、どうしましょうか会長、これ外します?」
「いいえ、ちゃんと手続きを踏んだ張り紙でしょう? 私たちにその権限はないわ」
確かに正規のルートで貼られた張り紙であればよほど内容に不体裁でもない限り生徒会といえど手は出せない。
「……まぁいいわ。どうせ部員なんて集まるはずもないんだし。ただ、一応の対策は打っておく事、アイツらの動きは逐一チェックなさい」
「はっ!」
傅くようにし、子本は明瞭な声で会長の言葉に答えた。
「……ホント、輝夜のバカ。なんでこんな事ばっかり続けるのよ……」
「……は? 会長、何か言われましたか?」
「なんでもないわ! さぁ行くわよ」
不意に口から漏れていた自身の言葉をかき消すようにスカートを翻して会長は再び廊下を進み始めた。


* * * * 

放課後の部室では、パソコンの画面に向き合うオレと姫野先輩の姿があった。
チラシの手渡し、そして学校中の掲示板へ張り紙をしてみたが効果は全くと言っていいほどない。チラシのデザインは絵美里のおかげで洗練された雰囲気のいいデザインにはなっているのだが、やはり学校を覆う空気がなんとなく部活がどうとか出来る空気ではないらしく、用意したメッセージ窓口にも1件も連絡はなく、当然部室を訪れる人もいなかった。
「やっぱり生徒会の影響ってあるんですかね?」
オレはより事情に詳しいだろう姫野先輩へ質問する。
「そうね……まぁ、ただでさえ私ってば色々やっちゃってるからさ」
「自覚はあったんですか」
「……なによ、私を何だと思ってたの?」
「空気読まない、ってか読めない暴走マシーンの類」
「このっ……」
姫野先輩はオレの頭をワシワシと右手でかき乱す。
「ちょ……わかりました、すみません!」
そういうと先輩はニヤリと意地悪っぽい笑みをみせながらその手を止めた。
「でも、このままじゃマズイよね。次の作戦考えなきゃ……っと、ごめん神谷野君。私これからバイトだった」
「……バイトですか?」
「キミと違って、私のひとり暮らしは家賃に生活費も稼がなきゃいけないからね。大丈夫、エースのための基礎体力も兼ねてって事で、配達回りのバイトとか選んでるし、自主練も毎日ちゃんとしてるからさ」
先輩はお弁当の宅食サービス、その配送のバイトをしているらしい。宅配の移動中をエースの自主トレとして色々と工夫しているらしい。まぁ、その辺は心配していない。先輩は目標に対して手を抜く様な人じゃない、そういう確信があった。
「じゃあまた明日です、先輩」
「うん! あ、何かあったら連絡してよね」
それだけ言うと、姫野先輩はカバンを手にとると文字通り部室から風のように走り去っていった。
自分だけが残された部室、絵美里は図書室で委員の仕事をしてるし、カメも報道記者らしくどこかに出かけているんだろう。
「……ファイ」
オレは唐突に机の上におかれたモバイル端末へと話しかける。
『ドウシマシタ、翼?』
「部員を集める方法、何かいいのない?」
『検索開始……部員募集……』
ファイはしばらくモニター上を左へ右へ行ったり来たりした後、センターへと戻る。
『カワイイ女ノ子ヲ前面ニ出シテ勧誘活動ヲスルト、男性部員ガ入部スル確率ガ極端ニ上ガル。検索結果デス』
「……そりゃあ、そうかもな」
男性を狙うならそれが一番手っ取り早い気もする。戦力になるかどうかは別だけど。
ただサポーター部員であれば男でもいいが、最終的にヴィーナスエースに出場するとなると、女性部員の獲得は必須だ。
「女性部員は?」
『女性ハ……イケメンガイレバOKデス』
「なんだよ、男も女も結局どっちも勧誘する側のルックスか」
『カワイイハ正義、イケメン無罪デス』
ロクでもない現実を口にするAIの入った端末をコツンと指先で弾く。とりあえず現状の解決に繋がるアイディアは今のところ浮かびそうにもない。この部屋に居てもしょうがない所もあるし、今日はここまでにしてオレも部室を後にした。

オレ達エアリアルソニック同好会の他に部活も入っておらず、人気のない旧校舎塔は静かで自分の退出音だけが周囲に響いた。外に出ると朱色が強くなったネットの向こう側にあるグラウンドでサッカー部が緑と黄色のゼッケンを付けてミニゲームをしている、その姿が眩しく映る。それらを横目にオレは校門の方へと歩を進めた。
……と、校舎の影に入ったところで、不意に校舎内の方へ視線を向けると、窓の向こうに人の後頭部が見えた。知り合いのそれではない、というよりは極端に身長が低い。窓枠の下の部分から少しだけ見える頭頂部が揺れている、そんな感じだ。廊下なので椅子に座っているなんて事はないと思うんだけど、座高だったら納得できるような、そういった後姿だ。その様子が気になったのもあるし、その視線の先が1階フロアの掲示板だった事も合わせて引っかかった。校門に向けていた足を止め、通用口から1階フロアに入る。
グラウンド側に並んだ窓から夕日が差し込み茜色に染まる廊下、自分の足音以外に人気がない。放課後だし学校に残っている生徒も多くは部活で出払っているのだろう。視線の先には小さな人影が見えた。先ほど外から見えた瀬の低い……ではなく、横から見て初めて分かった事だが、椅子に座った状態で見上げるように掲示板を眺める少女の姿がそこにあった。
肩に髪がかからないくらいの少し明るめのショートカット、少し丸みを帯びたその頭部のシルエットは可愛らしくみえる。こちらの視線に気がついたのか、オレの方へと顔を向けた。制服のリボンの色は赤――つまり後輩1年生の女の子だ。クリっとした丸い瞳は小ぶりな唇も相まってまるで小動物のようにみえる。
「……あ」
その瞳を一層丸くして、彼女は時が止まったかのように瞬き一つせずオレの顔を覗き込む。
「――ごめん、邪魔したかな?」
「あ、いえ! 全然です。ごめんなさい、私の方こそ廊下塞いじゃって邪魔でしたよね」
そういうとスッと――その椅子に座ったままの状態で氷上を滑るようにして廊下の端へと寄せる――彼女が座っていたそれはほとんど音を立てることなくその位置を変えた。椅子じゃない、彼女が座るそれはいわゆる「車いす」と呼ばれるものだ。かつては大きな車輪が座面の両サイドに取り付けられていたために車いすという風に呼ばれていたが、GPドライブが一般化した現在では車輪だった箇所には小型のGPドライブがとりつけられ、地面との間に数センチの距離を保ちながら移動する空飛ぶいすとなっている。地面との摩擦がない分移動もスムーズで、人の手を使うとしても後ろから押す力もほとんど必要ない。彼女はどうやら手元のコントローラで操作をしているようだが、その扱いには迷いがなく相当その「車いす」に慣れているように見える。
「いや、邪魔とかじゃなくて、掲示板の前に居たからさ」
「え?」
「掲示物、オレ達の部活案内出してたから、もしかしたら見てくれてる人いないかなって思って来たんだけど」
そう言って、オレはスッとエアリアルソニック同好会のポスターを指差す。
視線をそこへと向けた彼女は再び驚いたように目を大きく開くと、少し紅潮した頬に両手を当てて
「エースの……あの……もしかして先輩……」
何かを言いかけて、ハッとしたように口を閉じる。
「なに?」
「……いえ、なんでもないです。ごめんなさい!」
彼女はその丸シルエットの頭部の後頭部が見えるところまで深く下げると、音もなくスッとその場から去る。言葉の続きが気になって呼びとめようと思ったのだが、想像以上の速度で移動されてしまい、声をかけるタイミングを無くしてしまった。なんだったんだろう、あの子。
真剣に掲示物を見ていたようだけど、まさかエアリアルソニック同好会に興味がある……わけないよな。角に少し折れ目のついていた自分たちのチラシを指先で伸ばして、オレはその場を後にした。


 * * * *

時計の針は午後8時を回り、テレビではゴールデンタイムのバラエティが展開されているものの、テレビではなくパソコンに繋がれたヘッドフォンで音楽を聞いているため何を言っているのかはよく分からない。そんな夕食終わりのけだるげな時間、オレはネットでヴィーナスエースの特集記事を漁っていた。少し前までは記事を見ようという気にもならなかったけど、今はそんな風には感じない。むしろ沢山の情報が欲しい。
だってその先に乙羽が居るんだから。ファイがネット上から集めて必要な記事だけをカスタマイズしてくれているため効率的にそれらを閲覧できるのも大きなポイントだった。次々と流れてくる情報の大波を出来る限り最短距離で駆け抜けていく。ただでさえ遅れをとっているのだ、下りのエスカレーターを駆け上がっていく立場なんだ。最短を全力で駆けあがる力がなければ乙羽に、大丸に追いつけない。
「――ふーん、新しいアタッチメントが出たんだ」
そう、新製品・新トレンドの項目を見ていた際に不意に口から言葉が漏れる。
「へぇ……あ、でもそれって銃口補正だよね、私それ使えないかも」
急に背後から耳元へ届くその声に、一瞬両肩が小さく跳ねるも、直後またかという気持ちがため息と共に排出された。
「……姫野先輩、いい加減勝手に部屋に入ってくるのやめてくれません?」
「えー、いいじゃん別に。1人より2人でしょ?」
くるりと椅子を後方へ回すと、少年の様な笑顔の姫野先輩がそこにいた。制服のまま、という事は学校――というかバイトから帰ってきたばっかりなんだろう。
「ご飯食べた?」
「さっき」
「えー、そっか。じゃあ私1人で食べようかなこれ」
ビニール袋には何やら香ばしい甘辛いにおいが漂う。先輩はもはや自分の家のような振る舞いで、低いテーブルをはさんでテレビと向かう合う座椅子に腰掛けると、袋からお惣菜を次々とテーブルの上に並べていく。竜田揚げにコロッケなどの揚げ物からヒジキやほうれん草のおひたしまで、色とりどりの食材がテーブルを埋めつくす。
「先輩どうしたんですかそれ?」
「ん? バイト先の余りもの貰ってきた。神谷野君もいるかと思ってちょっと多めに貰ってたから1人じゃ多いかも」
「……やっぱり食べますそれ」
「ホント!? 嬉しいな~、やっぱ1人より2人だよね」
わざわざ自分のために先輩が多めに貰ってきてくれた食材をむげにはできない。冷蔵庫から2リットル入りのペットボトルを取り出すと、その惣菜で埋め尽くされたテーブルのわずかなすき間において、続けて流し台に転がっていたコップを2つ、一応水洗いしてから持っていく。
「ありがと!」
先輩はお礼をいうと1つを受け取る。俺も腰掛けると割りばしでそれらをつつきながら話す。
「部員集めってどうなったかな?」
「いやまだ全然反応無いって感じですね」
「そっかー、ビラ配りとか足りてないのかな」
「それもあるかもしれないですけど、時期的になかなか難しいところもあるかもしれないですね」
そっか、という先輩の返事を聞きながらふと夕暮れの掲示板前にいた車いすの少女の姿を思い出していた。
どうしたらいいのかと頭をひねりながら、先輩は先ほどのアタッチメントの記事が表示されたモニターへと視線をやる。
「そういえば、神谷野くん。なんで銃口補正のアタッチメントなんて見てたの?」
「別に、見てたっていうか眺めてたくらいで。他意はないです」
自分でも、別にそのサイトを見ようと思ってみていたわけじゃなかった。もしかすると先輩が声をかけなかったら無意識のまま永遠にそれらを閲覧していたかもしれない。
今、何かしたい、という欲求が自分の中にあった。だから多分こんなカタログを見ていたんだと思う。これが欲しいとか、そういうものがあったわけじゃない。だけど、技術とか知識以外に自分にできる事がない、という事を無意識に理解していたんだと思う。
「そっか。いやー、私じゃ使いどころがないかもなって思ったから」
姫野先輩のスタイルに、射撃がない事はすでに理解している。人には得手不得手があるし、別に近接だって立派な戦術ではある。だけど本当に近接武器しかない機体というのは異質だ。
「先輩って、ライフルとか使わないんですか?」
「使わないというか、使えないというか……私射撃武器ホント苦手でね」
「でも、苦手って言ってもAI補正使えば牽制くらいにはなるじゃないですか。そういうのを使っていった方が戦略の幅は広がりますよね?」
レンジの違う武器を複数持っておく事は単純に選択肢広がる事を意味するし、得手不得手はあってもとりあえず持っておく意味はある。
「まぁそうなんだけどさ、でも私じゃ遠距離武器をメンテするスキルもなかったし、できるだけ速く動きたくて」
「速く?」
「そう、私は誰よりも速く飛びたいの。その為にはなるべく余計なものを持たないのが一番でしょ?」
それが先輩のスタイルであり、プライドなんだとしたらそれ以上は何も言ってはいけない、そう思った。誰よりも速く、そう意識して飛び続けた結果は、先輩のライディングに十二分に反映されている。
「あいかわらず脳筋っぽいですね、先輩って」
「脳筋ってなに?」
「んーと、まぁ端的にバカっぽいって事かな?」
バシッ!
脳天に威力のない当てるだけのチョップが振り下ろされた。アタッと一応反応だけはしてみたりする。
「――っ。でも、まぁそういう事ならこの商品は先輩には必要ないですね」
「そうだねー、アタッチメントとかもし新しいもの買えるなら、出来れば速度あげるためのブースターとかがいいよね。あはは」
姫野先輩は楽しそうに笑う。だけど続けて
「でもさ、部費なんてないしさ、新しく何かを買うのは難しいかな?」
「……大掛かりな改修はできないですね」

――そう、まだ部活にもなっていない俺たちには部費がない。
持ち出しにしたって限界があるし、そもそも部活になったとしても今年度ちゃんと予算が出るかと言われたら、すでにスタートしてしまった年度、生徒会との関係性を鑑みてもそれはちょっと期待できそうにもなかった。
「宝くじでも買いにいく?」
「ファイ、確率を」
オレの声に端末がすぐに確率計算を行うと、その数字を無言で先輩に見せつけるように彼女の眼前につきだす。
「――先輩、もうちょっと現実的な話しませんか?」
「いいじゃん、冗談の1つくらい……ケチ」
「ケチって、無茶苦茶いってるの先輩でしょ?」
「だから、いちいち理詰めでまくしたてたら夢見る女の子に嫌われるよ?」
「いいんです別に先輩に気にいられたいわけじゃないですし」
「ハイハイ、そうですね。神谷野くんは乙羽ちゃん目当てですもんねー? ちゃんと連絡したの?」
「……いや、連絡はしてない」
「えー、なんで!?」
「まだ何もしてないのに、なんて言ったらいいかわかんない」
「まったく……そんなの、考える前に行動だよ」
「それが出来る脳筋だったら苦労しないんだっての」
「ホント、後悔したって知らないからね、もう……」
先輩は呆れたようにため息をつきながら、そんな先輩に向けてオレは続けて言う。
「まぁ、何にしてもオレ達は今ある【有りもの】で色々考えていくしかないんじゃないですか……?」
「そうね、今あるもので……ん?」
「……? 先輩どうかしたんですか?」
唐揚げに箸を延ばしたところで、急に黙り込んだ先輩。どうかしたのか、そう思って再度声をかけようとした直後、

「あー、そっか! 今あるものだよ!」

急に大きな声を上げたので、ノドまででかかっていた言葉が引っ込んだ。その先輩本人は目を輝かせると、しかしそれ以上は何も言わず、唐揚げを箸でひょいと掴むと口にそのまま放り込む。
「……なにがどうしたんですか先輩?」
さすがに続きが気になって、俺は先輩へキューを投げかける。しかし、先輩はニコリと微笑むと
「モグモグ……んっ……と、明日の放課後、部室で話すから」
それだけいうと、それ以上は教えてくれないといった感じで、再び唐揚げを口へと放り込んだ。


 * * * *


放課後にも関わらず静寂に包まれた取り潰されるはずの部活棟。
姫野先輩と俺、そして絵美里を交えての3人で中間報告を行った。
「絵美里、入部希望の状況は?」
「えーっと、とりあえず反応なしって感じかな。全然連絡とかは来てない。ただチラシとかは順調に配ってるし、カメが記事にしてくれるって言ってたから、認知度はあがってきてるはずだよ」
ここには来ていないけどカメも協力してくれている、それはとても心強く感じる。
だけど、今のところは一歩も先には進めていない状況ではあった。部活として認定されるのに必要な4人目が現れなければ、大会はおろか学内の練習だってままならない。状況は正直いいとは言えなかった。生徒数はそもそも減少傾向であり、加えて学校の方針として大学入試を重視している傾向にあれるため部活動に興味を持ってくれる層が少ない。それでも4月などで新入生を中心に働きかければまだチャンスはあったかもしれないけど、もう時期もよくない。

「……そんな都合よくあなた方に協力する生徒が見つかるわけがないでしょうに」

不意に廊下から、薄ら笑いと共に声がしてオレ達は一斉に視線をそちらへ向ける。そこには生徒会の子本がしたり顔で立っていた。すぐに絵美里が問いただす。
「どういう意味?」
「意味も何も、そのままです。そもそも部活動が縮小傾向でやる気のある生徒が少ない中、さらにあなた方の様な我々からマークされている部活に誰が入るって言うのですか?」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない」
「やるだけ無駄なんじゃないんですかねぇ。そろそろ諦めてはどうですか? 現に今も誰も来ていないでしょうし、今後も決して誰も来ませんよ」
「なんでアンタにそんな事が分かるのよ!」
「そりゃだって部活に入っていない人や可能性がありそうな人物に私が片っぱしからメッセージツールで釘を……あっ」
「……子本、アンタ……!!」
「アハハ……ではでは、ごきげんよう」
絵美里の雷が落ちる直前、子本は扉前から足早に消え去った。残された絵美里は怒りの矛先を向ける場所がなくなってしまったからか、ギュッと右の拳を強く握りながら黙りこむ。カメも頑張ってくれてはいると思うけど、子本……というか、生徒会側の妨害工作もあるとすると、なかなか新入部員を確保するのは難しいかもしれない。
「子本のヤツ、そんなメールを学生に送ってたのか……」
子本の態度にはイラっとするけど、とりあえず現状がわかった事は良かった。だけどこの状況から果たして次の一手をどうするべきか……


「はいはい! 私、昨日思い付いた事があるんだけどさ!」

少し重たくなった空気を切り裂く様にして姫野先輩が手を挙げた。俺と絵美里は目線で先輩へキューを送ると、ニッと笑顔を見せて先輩が話し始める。
「部員集めなんだけどさ、やっぱりただ待ってるだけじゃ駄目だと思うの!」
「え? 待ってるだけって……」
「ポスター貼ったり、ビラを配ったり……それももちろん大事だけど、逆にこっちからどんどん勧誘しなきゃ」
「いや先輩。それはそうだし、やってるといえばやってると思うけど……」
「ただ闇雲に勧誘しても駄目だって思う! ちゃんと相手を狙い撃ちしなきゃって!」
こちらの言葉を遮るように、先輩が言ったのは狙い撃ちという意味深な言葉。
「狙い撃ちってどういう事ですか?」
絵美里も気になってか、姫野先輩へ問いかける。
フフン、と鼻を鳴らしながら、姫野先輩は部室奥にあるカプセルへ。そこには先輩の【ホーリーナイト】をはじめ、他の4つのカプセルにエースの機体が収納されている。1つは前回の修繕でバラしてしまったので、実質あと3つとホーリーナイト。
「私たちが使える資産は、基本的にはこれでしょ?」
そんなエアロフレーム達が搭載されたカプセルを先輩は指差した。
「そこから逆算するの!」
「逆算って……」
「私以外の機体にも、それぞれ特徴があってね。カプセルの2番にはいってるのは支援型で5番に入ってるのは私と同じ近接型なの」
そういって、カプセルを開けてくれた。
言われてみると、部活の成立ばかりに気を取られていて、これらの中身をちゃんとは確認できていなかった。まぁ先輩の状況からして大して期待していないのもあったわけだが。先輩はロックを外すと、5番と表記されたカプセルの上部フィルターを外した。そこにはやや古臭く、しかし最低限メンテナンスはされているらしく状態は悪くないナイト型フレームがおさめられていた。
前回ホーリーナイトを直す際に提示された2体の内、使わなかった方のフレームだ。別に意味があったわけじゃなく、ただデザインも想像以上にちゃんとしていてバラバラにするには勿体無いかなと感じたためだ。しかしカラーリングは相変わらず白一色で見栄えはしない。先輩はそのフレームに備え付けられていた装備を両手で掴むと、よいしょという掛け声とともにカプセルの外へと取り出した。
「――ソードですよね?」
「うん、この子、細身タイプの格闘フレームなんだ」
それはいわゆる日本刀タイプの細身のソードタイプの装備。近距離武器としてソード型は人気も高く、射撃型のエアロフレームであっても近接用に常備している事も多いため、武器としては決して珍しいわけではない。しかし目の前のそれはかなり長めの刀身だった。ここまで細身の長刀は珍しい。おそらくそれをメインにした近接格闘タイプのフレーム、という事だろう。
「それで先輩。これが、どうかしたんですか?」
「今あるモノから逆算するんだよ、神谷野クン」
「逆算って……」
「私たちは今、メンバーを募集してます。もちろんどんな人が来てくれても嬉しいけど、チーム戦のメンバーって考えたら、やっぱり動ける女の子ってことになるよね」
姫野先輩はカーテンが揺れる窓際までゆっくりと歩きながら話を続ける。
「私たちが持っているフレームは、ざっくり言えばナックラー・ソード・タンクとかなわけ。もちろん改造したりつけたしていくにしてもこれらの装備品を上手く活用しなきゃいけないよね? だからさ、ビラを作って配っても大事だけど、単に来てくれるのを待っているだけじゃなくて、私たちが部活に来てほしい人を連れてこようよ」
「――ヘッドハンティングって事ですか?」
「そう、それ!」
彼女の言う事は一理ある。最終的にヴィーナスエースを目指すのであれば、やはり闘える戦力を育てていく必要がある。だけどまったくのゼロベースから積み上げていくには時間が少なく、予算だって限られている。だったら今あるアイテム――ここでいうソードフレームを活かして、それを活かせる人材を見つけ出す事はありだと思う。
「ということでさっそくだけど神谷野君、ちょっと行くわよ!」
「え? どこに……」
自分が言葉を言いきる前に体ごと部室の窓から引きずり出されている、そんな状況にもはや慣れ始めている自分が怖い。
オレの左手を掴んだまま輝夜先輩は窓の外へ、デバイス独特の浮遊感を感じた後、軽やかに着地するとそのまま一気に校内を駆け抜けていく。
窓のところに絵美里の姿があった。何か言いたげだがもう走り出した先輩とオレにその声は届くはずもなかった。
「――先輩! ちょ……どこ行くんですか?」
「ん? 武道場!」


 * * * *


バシン! という軽く爽やかな音が広い空間に反響し、擦りガラスの扉で遮られたエントランスの向こうから漏れだしている。オレは肩で息をしながら、その扉の向こうを見つめていた。学内の東の一角に立つ武道場、モダンな美術館のような四角いコンクリートの建物はあまり古さを感じない。採光用の窓が少し高い位置に規則的に並んでいる。それらが光を弾いてキラキラと輝いてみてた。
ここまでくれば、姫野先輩が何をしようとしているのか、バカでも察しはつく。
「先輩、もしかして……」
「ご明察! 女子の剣道部員に勧誘かけよう!」
――分かりやす過ぎてちょっとにやけてしまう。こちらが次の言葉を発する前に、先輩は勢いよくその扉を開け放った。

「たのもー!!」

響き渡ったその声が、それまで会場を響かせていた部活の音をかき消す。武道場に居た人々の目線が一瞬でこちらへと集まってくる。
一瞬の静寂、その後静かなざわめきが起こり始める。皆その顔に見覚えがあったのだろう。やはり姫野先輩は学校の有名人、悪い意味でだけど。
「どうしたんだ?」
袴を着た坊主頭の男性生徒がこちらへと歩み寄る。
「あ、山沢」
「一応部活中なんだけど、何の用だよ姫野」
どうやら先輩とは面識があるらしい、という事は3年生だろうか。山沢と呼ばれたその袴の一瞬ちらっとこちらへと目線をよこす。オレは軽く会釈をいれたが、特に向こうからの反応はなく、すぐに姫野先輩との会話に戻る。
「ねぇねぇ、剣道部の女子生徒は?」
「はぁ? 女子? いるわけねぇじゃん、男子剣道部だぜここ」
「あれ……? 前に女子いたでしょ、確か……」
「そりゃ前は女子剣道部がいたけどさ、でも姫野知らないのかよ……」
「え?」

「女子剣道部なら昨年度で廃部になったぜ」

chapter3-2(終)

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