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chapter5-1:夢の世界の外側で

――私は両足の自由を失った。

そんな私に自由をくれたのは、重力に逆らって飛ぶ不思議な椅子。自由に飛び回る不思議な椅子。
それは私を色んな場所に連れて行ってくれる、大切な相棒。

どうして私に自由を与えてくれるのか。
それが知りたいくて私は勉強した。

その先で出会ったのはどこまでも自由に空を飛び回る女の子の姿だった。

私はその姿に釘付けになった。
それは夢の世界、私はその世界の少女に、その世界の自由さにどんどんはまっていく。

--それと同時に気がついてしまう。

私は世界の外側にいるんだなって。
私はそこにはたどり着けないんだろうなって。

特別になりたかったわけじゃない。
ただ普通であって普通に未来を選びたかった。
そんな普通が、私には選べない。

大丈夫、もう子供じゃない。ちゃんとわかってる。
そうでしょ、そうだよね。

……わかってるから。


 * * * *


〈おおっと! コジロー、水面ギリギリでの反転から、身の丈を超える長刀での横なぎの一閃! バレッドラビットの腹部にクリーンヒット!〉

――実況の声と同時、エアロフレームが水面を並行に跳ねる平石のように吹き飛ばされる。遅れて大きな水しぶきが空高く舞い上がった。
「よしっ! いいぞ真心、五十鈴」
オレはモニターの向こうにいる真心と、オペレートをしている五十鈴に声をかける。五十鈴は必死なのだろう。こちらの声に反応する事なく、その視線はひたすらにモニター上を追いかけていた。
バレットラビットと呼ばれた緑色の機体は、弾き飛ばされて距離が開いたことを利用して、ミドルレンジでの戦いへシフトする。一定の距離をとる事で近接武器しか持たないコジローを押さえ込む方針だろう。構えたマシンガンが撃鉄音と共に火を噴いた。

――ガガガガガガガッ!!!

連なる炸裂音と共に次々と放たれる超速の弾丸を、だがしかしコジローは手にしていた長刀を両手でクルクルと、プロペラのように高速回転させて防いでいる。
五十鈴はその様子を見ながら、冷静に真心に向けた指示を出す。
「真心さん、そのままの距離で弾丸を防ぎ続けてください」
「えっ? 動かんでええの?」
「大丈夫です。このままステイでいきましょう」
弾丸が刀で弾かれるたび、コジローの後ろへと火花が次々と散っていく。不動のコジローに対して、バレットラビットのマシンガンは、この距離からでは決定的なダメージを与えられない。それに現時点でのダメージ量は先ほどの横なぎの一撃もあり、圧倒的にバレットラビットの方が大きい。もしこのまま時間切れとなれば、HP残量の多いコジローの勝利である。つまり、先ほどのステイでいい。とても冷静な判断だ。当然このまま座して敗北を待つようなライダーはいない。距離を保ったままではダメージが通らないのであれば、どこかで前に出てくる。そしてそれは相手側がなにかしらの無理を押し通そうとしているという事、つまり必ずボロ――隙ができる。
バレットラビットがふっと力を抜くようにして水面へと自然落下したかと思うと、次の瞬間水面を蹴りだすようにしてコジローの方へと飛び出した。海面に水しぶきが遅れて円形に広がる。
「真心さん、カウンター!」
「あいよ!」
手首を返して、腰の右あたりへと長刀を構えなおす。銀色が光を反射して眩しく輝く。コジローは一瞬姿勢を低く落とすと、次の瞬間――まるで立ち位置が入れ替わったかのようにバレットラビットの背後で、その長刀を振りぬいていた。一瞬の静寂の後、バレットラビットは湘南の水面へと力なく崩れ落ちていく。水面に当たるか当たらないかの所でセーフティが働いたのか、機体は水に沈むことなく、水面に波紋を広げながら静止した。それと同時に、大きなブザー音と共にWINという赤い文字がモニター上に表示された。

わああああああああああああああああ!

遠くから、近くから、歓声が聞こえてくる。波のようにこだまするそれに包まれながら、オレは五十鈴に声をかけた。
「お疲れ様」
「あ、先輩……ありがとうございます」
ようやく張っていた気持ちが楽になったのか、五十鈴の顔はやや放心状態といった表情だった。
「勝ったね」
「……はいっ、勝ちました!」
「どうだった?」
オレはすぐに「楽しかった」とか「嬉しかった」みたいな返事があると思ってそう聞いたのだが、五十鈴はそのまま黙り込む。
「……五十鈴?」
「え? あ、はい……えっと……」
視線を上へ下へ、探し物をしているかのように目まぐるしく視線を泳がせる。
「あはは、なんか言葉が見つからなくて……なんて言っていいのか。でも、真心先輩の力だと思います」
「もちろんそれもあるけど、五十鈴のオペレーションも優秀だったと思うよ。よく状況がみえているし、本当にオペレーター向きだと思う」
そんなオレの言葉に、だが五十鈴はどこか哀しそうな笑顔で答えた。

――あれ?

褒めたつもりだったんだけど、何か言葉の選択を間違えたかな?
その五十鈴の一瞬の反応がなにか心の中に引っかかる。そんな事を思っていると、戻ってきた真心が駆けてきた勢いのまま五十鈴に飛びついた。
「おつかれー! うまくいったね五十鈴!」
「うぐっ……あ、はい。お、お疲れ様です……真心先輩、ちょっと苦しい、です」
真心の勢いに五十鈴は車いすの上で少し苦しそうに手足をじたばたとさせていた。その表情はいつもの彼女のそれだった。

さっき一瞬だけ見せた、あの顔はなんだんったんだろう。試合に勝利した直後、少なくともここまで頑張って練習してきた成果は出ていている中で、五十鈴の中に何か不満や不安があったりするんだろうか……


 * * * *


「それで、なんで私が協力しなきゃいけないわけ?」
艶やかな金髪の少女は、しかしまるで興味がないといった光のない目でオレを見ている。
「五十鈴の友達のシルヴィじゃないと頼めない内容だと思って」
雲一つない鮮やかな青が広がる学校の屋上にて。オレはシルヴィに頭を下げる。彼女はオレが知っている唯一の五十鈴の友達だ。もちろん他にも五十鈴の友人はいるはずだけど、1年生の交友関係なんて知る由もなく。今はシルヴィ、彼女だけが頼りだ。しかしシルヴィは気乗りしないらしく、鋭い眼光でこちらを睨みつけながら話を続ける。
「話は一応分かったわ。エースでの五十鈴の様子がどこかおかしいから、何かエアリアルソニック部や部員に対する不満がないか、さりげなく聞いてみてほしい、という事よね。でも、それくらい自分で直接聞いたらいいじゃない?」
「仮にオレが五十鈴に聞いたとしても、彼女は素直には答えないだろ。お前みたいになんでもずばずばいうタイプじゃないし。どっちかというと本心を隠してごまかすタイプじゃないか?」
「まぁ、それはそうね……って、今私の悪口なかった?」
そんなことはない、と首を横に振る。シルヴィははぁ、と1つため息をついた。
「もし五十鈴が何か悩んでいるのなら、私も力にはなりたいわ。でも、理由もなくアンタに協力するっていうのはなんか嫌」
「なんだそれ」
「そんな気分なの。だから代わりに私に報酬を頂戴!」
「報酬……お金か?」
「はぁ? いらないわよそんなの。私、結構金持ちだし」
何をさらっと言っているんだこの金髪娘は。と、いう感情は今は押さえ込んで。彼女の要求を待った。
「……その……亀山先輩の、連絡先知りたい」
「は? カメ?」
「無理?」
オレは少しだけ考えて、しかし流石に本人の了解なく友人を売るのはよくないと思ったので、少しだけ待ってもらうようにお願いした。シルヴィは視線を地面に落としながら、
「じゃあ、アンタでいいわ」
「は?」
「アンタの連絡先でいいから教えなさい。それで次のチャンスを待つ事にするから」
思ってなかった話に少し戸惑っていると、
「まぁ連絡待ってるから。OKだったらアンタに協力してあげる」
そういうと彼女は足早に屋上を去っていった。まぁ冷静に考えて、連絡先くらいで協力してくれるなら願ったり叶ったらだ。

「――なるほど、そういう事ですか」

不意に、聞きなれた声がしてオレはビクっと体が震えた。輝夜先輩の声、だが姿がみえない。下り階段へと通じる扉の辺りだろうか、と思ってそちらを向くも、人の気配を感じない。
「……どこにいるんですか、輝夜先輩?」
こちらの声に、ふふっという小さな笑い声がした。ようやくそれが目の前の、落下防止用の金網の向こう側だと気が付いて、正面まで歩み寄った。右手でそれを掴むと、その下をのぞき込んだ。
「危ないですよ、先輩。あとのぞき聞きはよくないです」
「ハハハッ、見つかっちゃったか。ごめんごめん」
足元、一つ下のフロアの窓枠の狭い隙間に、エアロシューズの特性を生かしてうまくバランスをとっていた輝夜先輩は、軽く足元を蹴る様にして飛び上がる。くるりと背面から一回転、見事な身のこなしで金網を飛び越えて屋上へと舞い降りた。
「いつからそこに?」
「翼がシルヴィちゃんを呼び出してたからさ。あれ?もしかして愛の告白かなーと思って」
「はぁ? そんなわけないでしょ。接点がほとんどないし、先輩はオレがなんで頑張ってるのか、理由知ってるじゃないですか」
「まぁ、でもとても可愛いでしょ、彼女。男の子の場合、それだけで十分理由になりそうじゃない?」
「いやいや。それにオレ彼女に嫌われてるし」
オレがそういうと、輝夜先輩は少しだけ首をかしげて、
「そんな事ないと思うよ」
そう真顔で言った。彼女の態度の何をどう見ていたらそうなるのか、不思議だった。
「翼がどう思ってるかわからないけど、シルヴィちゃんは別に君が嫌いでつっかかってるって感じには見えないかな。もう少し違う理由な気がする」
「違う理由?」
「まぁ、女のカンってやつなんだけどね。本当に嫌いだったらこんな風に関わったり、突っかかったりしてくれないよ」
納得しがたい気もしたけれど、本来の話の筋から違う方向に行ってしまっているので、オレは先輩の話には特に反論せず話を本来の方向へと戻した。
「とりあえず五十鈴がオレ達に何か不満がないか、シルヴィに探りを入れてもらいます。五十鈴は絶対不満や要望とかを直接話してくれるタイプじゃないですし」
「それはそうかもね。確かにちょっとだけ気になってたんだ、彼女のこと」
「先輩もですか?」
「能力とかそういうのは何一つ問題ないんだけど、なにか本当の気持ちを話してくれてない感じ。もしかしたら言いたい事があるのかなって、そんな表情の時もあった気がする。まぁ私が考えなしにアレコレ先に話をしちゃうから、それがいけないのかもしれないけど」
「それはそれで先輩のいいところなので。それがないとこの部活が始まってないですし」 
オレがそういうと、ありがとう、と先輩は軽く会釈する。
「とにかく! 友達に今の気持ちとか諸々探ってもらいましょう。考えるのはそれからで」
もしかしたら考えすぎかもしれないし。なにかわかるまでは勝手に考え過ぎないように。友達の協力も得られるのなら遠からず話は進む気もする。

chapter5-1(終)

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