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chapter1-7: エースの少女


気がつけば次のバトル開始時間が迫る。先ほどまでと違い、コンコースに一般客席・関係者席ともに人の数が増していく。
「……なんだ?」
少し異様な空気を感じ取っていた。増えていると言っても席が埋まる様なものではなかったが、明らかに学校のものであろうブレザータイプの制服を着た集団が観客席に集まってきていた。無論地方のエアリアルソニックと国営である中央のエアリアルソニックとではまったく比べ物にならない差はある。湘南エアリアルソニックロワイヤルは、あくまで地方バトル。それでも、地域に根付いたエースの盛り上がりは大したものだった。徐々に熱を帯びていく会場の空気を肌で感じて、少しだけ手の甲が汗ばむ。なんとなく、その空気におびえる自分がそこにいた。

ワァッ!

拍手と歓声。波のように広がったそれがコンコースの方で起こった。何だろう、そう思いオレと絵美里は最前列の客席からコンコースへ向けて見上げると、そこにはとあるチームを中心に人だかりが出来ていた。歓声にこたえるようにファイターが軽く会場へ手を振ると、その歓声はさらに大きいものとなった。

――先輩!
――頑張ってくださいね!

次々と応援の声が沸き起こる。
誰だろう、どこかで……
「……スゴイッ」
椅子から体を乗り出すように絵美里は目の前の背もたれを掴みながら立ちあがる。危ないと、その体を支えるように手を伸ばしたが、だかそれには気がつかないといった様子の彼女。
「あれ、サトミじゃない?」
絵美里の細く白い指が指し示す先に、栗毛ボブの女の子が一人。
「私も地方のエンタメ情報くらいは見てるからね、あれは分かるよ」
この後のバトルにでるサトミという女の子。
黒に紫のラインが生えるレーシングジャケットを身にまとっている、間もなくバトル会場へ入るのだろう。周囲には8名程度のメカニックチームがSPのように彼女を囲っている。他にもチームメイトらしき人影が見えるが、明らかに彼女には華がある、そう感じられた。
「サトミって、湘南で今一押しのファイターってこの前も注目のニューカマーって特集で雑誌にも載ってたし……ほらこれ、今デビューから負けなし連勝中で、中央の方からも次は彼女がやってくるなんて注目浴びてるって」
絵美里はデジタル端末でどこかの週刊誌の記事を出してこちらへと見せてくる。なるほど、どこかで見た事あるかなと思ったけど雑誌で特集されるくらいの学生だったか。それならこの既視感も納得だった。ただ学生でありながら所属しているチームは社会人のようだから、部活とは別の活動という事だが。

スケジュールによるとこの次のバトル、それに彼女達が出場するらしい。そういうわけで徐々に彼女を目当てにやってきたらしい人達がコンコース側、そして座席にも増えつつあった。
地方開催とはいえ、エースの人気は年齢性別を問わずで、特に学生大会も人気だ。実力のある学生がアイドル化している面は否めなかった。

――しかし。絵美里がエースについてそこそこではあるが、詳しいなんて知らなかったな。小さい頃の絵美里はオレに付き合ってくれている感じはあったが、あまりエースに興味がなさそうだったし、その時の印象のままだったから、雑誌や選手の名前がすぐに出てくるあたりなどの変わりようはちょっと驚いた。
「絵美里、そういうのチェックしてるんだ?」
「……まぁね。人並みには、かな。トレンドに付いていけないと年頃の女子ってのは大変なのよ」
まぁ学生がエースを見ているというのは普通といえば普通なので、これが当たり前なのかもしれないけど。そんな事を考えながら絵美里の横顔を見ていると、こちらの視線に気がついたのか顔をこちらへと向ける。そうしてフッと笑みを浮かべた。

「……でも翼があんまり変わってなくて良かった」
「えっ?」
唐突な絵美里の言葉だった。
「別に前の学校で何があったのか分かんないけど、あの翼が全然エースの話をしなくなってたから、てっきり前の学校でさ、エースが嫌いになったのかなーって思ってた。でも昔と全然変わってないね」
「変わってない?」
「うん。エース見てる時の翼、真剣で楽しそうだったし。小学生の時のそのまんま。やっぱここ、好きなんだね」
そう言って彼女はニッと笑った。どんな風に自分が試合を見ていたかなんて自分じゃ分からない。真剣だった、楽しそう、そうなのか?
少なくとも彼女にはそう見えたらしい。絵美里はこちらへ少しだけはにかんでみせると、また視線を先ほどの集団へと向ける。結構気を使ってくれてるんだな、と改めて思う。嬉しいような、でも申し訳ないような、相対する感情の2色が交わることなく色を保ったまま互いの境界線を侵していく。

もちろん感謝はしていた。でも自分のダメな部分を改めて見せられているような惨めさもある。そんな気持ちからか、彼女が見ているコンコースとは逆の方、スタジアム中央の次の試合へとオレはその視線を向けた。
そこでは間もなく始まるであろう次の試合の準備が進められている。

チーム戦、5VS5のリーダーバトル。複数人バトルの中でも定番の1つである、リーダーを撃墜した方が勝ちというバトル形式だ。数的不利な状況からも一発逆転が可能な事から、最初から最後まで試合がダレにくく見ている観客を飽きさせない。公式戦でも多くが採用するスタンダードなルールだ。
とはいえ、数的不利な状況からの逆転はほとんどないといえばないのだが。

試合開始を前に、スタンバイが始まった。チーム名は【バイオレットスパイダー】というらしい、そう観客向けのモニターに表記されている。5人の選手が次々とスタンバイに入る。鮮やかな紫色のボディカラーに黒のラインが入ったクール系のデザイン、サーベル装備の近接型やロングレンジライフルを装備した遠距離型まで、5機がそれぞれを補完し合う、どんなレンジにも対応可能なバランスの良い構成、まさに教科書の様な小隊構成になっている。しばらく見ていると、不意に彼女達の周囲から風が舞い上がると同時に、ボディと同調するように鮮やかで純粋な青色の光の粒が周囲へと散らばっていく。
GPドライブに火が入った。徐々に臨戦態勢へとシフトしていく、そういう風にみえる。

「いいセッティングだな」
口からそんな声が漏れていた。
「えっ? 翼ってば見ただけでそんな事わかるの?」
こちらの言葉に反応して、絵美里がオレへと向き直る。
「見ただけっていうか、まぁ一般論?」
「……? どういうこと?」
「今さ、バトル前で最終調整が行われてるだろ? エネルギーの安定供給下でのGPドライブの発振音とかドライブの排光を見ればそれがどういうレベルかくらいは大体はわかるよ」
マシンの後部に装着されている飛行の核となるパーツ・GPドライブから純粋な緑から青に近い色の光が発せられ、マシンの後方へと流れていく。
「見てみろよスパイダーってチーム機体のドライブの排光。ドライブが光ってると思うけど、あの色を見たらいいんだよ。反重力子の生成を行う際に生じるフォトン――排光色が純粋単色であればあるほど、ドライブのエネルギー生成効率が高いってこと」
「……ごめん翼。何言ってるのか全然わかんない」
「放射光エネルギー=プランク定数×光波長でさ……」
「いや、ごめん。知らないから。というか知らない国の言葉にしか聞こえない」
「――そっか」
絵美里が遮ったので会話を止めた。どうも人との距離感が時々分からなくなる、気がする。まぁ簡単にまとめると単色の方が生成効率が高いはずというだけ話だ。白色の光はホワイトノイズといわれるように、ランダム波長の集合体であり、複数色が零れ出ると言う事はエネルギー生成にゆらぎがある証拠でもある。ただ普段目にするほとんどの商用GPドライブの排光は白色であり、それは生成にゆらぎのないドライブを作るのは、そう容易ではない事を意味していた。

――と、あらかた話し終えたところでふと目に入った反対側のエアロフレーム。
……なんだよ、アレ?
遠くに見えるスパイダーと相対するピットには、ファイターらしき女性が一人いるだけ。他のピットのようなメカニック隊の姿が見当たらない。

――それに。

「――悪い、ちょっとはずす」
「翼? どうしたの?」
「ちょっと気になることがあって。絵美里はこの辺で見てるだろ? 後で戻るから」

オレの言葉に、絵美里が軽く頷いたのを確認して、オレはその場を離れる。今さっきまでいた場所からでは少し遠いピットのため確認しづらかった。最前列の通路をそのエアロフレームの近くの客席まで移動する。だがその観客席は他のエリアに比べて半分くらいのところで客席部分は終わっており、正直そのピットの近くまで行く事はできなかった。
かなりの距離はあったが仕方なくそこから再度そのフレームを確認する。オペラグラスはなかったが端末を取り出すと、搭載されているカメラでズームを行い、なんとか寄りで確認しようと試みた。

「やっぱり……」

ようやく見えたそれは思ったとおり、太陽の下で確認しづらいが、ドライブから出ている排光が白く輝いている。それは通常の家庭用照明器具のような発光だ。
白色光は照明機材などで見慣れているもっともなじみ深い発色ではあるが、その実態はあらゆる光波長の重ね合わせだ。無作為な波長の重ね合わせが光の白色――それはいうなれば光の雑音である。ドライブのエネルギー生成が安定していないと、そういった雑音が出てしまうことがある。
マシンの外装にしてももエアリアルソニックらしさが感じられない。白を基調とし、といえば聞こえはいいが、なんだろう、特に目立つカラーリングもなく、全体的に目に留まるような装備もない。オプションアタッチメントは、ほとんど見当たらない……
武器はどれだ、シールド系統もないのか? 装備らしい装備もなく、その外観は他のマシンと比較するとどう贔屓目に見ても魅力に欠ける。そんな全体のバランスからすると右手が左手とは非対称に装甲が一回り大きく、重厚感のある形をしていた。

ほとんど基礎フレームの素組にしかみえないような、装備換装前のフレームというか、他と比較するとそんなレベルのエアロフレームだ。

――調整不足?

ただ、エースに出るような機体がそんな状態で出てきたりするのか? 疑問ではあるが……

それに、おかしなところはエアロフレームだけじゃない。ピット内に、ファイターらしき女の子一人しかいないことだ。

普通メカニックなどのスタッフチームがいたりするものだが、どう見てもファイターである女の子一人。他に機体らしき影も見当たらず、あるのはその白い機体がただ一機存在しているだけ。一体コレはなんなんだ?そう思ってピットナンバーと電光掲示板のマシン名を照合する。


ホーリーナイト チーム名:なし


ホーリーナイト?
白いマシンフレームの名前はそういうらしい。まぁとてもいい名前だと思うけど、残念ながら名前負けしてる気がする。チーム名がない、という事はプライベーターなのか? 

チーム名=企業名・スポンサー名 もしくは 学校名
というのが通例だ。
もちろん企業も何も関係なく、個人で出場してはいけないなんて規定はないけれど、そんなのほとんど見た事が……そもそも5VS5のチームバトルで、1人しかいないのは……いや、ルール違反ではない。頭数が揃わない事も珍しくなく、人数が少ない状態であってもバトルへの出場は可能だ。4人チームが5人に挑む場面などは比較的多く見かける。但し、最初から人数が少ない分、相当不利な状態である事は否めない。それを利用してチームのレベル差があまりに大きい時に、ハンデとして枚数を落として戦う事もあったりする。だがそれにしても1枚落ち、よくて2枚落ちまでが限度だ。それ以上人数が減るとさすがにエースらしい勝負はできなくなってしまうからだ。つまり、1人で5VS5のバトルに出るなんて、常識がないにもほどがある、という事だ。

そんな事をあれこれ考えている間に会場にスタートの時間を告げるアナウンスが響く。そのアナウンスが終わると各陣営が一斉にピットからエアロフレームを装着したファイターがフィールドへと上がっていく。独特の高周波音と共に客席にも押し出された風が流れて込んできて、オレは少しだけ目を細める。

――ホーリーナイトもフィールドへと上がっていく。

エアリアルソニック

その戦いの場となるのは上下にも広がる広大な空間。GPドライブのおかげで自由に飛翔・ホバリングが可能な事による空間を利用した三次元的なバトル展開も大きな魅力の一つである。それぞれのチームのスタート地点はちょうど円形上のフィールドを12分割した外円の端、ちょうど時計の文字盤で考えると分かりやすいが、その12エリアのうち、5VS5であれば10のエリアにファイターが配置される。それぞれ開始場所は不公平がないようにその位置はランダムで決まっていくため、開幕直後からどのように陣形を整えるかも戦略が必要になる。
例のホーリーナイトはというと、周囲に何も障害物が見当たらない湘南の海上でその対角線上、反対側は陸地のエリアだ。海上と陸地、どちらが有利かといわれても、基本的に空中戦であり、正直そのファイターの趣味としか言いようがないだろう。それぞれの開始位置を示す直径2メートル程度のリング状のポイント表示装置も原理的にはGPドライブで自律しており、その外郭は排光で青白く光ってみえる。遠めからだとその輝きは神々しく、非常に美しく映える。各機体が円の中に入り、位置を決めていく、その様子がスクリーンに映し出される。ヴァイオレットスパイダーのファイター5名もそれぞれのリング内に配置され、開始の合図を待つ。モニターにはそれぞれのリーダー機、つまり倒せば勝利となるチームの要が表示された。チーム・ヴァイオレットスパイダーのリーダー機は墨の様な黒塗りのベースに紫が鮮やかなデザインのカレンブラック。対するは、1機しかいないので当たり前だが、ホーリーナイトとなっていた。
チーム名すらない、1機で5機を相手にするなんて、どういう状況だろう……

――いや、そんな事よりも、そろそろ絵美里のところに帰らないと。

席に戻るべく歩き出そうとした直後、メインスクリーンが切り替わる。そこに、非常にシンプルなシルエットをした白の機体が待機していた。

「……ホーリーナイト」


先ほどと変わらない。排光は白く揺らぐ。それを駆るのは一体誰だろうか。マシンフレームに包まれていて、中にいる人物が誰なのか、確認する方法はない。ただ外観のサイズからしてそこまで大柄な人物ではない事は確かだった。

白を基調としたシンプルな外観に、違和感のある白色の廃光。結局攻撃に使えそうな装備も見当たらない、両手には何も持たない状態でフィールドに出ていった。ホーリーナイトのうえで彼女の長い黒髪が残光に照らされて絹のように輝く。

そうしてモニターに目を奪われている内に、すでに始まりのカウントダウンが始まった。 


 ……P……P……P……


会場のスタートリングが三度、音と共に赤く煌めき、そして4つ目の音が響く。緑色の光の輪となった瞬間、リングの内側が無数の光に包まれると急上昇してフィールドから消えた。一気にフィールド中央部へと突っ込んでいく多数の機影が巨大なスクリーンに映し出される。と同時に、海上に巨大な水しぶきが上がり、遅れて観客の歓声が押し寄せる。

――スゲェ!

気がついたらもう、動く気はなくしていた。画面の切り替わったスクリーンにすでに意識が飲まれていた。会場には実況の声が響く。

〈ワッフゥゥゥ! さぁ、異例の5VS5エキシビジョンバトル、まさかの1機のみの無名チームを、社会人チームがどのくらいの時間で仕留めて行くのか、注目ポイントはそれだけかもしれません。開幕スタートダッシュを決めたのは海上6番地エリアからスタートした、チーム・ヴァイオレットスパイダーのホタルノヒカリ。下馬評通りかなりスピードで市街地へと駆け抜けていく〉

それは外装があまりゴツくない細めの機体。矢のようなフォルムをした無駄のないそれはスタート地点であった海から一気に市街地へと突っ込む。ハンドガンなどの小回りが利く武装、アレは戦闘特化ではなく、立ち回りを優先するタイプのエアロフレームなのだろう。その証拠に敵であるホーリーナイトに向かってではなく、一気に市街地の方へと先行するように向かっていく。

〈さて、ホタルノヒカリが湘南の市街へと突入! ここはビル群によって構成されたショートコーナーが多く、小回りが利く機体が有利になってくる〉
街が舞台の湘南エアリアルソニックロワイヤル市道の上空をそのままバトルフィールドとしているため、当日コース沿線のビルディングすべてがエースの特等席に変わる。エースが開催される日はお祭り状態、バトルの状況を伝えるスクリーン映像は湘南会場スクリーンに限らず、町中の大型ビジョン、デジタルサイネージにも映し出される。当然生でバトルの様子がみれる商業ビルの窓からも歓声を送る市民の様子が見て取れる。

低空ではストレートが短く、ショートコーナーの続く市街エリア、立ち回りの展開が早く、上手くこの市街地エリアへと潜り込んだホタルノヒカリを追撃するように、あのホーリーナイトも海上のスタート地点から、陸地のエリアへと海面スレスレの低空を滑るようにして突っ込んできた。スピード感は良くもなく悪くもなく、普通よりはやや速いかなといった感じだ。装備装甲をほとんど持っていない分、あのGPドライブの状態でもある程度は速度が出せているのだろう。だが先ほどみたホタルノヒカリと比較すると明らかに見劣りはした。射撃武器らしき装備もなく、障害物が多い市街地を目指している事から遠距離からの攻撃はできそうにない。だとすると近接型フレームなのか……さすがに1機でそれは厳し過ぎないか。そんな事を思っているとセオリー通り、別のエアロフレームの影がビルの上空から狙撃する。
スナイパーライフルを構えた上空のエアロフレーム・ワンイーグル、長い砲身を両手で構えて市街エリアへと突っ込んでくるホーリーナイトへ狙撃を続ける。完全に長距離射撃型の機体だ、あの装備でまともにビル群の中に入ってしまうと攻守の展開が難しいのだろう。ホーリーナイトには遠距離からの攻撃にまともに対抗する手段がない、射程外からの攻撃に一旦は体制を向けるもすぐに回避行動へとうつる。遠距離をとれるワンイーグルが圧倒的に有利、だが上空から狙えると言ってもホーリーナイトが市街地に潜り込んでしまえば、障害物となるビルが多いためその陰に隠れる事は容易、素早く動く標的にポイントを絞り切れず撃ちにくい。無理やりランダムに撃ちつけても、ビル壁――正確にはビル壁上に展開されたフィールドにあたって弾ける。もしそんな事でエネルギーロスを無視して撃ち続ければ、ラウンド中の行動を維持できなくなる。
湘南フィールドは市街エリアが半分、海岸線から海上という広大なエリアが半分というある意味バランスの取れたフィールドになっている。そこまでの位置取りである程度の性能差と性質が見て取れる。とにかくタイムアップまで生き残る事も本来は重要となるため、障害物が多い――ここでは市街地のビル群を利用しながら手数で勝負する機体もあれば、突き抜けた海上フィールドでの乱打戦も最大の魅力となるため、海上などの広い場所で展開する機体もいる。戦略も戦術もチームの方針に依存するため、特徴が出ていてそれがまた面白い。現状ではどちらかというと市街地に機体が集まっているようだ。狙撃を続けるワンイーグルを除く、チームの4機が市街地の比較的低い高度で展開、リーダー機である黒い機体――カレンブラックもビルを上手く利用しながら駆け抜け、先行するホタルノヒカリと共にチームの合流を図っていく。

その直後――モニターの向こうが無数の光に包まれた。

黒い機体は前方へ向けて光の粒をまき散らす。広範囲へ一気に仕掛けられる拡散型レールガン。それら無数の光撃はビル陰にいた2機と、その奥にいたホタルノヒカリをかすめながら、ビルの間を抜けて海上を走るホーリーナイトを強襲した。

バチンッ!

――当たった?

光弾がエアロフレームに迫った刹那、青白い火花と共に弾け一瞬映像が白飛びした。そうしてゆっくり映像が戻り、ホーリーナイトは何事もなかったかのように市街地から海岸線へと逃げるように移動する。

〈カレンブラックの拡散型ブリッツブリットが炸裂! 紙一重ホーリーナイト! シールドがなければ直撃コースだったか!?〉

電磁場防壁"シールド" か。
あんな機体ではあるけれど、防護用の装備はちゃんと積んでいた。そうか、スリムで無駄のないシルエットの中で、一回り大きな右手の装備はワンポイントシールド装備。あの正面からの攻撃をポイントを絞って防いだのだろう。正直、一瞬の攻防を目で追う事は不可能に近い。後でスローが出てくれば確認も可能だけれど。

――しかし、シールドというモノのその動作原理を考えると、それはエースという酷く扱いの難しい装備だと思う。

レールガンのようなエネルギーアタックを遮るために、自分の周囲にエネルギー障壁を構築する――これがシールド。構築されるエネルギー障壁よりも強いエネルギー体が迫れば当然突破される。ゆえに高出力のエネルギーを広範囲に展開させればいいのだが、しかしそれはバッテリー容量に制限のあるエースにおいては死活問題だ。
もちろんエネルギーは距離の2乗に反比例する。近距離展開のシールド障壁がレールガンなどに突破されるとなると元の武器がよほど高出力でなければ不可能なので、展開しさえすれば突破される事はあまりないが、とにもかくにもエネルギー消費は大きい。結局のところ全方位に向けて容易に多用できるような代物ではなく、使えば使うほど本質である走行に支障がでてしまう。
しかし、この時点ではまだ撃破されるような機影はない。
カレンブラックもあくまで威嚇射撃だったのだろう、ホーリーナイトへのそれ以上の追撃も加速もない。
だがそこへすかさず遠距離から狙っていたワンイーグルが狙撃、またもやシールドを展開させて逃げるかと思われたが、ホーリーナイトはシールドを展開させることなく市街地の手前までやってきたところで、大きな衝撃音と共に閃光がはじけた。
〈ここで狙撃が決まった! ワンイーグルついにホーリーナイトを捉えたか!?〉
高く巻きあがった水柱の影響で、機体の視認が出来ていない。ザワつく会場だったが、現時点でモニター上でのホーリーナイトの文字表記が白文字のまま。撃破されたのであれば表示が他のそれのような白色ではなくオレンジで表示され、スペースの右上には「F」という撃墜を表記するアイコンが表示されるはずである。それらはリアルタイムで機体の数値が反映されるはずであり、ホーリーナイトが撃墜されていない事を示していた。ライフポイントは削られている、だが直撃は避けていたらしい。霧のように白くモヤがかかっていたスクリーンが徐々に海上を疾走するエアロフレームを捉える。

「――あ?」
 
自らの目を疑った。あのホーリナイトが海の上を何事もなかったかのように快走している。先ほどまで市街地へと向かっていたはずのホーリーナイトが反転、海上へと進路を変えていく。

〈おおっと! 海上エリアを疾走していくホーリーナイト! 前走デビュー戦でも3機を相手に3分も善戦した意外性のオンリーワン、今回は果たして何分逃げ切れるのか!?〉

「――そんな風に言わなくても……」

〈今回も前回と同様に人気も後援スポンサーもないボッチプライベーターが果たしてどこまで試合時間を伸ばす事ができるのか、楽しみだZE☆〉

スクリーンに映し出されたからか、それとも実況がそう言ったようにあまりに機体がエースという舞台に似つかわしくないみすぼらしいものだからか。だが素体にしかみえないエアロフレームで翔けるホーリーナイトから目が離せなくなっていく。相変わらずGPドライブの排光は白く、移動時のスピード感は先ほどまで見ていたホタルノヒカリやソニックスパイダーと比べて見劣る。
かといって、何か隠し玉を持っていそうな、そんなワクワクしそうな予感も特にない。ハンドガンらしきものはもちろん、ロングレンジライフルなども持っているようにはみえない。そうだとしたらセオリーから考えてもこの光景は異常なのだ。まわりに障害物になるものがない場所で立ち回るのは危険、普通に考えたら市街地を中心にビル陰などを利用しながら展開すべきだと子供でも思うだろう。
そんな丸腰のホーリーナイトに対して、容赦ない攻撃を飛ばすのが狙撃型フレームのワンイーグル。先ほどニアミスさせた長距離狙撃砲でホーリーナイトを狙うも、今のところ直撃はしていない。現状の展開は普通に考えたらわざわざ的になりやすい場所に出てきたホーリーナイトが放たれる狙撃レールガンをただ必死に避けているだけに映る。


「……そもそも、あのドライブ、ホントにバトル専用なのか?」

オレは不意にそんな事を口走った。言い終えて、妙にその真相が気になる。白い排光、加速時のスピード感のなさ、まるでエース用のドライブじゃないような……

「――へぇ。さすがね、そういうのわかるんだ?」

不意に勝気そうな声が自分へとかけられ、反射的に左の方を向くと、オレのすぐそばに、同じく手すりに両手をついてエースを観戦する女の子が一人。透明感のある白いノースリーブのワンピースに光を弾くロングの黒髪が眩しく揺れている。なんだろう、どこかで見たことがあるんだけど……

――あっ。

「生徒会長?」
1度しか会った事もなく私服なのですぐに分からなかったが、生徒会長がそこにいた。
「――? そうだけど、何? 私だって分からなかったの」
周囲に人がいないところを見ると、1人でここに来たのか。
「いや、生徒会長がこんな所にいるとは思わなくて」
そういうと彼女の表情が濁る。
「なによ、私が来てちゃ悪いわけ?」
「そういう事じゃなくて……」
生徒会長がこんな所にいるとは思ってもいなかったのだ。よくよく考えたら今時の学生なのだ。会場も近いわけだしエースを見に来る事は何ら不思議な事じゃない。

こちらを見つめる透き通った瞳――やわらかく風に揺れるエアリー感のある漆黒の髪が静かに揺れる。
「でもやっぱり経験者なのね、アナタって。そんな違いが分かるなんて」
「そんな違い?」
彼女の言葉をそのまま、確かめるようにして問い返す。
「あのドライブのことよ。今、エース用じゃないって言わなかった?」
「いや、そこまで断定は……でも見ていてさすがに違和感がある、って程度だよ」
「……そう。アナタが言うその違和感って?」
なんで生徒会長にそんな事を言わなきゃいけないのかという疑問もあったけど、聞かれた事を答えないのも悪いかと思い、オレは視線をモニターにやりながら答える。
「そもそも調整不足にしてもドライブの排光が白色なのが、エース用ドライブっぽくないような。エアボならともかく燃費が大事なエース用にそんな生成効率が悪そうなドライブを使う理由がわからないし、なんとなくスピード感がないのも気になるし……あ、でもそうじゃないか」
自分で口にしながら、さすがに民生のGPドライブで戦えるわけがないという風に改めて思いなおす。
「ドライブを修理する過程で純正のものじゃないパーツを入れたか、もしくは相当古いドライブを使いまわしてるのか」

そこまで言ったところで、彼女は軽く三度手を叩き、わずかながら口角を上げる。
「――さすがね。古いドライブを無理やり使いまわして、オーバーホールにオーバーホールを重ねた結果、色が濁ってしまってるのよ、あのドライブ」
「……予算がないから?」
「そんなところね。まぁ予算を出してないのは私なんだけど」
初見のイメージと違って、あまりに自然に微笑んでくれる彼女に、オレはなんとなく気恥しくて直視していた双目をそらし答える。
「それはそうと、生徒会長も詳しいんですね、エース」
「え?」
「予算とかはさておき、ドライブの話とか、結構具体的な状況を把握してる気がして」
「……ん? まぁ、ね」
生徒会長はふと遠くを見るように視線を上空――バトル中のフィールドへと向ける。含みを持った、一瞬の間が気になったがそれ以上は聞いてはいけない様な気がした。そんなやり取りの合間も、ファイター達は空を翔ける。気がつけば市街エリアのバトルも緊迫の度合いを増していく。

「いけ、カレンブラック!」「ブチかませぇ!」
四方から聞こえる歓声の多くが短時間決着を望んでいる。
「……ねぇ、アナタの本命は?」
「本命?」
「あれ? バトルに賭けてないの?」
「単に友達とエース見に来ただけだから」
「なんだ、そうなの……賭けてたら問題にして停学にしてやろうと思ったのに」
「……ひでぇ」
生徒会長は指先で口元を押さえたが、その手をすり抜けてフフッという意地悪な笑みがこぼれていた。
「フフフ……あ、じゃあさ、どの機体が気になってるの?」
少しからかう様なほほえみがこちらに向けられる。
「――そうですね……」
少し考える、特に情報もなく今出場しているすべての機体がどんなものなのかよく分かっていない。
カレンブラック?
攻撃スタイルは派手でシルエットにもスター性があり、リーダー機らしく確かに目を惹く機体だ。

だけど……

「……ホーリーナイト」
口から出ていた機体名は、あの異色の機体だった。
なんでだろう、自分でもよくわからないけどその機体名を口にしていた。
「――ふーん……」
少女は表情はほとんど変えず、少しだけ間をおいて画面へと視線を戻しながら
「私と同じね」
少女は手すりに両肘をつき、頬杖をついた。
オレも手すりまで進むと、右手でそれを掴んでスクリーンへと目を向けた。


〈さぁ、上位陣以外では海上での戦闘が熱い! 海面ギリギリを進むホーリーナイトを上空からワンイーグルが襲う!〉
障害物がない――回避するには不利なその場所で、ホーリーナイトは旋回するように一定の円を描きながら進む。その間、攻撃や防御をしている素振りはまったくなく、ただひたすらに遠距離からワンイーグルが狙撃を仕掛ける。
一方的な様相だ。
ただそれらの攻撃はどれもホーリーナイトの機影をかすめて海に着弾している。決して他と比較して素早いわけではないその機体で、微妙な加減速によって照準を付け辛くしている。緩急を付けての回避、速度の絶対値で振り切るのではなく、いわゆるチェンジオブペース。そこにチェンジオブディレクション、急激な方向変化も加えている。機体の基本性能はさておき、単純にファイターのセンスはバツグンだ、上手い。ワンイーグルの狙撃レベルではホーリーナイト捉える事は難しいかもしれない。おそらくやっている本人が一番それを分かっているのだろう、それまで上空から遠距離攻撃のみを繰り返していたワンイーグルがホーリーナイトを捉えるべく動き始めた。

そこでメインモニターが切り替わる。市街地の様子だ、リーダー機であるカレンブラックを中央に3機が陣をひく、一般的なフォーメーションをとっている。敵は1機とはいえ、リーダー機が敗れれば負け、陣形を厚くしておくのは王道だ。狙撃担当のみで敵を海上にくぎ付けにしておいて、他は戦いやすいエリアで陣をひいておく。まさに横綱相撲と呼ぶべき、力のあるチームの戦い方ではある。だが試合が進展していないからか、そこから1機が徐々に海上エリアへと進み始めていた。

それとは対照的、といっていいだろう。
あまりにも見どころのない逃げ回るだけの試合。海上では白色の残光を無作為にまきちらしながら白色の機体が狙撃メインの機体に追いかけられている。元々トップスピードが高いわけではないホーリーナイトは追われれば逃げる事はできない。後方から迫るワンイーグルは先ほどまで使用していた狙撃武器ではなく、ショルダーに格納していた散弾を解き放つ。逃げ場のない海上で、ランダムにばらまかれた散弾系の攻撃がホーリーナイトへと襲いかかる。雨のように降り注ぐそれがホーリーナイトに迫り……

ドゴォォォォ!

――ホーリーナイトがいたはずのエリア一面を黒煙が埋め尽くす!
大きな水の柱をあがり、時間差で雨が降るように一面に降り注ぐ。

直撃したってのか?

…………いや、違う

黒煙の外側にすでにホーリーナイトの姿がある。確かに機影にあたって弾けたように見えたけど、損傷らしい損傷が見当たらない。
「あの程度の攻撃、アイツに当たってるわけないわ」
口元に人差し指を添えてをクスリと笑みを浮かべて、横で会長がそんなことを口にする。

「紙一重だけど、さすがに回避は上手いわね」
「かわしてる?」
反射的に聞きかえしていた。
「分からなかった? 海面を殴りつけて水の壁を作ったのよ、海上戦闘の基本ね」
……なるほど、そういう事か。さっきの水柱は爆発で起こったんじゃなくて、着弾する前にホーリーナイト自身が起こした物だとすれば、何事もなくホーリーナイトが健在な理由もわかる。確かにビームだろうが実弾だろうが、水の壁で止められる可能性は確かにある。
「でも、あれってルール的にいいのか?」
「いいんじゃない。フィールド特性を利用するのはファイターの自由でしょ。発想含めて面白いじゃない。私は好きよ」
会長は笑いながら、だが続けて
「ただ観客は何が起こってるか分からないから不満かもしれないね。雑魚機体が時間だけ無駄にかけてセコセコ逃げてるって風に見える人は多いだろうし」
鋭い視線で、スクリーンを睨みつけた。回避後も何も変わらない様子でホーリーナイトは海上を疾走する。なぜ市街地に逃げないのか、不思議でしょうがない。これだけ広いエリアにいたら的になるのは分かっているだろうに。
そもそも攻撃手段はないのか。さっきの砲撃だって、実弾であればバルカンなどで弾幕を張れば迎撃も出来たろうに。

――なんだろう、こんな戦略はあまりみた事がない。

「あげてきた」

会長が言うように確かに、海上をぐるぐると分かりやすく旋回するようなルートをとり始める。

追いかけるワンイーグルは、その挑発に――乗った。

明らかに的にしかならないような挑戦的なその姿勢に、搭載された武装を解放して一気に攻勢にでる。メインウェポンであろう狙撃ライフルで攻撃を開始する。
高速で移動しながら撃ちつけるため、弧提示より照準が甘いのか当たる感じはしないが、水柱が周囲に次々と立ち上がる。その内側を緩急をつけながらホーリーナイトが駆け抜ける。

〈一気にワンイーグルがホーリーナイトを仕留めにかかった! これは間もなくの決着か!〉

実況の声と共に、大きな歓声があがる。人気薄のホーリーナイトにではないだろう、だとするとワンイーグルに対する声援か。先ほどのライフルの射撃は牽制、比較的外側に撃ちつけたそれで、ホーリーナイトの逃げ場を牽制する。当たる気配こそ不思議と感じられないが、ただ照準は決してでたらめというわけでもなくホーリーナイトの進行方向の目の前に大きな水柱が立ちあがる。しかしホーリーナイトは着弾直後にするりと重心を引き抜くようにして体制を反らすと流れるように着弾位置と進行方向のベクトルをずらしていく。ただ左右に避けているだけにもみえるその回避行動は、その実非常に難易度の高い身体スキルの結晶だ。あれほどの体重移動のスキルは、仮に中央のバトルでもほとんど見た事がない気がする。
というか、エアロフレームっぽくない動き、とでもいった方がいいか。
バーニア次第で高速移動からの急停止・急旋回も可能なエアロフレームであれば、あんなシステムに頼らない体重移動によるムーヴスキルを磨く必要が感じられない。

――でもなんだろう、オレはあれをどこかで見たことがある気がする。
あの一見ただの回避行動にしかみえないそのコーナーワーク……その前後で減速行動をしていない点で異質だ。

ブレーキをかけての左右走行であれば、その減速時に狙撃を受ける可能性が高いが、ホーリーナイトはしかし減速をせずに着弾を避けるため、さきほどからのワンイーグルの狙撃で足を止める事ができない。一撃目でバタつかせて次の狙撃で仕留める、そんなイメージであろうワンイーグルが構えた時にはホーリーナイトははるか先へと飛び出していた。
スピードを落とさずにコーナーワークを繰り返すホーリーナイトに対して何発もの無駄弾を使わされていた。

そうだ、あの動きはまるでエアロボードのスライドコーナリングを見ているような……
 
――気が付けば3分を経過した。

試合経過を追っていた観客達も徐々にその異常性に気がついてざわめき始める。ありえない、1VS5の状況で3分も試合を持たせるなんて……やや攻める側が慎重な事もあるが、それにしてもよくやっている。ワンイーグルの幾度かの全力攻撃をも避けて、もしかするとこれは逃げ切り(タイムアップ)を狙えるのではないか。数的不利でいえばタイムアップまでいけば正直勝利に等しい。そう思った瞬間、これまで単発だった狙撃が急にリズムを変えて連射される。無数に上がる水柱の後から大量の実弾に加えて水面を這うように今度は光学兵器までが一斉正射される。これは全武装を一括解放したのではないか、それら無数の砲撃が一気にホーリーナイトの周囲を囲いこんだ。

ゴオオオオオオオオ!

先ほど水柱をたてた時とは比べ物にならないほどの水煙が巻きあがる。

〈おっと! ホーリーナイトにワンイーグルの攻撃が一気に襲いかかった! これは勝負をかけてきた!〉

煙幕のような厚い煙に視界が奪われて、モニター越しにも何もみえない。その衝撃は相当に大きかったはず、果たしてファイターは大丈夫なのだろうか?と、会長が深くため息を付きながらつぶやいた。
「当たってないわ」
「えっ?」
「ホント無茶な動きばっかり……上よ」
会長が指さすその上空へと視線を向ける。
「――まさか」
太陽の光がまぶしくてオレは目を細める。輝く太陽の光の中に小さな黒い影が見えた。

――ウソだろ?

まだワンイーグルは気が付いていない、直上にその機影がいる事に。


ちょうど地面に対して頭を向けて後方宙返りをしているかのようなその姿。色が白で分かりにくいが、エアロフレーム全体が強く白色の光を放っている。しかし不思議なのは一気にドライブを使って高度を上げたとしても、ワンイーグルとの距離を一気に詰めるほどのスピードをどうやって……?
――まさか! 着弾した爆風を利用して飛距離を稼いでいるのか?

それならあの高度も一瞬で詰めた距離の謎も理解できる。……でも、相手の攻撃を利用して浮き上がるなんて、そんなのそもそも空を自在に飛べるエアロフレームの考え方じゃない。

そう思っていると、エアロフレームの光が消える。はるか上空からホーリーナイトは重力に任せるように勢いよく地面へ向かって頭から落ちていく。何をするつもりだ、あれは?
そこでモニタをみて気がついた。右手の形状が先ほどと変わっている。右手の甲をカバーするように、肘から先の部分であった装甲が先端へとずれてグローブのようになっている。それと同時に手の甲にあたる部分の装甲に刻まれていたのか、円形の紋様が光りはじめていた。自由落下の中で、その右手を小さく畳み込むように体の近くへと引き寄せて、左手を地面へと大きく突き出した。いったい何をするつもりなんだ、頭上からの奇襲攻撃には違いないが――何を手の内に持っている、ビーム系……いや、そんな感じはしない。パイルのような近接武器がしこまれているのか……

――いや、違う。

ようやく頭上から接近する機影に気がついて、ワンイーグルが頭上へと視線をやった時にはすでに急降下してきたホーリーナイトをかわす時間的余裕はない。だが間一髪、ワンイーグルは左手に仕込んでいたらしい電磁障壁:シールドを上空に向けて展開する。
防御は間に合っ……

――刹那、海上に着弾以上に大きな水柱が高々とあがる。

先ほどまで空にいたはずのワンイーグルは一瞬のうちに海に叩きつけられて、黒煙をあげていた。装備もバラバラに砕け散り、あたりに散乱するように小さな水柱をたてる。ワンイーグルと入れ替わるようにホーリーナイトがそれを上空から見つめていた。

〈お……おっと! なんなんだ! 何が起こった!? ホーリーナイトがワンイーグルを撃破! まさかの一撃でワンイーグル戦線から離脱! ホーリーナイトが1機を沈めたああああああああああああああ!〉

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
湘南施設内にどよめきが沸き起こる。

あの攻撃はシールドでは防ぎようがない。
さっきのホーリーナイトの攻撃。それは強化エアロフレーム装甲による物理打撃――つまり、ただのパンチだからだ。
シンプルだけどそれを効果的に防ぐ方法はない。

初めて見たホーリーナイトの攻撃シーン、それは武器も何も使用しない、シンプルな右のこぶしによる一発。ただ上空から重力加速しての強化装甲による一撃であれば、たとえどんな機体であっても当たれば終わるだけの威力があるだろう。ビーム兵器なんかよりも遥かに怖いのは、確実にダメージを残す物理攻撃だとも言える。

――無論、それは当たるのなら、だ。

今のは完全に虚を突いた一撃だから当たったけど、普通に考えてストレートパンチなんて攻撃が空戦バトルであるエアリアルソニックにおいてそう簡単に当たるはずがない。近接型にしたってパイルやロングソードなど一定の射程を持っているのが普通――それこそソードを装備したナイトフレームなどは一般的な近接型エアロフレームでよく見かける。だが素手はない。パンチだなんて射撃優勢のエースにおいてもはや武器と呼ぶのも躊躇われるものだ。
そもそも一つ疑問がある。
「――なんでホーリーナイトはもっと色々な攻撃をしないんだ?」
「十分してるじゃない?」
こちらの独り言に少女が答えを示す。
「はぁ? でも今のところパンチだけだし……」
「あれで全部よ。あの機体には特定の攻撃武器も防御も、一切の装備らしい装備がついていないの。ホーリーナイトはアホみたいにシンプルな格闘型フレームなんだから」
まさか、そんなのありえないだろ。

――でも、目の前の事実は確かに彼女がいうことの正しさを証明していた。
それまでの攻撃を全て走行の妙と、水柱を自ら起こすなんて技で回避していた事。上空をとったホーリーナイトが見せた唯一の攻撃が装甲を纏ったパンチ出会った点。
攻撃も防御もその手段・選択肢がなく、できることは空を舞うという基本機能に近接格闘だけ。ドライブもエース用の専用ドライブではないようだしその空を舞う機能ですら他に劣っているだろう。

〈おっと! ホーリーナイトを数機が強襲!〉

ここで近接タイプの機体がホーリーナイトへと襲いかかる。さすがに1機落とされて、チームの面目が立たなくなった事に対して相当焦りがあるのだろう。市街地からはさらに1機が海上へと動き始める。

ホーリーナイトへ迫る敵機。逆にホーリーナイトがそれを撃破する事ができれば一気に首位もみえるが、ハンドマシンガンを手当たり次第散らす距離をとった攻撃に近づく事ができそうにもない。さらにもう1機が迫る中でさすがに海上では試合が不利になると判断したのか、今度はホーリーナイトが市街地エリアを目指して突き進む。ただそれも敵チームが陣をひいているエリアに突っ込む事になり、挟み撃ちにあう可能性は十分に高いが、それでも障害物がないエリアで戦うよりはましなのだろう。しかし、そもそもシールドを張るでもなく、攻撃手段は近接一本なんてピーキーチューンにも程がある。その上でここまでのバトルにまとめている主要因は単純にファイターの腕としか言いようがない。
ワンイーグルという遠距離型のフレームを沈めて、ブルースカイフィッシュの接近から流れるように市街へなだれ込んできたホーリーナイト。コーナーが多いそのエリアでは海上よりも明らかにスピードを増しているようにみえる。

――錯覚する。

追走する敵機が逆にジリジリと離されているが、それは単純にホーリーナイトのバランスのとり方が上手いんだ。他の機体がブレーキをかけているところで、ほとんど減速をせずにアウトインアウトのライン取りで上手く駆け抜けているから相対的に加速しているように見えるだけだ。細かいカーブの多い市街地におけるホーリーナイトの加減速のテクニックはおそらく他の機体とは比べ物にならないのではないか。どう見ても貧相で魅力を感じない機体が、誰よりも速く群衆がうごめく市街上空を駆け抜けてゆく。理解しがたいその現実から目をそらす事ができなくなっていった。
……それにしても、素人目にもエアリアルソニックロワイヤルの動きとは思えない風に流れるようなライディング。

まるで……

まるでエアボだ……
そうだ、あの日湘南市街で見たエアボのライディングのような……


「――先輩?」


そう口にしたと同時に、ホーリーナイトの正面に待ちかまえていたカレンブラックの無数の弾幕。逃げ場のない袋小路で、ついにホーリーナイトは白煙を上げて崩れ落ちた。

chapter1-7 (終)

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