見出し画像

chapter4-3:時期外れの対外試合


絵美里にその手紙が届いたのは、1年の五十鈴が入部した翌日だった。ラブレター、であればある意味良かったのだが、その手紙の差し出し主は子本――生徒会からの出頭命令だった。全員で行く事ない、1人で行くというので今日は来ている姫野先輩と五十鈴、オレに真心は部室で待機していた。五十鈴は色々と先輩に聞きたい話があるらしく、また先輩自身もエースヲタクという事もあり、部室の一角で勝手に盛り上がっている。そんな2人をうらめしそうに真心がジトっとした視線を送っていた。
「なぁ神谷野、ウチも色々エアリアルソニックの事教えてもらいたいんやけど……」
「じゃあまずは目の前にある数学の問題、あと大問4つ終わったら休憩」
「……へーい……なぁ、神谷野」
「なにー?」
「この問題、数学なのになんで英語が書いてあるん?」
「……LOGな、対数。教科書開いてみ」
なかなかハードルは高そうだ。とはいえ真心も文句は言いながら順調に勉強は進めてくれている。これなら明後日の追試までにはなんとかなる……と信じたい。全力で体を動かしている時以上に苦しそうな表情を浮かべながら、真心はシャーペンを走らせる。

……と、遠く廊下の向こうで床の軋む音がする。旧部活棟の古びた床板は人の存在を隠しきれない。特段走ってくるような音でもなく、緩やかに歩み寄ってくるそれに反応するように姫野先輩が扉の向こうへと顔を出す。
「あ! 藤沼さん、お疲れー!」
先輩のその言葉で、足音の主が絵美里である事が理解できた。
「ふぅ、お疲れでーす……はぁ……」
絵美里はため息交じりに部室へと入ってきた。なんだかんだそういうマイナスな雰囲気をあまり表に出すタイプじゃないから、少し様子がおかしいというのはすぐにわかった。なにより生徒会室へ行ってきての戻りだ。何か部活に関してのトラブルがあったのは間違いなかった。絵美里が椅子に座るとみんな彼女の方を気にしながら、絵美里が話し出すのを待つように視線を送る。一息ついてから、絵美里はまずは先輩の方へ向けて話を始めた。
「とりあえず生徒会室へ行ってきて色々言われたんだけど、簡単に言うとまだ部活として正式には認められないって事らしいです」
「えっ?」
姫野先輩はもちろん、部屋にいたみんなの視線が絵美里へと向けられる。姫野先輩は首を傾げる。
「なんで、人数も揃ってるし一応顧問も付けたし、規約的にはOKでしょ?」
「ルール的にはOKなんですけど、生徒会から物言いがあったみたいで……」
「物言い?」
「簡単に言うと、今の部活って結局前にあった情報処理部と同じ部活が再設立したという形だというのがまずあって、その情報処理部の活動実績が何もなかった、と」
今度は、そうなんですか? という視線が姫野先輩に向けられる。
「……あー、どうかな。活動実績か……」
「試合とか出てたじゃないですか?」
「でもあれって学校には申請出してなくて、私が勝手にやってたって事になるから、記録上は活動実績がない、のかも……」
「あぁ……なるほど。それで絵美里、実績がないからどうだって?」
そういうと、絵美里は頭を抱えるように一旦俯いて、再び顔をあげる。
「実績がない部活の再出発、活動実績がない同一の部活の再成立はどうか、という話になったって事ね」

――言うまでもなく生徒会長の嫌がらせなんだけど、理由の立て方に正しさがある所が非常に厄介な感じがする。
「それで、エアリアルソニック部はどうなるんだ?」
「どうもこうもないんだけど、まだ成立は認められなくて(仮)設立の状態であること。そして向こうから提示されたのが、活動実績の提出ね」
絵美里は右手の人差指の腹で下がっていたメガネ位置をクイっと持ちあげる。
「実績の提出って、大会に出ろとかそういうことか? しばらく出れそうな大会もないけど……」
「ううん、具体的には今日から3週間後の土曜日にウチのグラウンドで練習試合を実施しろって」
絵美里がそういうと、真心は安心したといった様子で
「なんや、それならさっさと練習試合やれば?」
だが、その他のメンバーの顔色はすぐれない。当然オレにもその意味は分かっていた。
「……ん? どうかしたん?」
「真心だと分かんないかもしれないけど、この時期ってさ、全国大会前だから練習試合とかほとんどない時期なんだよね」
「はー……でもそれって、大会に出てる連中は試合前で練習できんかもやけど、他の学校なら問題ないんやないの?」
「それは最もなんだけどさ、敗戦チームにしても予選大会終わったばかりで機体のオーバーホールとか、メンテ・プログラムの修正とかとかがあるから、通常この時期に練習試合やろうって所はほとんどないんじゃないかな」
それに加えて、そもそも膨大な予算と特別な設備が必要になるエアリアルソニックを部活として採用している学校は全国でもかなり限られている。その多くは人もお金も集まる都市部に集中しているため、神奈川にある桜山学園は相手探しには優位ではあるが、それにしてもこの時期に3週間以内で相手を探すというのは相当に難易度が高そうだ。こんな時期に、まして無名校からの練習試合の誘いに各校がなかなか首を縦に振るイメージがわかない。
その事を理解していた姫野先輩や、五十鈴も口を横に閉じてしまった。
「――でも、やるしかないじゃん?」
そんな空気を、絵美里の言葉が一刀両断する。
「一番暇な私が練習相手探してみるから、みんなは今まで通り練習したりしてて。あ、真心は試験勉強終わってからね」
いつも以上に明るいその声は、勤めてそうあろうとしている様にも感じられる。
「でも絵美里、練習試合のブッキングったってどうするんだよ」
「そんなの何のコネクションもないんだから、関東圏の学校、一件一件に連絡してくしかないってことでしょ?」
「……そりゃそうだけどさ」
「いいの、私って選手でもなければ機械担当でもないし、別に何かやる事があるわけじゃないから。そういう地味なのは私に任せて。それに悔しいじゃない? 生徒会が練習試合やれって言ったのって、絶対ブッキングできないだろうって事でしょ? あの傲慢チキな生徒会長の鼻っ面へし折ってやるんだから!」
そう言うと、早々に端末を開くと検索を開始する。おそらくエースが出来る学校をリストアップし始めたのだろう。絵美里の言葉にみんなの表情が緩む。彼女の言葉に従うようにして、三週間後のその日へ向けてみんなそれぞれいつもの日常へと戻っていった。


 * * * *


早朝、夏は目の前とはいえ日が昇る前の空気はまだ少し肌寒い。自転車を走らせながら感じるその空気の冷たさが眠気を吹き飛ばすのには最適だった。オレは自転車で、そして姫野先輩はその足で、海岸線沿いの幹線道路を走っていく。日が昇る直前の柔らかな灯りが町をぼんやりと映し出す。最初は幻想的に感じたその景色も、先輩の早朝ランニングに付き合うようになったここ最近では日常の景色となっていた。
「あのさー!」
車上のオレの少し先を走る先輩が、特にスピードを下げることも、振り返ることなく声をかけてくる。
「なんですか?」
「真心は、大丈夫そうなの? 試験今日でしょ?」
「うーん、まぁ大丈夫じゃないですかね」
土曜日、そう今日は彼女の追試の日だ。あれから2日間、放課後みっちり真心の勉強に付き合った。元々理解度が低いから満点はまずないけど、再試を突破するくらいならなんとかなりそうかとは思っている……というか、クリアしてくれないと部活の練習が出来ない。彼女のポテンシャルは凄いものがあるけどまだまだエアロフレーム初心者だ。もっと機体に触って慣れてもらわないと……
「それじゃ、来週からは練習できそうかな?」
「大丈夫、だと信じたいです」
アハハ、と先輩は笑いながら、いつもUターンの目標にしているジュースの自動販売機の前で緩やかにスピードを落として止まる。
「さて、何飲もうかな……あ、神谷野くんおごって」
「嫌です」
このやり取りもテンプレート化していた。笑いながら先輩はボタンの前で少しばかり静止する。
「走った後に炭酸はキツイし……うん、やっぱ乳酸セノビくんにしよ!」
ピッ、という音と共に取り出し口にペットボトルの飲料が転がった。それは背が伸びる成分がたっぷり入っているとかいう乳酸菌飲料だ。
「……先輩、背を伸ばしたいんですか?」
「そりゃそうだよ、なんだかんだで近接は体格いい方が有利だもん」
「でも十分速いじゃないですか」
先輩は別に特段小さいという事もなくおそらく平均的な体格。例えば真心は非常に体格がいいといえるが、それと比較すると対戦では先輩が小さく見える時もある。でもその代わりに体のばねが強く、華奢な体格からは想像できないスピードが相手を撹乱するのに大きなアドバンテージになってくる。そういう事を考えたら先輩の体格の小ささも武器になっている。
「まぁ、あれだよ神谷野くん。人間無い物ねだりしたくなるものというか……」
それは、そうかもな。この人は圧倒的な速さの才能を持っていると思うけど、体格のいい人が持つパワーを欲してしまう。誰だって自分にないものを求める、そういうものだろう。
「でも、オレは先輩の背が大きくなったら困るな」
「えっ? なんでなんで? あ、神谷野くんってもしかして背が低い子が好みなの?」
こちらの表情をのぞき込むように、先輩の大きな瞳がオレの顔を映し出す。
「……いや、試合用のスーツの仕様をまた1から作り直すの大変だし」
「むっ……それくらいは頑張ってよね、メカニックなんだから!」
「潤沢な部費があれば」
「むむっ……いやでも私もキミも成長期じゃないですか。私だってまだまだ大きく……それこそおっぱいが膨らむ可能性も!」
「セクハラです」
「えー、女の私が言ったんだからOKでしょ」
そういうとコツンとオレの額の中央辺りを小突いた。アハハハッ、と笑う先輩につられてオレの口角が持ちあがった。そうしてひとしきり楽しい気持ちを膨らませながら、同時にあった様々な不安を封じ込めていたりする。本当にこのまま部活は上手くいくのか、メンバー集めの事や練習試合、それに機体だって全然充実させられていない。なんとか形には出来ているが全然その先の展望はないのが現状だ。
「まぁ、ひとつひとつだよ」
不意に、先輩がオレにそう声をかける。
「考え出したらきりがないけどさ。私たちに出来る事を、出来る事からひとつひとつ、やっていこう!」
まるでこちらの思考のグチャグチャを知っているかのようにそう答えた。オレが何を考えているかとか、どこで立ち止まっているかなんてもしかしたら先輩にはすべてお見通しなのかもしれない。考えなしに見えるけど、きっとそうじゃない。オレは先輩の事をそういう風に感じ始めていた。
「じゃあ、まずは今日の真心の試験の結果を待ちますか?」
「アハハ、そうだね。で、それが終わったら神谷野くんは五十鈴ちゃんの事、よろしくね」
「天原、五十鈴の?」
「うん。せっかく部活に入ってきてくれたんだし、一緒に部活、楽しんでもらいたいじゃない?」
もちろん入ってもらっただけじゃ意味がない。彼女も戦力として、裏方として成長させていくために色々考えないといけないがまだ何も出来ていない。先輩はオレの正面に立つと、強気な笑顔で続けた。
「これからの役割を決めない?」
「役割?」
「そう。まず間違いないのは私と神谷野くんのタッグが、それぞれ分担してチームの底上げをやっていくのがいいと思う」
「分担してですか?」
「追試が終わり次第、ライダーである真心のトレーニングは私がやる。だから五十鈴ちゃんの事は神谷野くんお願い、って感じでどうかな?」
オレが天原について、というのはメカニックやオペレーターとしての彼女に期待しているという事か。
「天原に付くのはいいですけど……先輩、選手のトレーニングプラン作るなんてできるんですか?」
「あー、バカにしないでくれる? これでも1年生の時は先輩から色々よくしてもらってたし、そもそも私だってライダーなんだから。真心のトレーニングは私が一緒に考えてやってみる。キミはプログラマーなんだから、天原さんを指導する。これもタッグ戦だよ」

確かに理にかなっている。先輩のファイトスタイル自体が非常に独特なので方針が偏らないか、その点に不安がないわけじゃないが、幸い真心も先輩と同じインファイタータイプだ。それに今は人材も人脈も足りない状態だし、急にコーチを雇うなんて事もできないと思う……そして時間は当然ない。先輩が言うようにオレと先輩で役割をわけて部活をする方が効率がいい。
「練習試合のブッキングとか、追試とか、私たちって色々やらなきゃいけない事が山積みだけど、メンバーで得意な事で分担して、最短で駆け抜けなきゃ、全国なんて夢のまた夢だよね?」
「……考え過ぎてもダメですか」
「考えるのも大事、だけど走りながら一緒に考えよう?」
「分かりました。じゃあまずは真心と天原の事から」
「うん、頑張ろうね!」
そういうと先輩は再び走り出した。彼女の後姿を追いかける。色々やらなきゃいけない事があってぐちゃぐちゃになっていた思考がとりあえず収束していくのを感じていた。彼女の後姿を追いかけるように、まっすぐに1つずつ。
――真心から追試クリアの連絡が来たのはその日の午後イチだった。

 * * * *


6月9日水曜日、雲が時折かかるものの天気が崩れる様子はない、そんな晴れの日。
チャイムと同時に放課後へと変わり、生徒たちの声があちこちで上がる1年生の教室にて、金色のツインテールをなびかせながらシルヴィが車いすの少女・天原五十鈴へと歩み寄る。
「お疲れ五十鈴、今日の放課後って何か用事ある? 良かったらさ、最近できたっていう新しいパンケーキのお店いかない? 昨日テレビで出ててさー、すっごい美味しそうだったんだよね!」
近所に新規オープンしたとローカルニュースで話題になっている、そんなお店を出してシルヴィは天原五十鈴に笑顔を向ける。だが天原は申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ……ごめんねシルヴィ。今日の放課後は先輩との約束があって……」
「先輩? 先輩って誰よ?」
「あ、部活の神谷野先輩。今日は一緒にゲームセンターに出かける事になってて」
五十鈴の言葉に、シルヴィは顔をしかめた。
「え、は、どういうこと? ゲーセンに出かけるって……2人で……? え、まさかデート!?」
「いやいやいやいや、違うよシルヴィちゃん!」
五十鈴は両手を大きく左右に振りながら慌ててその言葉を否定する。そんなタイミングで対象者である神谷野翼がやってきたのだからもはや救いようがない。シルヴィはキッと鋭い視線を神谷野に向ける。
「なに後輩を放課後デートに連れ出してんですか? ってかその程度の顔面偏差値で五十鈴とデートとかふざけんなって感じ」
「はぁ? デート?」
困惑をよそにまくしたてるシルヴィを慌てて五十鈴が止めた。
「ちょっと! ゲームセンターって言っても部活だよ! エースのシミュレータをしに行くの!」
その言葉にシルヴィの動きが止まった。
「シミュレーター……あぁ、そういうことか」
合点がいった、という様相でシルヴィは
「2人きりだからって変なことするんじゃないわよ」
と、苦言を一つ重ねてその場を去っていった。


* * * *


最寄りのゲームセンターまでは学校から徒歩で10分ちょっとだ。木漏れ日と影の明暗がハッキリとした夏色の並木道を五十鈴と二人で進む。
「仲がいいんだな、シルヴィと五十鈴」
ふいにオレがそういうと、五十鈴は小さく笑った。
「はい、素敵な友達です。優しいんですよ」
「優しい、かぁ? オレには結構キツい印象あるけど」
「シルヴィ、言葉はストレートだけど悪気はないんですよ。誤解されやすいけど、ちゃんといろんな事考えてくれるし、本当に優しい子なんです」
へぇ、そうなんだ。ルックスが日本人ではないし、正直美人はなんとなくキツく見えるという話もある。初対面から結構アグレッシブなやり取りだったので、そういう意味ではちゃんと彼女のことを知らないのかもしれない。そう思った。

――ゲームセンターというのは、過去に何度か存在消滅の危機にあったらしい。

家庭用ゲーム機の登場で、そしてその後はゲーム離れ、モバイル端末の進化などなど、町中でゲームを提供する娯楽施設は何度もその価値を失いかけた。そうしながら現在も生き残っているのは、未だ持ってなおここでしか体験しえない超出力のエンターテインメントを提供しているからに他ならない。VRを中心とした疑似体験型ゲーム――これも家庭用ヘッドマウントディスプレイなどの登場で必ずしもゲームセンターへ行く必要はなくなってはいるのだが、それでも家では体験しえない圧倒的な設備・高クオリティのシステムは絶対的な差がある。いずれ小型化して家庭用にカスタマイズされる未来もあるのだろうけれど、現時点ではゲーセンの筐体以上の体験を家庭で実現することはよほどの金持ち以外無理だろう。そういった「ここでしか体験できないエンターテインメント」を求めて、今日のゲーセンは多くの学生やゲームフリークたちでにぎわっていた。
「わぁ……ゲーセンですね」
「うん、ゲーセンだね」
日のある時間からネオンを焚く正面入り口を前に、二人で看板を見上げた。
「先輩はよく来るんですか?」
「うーん、そうでもないかな。五十鈴は?」
「私ほとんど来たことがなくて……なので単純に楽しみです」
ホント、五十鈴は基本的にどんなことも前向きな言葉に置き換えていく印象だ。いい子だな、モテる気がする。
「彼氏とは来ないの?」
「か、彼氏?」
少し踏み込んでプライベートなことを聞いてみたら、五十鈴は目を真ん丸にして飛び上がったように否定した。
「そ、そんなのいないですよ」
「ホントに? いい子だからクラスメイトがほっとかないでしょ?」
「いえいえ、そんなことないです。私あんまり人と話すの得意じゃなくて」
「そうかな? 結構しゃべってる印象あるけど」
「それは先輩がエース好きなの知ってるからというか。だから好き勝手しゃれべるんですよ」
「なるほど、ヲタクなんだ」
「ですね、ヲタクです」
クスっと口元を指先で押さえて笑うしぐさが彼女のかわいらしさを一層強めていた。
「あ。この前、シルヴィと帰り際にクレーンゲームしたりはしたんですよ」
「シルヴィと?」
「一緒に帰っていたらなんか彼女が欲しかったぬいぐるみがあったとかで。あまり詳しくないんですけど、”メルティブラウン”っていうアニメ作品が好きらしくて」
メルティブラウン、といえばアニメには詳しくないオレでも知っている、とても人気のアニメ作品のタイトルだ。しかしそんなアニメとシルヴィが一瞬繋がらなかったのは、なんとなく彼女の容姿からそういうものとは無縁なんだと勝手にカテゴライズしていたからかもしれない。
「意外だな、アニメ好きなんだ」
「はい、そうなんです。でもメルブラは特別らしいですね。クレーンゲーム、全然とれなくて何回も両替機に走って……」
2人のゲーセンでの光景がありありと想像できる。それくらい五十鈴の声には楽しいという感情が乗っていた。
そんな他愛の話もそこそこに、オレたちは入店した。入った途端、四方八方様々な音楽が耳に飛び込んでくる。音楽ゲームからクレーンゲーム、レーシングなど様々なジャンルのゲームが並び、オレたちと同じ制服、多くの学生の姿も見えた。学校的にはNGかもしれないけど、桜山は比較的そのあたり緩い学校らしい。オレと五十鈴は扉からクレーンゲームの横をすり抜けて奥のほうへ、壁際にひときわ大きな筐体が鎮座するエリアへと向かった。
並ぶ筐体は大人二人が入れるほどのボックスが横に8台並んでいるものだ。向かい合って全部で16台、プレイ中のそれは外装の青いランプが点灯する。現在は6台ほど空きがあるようだった。
「これですね、エアリアルソニック・シミュレーター」
興味津々、といった具合でその筐体をのぞき込む。使用されていないそれは扉が開いた状態で、中を見ることができた。ちょうどロボットアニメのコクピットのような機械的な演出を施した装飾と、その中央にイスとキーボード、ジョイスティックなどが並んでいる。

エアリアルソニック・シミュレーター――名前の通り、エースを疑似体験できるシミュレーター。

もちろん家庭用もあるし、オレも家でよくやってはいるが、やはり専用媒体と家庭用では臨場感とリアリティに圧倒的な差がある。プレイヤーは、エースのメインオペレーターになって、5人一組のチームを指示して勝利に導いていく、戦略シミュレーションゲームだ。エース自体の人気もあって、このゲームの全国大会が賞金付きで展開されるくらいには人気のあるゲームだ。
「先輩、私やったことないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。サポートするし。まぁ、とりあえずやってみる?」
「はい! ……あ、でも……」
そう言って五十鈴は少し自分の周囲を見渡す。
――あ、そうか。車いすのままだと入れないか。椅子に移動してもらうか、それとも……
「手を貸すよ」
「え? あ、えっと……」
すっと、彼女を抱えるとそのまま筐体の椅子へとスライドさせるように運んだ。五十鈴は一瞬驚いたようにビクっと体を強張らせたが、慣れているらしくうまく椅子へと移った。
「あ、ありがとうございます」
「ごめん、大丈夫だった?」
いえいえ、といった具合に五十鈴は顔の前で両手を左右に振った。通路の邪魔にならないように筐体の横に車いすを寄せると、オレも筐体の中へ。一回プレイするのに300円と少し高めの設定だが、それに見合うだけの価値があるので仕方ない。学生証兼電子マネー端末をパネルに近づけると、高めの効果音が響き、モニターがその色彩を増した。
「これ、どうすれば?」
「とりあえず、NEW GAMEを選択して。それから……」
いくつかのマニュアル画面を一緒に見ながら、オレは五十鈴に一通りの作業工程を説明した。構成は本当にシンプル、最初にチームを選んでプレイヤーはその指揮官、オペレーターとなってそのチームを勝利に導く。実際のエースに限りなく近いシミュレーターとなっていて、チーム全体の残りエネルギーや弾数、体力などをモニタリングしながら、その瞬間に必要な指示をリアルタイムに出していく。もともとプロチームの練習用に開発されたシミュレーターがゲームとして一般にもプレイできる形になったもので、その精度は折り紙付き。オペレーター練習にはもってこいだし、なんならライダーであってもエース全体の把握力アップのためにプレイするくらいのシミュレーターである。

「じゃあ、さっそくプレイしてみて」
「分かりました!」

五十鈴はキーボードのエンターを勢いよく叩いた。チーム選択はプロリーグの実際の有名チームから、彼女はフランスリーグのチームを選択。彼女曰すごく好きなライダーがいるんだそうだ、さすがヲタク。
実際にゲームが始まる。最初は難易度も低めだし、適当な指示を出したとしても簡単に突破できるようになってはいる。だけど徐々に攻撃一辺倒では立ち行かなくなる。ちゃんと部隊配置を考えて、攻撃のレンジを考えた的確な配置、守備的な指示も出していかなければ立ちどころにゲームオーバーだ。
……だが、思った以上に五十鈴のセンスがいい。というか上手い。全体を俯瞰で捉える力があるのか、バランスよく立ち回り、ここまでほとんど損害を出さずに勝利を続けていた。
「……ホントにやったことないの?」
「はい」
「いや、だとしたら相当上手いよ。天才?」
「あはは、ホントですか? ありがとうございます。たぶん試合を沢山見てきてたから、なんとなくできてるのかも」
見取り稽古、なんて言葉はあるけど、確かに部隊配置など全体を見通すバランスセンスは磨かれるのかもしれない。ここまでのプレイ、一緒に入ったはいいがほとんどアドバイスもサポートする必要もないほどだった。五十鈴は想像以上に即戦力になりそうだと思った。

――と。

不意に画面が固まる。同時に、対戦要求がポップアップした。
「えっ?」
「あぁ、これは対人戦だね。向かいの筐体に誰か入ったのかも」
先ほどまでのコンピュータ対戦と違い、オンライン対戦、そしてその筐体ごとに対戦も可能ではある。いわゆる乱入バトルだ。ただし必ずしも受ける必要はない。どうするかはプレイヤー次第だ。
「どうする? 練習だからこのままコンピュータと対戦でもいいけど」
オレが五十鈴に問うと彼女は間髪入れずに返答した。
「受けます。やっぱり本番は人対人ですし、挑戦は受けないと!」
こちらを見上げる目が輝きを増していた。根っからのエースヲタク、この子は強くなる、そう思う。
対戦を承諾する。ここでチーム変更することも可能だが、初プレイの五十鈴はこのまま。せっかく運用に慣れてきているチームを変更する意味はない。それにプレイヤーが一番好きなチーム、というのはイコールよくよくチームメンバーの特徴を理解しているということでもある。どんなプレイが得意か、どんなレンジに配置すればいいか。ここまでのプレイングに一切無駄はない。そう簡単に彼女が負ける姿は想像できなかった。

――だが。

開始からわずか1分、一気に押し込まれる。奇襲だった。定石どおりに近く、丁寧な配置をしている五十鈴の構えに対して、相手は3機を一か所に固めてその一か所をこじ開けてきたのだ。たちまち1機がエマージェンシーに。
「急いで引いて、他をサポートに!」
オレの声に五十鈴は反応もできないまま、慌てふためていた。あっという間に一機が戦闘不能になる。ここまでロスを経験していなかった五十鈴はここからの立て直しに慣れていない。それでも即座に布陣を整えて守備的なシフトにしたのはセンスだと感じた。ただ相手が明らかに上手だった。数的有利をうまく使い、先行型を捨て駒に使いつつ、後方からのロングレンジで確実にダメージを蓄積させていく。

――ブー!
ブザーがなり、試合は終わった。

YOU LOSE

赤くポップアップが表示されて、五十鈴の負けが確定した。
「翼先輩、ごめんなさい……」
不意に小さく五十鈴が謝った。
「謝ることないよ、相手が上手、というか奇をてらった戦略だったし、今日初めてじゃあれには対応できないよ……大丈夫。練習すれば絶対にうまくなる、保証するよ」
「はい、ありがとうございます、先輩……」
そう言うと小さく首を垂れる。そうして顔をあげた五十鈴は無理やり笑ったように見えた。やっぱり悔しいとか、そういう感情もあるんだろう。笑顔が暗い。

――よし、それなら。

「五十鈴ちゃん、場所変われるかな?」
「え? あ……移動させてもらえたら」
彼女を抱きかかえると車いすへ、入れ替わるようにオレは筐体の席へと着いた。再び300円を投入すると、今度はNEW GAMEではなく対戦依頼を選択した。先ほど五十鈴と戦った相手に再戦の依頼、即座に了承された。

相手のチームは……標準的な力・バランスを持っている日本代表チーム、国産なので多少パラメータが優遇されている気もしなくもないが、キャラクターのバランスがいいので布陣としては扱いやすい。なら、オレは……
「ドイツ、ですか?」
五十鈴はこちらの操作卓をのぞき込むようにしながらそう口にした。
「あぁ、攻撃特化防御ゼロのドイツ」
そう、ノーガードと言われるほど超前衛型のチーム、それがドイツだ。バランスは悪いけど、使い方さえ間違えなければ圧倒的な攻撃力で勝負を決めてきてくれる。その代わり撃たれ弱さをカバーするための回避戦術を要するオペレーターとしての才能が試されるチームになっている。
まぁ、現実のドイツチームはもうちょっとバランスいい気もするけれど、そこはゲーム上のウソといったところだ。
「先輩、大丈夫なん……ですよね?」
五十鈴は心配そうに、だけどどこか期待を込めた声をオレにかける。
「まかせて。ちゃんと先輩らしいとこ見せるから」
そういうと、オレは目を閉じて一つ大きく息を吐く。ゲームでも実際の試合でも、いつも行っているルーティーン。そうして目を開いたときにはオレの頭の中は静寂に包まれていた。

ステージはランダム選択からフランスの凱旋門スタジアムステージになった。
5秒間のカウントダウンを経てゲームはスタートする。それと同時にオレはタタタッとリズムよくキーを叩くと、すぐに布陣を整える。まぁそれを布陣と呼べるかどうかは微妙な気がする。なぜならそれはただ5機をバラバラに散らせて配置するというだけの方法だったから。まるで無策に見えなくもないそれに対して、こちらのスタート地点へ先ほどと同じように3機を長蛇型で先行させようとしていた相手の動きは少しだけ鈍る。完全に個にしたことで突撃すべき目標を失った状態だ。その一瞬を見逃さない。正直この作戦は先ほどの戦闘を見ていたからこその戦術ではあった。5人の部隊を2と3の2小隊にすることはあっても、完全にバラバラに配置する方法なんて本来なら愚策でしかない。この初手は相手の意表をついた形にはなったが、このまま継続すれば当然個別に数的不利の戦場を作ってしまうことになる。だから、この相手が揺らいだ一瞬でこの戦いにケリをつけなければならなかった。
オレはバラバラに配置していた5機の個別戦力を一気に中心点にいる先行した敵機へと向ける。当然そこが5機の包囲網になることは相手からも分かっている。そうして下がろうとした瞬間、ロングレンジの銃撃が敵機の退路に鳴り響いた。遠距離型の機体はこのために、敵機が後方に下がれないように狙撃を行う。命中率はかなり低いポイントからのアタックではあったが、それは敵に当てる事が目的ではなく、先行した部隊を後方に下げないことにのみ集中したものだ。執拗に、ロングレンジから先行した3機と後方2機の間を割くように狙撃を続ける。当たる気配はない、まぁこれに関してはラッキーパンチが数回あればいいくらいだ。
しかしこうして相手の進行方向を限定させながら、身動きが取れなくなった敵機に、こちらは残りの機体をすべて突入させて、先行3機を一気に叩き潰した。開始からわずか1分半、こちらの被害は最小に、敵の被害は甚大だ。敵陣の残りは2機、こうなってはもう勝負にならない。適当に戦力を展開しても勝利が確定する局面だった。

――終了意思・サレンダーが選択された。
YOU WIN
今度はそう赤くポップアップが表示される。オレの勝ちが確定した。

白旗を上げた表記と共に、このゲームは終了した。少し薄暗くなっていたゲーム機周りの電飾がふっと明るさを増した。
「先輩、凄いっ! あっという間に勝負がつきました」
五十鈴が嬉しそうに両手をポンと叩いた。
「ありがとう」
その言葉に緊張が解けて、ふっと息をついた。五十鈴にとりあえず無様なところを見せなくてよかった。短期決戦、初手だけで終わらせるというのはちょっとやりすぎ感はあったが、とりあえず目的としていたイメージ通りの戦闘を終えた。
一応先輩としての威厳は保たれた、はずだ。

「……いやいや、さすがだね」
ゲームの筐体の外から声がして、オレと五十鈴は外へと視線を向ける。そこには同じ学校の制服を着た男子生徒がにやけた顔で立っていた。学校指定のネクタイはしていない、首元のシャツは開きっぱなしになっている。
「まいったよ、神谷野君」
軽い、という言葉が正しいかはわからないけれど、その口調はどこか薄っぺらく軽い。信用ならないと直感する、そんな口調でその男性はオレに話をつづけた。
「――誰、ですか?」
「誰って言い方はなくない? 一応オレ先輩だよ?」
「……先輩? すみません、ネクタイしてないから学年が分からなかったです」
「あ、そっかそっか。ごめんねぇ」
ケタケタと乾いた笑いと共に、何の感情も入っていないかのようなごめんの言い方にゾクッと背筋が凍る。
「オレは加瀬。三年の加瀬だよ。よろしく」
「わかってて入ってきたんですか」
「もちろん。ちょっと君達の実力を知りたくて。いやー、さすがだったよ。初心者の女の子もね、センスあると思う」
加瀬先輩が話している内容は感情的なのに。なぜだろう、とても乾いている感覚。その笑顔は能面が張り付いているだけのような、機械的な表情に見えた。
「……でも、それくらいの奴はいくらでもいると思うぜ。わかってるんだろうけど。それで何を達成するつもりなんだい?」
フッと、その瞬間冷たい風がココロに吹き込んだ。しゃべり口調は淡々と、だけど何一つ優しさも共感もない、そういう期待感が何もない言葉がオレとその周囲の空気を一気に冷やす。
「何を……って」
「キミさ、学園に迷惑かけてるってのはさすがにわかってるんだよね? 増やさないでほしいんだよね、余計な仕事をさ」
この瞬間に全てを察した。この人は敵サイドの人間なのだと。
「加瀬先輩は、生徒会の人ってことですか?」
「いいや、生徒会長のトモダチってところさ」
言葉使いと言い回し、何とも言えない胡散臭さがこの加瀬とかいう先輩から感じられる。
「おとなしく会長のいう事聞いてれば、そんなにひどい事しないんだけどさ。せっかくの学生生活、適当に過ごしてた方が楽だと思うよ?」
「どういう事ですか? オレたちに危害でも加えるつもりですか?」
「いやいやまさかぁ。そんな事したらオレが捕まっちゃうじゃん。そんな馬鹿な事はしないよ」
ケタケタ、と再び気味の悪い笑い声が響く。
「でもまぁ、余計な事をすればするほど、関わってくれた人たちが辛い目に合う事も増えるんじゃないかな。じゃ、気を付けてねぇ~」
そういうと、加瀬は軽く会釈をしてその場から去っていった。

しばらく無言で立ち尽くしていたが、ふと五十鈴の方を見ると、不安そうにこちらに視線を向けていた。
「あ、ごめん五十鈴。せっかくのオペレーション練習のつもりが、なんか変な感じになっちゃったね」
「いえいえ。全然大丈夫です」
ぎこちなく笑う五十鈴、申し訳なくて反射的にもう一度ごめんという言葉が出ていた。
「どうする? 気持ちがちょっと続かない感じもあるし、今日は終わりにしようか?」
「え、あ……はい。でも実際に自分がやったのもそうだけど、先輩のプレイングを間近で見れて凄く勉強になりました!」
「それならよかった。またちょっとずつ色々教えるから。って言ってもあまり教えるのが上手くはないんだけど」
「そんな事ないです! すごくわかりやすいですし……」
少しだけ言葉を探すように、五十鈴は地面へと視線を落として、再び顔を上げると
「あと、楽しいです! 好きなものって楽しいですね!」
満面の笑みでそう続けた。はっきりとそう言える五十鈴の笑顔が眩しくて、オレは少しだけ目を逸らしたくなったけど、
「だよね」
と答えた。
「はい、今日はありがとうございました!」
ちょっとイレギュラーはあったけど、五十鈴が楽しそうに笑ってくれたので救われた気がした。
この後、何かカフェでも寄って、と思ったけど、シルヴィにどやされそうな気がしたので、この日は最寄りのバス停まで彼女を送ったところで別れることにした。

chapter4-3(終)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?